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2010/12/14 ぐるめ部
【開発物語】JR東 東北新幹線「グランクラス」
≪STORY≫
なぜ、新幹線には航空機のようなファーストクラスがないのか-。
素朴な疑問が出発点だった。折しもJR東日本には、グリーン車の利用客から「もっと静かに過ごしたい」「もっとゆったりとした車内空間を」といった声が寄せられていた。
出した答えが最上位シート「グランクラス」だ。今月4日全線開業した東北新幹線に来年3月デビューするE5系「はやぶさ」に導入される。
はやぶさは国内最高の時速300キロでの営業運転が予定され、2012年度末には320キロに引き上げられる。
国内最強の新幹線には、国内最強のサービスを-。“新幹線版ファーストクラス”の導入は、自然な流れでもあった。
高速鉄道特有の構造も、グランクラス導入に追い風となった。グランクラスが入るのは先頭車両のみ。新幹線の先頭車両は「ノーズ(鼻)」と呼ばれる先端部分を低く長くし、空気抵抗や騒音を減らす必要がある。国内最速のはやぶさのノーズは約15メートルで、それだけで先頭車両の半分以上を占める。このため、スピードを求めるほど、客室スペースが取りづらくなる。グランクラスはこの中途半端な広さを逆手にとり「極上の空間」に生まれ変わらせた。
定員はわずか18人。1列に2人席と1人席の計3席しかなく、これが6列配置される。現行の「はやて」のグリーン車の定員は1車両当たり51人。ノーズが車両の半分以上を占めるので、単純比較はできないが、グランクラスの1人当たりの空間はグリーン車をはるかに上回る。さらに、先頭車両には車両から車両へと移動する乗客がおらず、静かな空間を作り出す上でもうってつけだった。
グランクラスをつくるプロジェクトは、JR東の本社内で2008年初め、「スーパーグリーン車(仮称)」としてひそかに走り出した。「最上級のくつろぎと癒やしの空間を作り上げる」。担当になった車両技術センター新幹線車両グループリーダーの遠藤知幸さんの決意は固かった。その年の秋、川崎重工業と日立製作所、ドイツのシートメーカー、レカロがプロジェクトに参画し、共同でプロジェクトを進めることも決まった。
最も力を入れたのがシートの開発。国内初の“新幹線版ファーストクラス”として上質さに加え「どんな体型の人が、長時間座っていても疲れない」ことが絶対条件だった。はやぶさのデビューはすでに11年3月と決まっていた。シートの開発は「10年単位」といわれているが、与えられた時間はわずか2年だった。
レカロはベンツやポルシェといった自動車メーカーや、日本航空など航空会社にシートの納入実績がある。JR東が着目したのはレカロの人間工学に基づく最適なシートづくりだった。
ただ、レカロにとって鉄道の客席づくりはこれが初めて。いざ着手してみると、「航空機や自動車のシートとは勝手が違った」(レカロのエンジニアリングダイレクター大島正敏さん)。
ハードルは予想以上に高かった。新幹線のシートは上りと下りで回転させ、向きを変えなくてはいけない。鉄道ならではの条件だ。ダイヤが過密する東京駅では、新幹線は最短12分で折り返す。その場合、車内清掃の時間はたったの7分。清掃員が大急ぎでいすを回転させると、シート周辺に想定以上の負担がかかる。テストを繰り返し、徐々に強度を高めていった。
シートは長さ130センチ、幅52センチとゆったりサイズ。しかも「ベンツの最高級ブランド『マイバッハ』の後部座席のリクライングの動きを新幹線でも再現したい」(レカロの大島さん)と、電動リクライング機能を採用した。
ただ、走行中の車内では、電力使用量が限られる。シートに仕込んだ4つのモーターのうち、一度に動かせるのは2個まで。大島さんは「どの瞬間に止めても座っている人がリラックスできるポジションを見つけるのに苦労した」と明かす。8カ月かけてコンピューターやモデルを使って、背もたれと座面の動き方や角度を検証した。
試行錯誤を経て5代目のモデルの試作品が完成したのは今年初め。JR東の幹部にお披露目するため、本社ビルに2列分のグランクラスの室内空間イメージを再現した。
「これでいいんじゃないか」。清野智社長はシートに身を沈めながら満足そうな表情を浮かべ、ゴーサインを出した。グランクラスが誕生した瞬間だった。
チームは5月、はやぶさの試験車両に試作したシートを持ち込んだ。大宮-盛岡を走行し、実際の乗り心地を確かめた。「寝返りもしないほど、寝心地がよかった」と、JR東新幹線車両グループの齋藤裕之さんは胸を張る。川重機器・工事営業部の鉄道車両用腰掛担当部長、徳満修一さんも「本当に疲れないシートだ」と自信たっぷりだ。東京-新青森(713.7キロ)を約3時間20分(来年3月からは約3時間10分)で結ぶはやぶさ。グランクラスは、みちのくの旅の質を大きく変える可能性を秘めている。
