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富裕外国人が集まるスイスは税金を交渉で決められる!


2011年1月25日(火)日経ビジネス 河合江理子

 デフレと人口減に悩む日本は外国人観光客の誘致に力を入れている。では、本当の観光立国とはどこが違うのか、先行する国々の事例と比較しながら、日本が対応すべき課題を考えていきたい。

 バーゼルの国際決済銀行(BIS)時代の元の同僚シンガポール人から冬休みにニセコにスキーにいったという新年のメッセージをもらった。彼は過去数年シンガポールからニセコにスキーに来ている。ニセコに行く以前はカナダまでスキーにいっていた。

 海外からの観光客で賑わうニセコについては、すでに日本でもよく報道されている。彼の言葉を借りれば『ニセコにいると日本にいるということを忘れてしまう。スキーのコーチが日本人ではないし、スキーのレンタルもオーストラリア人が応対するし、ピザの配達を電話で頼めばオーストラリア人が応対する。今回義理の兄がスキーの事故で足を折ってしまい、ニセコの病院にいった。そこには英国人のインターンがいて通訳をしてくれて助かった』日本にいながらすべて英語で用が足りる。

 そういえば香港で働いているハーバード大学の同級生が、ニセコに土地を買って外人用の高級アパートを建てたいとクラスメートの建築家に相談していたな、と思い出した。ニセコはオーストラリア人だけではなく、アジア中で注目しているスキーリゾートなのだ。

 九州はお隣の韓国からゴルフと温泉ツアーで賑わっている。韓国のソウルの近辺でゴルフをすると5万円ぐらいかかる。だから、わざわざ交通費をかけてもゴルフをして温泉も楽しめるといって九州が人気になっている。ゴルフ人口が減ったゴルフ場などはそれで活性化しているという。他の温泉地も日本人客が減っている分を中国人や韓国人観光客で埋めようしているところが多いと聞く。

 ヨーロッパでもスペインやポルトガルでは英国人やドイツ人のためのリゾート地が海岸沿いにできており、英語やドイツ語でことが足りるようになっている。今年の冬の休暇はポルトガルの南部の海岸で休暇をとったが、30年ぐらい前までは寂れた漁村だった地域は英国人のリゾート地へと変化している。不動産業者、会計士、マッサージやテニスのコーチに至るまであらゆる業種で英国人が働いている。リゾート地の住人のほとんどが英国人で、住居や宿泊施設には英国人用のケーブルテレビが入っており、スーパーマーケットにいっても英国人の好みにあわせた品揃えがしてある。

 スペインのマジョルカ島では、太陽と暖かい気候を求めるドイツ人が休暇滞在だけでなく居もかまえており、場所によってはドイツにいるような感覚を受ける。レストランではスペイン語を話させないドイツ人のウエーターが働いていたりする。今はマジョルカ島のリゾート地の方がドイツの一部の主要都市よりも不動産価格が高くなっている。

シンガポール政府は長年ギャンブルを禁止していたものの、2010年に観光客から外貨収入を得るために巨大カジノをオープンした。外国人がカジノに入るのはパスポートを見せれば無料だが、シンガポール人は100シンガポールドル(約6400円)の入場料を払わなければならない。外国人が賭博でお金を落としていくのは国が豊かになるのでいいが、入場料を高めにしてシンガポール人がギャンブルに走らないよう配慮している。シンガポールでカジノを経営する米国のラスベガス・サンズは2010年同国で600億円ほどの利益をあげたという。


外国人富裕層が税金を直談判して決めるスイス

 スイスも同じように観光立国として富裕観光客からの恩恵を受けてきた。スイスは州によって税率が異なり地方自治体が自由に地方税を設定できるので、税金を低く抑えようとする欧州の金持ちや世界的に有名なスポーツ選手そして芸能人たちが、地方政府と交渉し低い税金でスイスの居住権を得ている。例えばカーレーサーのミヒャエル・シュマッハーはスイスに居住しているが、ドイツで税金を払うのとスイスで税金を払うのでは何億円、いや何十億円の違いが出てくるのだろう。

 小さな山村にとってこういった外国人からの税収入はかなり魅力的である。スイスに住みたい外国人は、まず納税額を最初に交渉で決め、次に居住権を得る。日本の都道府県にもこうした柔軟な税制があれば、地方に住みたいという外国人が増えるかもしれない。

