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中国の軍拡にいかに対処するのか?

2011.01.19(Wed)JBプレス 金田秀昭

昨年12月、安全保障会議および閣議の決定を経て、民主党主導政権下として初めてとなる防衛計画の大綱が策定された。昭和51(1976)年の初制定以来、自民党政権下を含め、3回目の改訂となる。

 今回の防衛計画の大綱は、「平成23年度以降に係る防衛計画の大綱(22大綱)」(PDF)と称され、今後おおむね向こう10年間を見据えた我が国防衛力整備の基本政策文書となるものであり、新大綱に基づく向こう5カ年の「買い物計画」となる中期防衛力整備計画(PDF)も、同時に承認された。

 新大綱は、昨年8月に菅直人総理に提出された「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会(新安防懇:佐藤重雄座長)」の報告(PDF)をベースとしている。

冷戦時代の基盤防衛力から脱し、動的抑止力を構築!

同報告の最大の特徴は、従来の防衛計画の大綱が踏襲してきた防衛力整備の基本構想である「基盤的防衛力」構想は、冷戦時代の遺物化しているとして、同構想から速やかに脱皮し、現在および見通し得る将来の安全保障環境に適合し得る高度な運用能力を備えた「動的抑止力」への体質変化を求めたことにある。

 さらに同報告では、「安全保障面」においては、非核三原則集団的自衛権の行使、武器輸出三原則の一部見直しを促している。

 「防衛力面」では、複合事態(同時に各種の異質な事態が生起する事態)にも適切に対応し得る体制へ転換し、周辺海空域(海上交通路を含む)や南西地域の島嶼などの安全確保に重点を置くべきであるとして、常続監視体制、海空防衛力の強化や統合運用体制の推進を強調した。

 さらに、従来からは一歩踏み込んだ形で、日本に対する弾道ミサイル攻撃の状況によっては、敵基地への攻撃も必要となる場合もあるとの認識を示した。

 これに適合した適切な装備体系、運用方法、費用対効果を検討する必要があるとし、場合によっては、弾道ミサイル防衛システムによる防御面に加えて、自衛隊の打撃力による抑止の担保も重要であるとする意見も盛り込まれた。

 このように同報告は、従来の安全保障や防衛力の論議の中でタブー視されてきた意見を掘り起こし、今日的な視点をもって改めて見直し、その上で必要と思われる施策はすべて取り込むなど、極めて画期的な提言であるとの評価がある。

 反面、あまりにも「画期的」であるがゆえに、現政権下での採択を危ぶむ声があった。

現に、新安防懇の報告後、新大綱策定までの間に行われた民主党の外交・安全保障調査会(中川正春会長)での防衛大綱の議論においては、新安防懇報告の方向性に同調する意見が大勢を占めつつも、右から左までを抱える民主党の実情を反映して、議論は定まらず、方向性は固まっていかなかった。

 しかし、新安防懇の前に麻生太郎自民党政権下で設定された「安全保障と防衛力に関する懇談会(安防懇:勝俣恒久座長)」が、防衛大綱の改訂を目途として同様な議論を尽くしながら、政権交代後の鳩山由紀夫政権では、防衛計画の大綱の見直しを、「新しい政府として十分な検討を行う必要がある」との理由で1年間先送りした民主党主導政権としては、これ以上大綱策定を先送りするわけにもいかず、時間切れ待ったなしとなった昨年12月の決定となった。


見送られた非核三原則集団的自衛権の見直し!


蓋を開けてみれば、予想されていた通り、新大綱では非核三原則集団的自衛権の行使の見直しは全く取り入れられず、敵弾道ミサイル基地への打撃力の保有も見送られた。

 また、防衛省・自衛隊や防衛産業界の意向を踏まえ、北澤俊美防衛大臣が政府内で熱心に説いていた「平和創設のための」武器輸出三原則の積極的な見直しは、ねじれ国会において予算関連法案の成立に必要となる「数合わせ」のため、菅総理の主導で政策連携を図る社民党の意向を汲む形で、「防衛装備品をめぐる国際的な環境変化に対する方策を検討する」とトーンダウンした。