■異分野の才能、妥協せぬプロ意識
≪TEAM≫
日産自動車の「GT-R」から東北楽天ゴールデンイーグルスのベンチまで、レカロの大島正敏さんは数え切れないほどのシートを設計してきた。シート一筋と思いきや、学生時代はまったく関係のない応用化学専攻だった。
大島さんが初めて就職したのは化学プラントメーカーだったが、不況でその会社が経営不振となり、トヨタ自動車の系列会社に再就職、シートの設計に携わるようになった。その非凡な才能にレカロが目を付け、約10年前にスカウトした。人間工学に基づき、データを駆使しながら理論的に語る姿に、JR東日本の遠藤知幸さんは「ドイツ企業だけあって、欧州の腰掛ける文化を熟知している」と評する。
日立製作所の熊谷健太さんがグランクラスで一番こだわったのは照明だ。鉄道車両の天井照明は進行方向と平行に並べるのが一般的だが、熊谷さんは横向きに配置。斬新な発想は他のメンバーをあっと言わせた。
JR東を含む4社の混成チームで進めたグランクラスの開発は、多種多様な見方に各社が刺激を受ける一方、得意分野では互いに譲らないという“プロ”のこだわりが原動力にもなった。
異分野の才能をバランスよく調整したのは、川崎重工業の徳満修一さん。「鉄道車両の製造を熟知」(JR東の遠藤さん)する立場から、製造のしやすさとコストパフォーマンスの両面から、意見対立したメンバー同士を取り持った。
■節約疲れ、癒やす「もてなし」
≪MARKET≫
グランクラスの料金は、東京-新青森間で、運賃や特急料金を含め2万6360円と、グリーン車に比べ、5000円程度高く設定されている。ターゲットとしているのは、ビジネス客と、旅の思い出を重視するミドル・シニア層だ。新しいマーケットを生み出せるか、業界の注目を集めている。
同じ路線で運行している新幹線「はやて」の場合、全814席のうち、グリーン車は51席用意されている。利用客は微減傾向にあるものの、約3割の列車でグリーン車が満席となるなど、高額シートの需要は根強いものがある。
グランクラスは豪華で洗練された内装だけでなく、飛行機のファーストクラスのようなシートや専任アテンダントがサービスする「おもてなし」が特徴だ。業界関係者は「世界でも珍しい取り組み」と評価する。
日本経済はデフレ傾向が依然続くが、消費者の一部からは“節約疲れ”もあって本物の上質を求める動きも出始めている。グランクラスがこうしたニーズを取り込めるか。来年3月に結果が出る。
≪FROM WRITER≫
「新幹線は日本の国を象徴する公共物。品格を感じられる空間をつくりたかった」。グランクラスの内装のデザインを手がけた日立製作所の熊谷健太さんの言葉がとても印象的だった。
政府は「観光立国」の実現に向け、外国人観光客の誘致に取り組んでいる。多くは東京-富士山-京都を結ぶ「ゴールデンルート」に集中しているが、日本通の台湾人や韓国人の間では、遅れて満開の時期を迎える青森の桜も人気だ。彼らは航空便でやってくることがほとんどだが、今後は全線開業した東北新幹線を使うケースも増えるだろう。つまりグランクラスは日本人だけでなく、アジアの富裕層が利用することも十分考えられる。外国人観光客に「日本を再び訪れたい」と感じてもらえるインフラとして期待できるというわけだ。
それだけでなく、グランクラスを通じて海外に新幹線ファンが増えれば、海外の高速鉄道計画の受注にも弾みがつくのではないか。夢が広がる取材を経験できた。(米沢文)
≪KEY WORD≫
■「グランクラス」
東北新幹線で来年3月5日にデビューする最新鋭車両E5系「はやぶさ」に導入されるグリーン車より上の座席クラス。JR東日本は初の“新幹線版ファーストクラス”と位置づける。先頭車両に18席だけ設け、グリーン車の座席に比べてシートピッチや座席幅、ひじ掛け幅、テーブルの面積を拡大。シートには本革を使い、インテリアには濃い木目のデザインを採用し高級感を演出した。車内には専任のアテンダントも配置する。食事は青森産や東京産の食材を使った和食と洋食から選べ、飲料はソフトドリンクのほかアルコールも提供し、ファーストクラス並みのサービスが堪能できるという。
サムスングループ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97
ロッテ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%86
サムスン対ロッテ、グループの威信懸け一歩も引けぬ!
