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越中富山 幸のこわけ
 
2011年3月7日(月) 日経ビジネス  鶴見樹里
 
 富山県には、「おすそわけ」という固有の文化があります。
 「えっ?」と思われる読者もいらっしゃるでしょう。「自分は富山県出身ではないけれども、おすそわけなら知っているよ」と。
 実は富山県の「おすそわけ」は、一般にイメージされている「頂き物を近所の人らに配る」という慣習とは違っています。富山県の場合は、頂き物にあらかじめおすそわけ用の品物も含まれているのです。代表例が、婚礼引き出物の定番である大きな鯛の細工かまぼこです。これを切り分けて、婚礼に参加しなかった家族が楽しんだりご近所に配ったりします。
 つまり、富山県のおすそわけには、人の幸せをたくさんの方々に広めたい気持ちが込められています。このおすそわけ文化から官民が一体となって生み出したのが「越中富山幸のこわけ」という新しいお土産品です。

複数の企業が同じブランドに集う

 そもそも「越中富山幸のこわけ」は、富山県に関連する物産品を広くアピールすることを目的に、富山県の試験研究機関である富山県総合デザインセンターが主体となって2009年にプロジェクトが始まりました。
 この取り組みで最も目をひくのは、参加する民間企業すべての商品が「越中富山幸のこわけ」というブランドで統一されており、しかも共通のパッケージデザインで展開している点です。同じ産地ブランドであることを示すために、共通シールを貼るといった活動は今ではさほど珍しくありません。しかし、ブランドとパッケージまで揃えてしまうのはかなり踏み込んでおり、全国でも類を見ない新たな試みと言えそうです。
 現在、「越中富山幸のこわけ」は、17企業による18品目があります。いずれも地元の食材を利用したり、伝統的技法で作られていたりする名品です。
 3つほど紹介しましょう。まずは「福わけ鯛」(525円、女傳商会)。おすそわけの定番、鯛の細工かまぼこです。次に「ほたるいか燻製」(525円、カネツル砂子商店)。富山湾で獲れる新鮮なほたるいかを、潮の香りそのままに独自製法でスモークしています。そして「薄氷」(735円、五郎丸屋)。富山産の新大正米を使用した薄い真煎餅に高級和三盆糖を独自の方法で塗布しているお菓子です。
 
「ほたるいか燻製」は1個40gという具合に、すべてミニサイズです。価格帯は315~735円。お土産として販売することを念頭に、「荷物にならない」「配りやすい」といった点を考えた結果です。少しずつ様々なものを楽しめるというメリットもあります。
 
富山県は以前からデザインの振興に力を入れていました。一例が、20年以上も前から開催している「Design Wave in Toyama(デザインウエーブ イン富山)」です。全国で初めて商品化を前提としたプロダクトデザインコンペティションとしてスタートしました。これまで多くのヒット商品を生み出すとともに、今では国内若手プロダクトデザイナーの登竜門として位置づけられています。
 「越中富山幸のこわけ」を仕掛ける富山県総合デザインセンターがオープンしたのは1999年のことです。工業製品を中心に、富山企業のデザイン商品開発を支援してきました。そして今回、物産品をテーマにするに至ったわけです。「多くの人に富山に関心を持っていただくためには、工業製品だけでなく、生活に身近な飲食品も欠かせないだろうと考えました」と富山県総合デザインセンター主任研究員の窪英明氏は説明します。
 このプロジェクトには、富山県総合デザインセンターの担当者に加えて、富山県を中心に活動する4人の女性が名を連ねています。ファイン・プロジェクトのアートディレクターである中山真由美氏、能作建築設計事務所及びnousaku店主でチーズソムリエの能作幾代氏、北日本放送報道制作部の平島亜由美氏、そして生活ネット研究所代表取締役所長・ディレクターの羽根由氏です。

「富山の薬売り」にヒントを得たロゴ

 「越中富山幸のこわけ」というブランド名は、富山県の風習である「おすそわけ」から来ています。越中富山の良質な「幸」(=物産品)を「こわけ」のパッケージで、大切な人におすそわけするというわけです。幸は、「贈られる幸せ」の意味もかけています。
 ロゴマークは、富山県の「富」をモチーフにしています。「大きな円は贈る人ともらう人が丸く結ばれる気持ちを、富の形は相互の笑顔と幸せをわかちあう喜びを表現した」とデザインを担当した中山氏は教えてくれました。
 
