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どらやきでドラえもんを動かそう
2011年1月18日(火) 日経ビジネス 山田久美
現在、微生物を利用した「微生物燃料電池」と「微生物太陽電池」の実現に向け、研究開発を進めているのが、東京大学・先端科学技術研究センターの橋本和仁教授をプロジェクトリーダーとする科学技術振興機構(JST)の「橋本光エネルギー変換システムプロジェクト」だ。
ロボットであるドラえもんが、なぜ、どら焼きを食べて動くのか、疑問に思ったことはないだろうか。しかし、ドラえもんが「微生物燃料電池」で動いているとすれば、説明がつく。
微生物燃料電池とは、その名の通り、微生物を使って発電する燃料電池のことだ。
地球上には、実にさまざまな微生物が生息している。その中には、有機物を食べ、それを分解してエネルギーを得る際に、電流を発生させる微生物がいる。「電流発生菌」と呼ばれるものだ。この微生物を使って発電するのが微生物燃料電池である。
そして、現在、微生物燃料電池との実用化と、その先の最終目標である「微生物太陽電池」の実現に向け、研究開発を進めているのが、東京大学・先端科学技術研究センターの橋本和仁教授をプロジェクトリーダーとする科学技術振興機構(JST)の「橋本光エネルギー変換システムプロジェクト」だ。
エサは生ゴミやビール工場の廃液など
実は、電流発生菌の存在自体は約100年も前から知られていた。しかも、地中や水中などどこにでも生息しているごくありふれた生き物だ。そのため、これまで幾度となく、電流発生菌を使って発電しようという試みがなされてきた。しかし、電流密度が低いため、実用化には至らなかった。
ところが、近年、遺伝子工学に代表される分子生物学の急速な進展に伴い、米国を中心に、微生物燃料電池の研究開発が、にわかに活況を呈してきている。電流発生菌の遺伝子を改変することで、電流密度を上げ、より多くの電流を発生させるようというわけだ。その結果、現在、微生物燃料電池は実用化の一歩手前まできている。どら焼きを食べて動くロボットも、あながちSFの世界だけの話ではなくなってきているのだ。
電流発生菌の“エサ”は、生ゴミをはじめビール工場や染色工場の廃液など有機物であれば何でもいい。電流を発生すると同時に有機物が分解され、廃液が浄化されるので、廃液処理装置や下水処理装置として有望視されている。
日本では、現在でも、下水の浄化に微生物が利用されている。しかし、既存の方法では、微生物に酸素を送り込む必要があり、そのために、総使用電力の約1%もの電力が使われている。しかも、使い終わった微生物はゴミとして廃棄され、焼却処分されている。その量たるや、年間数億トンに及ぶ。
しかし、電流発生菌は酸素を必要としない。そのため、ここに微生物燃料電池を導入すれば、電気を使うどころか、逆に発電しながら下水を浄化することができ、しかもゴミも大幅に減らせる。一石二鳥にも三鳥にもなるのである。
「とはいえ、遺伝子の改変は、“自然との共生”にはそぐわないやり方だ。我々はあくまでも、遺伝子改変をしない微生物燃料電池にこだわりたい」。橋本教授はこう語る。
元来、太陽電池や光触媒など光機能材料の研究を専門としてきた橋本教授が、微生物燃料電池の研究開発に本腰を入れ始めたのは2006年のことだった。
微生物燃料電池に関する研究計画書を作成し、2006年度の科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(ERATO)に「橋本光エネルギー変換システムプロジェクト」で応募し、採用されたのだ。
発電量は当初の数百倍に
しかし、微生物燃料電池を開発するには、電気化学などに加え、微生物学や分子生物学に関する専門知識が不可欠だ。そこで、橋本教授は、東京大学で開催された微生物燃料電池のシンポジウムで知り合った渡邉一哉特任准教授に共同研究を持ちかけた。
当時、海洋バイオテクノロジー研究所で主幹研究員を務めていた渡邉特任准教授の専門分野は応用微生物学。微生物を使って人の役に立つものができないかと考えて、微生物燃料電池の研究を始めた。彼自身も、研究の中で発電効率を高める電気化学的な知識を必要としていた。そのため、橋本教授からのオファーは渡りに船だった。
プロジェクトを開始して丸4年。光化学や電気化学を専門とする橋本教授らのグループと、微生物学を専門とする渡邉特任准教授らがタッグを組んだことで、研究は着々と成果を上げてきている。
特に、最も重要な発電量は、電極の改善や微生物の生態の見直しにより、数百倍にまで引き上げることに成功した。
微生物燃料電池の場合、電流発生菌に有機物を与えると、最初は電流の量が急速に増える。しかし、ある一定のところまでいくと、いくら有機物を与えても、電流発生菌を増やしても、それ以上増えなくなってしまう。
