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2011年2月9日 DIAMOND online 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]

革命的圧勝!

 名古屋市の河村たかし市長が仕掛けた、名古屋市長選、愛知県知事選、加えて名古屋市議会の解散の是非を問う住民投票のトリプル選挙は、「名古屋革命」と呼びたくなるくらいの河村氏側の圧勝に終わった。

 市長選における河村氏の得票は2位候補の3倍を超し、河村氏に呼応して愛知県知事選に立った大村秀章氏も2位候補のほぼ3倍の得票で、加えて、民主党が推薦した御園慎一郎氏は2位にもなれずに惨敗した。愛知県は、これまで民主党が強い地域とされていて、前回の総選挙でも15ある小選挙区で全て民主党候補が勝ち上がった。

 河村氏への賛意もさることながら、現政権の政権運営に対する批判が相当に深刻であることが窺える。

 菅首相及び枝野官房長官は、地域主権を尊重する観点から、地方選挙の結果にコメントしないとしているが、特定の候補を推薦したのだから、この言い逃れは詭弁というべきだろう。有権者にも失礼だ。

 選挙後の民主党執行部の反応には一つ興味深い点がある。今回の選挙の敗北責任について、小沢氏を支持する勢力の代表的な存在で参院の重鎮である輿石東氏は岡田幹事長に対して、「あんたのせいじゃない。こんなことでへこたれるな」(『朝日新聞』2月8日朝刊)と声を掛けたという。輿石氏の立場を考えると、小沢氏を追い込んでいる党執行部の岡田幹事長の責任を問う声が出てもおかしくないが、そうはしなかった。

 おそらく、岡田幹事長は、菅政権の中枢に対して距離を置き始めているのではないだろうか。思えば、岡田氏は、外相として普天間問題の矢面に立たされ、その後は小沢氏の処分を巡る問題で成果の出るはずがない立場を押しつけられ、まるで彼の将来の可能性を摘むかのような不利な役割を負わされてきた。岡田氏が、菅首相及びその周囲の勢力に見切りを付けても不思議ではない。

「名古屋革命」の今後!

 もっとも、「名古屋革命」はまだ完全に成し遂げられたわけではない。今は、まだ道半ばだ。これから、名古屋市議会を解散し、河村氏の公約を支持する勢力が多数派を確保してはじめて、市民税の10%恒久減税といった河村氏の政策が実現する。

 問題は、当面、二つある。

 一つは、市議選の候補者だ。候補者は、既存の市議で河村氏の政策を支持する人物、地元の政治家志望者など様々な層から選択しなければならないだろうが、議員の報酬を大幅に引き下げる河村氏の方針の下に、現実にどんな候補者がどれだけ集まるのかが問題だ。

 たとえば、就職難の折でもあり、全国から政治に関心のある大学生ないし、卒業生を公募するという手がある。学生なら、議員報酬が安くてもやって行けるし、市議として政治キャリアをスタートさせて、将来国政に打って出るようなコースを目指すことも出来る。河村氏の陣営が、現段階で候補者をどの程度集めているのか、市議選の戦い方をどう考えているのかは、まだ伝わってこないが、インパクトのある候補者を立てて、市議会の多数を確保することが必要だ。

 もう一つの問題は、名古屋市及び愛知県の官僚をどうコントロールするかだ。官僚をコントロールできない大臣がどれだけ惨めで、政治的にも成果が上がらないかは、政権交代後の、鳩山政権、菅政権でいやというほど見てきただろう。

 減税と共に、市や県の職員の報酬を引き下げなければ、河村氏の名古屋革命は実現しない。しかし、自らの報酬を引き上げることに官僚が協力するか、また、報酬を引き下げられても真面目に働くか。

 中央官庁よりも、市や県などの地方の方が、仕事の内容が見えやすいので、政治家が行政をコントロールすることが容易だが、サボタージュや不都合な情報のメディアへの横流しなど、官僚の抵抗の可能性は甘く見ない方がいい。