全体的なトーンは、「富山の薬売り」からの発想です。富山の薬売りと言えば、家庭に医薬品を預けておき、後日、その家庭が使った分だけ代金を回収する「先用後利」の仕組みで有名です。ここには、薬が突然必要になっても困らないように前もってわかちあっておくという、おすそわけ文化の面影が見受けられるとも言われています。ロゴマークは、薬売りが置いていく薬箱の引き出し部分の意匠からヒントを得ているそうで、「どこか懐かしく、温もりを感じるもの」になっています。
 
こうして生まれた統一ブランドに見合う商品を、どのように選定していったのでしょうか。評価のポイントは「おいしさ」「富山らしさ」「オリジナリティ」「企業の対応力」「市場性」の5つです。おいしさのように、個人の好みもあって、絶対的な判断基準を設けるのが難しい指標もあります。侃々諤々の議論の末、富山県総合デザインセンターとしては採用したかった商品も、4人のプロジェクトメンバーには受け入れられなかったこともあったようです。
 また、統一ブランドありきというスタンスには、民間企業の間では温度差もあったようです。既に自社ブランドを確立している、もしくは自社ブランドを構築しようと目論んでいる企業にとって、統一ブランドという縛りは足かせになりかねません。結果的に、実績のある大手企業は参加を見合わせ、まだ知名度が低い中小企業がメーンとなりました。
 
商品化に当たっても、課題は山積みでした。パッケージを新たにするための費用が発生したり、小ロットの袋詰め作業に手間がかかってしまったり・・・。実務的な面で協議を重ね、なんとか2010年秋にテスト販売にこぎ着けました。
 そして今年に入って、2月22日には東京駅に隣接する丸の内ビルディング内で発表会を開催したのです。ここでは商品を発表すると同時に、販売と試食コーナーも設置。多くの来場者で賑わいました。富山県総合デザインセンター所長の大矢寿雄氏は「北陸新幹線の長野-金沢間が2014年の開業を予定している。富山県と首都圏までのアクセスが向上し、地域経済や観光の発展に貢献する期待がある中で、『越中富山幸のこわけ』をたくさんの方々に親しんでいただきたい」と期待を込めて挨拶されていました。
 今まで富山県総合デザインセンターでは、企業と共に商品開発を主体的に行なってきました。しかし、これから県に求められるのは「従来の開発型から、調査、開発、マーケティングから販売促進の一貫した支援だ」と主任研究員の窪氏は言います。いくら富山県のPRになっても、新たなビジネスのプラットフォームが確立されなければ、企業や住民は報われません。「越中富山幸のこわけ」は、従来の開発だけではなく、マーケティングから販売まで県が関わる新しいビジネスモデル、まさに官民一体の戦略的イノベーションへの取り組みです。

地域のアイデンティティを形成する

 現在、「越中富山幸のこわけ」は、富山空港にある「まいどは屋」や東京駅構内にある「ニッコリーナ エキュート東京店」などで取り扱いが始まっています。2011年度の売り上げ目標は、3000万円としています。
 今後の課題について、ロゴマークとパッケージデザインを担当した中山氏に問うたところ、深く考えた後、「富山らしさとは何かを見つめ直し、広めていくこと。富山らしさを創っていかなければいけないと思います」と述べました。商品が地域のアイデンティティになるためには、ただ味やデザインが良いだけではなく、地域をはじめとする社会にとって、望ましい価値基準をつくっていけるオリジナリティが求められます。
 デザインという目に見えるカタチに落とし込むことによって、商品を誰にでも分かりやすく伝えることはできます。食べたらおいしいことも分かります。しかし「富山らしさとは何か」が伝わらないと、地域のアイデンティティは形成されていきません。
 「越中富山幸のこわけ」は、デザインの力で、地域に根ざした価値のシンボルと人々のつながりを生みだそうとする試みです。それは、これからの社会を考えるときの、ひとつの豊かさの提案。長い時間の中での文化的イノベーションの模索なのかもしれません。「『越中富山幸のこわけ』は心を伝えなければいけない」とは能作氏の弁です。
 おすそわけ文化を梃に、県民自らが地域の歴史や文化への共感を深め、富山らしさの再発見を進めながら、その価値を広く県外の人々とも分かち合っていく。そこから人々を引きつける力と活力が生まれれば、富山ならではの価値は大きな力を持つことになります。そして、富山らしさに共感する人々の地域内外の横のつながりから実現できたときこそ、官民によるイノベーションデザインが成功したと言えるでしょう。「越中富山幸のこわけ」は、今まさに産声を上げたばかりです。
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2011年3月4日 DIAMOND online
 
