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六四天安門事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E5%9B%9B%E5%A4%A9%E5%AE%89%E9%96%80%E4%BA%8B%E4%BB%B6
中国版ツイッターが情報統制を突き崩す?
2011年2月9日(水)日経ビジネス 福島香織
2月3日は中国などでいう春節、旧暦の正月で、2月2日は除夕、つまり旧暦の大みそか。中華社会ではこの日をもって新年で、虎は去りウサギ(卯)の年がやってきた。卯は東の方角、日の出に象徴される再生の象徴だ。そして足が速い。
その新年を迎える瞬間、「放鞭炮」といって、爆竹をならす風習がある。もっとも今の時代は爆竹なんて可愛いものではなくて、お金をかけた華やかな打ち上げ花火がばんばん上げられる。
春節花火とエジプトの銃撃映像がシンクロ!
2月2日夜から3日にかけて、そういう無数の花火が打ち上げられている北京の春節の様子を、知人が動画中継サイト・ユーストリームで中継してくれた。ツイッターアカウントからユーストリームのページに入ると、見慣れた北京の夜景に飛び交う花火の映像と、耳のつんざく爆竹音が流れた。インターネットやツイッターのおかげで、東京にいながら、懐かしい北京の春節気分を味わうことができた。
しかし、その後、アルジャジーラのホームページでニュースを見ることになった。これも、ふと目にとまったツイッターのリンクから入った。タハリール広場で2日に発生した反体制派と親大統領派との激しい衝突の映像が流れていた。ツイッター上ではひっきりなしに、現場からの断片的な情報が流れてくる。
軍が発砲した、611人以上負傷した、記者が親大統領派に暴行された後、行方不明だ…。1月25日から発生していたエジプトの反体制デモのニュースはそれなりに注目していたが、いつになく衝撃を受けたのは、広場という言葉と、そして春節の自動小銃の発砲音にも似た爆竹音が耳に残っていたからだ。
この映像を見たあとに、春節花火の音を聞いていたら、おそらく北京を懐かしむより背筋が凍っただろう。天安門事件を連想せずにはおれないからだ。民主化を求めて北京・天安門広場に集まる寸鉄帯びぬ学生たちに向けて軍が発砲し、自由への望みを戦車が押しつぶした1989年6月3日から4日未明の事件である。
軍がデモ隊を武力鎮圧したか、しなかったか!
天安門事件について、今さら説明の必要はないと思う。この事件は中国国内の最高28%にも達した高いインフレ率や、中国共産党内の保守派と改革派の権力闘争という国内的要因に加えて、連鎖する東欧諸国の民主化という国際情勢の影響を受けている。
1979年に初のポーランド人のローマ法王・ヨハネ・パウロ2世が誕生し、ポーランドの民主化運動を後押しした。1985年に共産党書記長となりペレストロイカとグラスノチの大改革を断行していたゴルバチョフは、ポーランドの民主化を阻害することなく、1989年に初の自由選挙が行われる。この波及効果でベルリンの壁が崩れ、チェコでビロード革命がおこり、ルーマニアのチャウシェスク大統領が失脚した。そしてバルト三国の分離独立、ソ連の崩壊…と続いていくのだが、こういう時代の空気の中で1989年の中国の若者の民主や自由への希求が醸成されていった。
中国が東欧と違うのは、軍がデモ隊を武力鎮圧したか、しなかったかである。鄧小平が学生デモの武力鎮圧の指示を出さなければ、中国の形も変わっていたかもしれない。
それから20年余りが経って発生したチュニジアのジャスミン革命からヨルダン、エジプトの反政府デモへの広がりは、当然、多くの人に党「1989年革命」を想起させている。チャイナウォッチャーや中国の指導者たち、一部の知的な中国人民はこれが中国にどう影響をもたらすかを必死に見定めようとしているところだろう。
ツイッターがいたちごっこを変えた!
「中東の動きは中国に波及しない」という意見も多い。中国の国内情勢は1989年当時とは若干異なる。1つは、インフレ率だ。2010年11月のインフレ率が前年比5.1%で、12月が同4.6%だった。高いと言えば高いが1987~89年の緊迫した状況とは程遠い。
もう1つは、中国の国際的地位の向上である。世界経済における影響力も国際政治における役割も格段に大きくなり、国際社会が中国の急激な体制変化を実は望んでいない。そして何より中国自身が、既に天安門事件という「教訓」を得ている。
だからインフレ率が上昇するとすぐ引き締め、大学生など知識層の若者に愛国教育を徹底し、特権階級側に取り込み、その一方で厳しい情報・言論統制の締め付けを実施する。また、若者に天安門事件についての情報を与えず、民主化運動のリーダーになりそうな人物は早めに潰してきた。特に情報統制の徹底ぶりは見事なもので、今回のチュニジアやエジプトのデモの報道も表向きにはほぼ、コントロールできている。
しかし、それでもなお「中東の波が中国にまで及ぶかもしれない」と思う人も少なくないのは、インターネットの発達、とりわけ動画サイトやツイッターの威力のすごさだ。チュニジアやエジプトの出来事は、ツイッターやフェイスブックに代表されるソーシャルネットワークシステムの影響が大きいというのが世界の共通認識である。
中国には非常に洗練されたインターネット統制システム「金盾工程」があり、さらに人海戦術で、見事なネット統制とネット世論誘導を展開してきた。しかしインターネット統制はしょせん「技術」であり、より高度な「技術」を使えば破られる。すると体制側はさらに高い技術でもって統制破りを阻止するわけだが、突如登場したツイッターが、このいたちごっこを変えた。
「天安門事件とは今、エジプトで起きているような状況」