政権交代後の民主党の各大臣を見ると、独自の政策スタッフを持たずに省庁に乗り込んで、政務三役で仕事を抱え込んだことが、失敗の大きな原因になっていたように思う。市や県の管理職が非協力的だった場合、彼らがいなくても政策を実行する指示が出せるくらい政策と法律、加えて地域の事情に通じたスタッフを揃えることが重要だ。

 この場合も、有能なスタッフを集めることと「河村的・清貧」を両立し、維持することが現実的な問題になるだろう。

 もちろん、官僚に頼らない意思決定の実働部隊を用意することと同時に、「使える」官僚は登用し、彼らのモチベーションを維持する「マネジメント」が重要だ。本来、地方の首長には大企業の社長さん以上の経営力が必要だ。

 河村氏によると、欧米の政治家の報酬は、数百万円前半程度であることが多く、政治家は、それを甘受してでも喜んで政治を行うボランティアの名誉職的なものである場合が多いという。政治家が「政治屋」であってはならないという主張には共感するが、政治家の報酬を下げると、経済的には、生活に不自由しないお金持ちか、あるいは、下がった報酬でも喜ばしいと思う低所得者しか政治家を選ばなくなる可能性があるので、制度の運営を上手にやらなければならない。

 河村氏が理想とするような高貴な政治を実現するためには、政治活動のコストをいかに引き下げるか、加えて、金銭的メリットを失う分の政治家の名誉をいかに確立するか、ここでも現実的なマネジメントの問題が浮かび上がる。

名古屋革命」の意味!

 それにしても、今回、これだけの大差で河村氏の陣営が支持された理由は何だろうか。河村氏は減税を掲げ、菅政権は今や消費税増税路線を隠さないが、この差だろうか。

 それだけではあるまい。思うに、民間の給与が減少し、失業率が高水準で推移する中、公務員の給与は微減にとどまるし、もちろん彼らはクビになったり組織がつぶれたりして失業するリスクがほとんどない。この官民格差に対する怒りと反感が名古屋市民、愛知県民のみならず、全国民レベルで存在するのではないだろうか。

 国民の多くは、長期的にはおそらく増税が必要で、その際に消費税率の引き上げが有力なオプションであることを理解している。これは良いことだ。しかし、行政の大きさを現在のままにして、加えて、年金なども総合的な待遇の官民格差をそのままにした増税には共感しないだろう。

 前回の総選挙で、民主党は、第1番目の政策として財政支出のムダの削減を掲げ、その中で、公務員人件費の2割削減を目標としていたはずだ。この実行で形を示した後でなければ、国民は増税を支持しないだろうし、菅政権は早晩終わることになるだろう。

 愛知の選挙結果の民主党執行部への影響を報じる新聞記事の同面(『朝日新聞』2月8日朝刊、4面)に、「年金一元化先送りへ」との与謝野経財相の方針が報じられている。年金一元化は、サラリーマン厚生年金、公務員の共済年金、自営業者の国民年金の「条件」を統一する政策だが、これが先送りされると、現在、民間の年金と比較して条件のいい公務員の共済年金の条件が温存され、年金の官民格差が残ることになる。自営業者の所得把握のために、番号制の導入が先ず必要だという与謝野氏の主張にも一理はあるが、共済年金厚生年金の一本化は、直ぐにでも実行できる。

 こうした記事が出ること自体が、菅政権の民意からのズレを象徴しているように思われてならない。

 もちろん、消費税増税が、財政再建の名の下で官僚の米櫃の補強を意味することについて、国民は十分理解している。

 行政のムダを整理することなく増税路線をひた走る与謝野氏は、今や「官僚の利益」を代弁する「官の忠犬」(「菅」の忠犬かどうかは疑わしい)のような存在だが、彼が活躍するほど、政権の終わりが早まることになるだろう。失礼ながら、氏は政権の貧乏神だ(彼は自民党候補として比例当選したのに議員を辞めずに反対党の政権に入閣した、いわば「非礼議員」であるから、少々非礼に罵っても許されるだろう)。

 国政では、「名古屋革命」の意味を全国レベルの行政改革につなげられる「構想力」と「マネジメント力」を持った勢力の登場が待たれる。

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