2011.02.10(Thu)JBプレス 野口透
韓国で熱い女の闘いが繰り広げられている。サムスングループとロッテグループのオーナー会長の長女2人が、仁川と金浦空港の免税店ビジネスを巡って激しい争いを演じているのだ。
サムスン対ロッテ、勝つのはどっち?
プライドをかけた2人の女帝の争いは訴訟合戦にまで発展。韓国の経済界はいま、この話題で持ちきりとなっている。
争いの主役は、李健熙(イ・ゴンヒ)サムスン電子会長の長女とロッテグループの重光武雄(韓国名・辛格浩=シン・キョクホ=)会長の長女だ。
もちろん2人とも単なる「財閥会長のお嬢様」ではない。
李健熙会長の長女である李富真(イ・ブジン)氏(40)はホテル新羅の社長。一方の重光会長の長女である辛英子(シン・ヨンジャ)氏(68)も百貨店事業のロッテショッピング社長と、ともに名うての経営者なのである。
年齢差はあるが、2人とも「父親譲りの経営手腕」でグループ中核企業のトップを務める実力者だ。
サムスングループの一翼を担う!
李富真氏は延世大学児童学科卒後、サムスン電子などを経てホテル新羅入りした。3人兄妹の中で、経営者としては最も積極的な性格と言われる。
2004年にホテル新羅の常務に就任して以来、グループ経営の一翼を担っている。
現在は、グループの事実上の持ち株会社であるサムスンエバーランドの社長を兼ねるほか、サムスン物産や石油化学事業などにも関与し、「将来はサムスングループの一部を分割継承する」との見方も強い。
一方、ロッテショッピング社長の辛英子氏は梨花女子大家政学科卒後、父親のそばで事業を学んだ。
特に中核事業である流通業については、ロッテショッピング(百貨店)の創業にも関わった。グループ経営の後継者は弟の重光昭夫氏と言われているが、姉である辛英子氏がグループ内で最高実力者の1人であることは間違いない。
ロッテが先行するも、新羅がシェア3倍の大攻勢!
ホテルと百貨店。一見すると直接競合することはなさそうだが、新羅とロッテに「免税店」を付ければ、韓国通ならばピンとくるかもしれない。
そう。東アジアのハブ空港として利用者数を急増させている仁川空港を歩けば、すぐに目につくのがこの2つのブランドの免税店だ。
この2人こそ、高収益事業として知られる免税店事業の総責任者なのである。
激突の第1ラウンドは昨年火ぶたを切った。仁川空港で、新羅、ロッテに次ぐ3番目に大きい免税店を経営していた「AK免税店」をロッテが買収したことに端を発する。
免税店事業ではロッテが先行していた。しかし、李富真氏が常務になって以来、新羅が大攻勢をかけ、国内シェアを10%強から一気に3倍近く引き上げた。ロッテの辛社長は、この買収で一気に新羅の追撃を突き放す狙いだった。
AK買収でロッテのシェアが50%超へ!
これに新羅が猛反発した。2007年に仁川空港が免税店事業者を選定した際、「1グループが2つの企業を通して免税店を営業してはいけない」などの規定があったためだ。
新羅は、裁判所にロッテが買収したAK免税店の営業停止を求める仮処分を申請した。この訴訟は結局、「規定は事業者を選定する際にのみ適用された」として裁判所が仮処分申請を却下。ロッテが勝利した。
AK免税店の買収で、ロッテの韓国内免税店市場でのシェアは50%を突破。ロッテの強さを見せつけた形になった。
ところが、これで引き下がる李富真氏ではなかった。
2010年11月、李富真氏は、フランスの複合高級ブランド企業LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンのベルナール・アルノー会長と、ソウルの新羅ホテルで会談。ルイ・ヴィトンのブランドショップを仁川空港に出店することで合意したと発表したのだ。
世界初、ルイ・ヴィトンが仁川空港に出店した理由!