ノバレーゼが自信を見せる「極上のおもてなし」
――浅田剛治社長が語る中国ウェディングビジネス
 
あさだ・たけはる/1969年生まれ。1992年株式会社リクルート入社。93年株式会社東海会館華寿殿(現株式会社シャンテ)入社、96年同社代表取締役就任。2000年株式会社ワーカホリック(現株式会社ノバレーゼ)設立、同社代表取締役社長に就任。
 
多くの人にとって、結婚と言えば人生最大のイベントである。その「晴れの門出」をより感動的に演出するのが、挙式や披露宴だ。最近は、挙式や披露宴のニーズも多様化しており、ウェディングビジネスに関わる企業はよりお客のニーズにマッチしたサービスを提案しようと、趣向を凝らしている。
 そんな激戦状態のウェディング産業において、不況の向かい風にもかかわらず、安定した成長を続けているのが、ノバレーゼである。2010年12月期の売上高は対前年比2.7%増の108億7900万円、純利益は同7.3%増の10億3200万円を実現した。
 同社の中核事業は、自社施設や提携施設で婚礼に関わる総合的なプロデュースを行なう婚礼プロデュース事業、ウェディングドレスやタキシードを直営のドレスショップで貸し出し・販売する婚礼衣装事業、ホテル運営や挙式・披露宴で飲食サービスなどの提供を行なうホテル・レストラン事業の3つ。特に昨今ニーズが高まっているゲストハウス・ウェディングに強みを持ち、若いカップルのファンを増やしている。
 そんな同社が、ここにきて中国への進出を本格化しているという。結婚式は、国によってニーズが大きく変わるイメージが強い。日本型のウェディングビジネスは、果たして中国に根付くだろうか?
 ノバレーゼの浅田剛治社長に、中国戦略を詳しく聞いた。

中国に通い始めたのは10年以上も前
最初の目的は現地視察や人脈づくり

――昨年から中国でのビジネスを強化していますが、なぜ中国に力を入れようと思ったのですか? 
浅田 経済成長や人口の増加が著しい中国市場は、全ての日本企業にとって大きな可能性を秘めています。私もこの有望市場に大きな魅力を感じ、現在持っているリソースの中から、余力がある範囲で本格的にトライしてみようと思いました。
 実は、中国に通い始めたのは、もう10年以上前のことになります。そのときは、主に現地の視察や人脈作りが目的でした。
 当時、中国には何もありませんでしたが、経済成長の予兆はありました。建設ラッシュであたり一面に粉塵が飛んでいたため、立っているだけで口の中がザラザラしたことを覚えています。
 
浅田 本格的にビジネスを模索し始めたのは、5年ほど前から。当時は日本の結婚式に使う家具を調達するために、上海などの家具工場に行っていました。現地には大きなビルがたくさん建っていて、以前より明らかに発展していましたね。
 家具の輸入をしながら、現地に本格出店する可能性を探すために、上海から広州、蘇州などへ足を延ばして、色々なテナント物件を見て回りました。
 日本企業が現地へ出店する場合は、日本の本社と打ち合わせをしながら進めますが、景気が過熱している中国は物件の足が速い。「これぞ」と思う物件に出会ったら、「賃料が高い」などと躊躇しているヒマはありません。その場ですぐに契約しないと、他社にとられてしまいます。そういう状況だったので、物件探しは骨が折れましたね。

満を持して出店した和食レストラン
「うちのサービスなら、絶対勝てる!」

――そんな試行錯誤の時期を経て、本格的なビジネスに乗り出したきっかけは?
浅田 昨年7月に、やっとよい物件を借りることができ、まずは上海に和食のレストランを出店しました。レストランに参入したきっかけは、それまで現地の様々なレストランで食事をし、「この味やサービスなら、自分がやっても勝てる」という自信を深めていたからです。
 中国で和食というと、食べ放題や飲み放題の店が多く、メニューはてんぷら、うどん、カレーなどごちゃ混ぜで、味も大雑把。「もうちょっと本格的な和食を広めたい」と思いました。中国で暮らす欧米人の間でヘルシー志向が高まっていたこともあり、自信はありました。今はロール寿司のお店になっています。
 昨秋には、蘇州(江蘇省)で結婚式場のビジネスを始めました。実際の経営者は蘇州のディベロッパーで、ノバレーゼは資本を入れずに、マネジメントを請け負っています。中国では一度お店を作ると、玉突きのように方々から「出店しないか」という話が舞い込んできますが、これもそんなやりとりの中で出てきた話でした。
 今春から、その結婚式場に併設する婚礼衣装店で、ウェディングドレスなどの現地販売にも参入します。これも台湾のドレスメーカーが出店した店舗で、ノバレーゼがマネジメントを請け負う方式を採っています。
 
