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「封殺」されないための一線とは!
2011年2月3日(木)日経ビジネス 加藤嘉一
前回の「共産党の政策を『拉致』するネット世論のうねり」では、台頭するインターネット世論が共産党政権の政策決定プロセスに影響を与えている現状を紹介させていただいた。筆者が、読者のみなさんに最も伝えたかったのは、「中国にも世論・民意が存在する」という真実だった。
日本の多くの方は、実感がわかないゆえに、「共産党が支配する国に世論もクソもあるか!?」と反射的に思っているだろう。しかし、世論・民意は存在する。中国のケースは稀なのかもしれない。民主主義・法治主義が確立していない社会であるにもかかわらず、世論・民意が時に、共産党の政策方針そのものを変更させてしまうほどの威力を持つ。
経済政策に対する厳しい批判!
ネット上における政府批判は日常茶飯事となっている。経済政策に関しては、タブーはほとんど無い。
・インフレが行き過ぎている。物価の上昇は国民の購買力をはるかに超えるものになっている。
・国民1人当たりGDPの成長が、国全治のGDPの成長に追いついていない。
・国家の富が国民に分配されていない(国進民退)。
・不動産バブルがこのまま続くと中国経済は確実に崩壊する。
・人民元は一刻も早く切り上げるべきだ。元安は、いつまでも外需・輸出型成長に甘んじる口実になり、内需・消費型経済が育たない
・大学卒業生の6人に1人が就職できない状況は大きな社会不安につながる。
・経済政策は政府が決めるのではない、市場が決めるのだ。我が国では、党・政府が立てた政策を党自身が評価している。これでは、正しい評価はできない。第三者に監視させるなど、チェック&バランス機能を度入しないと話にならない。
いずれも、経済政策の現状をクリティカルに語ったものである。知識人がこれらの言論を新聞・テレビなどの既成メディア、インターネットメディアなどで発信しても基本的に問題ない。最後のコメントは、「党の存在意義そのものに言及している」という点で若干グレーであるが、筆者の皮膚感覚では問題ない。
「公共知識分子」は“ねずみ小僧”――弱者に代わって問題を指摘!
社会問題についても、政府批判の言論は相次ぐ。共産党内部の腐敗・汚職はターゲットになりやすい。地方の公安当局が不動産ディベロッパーと組んで、農民の土地を強制的に収用するなどの横行は、往々にして人民の手によって暴かれる。人民は公安局の門の前まで出向いて抗議しても効力が無いということを知っている。そこで、「ツイッターでつぶやいて、そこからムーブメントを起こそう」と考える。
農民や一般市民のツイッターに影響力はない。人気のあるツイッター利用者、例えば、文化人、メディア関係者、学者などに頼らざるを得ない。こうした「公共知識分子」と呼ばれる人たちは、常に弱者の見方である。常にウェブ上の動向に目を光らせている。フォロアー数が10万人、100万人を越えるような人間が、一般庶民からの苦情をフォローし、インタラクティブに議論し始める。結果として、当局が気づいて対応策を練る、というケースが多発している。
筆者も中国版ツイッターをやっている。20万というフォロアー数は中国では全然たいしたこと無いのであるが、先日日本の出版関係者に話したら、「20万!?」と驚かれた。ちなみに、フォロアー数ナンバーワンで「ツイッター女王」と呼ばれているのが、筆者も仲良くしている女優、姚晨だ。フォロアー数は500万を越える。最近では、地方公安部などがツイッターを持ち、進んで情報公開するケースも増えている。
ツイッター上の議論には、当局も神経を尖らせている。24時間体制で監視し、必要に応じて削除する。場合によっては罰金(5万円、10万円、50万円など)、編集長左遷などという形で、ペナルティーを課す。
「封殺」の線引きを“心得る”!