ツイッターはネット上の情報発信のロケットブースターのような役割を果たし、情報を発信しようとする側が、制御しようとする側より圧倒的に有利になったのだ。ネットは転載を繰り返すことで情報が拡散されていく。そして、ツイッターの拡散スピードは、人海戦術で敏感情報を削除するレベルでは到底追いつかなくなった。
中国ではもちろんツイッターへのアクセスを禁じているが、同じシステムを使った国内向けの「微博(マイクロブログ)」があり、これが昨年の初めの段階でユーザー数が7500万人以上に膨れ上がっている。微博上のつぶやきは一瞬でフォロワー全員に拡散し、その数秒後にフォロワーの何人かが自分のフォロワーに転載し、ねずみ算式に情報が伝達される。
ツイッターには、大陸の中国人約20万人がミラーサイトやバーチャルネットワークやプロキシ・サーバーなどを使って登録している。そういう人たちはたいてい中国の微博にもアカウントを持っている。中国の著名コラムニストで2月初旬現在で約3万4000人のフォロワーがいる安替も指摘していた通り、その結果、世界のツイッターと中国の微博は事実上リンクし、例え中国当局が報道統制を敷いても、世界の出来事は統制の網をかいくぐり中国国内に密やかに広がっている。
中国当局は「エジプト」や「ムバラク」という言葉を検閲ワードにして、その用語の検索結果を示さないようにしたらしいが、ムバラクの中国語読みの「穆巴拉克」を「穆小平」、「穆錦濤」などと皮肉をこめた隠語に言い換えて、統制されているはずの微博の中で広がっていった。それは天安門事件を知らない世代に、天安門事件とは今、エジプトで起きているような状況である、と教えているようなものでもある。
2010年、中国は「微博元年」と言われるほど微博の社会的影響力が認められた年でもあった。最初の微博は2009年8月に開設された「新浪微博」だが、その新浪微博には中国の記者たちが次々に実名で登録し、本来なら隠ぺいされかねない地方の小さな事件を転載した。それが拡散し、世論喚起する役割を担った。
その中で記念碑的事件とされるのは、江西省宜黄県の小さな農村で発生した強制立ち退き焼身自殺だ。本来なら地方政府の圧力で封殺されたろう事件だったが、微博記者がこの件を取り上げたことで、全国に知れ渡り、社会の同情と支援を呼び、封殺し切れなくなった。この事件を広めた微博記者は「鳳凰週刊」の敏腕記者で知られる鄧飛で、中国の権威あるメディア関係者に贈られる「華語伝媒盛典」で2010年の年度記者に選ばれた。
以前、北京で会った時、彼は微博の特徴についてその速さだけでなく「記者も官僚も警察も市民も微博の世界では、その発言力が平等・公平である」「ニュースによって人を連携させる」と評価した。その言下に含むのは、微博の中で人々が民主・自由を味わい、連携して圧政に抵抗することを知ったということだと私は思った。
チュニジアもエジプトも「抗議の焼身自殺」が世論喚起のきっかけになったことを思えば、中国で微博の影響力が広く認識された事件がやはり抗議の焼身自殺事件だったというのは、偶然の一致とはいえ、何がしかの予感もさせる。
ウサギは血まみれになりながらトラをかみ殺す!
北京では天安門事件後の1993年から2005年まで、市内の爆竹が禁止されていた。それは安全強化の建前を取り入れながら、人々の天安門事件の恐怖の記憶を呼び起さないように、という配慮あるいは警戒によるものだった。2006年に爆竹・花火が市内で限定的ではあるが解禁されたのは、天安門事件の記憶が薄れたという判断と、むしろ爆竹花火に社会不満の鬱憤を晴らす効果を期待してのことだ。
しかし、中国当局が1つ失念しているのは、「天安門事件の記憶が薄れるということは弾圧の恐怖の記憶も薄れていく」ということだ。その証拠に最近のインターネットに散見される若者たちの体制批判の表現は、こちらが心配になるほど大胆過激になっている。
例えば、中国の動画サイトに流れたフラッシュアニメ「小ウサギ哐哐の2011年賀動画」は2010年に中国国内で発生した不条理な社会事件をウサギ(人民)とトラ(体制側)に見立てて揶揄した動画である。最後にウサギは怒りで目を真っ赤に燃え上がらせ、自分も血まみれになりながらトラをかみ殺す。
“窮兎虎を咬む”。つまり、虐げられた人民も今に体制に楯突くぞ、と政権に向かって威嚇してみせたのだ。それは、「08憲章」を起草し、2010年のノーベル平和賞を受賞した劉暁波らの覚悟とは全く違う「軽さ」だけにインパクトがあった。当然、国内では既に削除され、封殺されている。動画作者が今後、どのように処遇されるかが気になるところだ。
完全なる情報統制や世論誘導が長続きするはずはない!
こうやって考えていくと、この一連の中東、アフリカの動きの影響が中国に浸透していくことは防げないと思う。もちろん、中東に連動して体制変化がすぐに起こる可能性ということでは万に一つくらいだろうが、私が北京特派員時代、本社から言い含められていたのは「中国の体制変化が突如として起こる可能性は3割、との危機感で取材に当たれ」ということだった。
「3割」に根拠はない。万に一つであっても3割でもあっても、何かが起こる時は起こる。その時に、起こると思わなかったなどと言わないように、最悪の事態の予測をもって、行動し観察せよ、ということだ。
中国の経済成長ぶりを示す華やかな春節花火と、遠く離れた砂漠の国の騒乱が、インターネットによって奇妙にシンクロする時代だ。私たちがいかに前もって予測しても、世の中の動きは後からウサギのスピードで追い越してゆく。天安門事件が再来するかどうかは別にして、こんな時代に、完全なる情報統制や世論誘導が可能だという体制がそう長続きするはずはない、とも思う。
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