――中国人と日本人の結婚観は、随分違うと思います。日本型の結婚式は、うまく中国に根付くでしょうか? 
浅田 結婚に求める基本的なものは、日本も中国もあまり変わりませんが、習慣が違います。たとえば、中国では結婚式が一日中開催されていたり、結婚式の前に皆で麻雀をしたり、式には普段着のまま参加します。
 そもそも、日本のように挙式や披露宴のオペレーションもまだまだ確立されていません。招待状に出欠を書いて返送する習慣がないので、主催者側は何人出席するのか、当日にならないとわからない。当日たくさん人が来過ぎて、急遽もう1つ会場を借りたりするのも、珍しいことではありません。
 披露宴については、起承転結がなく、いつの間にか始まっていつの間にか終わるという感じです。演出をあまり考えないため、日本のように花束贈呈が行なわれて親が涙するといったイベント性はありません。ほとんど飲み会のような感じで終わってしまうのが普通ですね。何十年も前の日本と同じような状況です。

演出が乏しい中国の挙式・披露宴に、
イベント性に富んだ日本型のサービスを

浅田 そんな中国の結婚式に日本のノウハウを導入し、イベント性を持たせ、より洗練された結婚式を提案していく。中国の基本的な習慣は尊重しつつも、日本の結婚式のストーリー性やオペレーションをうまく融合させて「もっとよい結婚式ができるようになる」と提案すれば、受け入れられる余地は大いにあると思います。
 実際、都会を中心に、日本のきちんとした結婚式に憧れる若者は増えています。競合他社のなかにも、現地で自前の結婚式場をつくり、サービスを行なっている会社はありますが、目下その数はほんのわずか。お客様はサービスに飢えていても、それを提供できるベンダーがいない状況です。
 その意味でも、日本型の結婚サービスは、今後ニーズが一気に高まっていく可能性があります。とりわけ、中国の富裕層は「一般人と同じ結婚式はイヤだ」という意識が強いので、今の日本のように、豪華なウェディングが流行る可能性があります。
――その追い風に乗るために、自社のどんな強みを発揮していくつもりですか?
 
浅田 ノバレーゼの強みは、過去から現在に至るまで、日本の様々な結婚式を見続け、手がけてきたこと。土地ごとの風習にカスタマイズしたサービスを提供するノウハウには、かなり長けていると思います。
 中国で行なっているのは、今のところノウハウの供与だけですが、将来的には自社施設の展開も考えます。日本では、ゲストハウス・ウェディングが好調ですが、中国でもそれにこだわるわけではありません。日本の一般的な総合式場と、富裕層向けのゲストハウス・ウェディングを、両方展開していけたらと思います。

今後は現地のトップ人材を採用し、
日本で「おもてなしの心」を学ばせる

――人材戦略については、中国で現地社員の採用も始めたと聞きますが。
浅田 よく言われるように、中国ではサービスに対する意識が、あまり高くありません。しかし、中国展開を考えるなら、現地の事情をよく知る中国人の社員を増やしたほうがよい。今年度は優秀な社員を2人採用しましたが、今後も毎年2~3人くらいのペースで採用していくつもりです。
 採用した中国人の社員には、まず日本に来て働いてもらいます。日本語や日本のサービス、日本の経営を学んでもらい、2~3年後に中国に戻って活躍して欲しいと思っています。
 いわゆる「良い」サービスを受けたことがないのに、始めから質の高いサービスを提供しろと言っても難しい。だから、日本式のサービスを身をもって体感し、磨いていくしかありません。
 今後、日本型のサービスが普及すれば、中国のお客様の目はどんどん厳しくなってくるでしょう。そのときこそ、サービスレベルを極限まで追求するノバレーゼの強みを発揮し、競合他社と差別化をするチャンスになるはずです。
――日本では、少子化や非婚化の影響で、ウェディング産業が伸び悩むのではないかと言われています。日本や中国を含むグローバルな視野から、ウェディング産業の長期的なトレンドをどう見ていますか?
 