ルイ・ヴィトンの仁川空港出店」は、世界のファッション、ブランド品業界を震撼させた。
と言うのも、ルイ・ヴィトンはこれまで「ブランド価値維持」のために、世界中のどの空港にも出店してこなかったからだ。
「ルイ・ヴィトンがアジアの空港に出店する」との噂は数年前からあったという。
関係者によると、ロッテグループも猛烈に働きかけていたという。しかし、アルノー会長は李富真氏の父親である李健熙会長と旧知で、こうしたファミリーとグループの人脈を総動員して「仁川誘致」を成功させた。
李富真氏は昨年末のサムスングループ人事で、ただ1人だけ専務から副社長を飛び越して社長に昇格した。この2階級特進の最大の理由が「ルイ・ヴィトン誘致」だったとする声も多い。
次なる戦いの場は金浦空港!
ルイ・ヴィトン誘致は、熾烈なハブ空港競争を繰り広げている仁川空港にとって朗報だった。テナント料や出店場所などで最大限配慮し、あとは開店を待つだけだった。
ところが、ロッテが黙っているはずがない。ロッテ免税店は2011年1月、仁川空港公社に対して、新羅-ルイ・ヴィトンとの出店契約を禁ずる仮処分申請を裁判所に出した。
ルイ・ヴィトン出店に際しての条件が他の免税店に比べて著しく優遇されていることが、ロッテと空港公社との契約に違反しているとの訴えだ。
ルイ・ヴィトン誘致で一敗地にまみれた辛社長にしてみれば、ロッテの牙城である仁川空港で新羅に勝手放題させることなど絶対に認められないとの強烈な意志の表れと言える。
実は新羅とロッテには、この裁判の行方以外に次の戦いも待っている。
金浦を独占するロッテ、新規参入狙う新羅!
その主戦場は金浦空港だ。金浦空港は、国際線ターミナルの拡張に伴い免税店の面積を約2倍に増やす計画で、2011年春にも事業者を選定する。
現在、金浦空港の国際線ターミナルの免税店を運営しているのはロッテだけ。
ロッテは、これまでの実績をテコに店舗拡張を狙っている。これに対して、新羅は新規参入の意向を見せている。
普段から日本人にも馴染みが深い仁川、金浦空港。買い物の機会も多いと思う。しかし店員のにこやかな笑顔の裏では、新羅とロッテというそれぞれの看板を背負い、2人の女性社長がすさまじい暗闘を繰り広げているのだ。
富裕外国人が集まるスイスは税金を交渉で決められる!
2011年1月25日(火)日経ビジネス 河合江理子
デフレと人口減に悩む日本は外国人観光客の誘致に力を入れている。では、本当の観光立国とはどこが違うのか、先行する国々の事例と比較しながら、日本が対応すべき課題を考えていきたい。
バーゼルの国際決済銀行(BIS)時代の元の同僚シンガポール人から冬休みにニセコにスキーにいったという新年のメッセージをもらった。彼は過去数年シンガポールからニセコにスキーに来ている。ニセコに行く以前はカナダまでスキーにいっていた。
海外からの観光客で賑わうニセコについては、すでに日本でもよく報道されている。彼の言葉を借りれば『ニセコにいると日本にいるということを忘れてしまう。スキーのコーチが日本人ではないし、スキーのレンタルもオーストラリア人が応対するし、ピザの配達を電話で頼めばオーストラリア人が応対する。今回義理の兄がスキーの事故で足を折ってしまい、ニセコの病院にいった。そこには英国人のインターンがいて通訳をしてくれて助かった』日本にいながらすべて英語で用が足りる。
そういえば香港で働いているハーバード大学の同級生が、ニセコに土地を買って外人用の高級アパートを建てたいとクラスメートの建築家に相談していたな、と思い出した。ニセコはオーストラリア人だけではなく、アジア中で注目しているスキーリゾートなのだ。
九州はお隣の韓国からゴルフと温泉ツアーで賑わっている。韓国のソウルの近辺でゴルフをすると5万円ぐらいかかる。だから、わざわざ交通費をかけてもゴルフをして温泉も楽しめるといって九州が人気になっている。ゴルフ人口が減ったゴルフ場などはそれで活性化しているという。他の温泉地も日本人客が減っている分を中国人や韓国人観光客で埋めようしているところが多いと聞く。
ヨーロッパでもスペインやポルトガルでは英国人やドイツ人のためのリゾート地が海岸沿いにできており、英語やドイツ語でことが足りるようになっている。今年の冬の休暇はポルトガルの南部の海岸で休暇をとったが、30年ぐらい前までは寂れた漁村だった地域は英国人のリゾート地へと変化している。不動産業者、会計士、マッサージやテニスのコーチに至るまであらゆる業種で英国人が働いている。リゾート地の住人のほとんどが英国人で、住居や宿泊施設には英国人用のケーブルテレビが入っており、スーパーマーケットにいっても英国人の好みにあわせた品揃えがしてある。