 もちろん税金が安いからという理由だけで、富裕層がスイスには喜んで住んでいるわけではない。スイス国民が外国語を流暢に話すということも大切な要素だ。公用語(ドイツ語、フランス語、イタリア語)に加えて英語はほとんどの場所で通用する。私はドイツ語がほとんど話せないが、スイスドイツ語圏に住んでいてもあまり苦労はしない。医療施設、レストラン、市役所の職員、駅員、家主など、たいていの人は英語を話す。電話で英語が通じない場合は、少し待てば英語を話す人が電話に応対してくれる。スイスの誇る美しい自然やすぐれた医療、安全などの環境面でも優れている。

 観光立国からの弊害ももちろんないわけではない。ロシア人の大金持ちなどが国際的に人気の高いスキーリゾート地のサンモリッツなどの不動産価格をつり上げていることへの反発も多い。小さなアパートでも1億円以上する。普通のスイス人には手の届かない高級リゾートになってしまっている。ジュネーブの周辺の高級住宅地に住む友人が家を売ろうとした時、隣人から「ロシア人だけには売らないでくれ」と頼まれたという。スイスではまだかなりの地域で外国人の土地の所有には様々な制限がされている。外国人の買占めを防止するためにうまく工夫しているのだ。

 国外の富裕層からの経済的なプラス効果を享受しているスイスでも、移民や単純労働に従事するような外国人に対する感情は悪化している。外国人イコール犯罪者として排除のキャンペーンしている排他的民族主義政党もかなりの国民の人気を受けている。このような政党が躍進しているフランスやオランダも同様で、移民同化問題はヨーロッパ全体の問題である。フランスになじめない移民2世が、パリの郊外で人種差別や失業などの不満が爆発して車を何万台と火をつけたのは2005年のことだった。

 日本人の富裕層が税率の安いシンガポールや香港に移住してしまうことが報道されている。これとは反対に世界の優れた技術や才能を持った外国人が喜んで働く国際的都市が日本に誕生すれば、これは日本の将来にとって好ましいことではないだろうか。

デフレや人口減少などの問題を抱える日本を活性化する上でどのように外国人を受け入れていくかが今後重要になってくるだろう。人口が増えないと長期的には土地の価格は低下してしまい、デフレスパイラルから逃げるのはかなり難しくなる。ニセコの例を挙げるまでもなく観光客が地元経済を活性化する可能性は大きい。

 フランスで移民暴動事件等を経験しているから安易な移民政策を唱えるつもりはないが、スイスシンガポールのように外国人をうまく取り込む政策というものを積極的に考えたらどうだろうか。以前に比べてかなり改善したが、英語の標識は少ないと日本を訪問した友人たちは指摘する。英語を話す層も増えているものの、やはり世界的にみてまだまだ少ない。

 政府の英語教育関係資料を見ても、英語能力試験(cBF TOEFL)の結果では日本は平均得点において他のアジアの諸国と比べても低い水準にとどまっている。データは少し古いが、2006年の段階で、コンピューターベースの同じテストを受けた場合、日本の平均点は192点。中国韓国とは約20点低く、インドからは40点低いという結果になっている。(詳しくはここをご覧ください。[pdfファイル:429kb])

 アジアから日本に来る観光客を見ていると、ある程度の教育を受けている人たちは英語を話す。一方で、日本では高い水準の教育を受けていても英語を話す人はまだ少ない。

 今後、海外からの観光客が増え日本人の中で片言でも英語を話す層が拡大すれば、日本の国内の国際化が進むことになる。そして、観光客が増えれば日本の内需が刺激される。世界どこの国に行っても、観光客相手の人は片言の英語を話す。海外からの旅行者にとって片言の英語でも話してくれればありがたいし、少なくとも外国人とコミュニケーションをしたいという意欲を感じてくれる。コミュニケートする努力は日本が観光立国を目指すとすれば必須であると思う。

 そして観光客が増えれば実際に英語を使う機会が増え勉強するインセンティブも高まるであろう。片言の英語というのは本来の英語教育の目的としてはさびしいが、話すことでモノが売れる、宿泊客が増える、という直接的な理由があれば、日本の観光地でも英語を話そうというモチベーションはもっと広がっていくはずだ。ニセコの例を見ると、案ずるより産むが易しかもしれないと思う。

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