 しかし、その他の内容に関して言えば、大方の予想以上に新安防懇報告の考えが取り込まれたと言える。

 「我が国の安全保障における基本理念」においては、我が国の安全保障と防衛力を考えるに当たっての基本理念として、次の3つを安全保障の目標として掲げている。

●直接脅威の防止や排除による平和と安全の確保
●アジア太平洋地域の安定とグローバルな安全保障環境の改善
●世界の平和と安定確保への貢献

 この目標を達成するために、次の3つを統合的に組み合わせることが必要とした。

●我が国自身の努力
●同盟国との協力
●多層的な国際安全保障協力

 この考え方は、新安防懇報告に示された考え方と軌を一にするものである。

ちなみに、前大綱(16大綱)では、2つの目標(「直接脅威の防止や排除と被害の最小限化」と「国際安全保障環境の改善」)と3つのアプローチ(「我が国自身の努力」、「同盟国との協力」および「国際社会との協力」」であったが、新大綱では、アジア太平洋地域の安定や世界平和への貢献を重視することにより、民主党カラーを強調させているものとも思われる。

北朝鮮中国への強い懸念!

 「我が国を取り巻く安全保障環境」では、近年の我が国周辺における安全保障事態の発生を反映し、北朝鮮および中国への強い懸念が示されている。

 北朝鮮については、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発、配備、拡散や繰り返されている軍事的な挑発行動などの動きは、地域の安全保障における喫緊かつ重大な不安定要因となっていると強調した。

 また中国については、国防費を毎年2桁の伸びで20年以上継続的に増加し、核・ミサイル戦力や海・空軍を中心とした軍事力の広範かつ急速な近代化を進めて戦力投射能力の向上に取り組む一方、周辺海域において活動を拡大・活発化させている動向は、中国の安全保障や軍事に関する透明性の不足もあって、地域や国際社会の懸念事項となっているとした。

 このように、従来に比し、かなり実態に即した表現となった。

 「我が国の安全保障の基本方針」では、統合的、戦略的取り組みを行うため、政府横断的な情報体制強化に資する宇宙の開発、利用の推進やサイバー対策の総合的強化を謳っている。

官邸に誕生した国家安全保障のための組織!

 加えて、各種事態の発生に対し、関係省庁が連携し、内閣が迅速な意思決定を行い得るような態勢とするため、安全保障に関する内閣の組織、機能、体制を検証し、首相官邸に国家安全保障に関して関係閣僚間の政策調整と総理大臣への助言などを行う組織を設置することが明言された。

 本件は、従来から識者の間でその必要性が認識され、自民党政権時代にも安倍晋三総理が提唱して試みられたJNSC(日本版国家安全保障会議)を政権中枢に置くという構想である。

 政権交代後、民主党主導政権が経験した数々の苦い教訓を反映したものと思われる。

 これほどまでに明言した以上は、骨抜き、腰砕けとならないよう早急な検討を進め、できるだけ速やかに適切な組織を創設し、日本の安全保障に関わるあらゆる問題について、政府内での指導監督力を持った知恵袋として、円滑に機能させてもらいたいものである。

また前述したように、防衛力整備の基本構想として、従来の大綱が踏襲してきた「基盤的防衛力」構想に代わって、新たに「動的防衛力」という概念が導入された。

 その説明として、新大綱では、今後の防衛力は、防衛力の運用に着眼した動的な抑止力を重視するのみならず、2国間・多国間の協力関係を強化し、国際平和協力活動を積極的に実施するため、実効的な抑止、対処を可能とし、活動を能動的に行い得る動的なものとしていく必要があるとし、即応性、機動性、柔軟性、持続性、多目的性を具備した動的防衛力を構築するとしている。

 すなわち、「動的抑止力」プラス「積極的な国際協力活動」を「動的防衛力」と称するということであるが、いまひとつしっくりこない。

 単純に言えば、新安防懇報告では、「動的抑止力」とされていたものの、「基盤的防衛力」に代わる概念が必要となったため、「○○抑止力」ではなく「○○防衛力」という言い方が必要となり、「動的防衛力」に落ち着いたとも考えられる。

