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ゲルマン人の抽象的思考法が生み出したイノベーション!

2011.01.04(Tue)JBプレス 伊東乾

 日本と「ドイツ」の関係を本質にさかのぼって考えるなら、「高地ドイツ人」こと中欧諸部族だけではなく「低地ドイツ人」ニーダーラントつまり「阿蘭陀」との400年以上にわたる深い関係が、必然的にクローズアップされてくる。

 この「低地ドイツ人」ことオランダ人たちが日本にもたらした「プロテスタント・ゲルマンテクノロジー」はどのような特徴を持つのか?

 この問題を正面から考えると、現在のEUそして米国、つまり21世紀のグローバルパワーの本質が背景に浮かび上がってくるのである。

イノベーションが可能にしたパワーの逆転! さかのぼって考えてみよう。

 1588年にスペインの無敵艦隊が破れ、世界の制海権は徐々にラテン人=カトリックからゲルマン人=プロテスタントへと移っていく。この力の逆転はなんだったのか?

 「ラテン人」のグローバル勢力圏がどのような広がりを持ったかを考えるには「ラテン」と名のつく地域が地球上どのあたりに存在するかを考えればよい。

 ラテンアメリカは存在してもラテンアフリカという言葉はない。アジアにおけるラテン系地域はフィリピンなどごく一部だ。

 つまり16世紀カトリックテクノロジーの勢力域は、欧州から大西洋を渡って南北アメリカ大陸の東海岸に到達する範囲程度だった、と大まかに考えればよいことになる。

 これに対して17世紀以降のプロテスタントテクノロジー勢力域は、バルト海から遠くアフリカ大陸を迂回する喜望峰航路でインド、中国の東アジア圏に到達し、東の果ての黄金の国「ジパング」まで及ぶのである。

 何がこのような変化を生んだのか?

 もともとオランダはスペインの殖民地である。地中海から大西洋の覇者となったラテン人のカトリックテクノロジーが大本になっているのは間違いない。だが北方プロテスタント地域にはそこにない3つの要素があった。

まず第1に、スカンジナビア半島で産出する豊富な木材など。この地域がバイキングで知られる通り、強力な帆船を建造するうえで必要な材料、資源をプロテスタントは持っていた。

第2に、カトリックが持っていた教義、ドグマによる縛りが、プロテスタントにはなかった。

 コペルニクスが恐れ、ガリレオ・ガリレイが異端裁判を受けたような「地球球体説」をかたくなに否定する社会機構や勢力をプロテスタントは持っていなかった。

 ガリレオやデカルトの書籍は軒並み、自由な科学の国である「オランダ」デン・ハーグなどで出版されている。テクノロジーという決定的な要素をプロテスタントは持っていた。

 そして第3に、カトリック圏にない労働力、人的資源をプロテスタントは持っていた。

 閉鎖的な封建支配の中、愚民化政策によって停滞していたカトリック圏に対して、勤勉を奨励し、新たな知識を吸収しつつ、骨身を惜しまず働く人間という最大の資産を、プロテスタントは持っていた。

 これらによって財貨の集積、つまりは「原初的蓄積」が進んで近代資本主義の体制が着々と準備される。その背景に「プロテスタンティズムの精神」が確固として存在しているのは、社会学創始者の1人、マックス・ヴェーバーの指摘する通りである。

 カトリックからプロテスタントへの制海権とパワーの転換、その背景にはラテンテクノロジーからゲルマンイノベーションへの転換という世界史的に大きな時代の流れが存在しているのである。

唯一超大国アメリカという必然性
 資源と技術、そしてやる気のある人材。この3つが揃っていれば、繁栄が約束されない方がおかしい。

 逆に考えるなら、世界史の表舞台がどのように移動していったかを振り返る時、上の3者のどれが不足していても、時代の覇者とはなれないことがよく分かるだろう。

 例えば今日の産油国は時代のエネルギー源を握っているはずだ。「資源」の最たるものを手にしながら、中東が戦乱に明け暮れるのには様々な背景があり、軽々に論じることはできない。

だが少なくとも「技術」と「人材」という2面から見た時、改善の余地があることだけは間違いがないだろう。

 では新興国はどうか?