浅田 日本では、現在の事業でさらなるニーズを掘り起こすことに加えて、ギフト、パーティ、旅行、花など、ブライダル関連のアニバーサリー事業にも力を入れたいです。また、うちの強みである接客ノウハウを、法人向けに販売することも考えています。
 日本の高度経済成長時代に当たる中国についても、一人っ子政策の影響などにより、数十年後には人口動態がかなりいびつになることが予想されます。現在も、結婚できない独身者がたくさんいます。ただし、長期にわたって大きな可能性を秘めた有望市場であることは、間違いありません。
 また、中国展開を中心に、タイ、シンガポール、マレーシア、ベトナムといった、華僑経済が根付いたアジア諸国にも、進出してみたいですね。

中国での物件探しは骨が折れる
信頼できるナビゲーターと組もう

――今後中国へ進出する日本企業に対して、何かアドバイスをお願いします。
浅田 現地事情がよくわからず、当初は色々苦労しましたね。とりわけ困ったのは、法律や契約が曖昧だということです。
 たとえば、出店しようとテナントを探しているとき、現地の不動産業者に「日本企業にぜひ借りて欲しい」と言われ、実際に言ってみると、すでにテナントが埋まっていたということがありました。
 そのとき驚いたのは、「高い賃料で借りてくれるなら、今入っている会社をすぐどかすから」と言われたこと。日本のように法律や契約がちゃんとしていないため、よりよい条件で借りてくれる相手が現れれば「また貸しする」ことが、まかり通っています。
 店の消防基準などについて役所の審査を受けたときには、役人から認可をもらう代わりに、袖の下を求められたこともありました。
 そんな中国でビジネスを始めるには、信頼できる中国のナビゲーターと組み、根回しや交渉をやってもらうことが重要です。徒手空拳で臨むのではなく、まずはコンサル的な役割を担ってくれるパートナーを探すべきだと思います。
 
 
2011年3月1日(火) 日経ビジネス 関橋 英作
 
 地方の復活が日本の復活と言われてもうずいぶん立ちました。しかし、一向にその兆しが見えません。近頃では、再び道州制や新たに大阪・愛知の都構想が叫ばれていますが、賛否両論。選挙対策にしか見えないことに加え、既存政党の反発が激しく実現の見通しも立っていないのが現状です。
 誰にでも分かることは、国と地方、県と市町村における、土木建設、医療、福祉などの二重行政。それでも既得権益のパワーは強く、とても国民のことを考えている政治とは思えません。
 政治がしなければならない本当の原点は、弱者と過疎地に目線を置くことのはず。そこを切り捨てるような行政は、効率しか考えないビジネスと同じにしか見えません。それでは、ますます大都会一極集中の国が加速するだけでしょう。
 最も小さな単位の行政に力を与えること。それこそが、この問題を解決する唯一の方法だと思うのですが、どうでしょう。つまりは、その地域のことをよく知り愛している人に任せるのです。どこに孤立した高齢者が住んでいて、何がこの地域を幸せにするのか。そんなことに目が届く人たちです。
 とはいえ、そういう発想はいまの政治家にはないでしょうね。だからこそ、有識者の間でも、政府に頼らない個人の生き方や、日本は政治に頼らない国などの意見が続出するのです。

政府に頼らず地方が生き残る方法

 では政府に頼らず、どうすれば地方は生き残れるのか。その答えの1つが、「B-1グランプリ」。ご存知のように、年々その人気は爆発し、5回目の昨年は46団体が参加、43万5000人の入場者を数えました。
 このB-1グランプリ。実は単なるブームではありませんでした。1人の地域を愛する男の戦略を見据えた戦術。八戸せんべい汁研究所所長木村聡さんの仕掛けだったのです。
 その木村さんにお話を伺う機会がありました。ひとりでマーケッター・PRマン・営業マンをこなしてしまう行動力にあふれた方でした。話していてもアイディアがポンポン飛び出してきます。
 でも、その原動力は何より青森・八戸を愛する気持ち。八戸の魅力を掘り起こし、それを伝えていきたい。そして、ひとりでもたくさんの人が八戸へやってきてほしい。その結果として、八戸が再び活気を取り戻し、住民に笑顔が溢れる町になる。そんなことを話す木村さんの顔には、情熱が満ちあふれていました。聞いているこっちまで、熱くなってきましたから。

