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2011年2月10日 DIANMOND online 高橋洋一 [嘉悦大学教授]

 菅総理は並々ならぬ決意で、TPPを6月までにまとめると言った。同時に増税路線もいっているが、増税については、このコラムの第4回と第6回で述べたので、今回はTPPを取り上げたい。

 TPPの正式名称は、環太平洋戦略的経済連携協定(Trans‐Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)。シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの自由貿易協定(FTA)として2006年に発効し、その後、米国豪州ベトナムが参加するなどして、現在は計9ヵ国で枠組み作りに向けた交渉を行っている。

 モノやサービスはもちろん、政府調達や知的財産権なども対象とする包括的FTAで、原則として15年までにほぼ100%の関税撤廃を目指す。当然、農産物も例外ではない。

 TPPに対しては案の定、農業関係者は猛反発している。民主党では政治問題としても騒がしい。というのは、執行部対小沢一郎元代表の確執があるからだ。TPPに反対しているのは大半が小沢グループの面々。関税撤廃反対、農家の保護を大義名分に、小沢氏を排除する執行部を牽制しようという本音が透けて見える。

 そこでまず検討すべきは、TPP参加によって、国としてプラスになるのかどうかである。これは大学生レベルの経済学の良問だ。もちろん歴史的にも自由貿易が支持されてきたことの裏付けになる。

ある農産物の自由化前と自由化後の姿を考える!

 自由化対象になっているある農産物の生産・消費が、自由化後にどうなるか考えよう。

まず、その農産品に対して関税等の貿易制限がかかっているため海外からの輸入がなく、国内供給だけになる単純なケースを想定する。その場合、価格は図のP1、取引数量はQ1となる。このとき、P1より高い価格でも買おうとする消費者もいるが、P1で買えるので、そうした人にはこの状況は「お得」になっている。その「お得」は、三角形A・P1・E1で表される。これを「消費者余剰」という。

 一方、生産者にとってもP1より低い価格で出荷してもいいという者もいるが、P1で出荷できるので、そうした者にとっては「利益」になる。それらは、三角形P1・B・E1で表される。これを「生産者余剰」という。消費者余剰と生産者余剰の合計は、この農産品取引のメリットであり、三角形A・B・E1で表される。

 そこで、貿易制限を撤廃し貿易自由化を行うと、海外からの輸入が増えて、価格はP2まで下がり、取引数量はQ2まで増える。

 こうなると、価格低下のメリットによって、消費者余剰は、三角形A・P2・E2へと増える。貿易自由化前との差は、台形P1・P2・E2・E1である。この消費者余剰の増加分は、消費者が価格低下のメリットで財布に余裕ができた部分と考えられる。その余裕分は他の財サービスに購入に回され、その財サービス部分の所得を増加させるので、GDPを押し上げるとみてよい。

生産者余剰はやや複雑だ。国内生産者と海外生産者の合計では、三角形P2・C・E2となる。このうち国内生産者余剰は、三角形P2・B・Dになる。これは、貿易自由化前と比べて台形P1・P2・D・E1だけ海外製品の輸入に押されて縮小する。この国内生産者の生産余剰の縮小は、その生産者の所得減少になり、GDPを押し下げる。

 なお、海外生産者の生産者余剰は、三角形P2・C・E2から三角形P2・B・Dを除いた、四角形D・B・C・E2となる。

 貿易自由化によって、利益を受けるのは国内消費者と海外生産者であり、一方、被害を受けるのは国内生産者である。

消費者のメリットが生産者の被害を上回る!

 国内に限って言えば、利益を受けるのは国内消費者であり、その数は非常に多いので1人あたりの利益は小さいが、それらを合算した利益額は台形P1・P2・E2・E1になる。被害を受けるのは国内生産者であり、その数は少ないので1人あたりの被害は大きいが、その合算の被害額は台形P1・P2・D・E1である。

 このため、国内消費者はメリットをあまり実感できない一方で、国内生産者は被害を大きく実感できるので、政治問題が起こる。

 しかし、国内消費者の利益額の台形P1・P2・E2・E1は、国内生産者の損害額の台形P1・P2・D・E1より必ず大きい。ということは、国内生産者の被害は、国内消費者の利益額の一部で必ず穴埋めができることを意味している。仮に全部を穴埋めしても、国内消費者は貿易自由化の前より状況はよくなる。要するに、TPPでGDPは増加するのだ。

 しかも、以上は国内に限った話であるが、貿易自由化は相互主義なので、海外生産者が国内で受けた利益額の四角形D・B・C・E2に対応する利益額を日本の輸出業者も受けられる可能性がある。なお、食の安全や環境面の考慮をしても、供給曲線などに多少の修正は必要になるが、それでも上記の結論は大きく変わらず、貿易自由化のメリットを否定することはできない。

農水省経産省内閣府の試算がそれぞれ違うワケ!