 例えばBRICsと総称されるブラジルロシアインド中国。これらの中に資源と技術そして人材の3つが揃った国があるかどうか、ここに私の見解は記さない。

 ただ言えることは、大きく恐れる必要はないということだけだ。各々の国や地域のケースで、何かしら欠ける面が指摘できる可能性があるのではないか?

 とりわけ東アジア圏に注目するなら、中国には埋蔵資源はあっても十分な先端テクノロジーは存在していないと考える。

 1つには、どれだけ改革開放を言い募っても、かつてのローマ教会におけるカトリックのように社会主義のドグマが支配し続けるかぎり、十分に闊達な思考の柔軟性は存在しえないことが指摘できるだろう。

 あるいは人材、とくにそのインセンティブを考えると分かりやすい。かつて西欧で近代科学を推進したプロテスタンティズムは、神の恩寵としてこの世を支配する自然法則を、それ自体の探求に価値を見出して精力的に研究していった歴史がある。

 今日の中国国内、あるいは世界的に活躍する華僑知識層の体質を見るなら、彼らの圧倒的大半が極めて優れた商人であるとともに、現世利益的な損得を離れた抽象的な構造の探求に、必ずしも適性を持っていないこともまた指摘することができるだろう。

 「人材」を言う時、最も重要なのは、小手先の処理能力ではなく各個人の本質的動機、つまりインセンティブだ。

 火薬、紙、印刷術、羅針盤・・・多数の優れたアイデアを見出しながら、大半を大成させることができなかった事実が、中華文化圏とイノベーションの本質的な距離を示しているだろう。

 このような中で、注意すべき創造的なインセンティブは「プロテスタント」的な精神の中にある。

端的に言えば、WASP=「白人・アングロサクソン・プロテスタント」であることがエスタブリッシュメントの条件だった北米、アメリカ合衆国を舞台に、その精神風土の中で活躍する時、ほかの地域にルーツを持つ人材が極めてイノベーション向きなインセンティブを持つことになる。

 欧州を見るなら明らかだろう。なぜドイツやオランダなどプロテスタント圏がユーロを牽引し、スペインやポルトガルが欧州経済の足を引っ張るのか?

 上に上げた3要素「資源」「技術」「人材」がどのように揃っているか、いないか。個別に考えれば優れた人物はあらゆる国に存在する。だが社会はそのようにはできていない。

 地域経済全体の繁栄を占う際に、上の3要素は一種のリトマス試験紙の役割を果たすことにもなる。

「華僑」から「中国アメリカ人」へ:スティーヴンとエリックの場合!

友人のスティーヴン・チューはニューヨーク生まれの「アメリカ人」だ。華僑という生物学的なオリジンとは別に、彼は生まれながらの米国人として教育を受け科学者となった。

 物理学を修めたスティーヴンはその同時代科学他分野への応用を考える。

 「レーザー冷却法」と名づけられる彼が中心となって開発したテクノロジーは原子1つぶ、分子1個を宙に浮かせたまま人間が取り扱うことを可能にした。

 1997年にノーベル物理学賞を受賞したことは、彼にとって一里塚程度のものでしかない。そんなものは、早晩来るのであって、もっと大切な問題は、今何をどう研究し、何を開発していくかという研究開発(R&D)の本質だけだからだ。

 生き物としてのDNAから見れば「生粋の中国人」であるスティーヴンだが、こうした探求への情熱は、一方で華僑らしく現実応用への眼差しを強く持ちながら、他方、北米プロテスタント文化圏の申し子らしく、科学自体に内在的な意味を見出す抽象的な情熱に満ち溢れている。

 

21世紀に入り「若手ノーベル賞受賞経験者」として国際的なサイエンス・アドミニストレーションに関わるようになった。

 ブルックへヴン国立研究所長として生命の分子メカニズムの解明に高いガバナンスの能力を発揮していたスティーヴンは、2008年に米国民主党が選挙を制し、彼の友人でもあったバラク・オバマの政権が成立すると、オバマ内閣のエネルギー長官に就任し「グリーンポリシーズ」の根本政策を策定する。

 尖閣諸島の軋轢や北朝鮮問題などを巡って、「米国と中国の力学」を考えるという時、果たしてどれだけの日本人が「米国側」の科学技術政策再考決定責任者が100%華僑の血を持つ「アメリカ人」であると意識しているだろう?