何とかしたい気持ちが原動力

 その木村さんは、大学では農業を学んでいてPRやマーケティングとは全く無縁。しかも、Uターン組です。八戸を何とかしたいという気持ちが、あんなすごいムーブメントを起こすことができた理由でしょう。
 木村さんの「せんべい汁」とのきっかけは、東北新幹線八戸駅開業でした。その当時、市の第三セクター「八戸地域地場産業振興センター」に勤務していましたが、2002年にやってくる新幹線の目玉になるお土産をつくることが彼の仕事でした。
 ここまでは、どこの地方都市にでもあるお話。新しい交通やハコモノをきっかけにした、地方ブランドの売り込み。そのほとんどが、一瞬の大きな花火のように雲散霧消しているのです。
 それは、なぜか? 答えはいたってカンタン明瞭。ほとんどのケースがその地域からの一方的なPRに過ぎないからなのです。ときには、ほんとうに地元の人に愛されているかどうか疑わしいものまで露出している。この機会にとばかりに、無理矢理なPR。とにかく、マスコミが取り上げさえすれば人は来ると信じているのです。
 

PRの真価はニュースではなく、ブランド成長につなげていくこと

 残念ながら、全くそんなことはありません。PR過剰時代のいま、最も大事なことは、PRする相手である都会人やほかの地域の人の気持ちを理解すること。何が関心を引くか、何が彼らの空洞を満たすことができるか。そういう相手のココロを把握しなければ、うまくいくはずがありません。PRのことを話すと長くなるのでやめておきますが、PRの真価はマスコミに露出した後、そのニュースからブランド成長につなげていけるかどうかなのです。ところが、ほとんどのPRが露出で満足しているのです。これからのPRについては、また機会を見てお話しします。
 木村さんも、はじめは同じ動機だったでしょう。新幹線開業土産の開発。それでも、せんべい汁に行き着いたのは、木村さんの郷土愛。200年も前から食べられてきた郷土食をみんなに食べて欲しいという素朴な気持ちが、正しい選択をさせたのです。まさに、せんべい汁にとことん惚れ込んだからですね。
 ご存知のない方に、せんべい汁とは何を少しだけ。青森県八戸地方いわゆる南部は、以前は冷害が多く米作は不振でした。それを補うために小麦粉でつくったせんべいを代替食にすることもあったそうです。
 せんべい汁は、ダシ汁と具材の中にせんべいを食べやすく割って一緒に煮込む汁料理。せんべいにダシが染みこみ、アルデンテの固さで食べると絶品です。ちなみに汁用のせんべいはプレーンで、醤油などの味は一切ついていませんのでご想像のものとは全く違います。せんべい汁セットなどが販売されていますから、ぜひお試しください。
 木村さんがまず手をつけたのは、地元や県内の人へのアピール。足下から固めようという作戦です。それでも、味に自信を持つため、全国の人に試食調査。予算がありませんから自分の足でかせぎました。結果は、9割がおいしい、6割が買ってもいいというものでした。
 とりあえずの自信をつけた木村さんは、駅や市内での販売へ。2000個も行けばいいかなという予想をはるかに超えて4万個も売ることができました。問い合わせは、せんべい汁のことを知らない津軽の人にまで波及しました。
 普通ならこれで満足して、増産の結果、失敗というケースも多いでしょう。木村さんにとってこれはベース固めの実験のようなもの。目的はせんべい汁を売ることではありません。八戸を売ることがゴールなのですから迷いはありません。
 
次にやったことは、「八戸せんべい汁研究所」の設立。せんべい汁をフラッグシップにして、八戸を全国区にする。ですから、研究所にはせんべいの生産者や小売りの人は参加させませんでした。目的は販売ではなく、あくまで八戸のPRです。ですので、全員がボランティアによる参加。
 しかし、まだまだ地元の目は冷ややかでした。「だーも、せんべい汁たべるがー」(せんべい汁なんか誰も食べたがらないよ)という、「だー」の壁が立ちはだかっていたのです。
 その頃、出会ったのが、富士宮やきそばの人でした。全国には地元に愛される地元らしい食べ物があることに気づいたのです。しかし、その頃はまったく横の連携がない。これらを一堂に会することができれば、メディアを集めることができる。そういうアイディアが飛び出してきました。
 地元らしい料理、つまりB級グルメ。K-1、M-1ならぬ、B-1グランプリ。木村さんは、早速全国のB級グルメに呼びかけました。第1回開催は、八戸でと。しかし、1カ月経っても参加表明団体はゼロ。企画頓挫の危機に見舞われました。
 それでも、木村さんはめげませんでした。ならばと、熱い長い手紙を書いて再びチャレンジしたのです。「町おこしを自分たちの手で」という思いは各地の人たちに伝わりました。この情熱、郷土愛がすごい。私たちマーケティングに従事する者が忘れかけていることかもしれません。
 