スペインのマジョルカ島では、太陽と暖かい気候を求めるドイツ人が休暇滞在だけでなく居もかまえており、場所によってはドイツにいるような感覚を受ける。レストランではスペイン語を話させないドイツ人のウエーターが働いていたりする。今はマジョルカ島のリゾート地の方がドイツの一部の主要都市よりも不動産価格が高くなっている。
シンガポール政府は長年ギャンブルを禁止していたものの、2010年に観光客から外貨収入を得るために巨大カジノをオープンした。外国人がカジノに入るのはパスポートを見せれば無料だが、シンガポール人は100シンガポールドル(約6400円)の入場料を払わなければならない。外国人が賭博でお金を落としていくのは国が豊かになるのでいいが、入場料を高めにしてシンガポール人がギャンブルに走らないよう配慮している。シンガポールでカジノを経営する米国のラスベガス・サンズは2010年同国で600億円ほどの利益をあげたという。
外国人富裕層が税金を直談判して決めるスイス!
スイスも同じように観光立国として富裕観光客からの恩恵を受けてきた。スイスは州によって税率が異なり地方自治体が自由に地方税を設定できるので、税金を低く抑えようとする欧州の金持ちや世界的に有名なスポーツ選手そして芸能人たちが、地方政府と交渉し低い税金でスイスの居住権を得ている。例えばカーレーサーのミヒャエル・シュマッハーはスイスに居住しているが、ドイツで税金を払うのとスイスで税金を払うのでは何億円、いや何十億円の違いが出てくるのだろう。
小さな山村にとってこういった外国人からの税収入はかなり魅力的である。スイスに住みたい外国人は、まず納税額を最初に交渉で決め、次に居住権を得る。日本の都道府県にもこうした柔軟な税制があれば、地方に住みたいという外国人が増えるかもしれない。
もちろん税金が安いからという理由だけで、富裕層がスイスには喜んで住んでいるわけではない。スイス国民が外国語を流暢に話すということも大切な要素だ。公用語(ドイツ語、フランス語、イタリア語)に加えて英語はほとんどの場所で通用する。私はドイツ語がほとんど話せないが、スイスドイツ語圏に住んでいてもあまり苦労はしない。医療施設、レストラン、市役所の職員、駅員、家主など、たいていの人は英語を話す。電話で英語が通じない場合は、少し待てば英語を話す人が電話に応対してくれる。スイスの誇る美しい自然やすぐれた医療、安全などの環境面でも優れている。
観光立国からの弊害ももちろんないわけではない。ロシア人の大金持ちなどが国際的に人気の高いスキーリゾート地のサンモリッツなどの不動産価格をつり上げていることへの反発も多い。小さなアパートでも1億円以上する。普通のスイス人には手の届かない高級リゾートになってしまっている。ジュネーブの周辺の高級住宅地に住む友人が家を売ろうとした時、隣人から「ロシア人だけには売らないでくれ」と頼まれたという。スイスではまだかなりの地域で外国人の土地の所有には様々な制限がされている。外国人の買占めを防止するためにうまく工夫しているのだ。
国外の富裕層からの経済的なプラス効果を享受しているスイスでも、移民や単純労働に従事するような外国人に対する感情は悪化している。外国人イコール犯罪者として排除のキャンペーンしている排他的民族主義政党もかなりの国民の人気を受けている。このような政党が躍進しているフランスやオランダも同様で、移民同化問題はヨーロッパ全体の問題である。フランスになじめない移民2世が、パリの郊外で人種差別や失業などの不満が爆発して車を何万台と火をつけたのは2005年のことだった。
日本人の富裕層が税率の安いシンガポールや香港に移住してしまうことが報道されている。これとは反対に世界の優れた技術や才能を持った外国人が喜んで働く国際的都市が日本に誕生すれば、これは日本の将来にとって好ましいことではないだろうか。
デフレや人口減少などの問題を抱える日本を活性化する上でどのように外国人を受け入れていくかが今後重要になってくるだろう。人口が増えないと長期的には土地の価格は低下してしまい、デフレスパイラルから逃げるのはかなり難しくなる。ニセコの例を挙げるまでもなく観光客が地元経済を活性化する可能性は大きい。