 これらを理解しておけば、TPPに関して農水省経産省内閣府がそれぞれ出した効果試算がどうしてまちまちの数字なのかがわかるだろう。

 まず、農水省は、TPPで打撃を受ける農業を所管する役所だ。TPP参加は農業の被害というマイナスを主張するのが農水省の役目だ。そう言わなければ、省の存在すら否定されてしまう。

 それにマイナス効果となれば、いずれ補助金が必要になるはずという計算も働き、補助金を多く獲得するためにも、マイナス効果をできるだけ大きく主張する。かつてのコメ開放の際、農水省は5兆円の補助金をせしめたが、結局、コメの競争力は強化されなかった。カネのぶんどりだけでは、展望は開けない。

 農水省の試算によれば、関税完全撤廃によって農業生産額は年間4.1兆円減少し、関連産業への影響も含めるとGDPが7.9兆円減少するという。これは、おおざっぱに言えば、上の図での国内生産者の被害額である台形P1・P2・D・E1に対応する数字である。

 次に経産省経産省はTPPで恩恵を受ける産業界の利益代弁者だ。TPPの効果をできるだけ大きく見積もり、産業界に恩を売っておきたい。あわよくば、恩恵を受ける業界がシンクタンクでも作ってくれれば、自分たちに天下りポストが回ってくるかもしれない。

 ということで、TPPに参加すれば輸出額が約8兆円増加し、逆に不参加ならGDPが10.5兆円減少するとの試算を示した。これは、海外生産者が国内で受けた利益額の四角形D・B・C・E2に対応する、海外での利益額だろう。

 最後は内閣府農水省経産省に比較すれば、特定の利権をもたないので、霞ヶ関官庁の中では一番包括的な試算をしている。TPP参加により、GDPを2.4兆~3.2兆円(0.48~0.65%)押し上げるとの試算を公表している。

これは、おおざっぱに言えば、国内消費者の利益額の台形P1・P2・E2・E1から、国内生産者の被害額である台形P1・P2・D・E1を引いた金額に相当するだろう。ということは、農水省のいうように国内生産者の被害額が7.9兆円であれば、国内消費者の利益は10.3~11.1兆円になるだろう。

 政治的には、国内消費者の利益10.3~11.1兆円と海外での利益10.5兆円を合計した20.8~21.6兆円から、最大限7.9兆円(ただし、農水省の試算は補助金分取りのために過大になっている可能性がある!)を税金として徴収して、国内生産者に配分すればいい。その手法としては、戸別農家補償制度でもいい。しかし、いつまでも配分するわけにもいかないので、期限を切って行うことが望ましい。その時、国内生産者の事業転換や規模拡大等による生産性の向上が必要だ。

TPPによって日本の農業が壊滅することはない!

 そこで、TPPによって日本の農業が壊滅するかという素朴な疑問が生じる。図の分析は、極端に単純化されたもので、移送コストなどを無視しているが、現実的に考えれば、多少の価格差があるとしても、壊滅することはない。

 しかし、極端な価格差がある場合にはどうなるのか。それは、自由化の移行期間や為替レートなどを考えた場合の最終的な価格差等に依存する。移行期間が十分に長ければ、大規模農業を行うなどによって、生産性の向上が可能になって、壊滅することはない。

 また、これまでの20年間のように、通貨の過小供給になると円高傾向になる。為替レートは、通貨と他の通貨の量で大体決まり(マネタリーアプローチ)、円が過小供給であると円の希少性が高まって円高になるからだ。すると、輸入価格が下がり、国内生産業者は厳しい競争を強いられる。また、攻めの農業ということで輸出することも難しくなる。

 デフレを脱却するには、円を増やすことである(第1回コラム)が、それは、TPPによって日本の農業を壊滅させないためにも必要だ。

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