もっと言うなら、在日米軍の問題を考える際、その「米軍」の最高首脳としてエリック・シンセキという生物学的には100%日本人の血を引く「アメリカ人」が全軍に責任を持って戦略策定しているという事実が、どれほど認識されているか?

 日本社会では何かと、生まれながらの民族のDNAといったことを過剰に評価したがる。

 だがスティーヴン・チューもエリック・シンセキも「アメリカ人」であって、華僑系、あるいは日系であるということは、彼らの自己認識の本質は「アメリカ人である」ということにある。

 1970年に米国籍を取得した南部陽一郎博士が、自己認識としてどの程度「アメリカ人」と思っているかは知らない。

 だが少なくとも法的に考えるなら、ヨウイチロウ・ナンブは完全なる米国市民であって、そこに彼が日本生まれで、生物学的に日本の血を引くという事実は一切の影響を与えることがないのである。

アングロ・サクソンというゲルマン人!

 このように書くなら、私が新米派であり米国的思考を至上に考えるように誤解する人がいるかもしれない。

 しかし、善くも悪くも伝統的な音楽を専門とする自分にとって、たかだか200年ほどの伝統しか持たないアメリカの文化は、層の薄さが痛々しく見えるほどで、アメリカ文化を不当に高く評価するつもりはない。

 唯一超大国としての米国、あるいは英米文化圏の覇権を「アングロ・サクソンの思考は・・・」などとしたり顔で書いている記事を見るのだが、これも私はあまり関心できない。


何と対立させての「アングロ・サクソン」なのか?

 例えば「ラテン」と対立させて?

 あるいは「ドイツ」や「フランス」?

 アングロ族もサクソン族も、いずれもゲルマン人の一部族の名前でしかない。ゲルマンである、ということとアングロ・サクソンであるということは、元来矛盾する要素ではないのだ。

 例えばプロテスタント・オランダのケースと対照する時、英国を特徴づけているのは、ルターの改革にほんの少しだけ遅れて実行された「首長令」の発布、つまり「英国国教会」の成立だろう。

 日本ではこの「英国国教会」という概念があまりよく理解されない。

 端的に言えば、ローマのカトリック教会と絶縁し、中身の大半はカトリックの教義のまま、プロテスタントやゲルマンテクノロジーがもたらす利便を賢く応用することで、新旧両教の良いとこ取りをするのが「東インド会社」とともに世界に広まった英国国教会の特徴だ。

 日本にも英国国教会の分派がある(「日本聖公会」)。例えば「立教大学」や「聖路加病院」は日本聖公会の経営する社会貢献事業だ。

 日野原重明氏はよく知られていても、また彼が聖路加病院の医師であることは認識しても、それが「アングロ・サクソン」いな「カトリック+プロテスタントの良いとこ取りという、一面きわめて現金な発想で運営され、その結果日本社会に完全に定着した病院の医師である、とは受け止められていない。

 なぜこのような事を書いたかと言えば、実は私自身が「英国国教会」の信徒として4代目にあたる日本人として生まれ育ったからだ。

 生まれたのが聖路加病院であるのは言うまでもない。良い面も、また微妙に感心しない面も含め、新旧両キリスト教勢力のオイシイところをつまみ食いすることで、生真面目なプロテスタントのオランダを下し世界に冠たる海運国家を建設したかつての「大英帝国」。

 このあり方もまた、典型的に1つの「ゲルマン人」の身のふり方、ジャーマンつまり「英国人というドイツ民族」の、功利主義的な行動原理を示していると思うのである。

(つづく)

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