フランスで移民暴動事件等を経験しているから安易な移民政策を唱えるつもりはないが、スイスやシンガポールのように外国人をうまく取り込む政策というものを積極的に考えたらどうだろうか。以前に比べてかなり改善したが、英語の標識は少ないと日本を訪問した友人たちは指摘する。英語を話す層も増えているものの、やはり世界的にみてまだまだ少ない。
政府の英語教育関係資料を見ても、英語能力試験(cBF TOEFL)の結果では日本は平均得点において他のアジアの諸国と比べても低い水準にとどまっている。データは少し古いが、2006年の段階で、コンピューターベースの同じテストを受けた場合、日本の平均点は192点。中国や韓国とは約20点低く、インドからは40点低いという結果になっている。(詳しくはここをご覧ください。[pdfファイル:429kb])
アジアから日本に来る観光客を見ていると、ある程度の教育を受けている人たちは英語を話す。一方で、日本では高い水準の教育を受けていても英語を話す人はまだ少ない。
今後、海外からの観光客が増え日本人の中で片言でも英語を話す層が拡大すれば、日本の国内の国際化が進むことになる。そして、観光客が増えれば日本の内需が刺激される。世界どこの国に行っても、観光客相手の人は片言の英語を話す。海外からの旅行者にとって片言の英語でも話してくれればありがたいし、少なくとも外国人とコミュニケーションをしたいという意欲を感じてくれる。コミュニケートする努力は日本が観光立国を目指すとすれば必須であると思う。
そして観光客が増えれば実際に英語を使う機会が増え勉強するインセンティブも高まるであろう。片言の英語というのは本来の英語教育の目的としてはさびしいが、話すことでモノが売れる、宿泊客が増える、という直接的な理由があれば、日本の観光地でも英語を話そうというモチベーションはもっと広がっていくはずだ。ニセコの例を見ると、案ずるより産むが易しかもしれないと思う。
新潟スキー発祥100周年キャラクター レルヒさんって?
http://www.niigata-snow.jp/lerch/
日本スキー発祥100周年~白馬村スキー物語~
http://www.vill.hakuba.nagano.jp/privilege/100year/index.html
日本スキー発祥100周年委員会
http://ski100.jp/
祝・日本スキー発祥100周年スキーと美しい雪山を愛します。これからの100年も。
2011年冬。それはスキーが日本に伝えられてから100年目の感謝の冬でもあります。美しい山々と上質な雪に恵まれたこの国で、スキーは瞬く間に人々の心をとらえ、日本独自のスキー文化を育んできました。100年もの間、おそらく何千万人もの人々がスキーをはじめとしたスノースポーツに熱中し、札幌、長野の冬季五輪に感動し、美しい白銀の世界や豊かな日本の雪国の情緒に憧れ、家族や友人との想い出を胸に刻んできたことでしょう。私たちは、この豊かな自然環境の中で楽しむスノースポーツが、今まで多くの人々の心を解放し、友情やチャレンジする心を育んできたことに心から感謝しています。
そして私たちは、これからの100年もスキーを楽しみたい。厳しい時代だからこそ、これからも人々の心に、そして子供たちにも、この美しい白銀の世界がもたらしてくれる感動を伝えていきたいのです。また、豊かな雪や自然環境があってのスポーツでもあるスキーは、地球温暖化という環境問題に直面しています。世界でも稀な美しい日本の雪国のためにも、雪国を訪れ、スノースポーツを楽しみ、雪とふれあうことが、私たちが、より自然を愛する豊かな心を持つことにつながってゆくと信じています。
1911年1月12日にオーストリアのレルヒ少佐が現在の新潟県上越市において、日本に初めてスキーを伝えてから、100周年を迎えます。これを契機に、スノースポーツの魅力をこれからもより多くの人々に伝えていくことを目的に、2009年11月に、官民を超えてスキーに携わる関係団体で、「日本スキー発祥100 周年委員会」が設立されました。日本の美しい雪山とスノースポーツを心から愛する皆さんとともに、これからの100年を見据えて活動していきたいと思います。
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http://www.uonumakoshihikari.com/
魚沼コシヒカリ理想の稲作技術『CO2削減農法研究会』(勉強会)の設立計画!