理由は、電極の面積が限られているからだ。電流発生菌は電極に張り付くことで、不要となった電子を電極に渡し、電流を発生させる。そのため、電極が電流発生菌で覆われてしまうと、電極から離れたところにいる電流発生菌は、電子を電極に渡すことができないのである。
そのため、橋本教授と渡邉特任准教授にとって、いかに多くの電流発生菌が電子を電極に渡すことができるようにするかが、最重要課題となった。
まずは、電気化学を専門とする橋本教授のチームから、電極の改善の提案が出された。電極の表面に、カーボンナノチューブを使った処理を施すことで、効率良く電子を渡せるようにしたのだ。その結果、発電量は10倍に跳ね上がった。
一方、渡邉特任准教授は、“自然との共生”という信念の下、電流発生菌の生息環境に立ち返ることにした。実験設備という環境は、電流発生菌にとっていわば動物園の檻の中のようなもの。自然に近い環境にしてやれば、何か予想もつかないような突破口が見出せるのではないかと考えたのだ。
たとえば、代表的な電流発生菌であるシュワネラ菌の生息域は、深海の海底火山の地殻の中。そこで、渡邉特任准教授は、深海からシュワネラ菌を採取する際、必ず酸化鉄や硫化鉄が付着していることに注目した。そして、電流発生菌の培養液の中に、酸化鉄を加えたところ、発電量が一気に50倍になった。
「これは、酸化鉄が、電流発生菌同士が電子をやり取りするためのネットワークの役割を果たしているからだと考えられる」と渡邉特任准教授は説明する。酸化鉄を介して電流発生菌同士が結びつき、電子を授受し合っていたのだ。
これらの試行錯誤を繰り返した結果、橋本教授らは、遺伝子を改変することなく、1立方メートルの実験装置から130ワットの電力を取り出すことに成功した。
橋本教授は胸を張る。「この実験結果を見たとき、“自然との共生”という我々の信念は間違っていなかったと確信した」。
橋本教授らは、仮に微生物燃料電池を家庭用として実用化する場合、少なくとも1000ワットの電力を出せるようにする必要があると見積もっている。3~5年以内に実用化できる見込みだ。
「微生物太陽電池」を目指す
ただし、橋本教授が目指しているものは、実は微生物燃料電池の実用化の先にある。「微生物太陽電池」の実現だ。
微生物太陽電池とはその名の通り、微生物を利用して、太陽光エネルギーを電気エネルギーに変換する装置のことだ。
植物や植物プランクトンは光合成により、太陽光エネルギーを使ってCO2と水から有機物を作り出している。そこで、微生物燃料電池を基に、橋本教授が思い付いたのが、光合成をする微生物をそのまま利用する微生物太陽電池だった。
微生物太陽電池が実現すれば、湖沼などで大発生し、我々に甚大な被害を及ぼしている“アオコ”を使って発電したり、水田で発電したりできるようになるかもしれないと橋本教授は考えている。
しかしながら、現在のところ、光エネルギーを直接、電気に変換できる微生物は発見されていない。そのため、橋本教授は、複数の微生物を組み合わせるなど、「合わせ技」で実現しようと考えている。
現在、橋本教授らが試みている方法は2通りある。
1つ目は、複数の微生物を組み合わせる方法だ。微生物の中には、光を当てることで光合成し、有機物を作る微生物がいる。そこでできた有機物を電流発生菌の餌にすれば、間接的に、太陽光から電気を取り出すことができるというわけだ。
光合成する微生物の代表例が、実はアオコだ。アオコは太陽光によって急速に増殖し、湖沼周辺の生態系を破壊するなど各地で問題となっている。そこで、湖沼にアオコと電流発生菌を共生させ、電極を設置すれば、湖沼が微生物太陽電池に大変身するという算段だ。
2つ目は、「田んぼ発電」だ。これは、イネが光合成する際、根から排出される有機物を電流発生菌のエサにしようという試みだ。
実際、橋本教授が田んぼの泥の中に陰極の電極を差し、水面に陽極を置いてみたところ、日中、イネに太陽光が当たっているときだけ、電流が発生した。とはいえ、現在のところ、発電効率は0.01%と極めて低く、10%台を実現している市販の太陽電池にはるかに及ばない。
「だが、今の100倍の1%にできれば、実用化も十分視野に入る。屋根よりも田んぼの方がはるかに面積が広いからだ」。橋本教授の表情は明るい。
微生物太陽電池に関しては、まだまだアイデアや基礎研究の域を脱していない。しかしながら、自然をそのままの形で生かしつつ、太陽光エネルギーから電気エネルギーを取り出すことができるということを証明できたという点で、これらの取り組みは意義深いと橋本教授は考えている。
「なぜなら、自然から離れる方向で発展してきた20世紀の科学がもたらした負の遺産を回収するには、自然に近づいていく科学、自然と共生する科学の構築が不可欠だと考えるからだ」。
橋本教授が、微生物を使った電池の開発に軸足を移した背景には、20世紀の科学に対する反省と強い危機意識があったのだ。
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