そしてドキドキの開催日。入場者は予想をはるかに上回り、午前中だけで売り切れる店が続出。木村さんは、ハッキリと手応えを感じ、さらに行き先まで見据えることができました。
 その後、取材は殺到しB-1グランプリは注目の的。回数を重ねるごとに入場者、参加団体も増え、いまでは似たようなイベントまで人気を博しています。そして、B-1グランプリに参加した地域は軒並み売り上げ、旅行者アップ。まさに、万々歳の結果です。

一過性のブームにしない努力

 しかし、木村さんのゴールは八戸へ来てもらうこと。地元に来てもらい、地元らしいすばらしさを体験してほしいこと。つまり、多くの人がもっている旅へのイメージを変えることなのです。非日常を味わうことから普段着の心地よさを感じることへ。それこそが、地方の魅力をそのまま伝えることになり、長く愛されることになる。
 木村さんは、B-1グランプリの成功という一過性のブームには満足していません。次のターゲットを普段着の八戸の魅力にフォーカス。「朝市、朝風呂、屋台横町」という市民の楽しみを他県の人たちへアピール。この何でもない魅力が旅行者の心を捉え始め、リピーターが増えているそうです。
 
木村さんの戦術は着実に進んでいますが、これからが本当の勝負。空洞化した市街地に人を呼び戻すことができるか。そのハブとして2月にオープンしたのが、八戸ポータルミュージアム「はっち」。単なるハコモノに終わらず、八戸すべての魅力につながるハブに。その1つの試みが、アーティストが滞在しながら作品をつくれるレジデンスです。アートを町おこしに使っているところはたくさんありますが、こういうチャレンジは少ないようです。
 
木村さんのチャレンジは終わるところを知りません。ほんとうに、八戸が旅行者にとっても住民にとっても楽しいと思える町になる、その夢が実現する日まで。
 木村さんのお話を聞いていて、これこそが地方の復活の正しいあり方だと強く感じました。中央にとって都合のいい政策ではなく、その場所を愛している人が情熱を持って取り組んでいく。いちばん小さな単位でするからこそ、いちばん目が届く。まだまだ、地方にはエネルギーが沸々と沸き立っています。そういう人が日本にはたくさんいるに違いありません。
 そんな人たちが手を携えて行えば、間違いなく日本はまた素敵な国になるでしょう。一人ひとりが楽しく生きる地方から。マーケティングはその手助けをする。中央の論理に追随するマス的な視点ではなく、小さな視点を大きく見る。そうなれば、もっともっと楽しい仕事になりますね、これからのマーケティング。
プレモノ
 
 
インターネット検索国内最大手のヤフーが、ネットと店頭を連携させたサンプリング活動に力を入れている。コンビニエンスストア大手のファミリーマートやスーパー大手のダイエーと組み、飲料や食品などのメーカーから応募者に直送していた試供品を、店頭で受け渡しできるようにする。

 店舗の集客効果が向上し、メーカーの配送コスト削減が図れるだけでなく、マーケティングデータの精度向上も期待できるとしている。

 ヤフーはID保有者を対象にネット経由でアンケートに答えれば飲料や食品、化粧品などの試供品を抽選でもらえるサイト「プレモノ」を運営。試供品は従来、提供元のメーカーから応募者に直送されていたが、ファミマでは今月から全国約8100店舗、ダイエーでは3月から都心部などの約30店舗で、それぞれ店頭で受け取れる。

 仕組みはまず消費者が、プレモノで興味のある試供品を探し、アンケートに答えて応募。ヤフーが抽選で当選者を決め、メールで通知する。当選者は、ファミマでは店頭の端末でクーポンを印刷し、レジで試供品と交換する。ダイエーでは、メールに記載されたアドレスからクーポンを印刷して店舗のサービスカウンターに持参し、試供品をもらう。

 試供品を受け渡しする場所となる店舗は、消費者の来店機会が増えるのがメリット。メーカーも、街頭や店頭で不特定多数に配るのとは異なり、その商品を売り込みたい層に照準を合わせることが可能で、試供品を使ってみた感想も得られるため、マーケティングデータの精度を高められる。加えて、メーカーから応募者の自宅に直接配送するのに比べて配送コストを約3分の1に抑えられるという。