 「防衛力のあり方」では、新安防懇報告にもあるように、平素からの常続監視(情報収集・警戒監視・偵察活動)による情報優越の確保が強調され、防衛力の役割として、周辺海空域の安全確保、島嶼部攻撃への対応に加え、サイバー攻撃や複合事態への対応も含まれた。

思い切った見直しは評価できるが・・・

また冷戦型の装備・編成を縮小し、部隊配置や各自衛隊の運用を見直し、南西地域を含め、警戒監視、洋上哨戒、防空、弾道ミサイル対処など防衛態勢の充実を図る一方、各自衛隊の予算配分について、環境変化に応じ思い切った見直しを行うとした点は大いに評価できる。

 惜しむらくは、防衛力の役割として、常続監視による情報優越の確保を強調しておきながら、「動的抑止力」の根幹となるべき我が国の領域や周辺海空域における常続哨戒(プレゼンス)についての記述が明示されていないことである。

 新大綱では、統合運用の推進や陸自の体制変換(方面隊・師団・旅団)などについては、若干触れられているが、どのような方向性を持つのか、どの程度の規模に及ぶのか、など肝心の部分は不明確なままである。

 真に動的な(すなわち常時見える形での)抑止効果を発揮し、必要の際には、(常時存在することから)即時に対処し得る「動的防衛力」を保有する意図を明確にしたからには、より具体的に自衛隊の体制変換の方向性を述べるべきであった。

 特に、「島嶼部に対する攻撃への対応」においては、島嶼や列島線を巡る攻防は、陸海空統合の作戦が基調となることに加え、尖閣諸島の実効支配および東シナ海や南西諸島方面の防衛の能力と意思をより明確に示す必要がある。

 そのために、陸海空3自衛隊の統合による島嶼防衛に特化した常設の統合機動運用部隊を展開させるなど、常続的な機動展開を念頭に置いた部隊の創設やこれら部隊による常設的な統合運用体制の創設が必要となることは明らかであり、統合運用を推進させる面からも、こういった点がより強調されるべきであった。

 

「防衛力の基盤」では、前述のように武器輸出三原則の見直しがトーンダウンしたことを除けば、現時点で必要な措置が概ね列挙されたと言えようが、人的資源の効果的な活用や防衛生産・技術基盤の維持は、自衛隊を真の動的防衛力として機能させるための基本となることを肝に銘じ、必要な施策を推進すべきであろう。

 防衛省では、新大綱決定を踏まえ、昨年末、安住淳・防衛副大臣を委員長とする「防衛力の実効性向上のための構造改革推進委員会」および「人的基盤に関する改革委員会」の2委員会を設置し、統合運用の強化、後方支援任務の自衛官の給与抑制、防衛装備品の国際共同開発・生産の拡大などに関し、本年3月を目処として論点を整理することを決定したとのことである。

 これを見ると、本稿で既に指摘してきたいくつかの重要な課題については、与党内、民主党主導政権内、政府内、さらには防衛省・自衛隊の中ですら、十分に整理、調整し尽くされないまま、新大綱が決められたとも思われる。

 ついては、早急に防衛省内の議論を固め、新大綱の描く「動的防衛力」の実効性確保のための施策を推進していくことを期待する。


新大綱が目指す方向性に対する疑問!


以上、新大綱について、新安防懇の報告との関わりを持つ主要点を中心に述べてきたが、本稿は、ここで終わりとはならない。新大綱と新安防懇報告との比較から離れてみると、新大綱が目指す方向性についての疑問がいくつかわく。

 1つは、「動的防衛力」の自律性の方向性と同盟国たる米国との共同との関係についてである。

 新大綱においては、「同盟国との協力」において、日米同盟の深化・発展を目指すとしているものの、そのために取るべき施策については、取り立てて目新しいものは見当たらない。

 しかし、現下の我が国を巡る安全保障環境を観察してみれば、まさに新大綱が目指す我が国の安全保障の3目標、「直接脅威の防止や排除による平和と安全の確保」「アジア太平洋地域の安定とグローバルな安全保障環境の改善」および「世界の平和と安定確保への貢献」を達成するため、我が国は「より自律性の高い動的な防衛能力」の保持を目指すべきではないか。

 そのことにより、米国軍事力を補完し得る動的な防衛能力が、現状に比して飛躍的に改善され、結果的に新大綱にある「不測の事態に対する米軍の抑止および対処力の強化」を可能とし、日米同盟の双務性を格段に向上させることができるようになる。

 これこそ日米同盟の深化であり、発展となるのではないか。

もう1つは、上記とも関連するが、アジア太平洋地域や国際社会の安定化にとって、日米同盟の果たすべき新たな役割は何か、特にその中で、日本はいかなる貢献ができるのか、と言った点についてである。

日米同盟の役割など具体的な点が不明確!