ここで確認しておきたいのであるが、ポータルサイトなどのウェブメディアはあくまでもプラットフォーム(中国語で「平台(ピンタイ)」)にすぎない。この場を利用し、政府批判の議論をリードするのが、ブロガー、ジャーナリスト、学者、文化人などで、そこに大衆が怒涛のごとく、ドミノ方式でコミットしていく。本コラムでは何度も提起しているが、中国のインターネット人口はすでに4.5億を超えている。2億人以上が携帯電話でインターネットにアクセスしている。
プラットフォームを利用する側は当然、監視の隙間を狙って議論を進めようとする。ただ議論が行きすぎると、プラットフォームを提供する側のメディアは当局からお叱りを受ける。このため、自ら「審査部」を設け、自主的に「危ない言論」を削除する、という状況が存在する。
「加藤さん、じゃあどんな言論が削除されて、どういう議論が巻き起こったときにメディアは罰金を取られるの?」。日本の読者からしばしば聞かれる質問だ。
おっしゃる通り。まさにここがポイントである。筆者も日ごろから中国語で言論活動をしているが、「どこまでは言ってよくて、どこからは自主規制しよう」という線引きが、保身のために大切になってくる。
なぜか。
中国言論界には「封殺」という表現がある。行きすぎた発言をした人間に、一定期間、言論活動をさせない処罰である。やり方は至って簡単。プロパガンダを担当する党・政府当局が、各メディアに内部文書を出し、新聞・雑誌であれば「XXの文章は掲載しないように」と圧力を加える。テレビであれば「YYは出演させないように」、ポータルサイトであれば「ZZのブログをブロックし、アクセスさせないように」と指示を出す。
仮に指示を守らない場合には、メディア側は罰金を受ける、場合によっては、メディア自体が当局によって倒産に追い込まれる。そんなリスクを取ってまで、党の政策に対抗するメディアは、今のところない。
筆者のまわりで「封殺」された知識人は、北京大学の先輩を中心に、数知れない。彼らの多くが、「弱者を救わねば」、「社会を健全な方向に導かねば」、「自分が行動しなければならない」という責任感と、言論人・知識人としての「発信欲」を抑えきれずに、自滅してしまった。ノーベル平和賞を獲得した作家、劉暁波氏はその最高峰と言える。
「体制外」の批判は完全にアウト!
中国には「体制内」・「体制外」という言葉がある。前者は、共産党が定めた原理原則を守って行動している、言い換えれば、エスタブリッシュメントされた世界で既得権益を持ち、そこに乗っかって生きている人たちだ。後者は、共産党による「統治」に「ノー」を叩きつける人たちである。仮に、作家であれば、世間では「反体制作家」というレッテルを貼られることになる。
「共産党の独裁的な統治方式では、国家の持続的発展は実現しない。社会の不公平・不公正は深刻になるばかりだ。一刻も早く民主化すべきである。国家主席は、国民の意思によって選ばれるべきだ。中国を救うのは選挙しかない。腐敗が蔓延する共産党へのチェック機能を果たす健全な野党が存在するべきだ。多党制に移行しなければならない」
日本人のほとんどが反射的にこのフレーズに賛同するであろう。しかし、中国社会で、このような共産党による「統治」を否定する意見を発信したら――特にテレビや新聞など既成メディアにおいて――完全に「アウト」である。
このフレーズが新聞や雑誌に載ることは99パーセントあり得ない。「編集部」というセンサーをパスすることは難しい。100%と言わないのは、中国社会には、自らの生命・家庭を犠牲にしてまで、党の体制・統治・政策を徹底批判し、かつ、ぶれない人間がいるからだ。
では、仮に筆者がこのコメントをCCTV(中央電子台)の生中継の番組で発した場合、何が起こるであろうか。おそらく、テレビの画面が即効でブラックアウトとして、視聴者は見られなくなる。そして、筆者は相当長い間CCTVに出演させてもらえなくなるだろう。当局によって「封殺」されるに等しい。より世俗的に言えば、ブラック・リストに入れられてしまう、ということだ。
香港のフェニックステレビでさえ政府に妥協せざるを得ない
筆者がコメンテーターを務める香港のフェニックステレビ(鳳凰衛視)は「党の指導」を直接受けない。監視されない。実質的に党のプロパガンダを担当しているCCTVに比べて党の政策にもクリティカルで、原則として、何でも報道することが可能だ。言論の自由が保障されている香港を拠点としているからだ。
ただ、フェニックステレビと言えども、政府に妥協しなければならない場合が多い。同局の視聴者の90%以上は中国大陸にいる。当局によるモニタリングは香港では働かないが、大陸は常に監視している。大陸で画面がひんぱんにブラックアウトするようではビジネスにならない。より具体的に言えば、スポンサーが逃げてしまう。CMが入らなければ局がつぶれてしまう。
仮にフェニックステレビが劉暁波氏のノーベル平和賞獲得を「中国に在住する中国人としては初の獲得。中国人の誇りだ。全国民で彼の快挙を祝おう」などと報道した場合、完全に「アウト」である。中国共産党が現体制を維持し、フェニックステレビが中国大陸を巨大なマーケットと認識するという前提に立つ限り、上記のように報道する可能性は、ゼロだ。フェニックスステレビがそこまでリスクを取ることはできない。読者や視聴者も、そんな報道ができないことは分かっている。
情報を発信する側と発信される側の間に「暗黙の了解」、あるいは「阿吽の呼吸」が存在するのである。たとえ、心の中では、党の情報・言論統制がどれだけ非合理なものかを十分に認識していたとしても、だ。
最後に、中国共産党にとって最大のタブーとは何であろうか? 読者のみなさんにも想像していただきたい。次回コラムでアンサーを提供する。
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