 ただ課題もある。プレモノは2009年10月のサービス開始以来、計17件の試供品を提供し、累計5万4000人以上に配布してきたが、目につきやすい街頭や店頭でのサンプリングと比べると、認知度の低さは否めない。

 ヤフーは今後、他の小売り大手にもネットと店頭を連携させた試供品配布を広げたい考えだが、店舗やメーカー、消費者の利用促進につながる具体的な道筋をどうつけるかがカギとなる。(森田晶宏)
 
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ピッキオ
 
 
旅の目的地(到着地)に所在するエコツアー会社が企画する「着地型商品」を拡大する動きが活発化している。長野県軽井沢町を活動拠点とする企業が4月から女性顧客層の開拓に乗り出すほか、滋賀県の観光資源を生かしたツアー開発会社は着地型商品情報サイトを3月以降に開設する。自然保護意識を高める動きを地域から巻き起こしたい考えだ。

 「自然を心から愛するガイド役の姿勢に感動した」

 2010年8月。出版関連の仕事に就く40代男性会社員が横浜市から家族3人で、生き物の営みに触れる着地型エコツアーに参加した際の感想だ。

 訪れたのは、日本有数の野鳥生息地「軽井沢野鳥の森」。その会社員は、オタマジャクシやトンボなどを観察し熱く語る案内人に引き寄せられた。

 ツアーを企画したのは軽井沢町で自然ガイド事業を行う「ピッキオ」だ。同社の楠部真也取締役は「顧客満足度を上げられる着地型ツアーを追求しリピーターを増やしたい」と話す。

 同社が4月下旬から展開するのが、東南アジアから渡来する青い羽のオオルリなどを軽井沢で探す企画「幸せの青い鳥ウォッチング」だ。若い女性を意識して開発したという。

 同社がこの5年間に企画したエコツアーの数は約100種。隠れた軽井沢の魅力を発掘し続けた結果で、種類の多さが着地型の特徴だ。大都市の旅行会社などが出発地で仕込む「発地型」パック旅行とはひと味違うのが特徴だ。

 滋賀県の「地域観光プロデュースセンター」(大津市)は、3月にも着地型ツアー情報を発信するウエブサイト「ディスカバー滋賀」(仮称)を立ち上げる。サイトでは着地型商品の募集情報を提供。発地型旅行会社や独自プランにこだわる一般消費者などのニーズを集める受け皿もつくる。例えば、着地型エコツアーのモデルプランをサイト上に複数提示。それを閲覧し興味を示した東京などの旅行会社が同センターに商品企画を依頼する形を想定している。

 同センターは、JTBを55歳で退職した吉見精二氏が「地域と一緒に地元の宝(観光資源)を生かした着地型商品をつくりたい」との思いを強めて04年に設立した。吉見代表は「着地型は地域の自然だけでなく、そこに暮らす人々や文化に触れることも大切にしたツアーだ」と力説する。これを全国の観光客に伝え、地域活性化と環境保全の両立につなげたいと願う。

 両社がエコツアーの提案で知恵を絞る背景には、ツアーの認知度の低さがある。日本エコツーリズム協会が首都圏在住の約500人を対象に消費者調査を行ったところ、「エコツアーに参加したい」と答えた人の割合は05年調査で21.8%。これが09年には14.6%まで落ち込んだ。エコツアーが認知されていないことやPR不足が要因だ。

 08年施行のエコツーリズム推進法は、「自然観光資源の保護に配慮しながら資源に触れ合い学び知る活動」を“エコツーリズム”と定義する。しかし、この考えに沿って着地型エコツアーを企画しても、単なるごみ拾いやエコカー巡りと同一に見られがちなのが現状だ。

 こうした中、エコツーリズム推進方策のあり方を探る環境省主催の有識者検討会が今月14日にスタートした。政府の事業仕分けで推進予算の計上見送りとなったことを受けた。これを機に同省は「質の高いエコツーリズムの推進に向けた課題を整理し国の役割を示す」(自然ふれあい推進室)考えだ。

 同省のエコツアー紹介サイトには700超の関連事業者が登録しているが、地域企業の多くが集客に必要な宣伝費を捻出できずビジネスで苦戦しているのが実情。“良質”なツアーを地域に眠らせないためにも、国の主導力が求められている。(臼井慎太郎)

 
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