新大綱では、アジア太平洋地域の安定や世界平和への貢献を重視するとの方向性が明確に打ち出されたが、何を目標とするのか、日米同盟は何をするのか、日本はどういった役割を担うのか、そのために必要となる防衛力は何か、といった具体的な点は不明確のままとなっている。

 昨年2月の「4年ごとの防衛計画見直し(10QDR)」において、中国の接近拒否・地域拒否戦略を抑止し打破するため、米国が新たに打ち出した統合空海戦闘構想、長距離打撃、水中作戦(対潜水艦戦、対機雷戦)能力の向上といった新たな軍事力の強化構想に、日本としていかに対応していくのか、直接的な言及は全くない。

 本年1月来日した米国のロバート・ゲーツ国防長官は、それまでの普天間問題の解決に拘泥する強硬な態度を一変させ、地域におけるより広範な安全保障問題への日本の取り組みを期待して、「地域の事態への対処計画」とまで明言する形で、日米間の実質的な協議を加速することを求めた。

 本年3月を目処とする新たな共通戦略目標設定のための協議、それを具現化する新たな役割、任務、能力(RMC)についての協議、さらには新たな日米共同宣言の発布のための、日米当局間の真摯な努力が必要となっている。

 一方、具体的な防衛力整備の面で見てみれば、「動的防衛力」の確保を重視し、いくつかの新たな構想を打ち出しながら、それらの構想を具現化させるために必要となる装備体系は、その必要性は認識されながらも規模が縮小され、あるいは見送られてしまった。

 例えば、情報優越のための早期警戒管制機(AWACS)増強、無人航空機(UAV)の導入や宇宙の防衛利用推進、機動性発揮のための海空輸送力強化や常続的な機動運用の体制を維持するための燃料費増加、サイバー戦への本格的取り組み、北朝鮮や中国の弾道ミサイル脅威の増大に対するイージス艦の増勢などである。

 また本来的に言えば、陸自の体制変換や海空自のより戦略的、戦域的な防衛体制強化のため、島嶼戦に適合した戦闘車、戦術空母や原潜、対地巡航ミサイルや戦闘/攻撃機など、先見的な装備体系の導入についての研究を強力に促進すべきであるが、その動きは封じられているかのように見える。

 今後、「動的防衛力」の実効性をいかに担保するかは、予算・人員の確保と体制変革への熱意にかかってくる。

 しかし、定員微減・主要装備削減の陸自に対し、潜水艦増勢を含む海自微増、新戦闘機を含む空自横這いといった印象のある別表からは、「動的防衛力」を中心とする防衛体制改編の具体的内容は、明確には浮かび上がってこない。

次期中期防期間内に何らかの手当てが行われると思うが、それがよく見えてこない。このままでは、「名」はあれど「実」の見えない、まさに有名無実な計画となる危険性がある。

 詰まるところ、新大綱の最大の問題点は、新大綱に基づく次期中期防が、現中期防に比しわずかながら「減額」されたことである。

 中国をはじめ周辺諸国が軒並み国防費を「増額」する中で、過去最大の借金予算を編成しながら、8年間「減額」の続く防衛費に歯止めをかけ、強固な防衛意志を表明しようとしないのが我が国の政府なのである。

 2012年の米国をはじめ、中国ロシア韓国台湾など周辺諸国の政権交代の時期には、我が国を巡る安全保障環境は大きく揺れ動き、大きな変化を見せるであろう。

 早くも、それを念頭に、大綱や中期防の見直しを期待する声が出てくるのも、まんざら冗談とも聞こえないから困る。

 

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