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被害額算定では恣意性を排除、反対論には徹底対抗!
知られざる韓国経済 2010年12月20日(月)現代ビジネス 高安雄一
前回は、韓国がFTAを積極的に推進できる理由について解説しました。今回は韓国政府がFTAを推進するに当たって、(1)農業部門に対して十分に配慮していた点、(2)世論対策に相当力を入れていた点を取り上げたいと思います。
まず農業部門に対する配慮です。政府はFTA推進に際して農業分野に対して冷淡だったわけではなく、きちんとした配慮を示しています。
まず、農業部門に被害を及ぼすことが予想されるFTAについては、交渉が妥結して具体的な品目ごとの関税の取り扱いが決まった後、農業部門が受けると想定される被害額を算定し、その被害額を基に対策を講じています。
韓・チリFTAでは被害額試算の倍近い対策費を投じた!
韓・チリFTAに際しては、政府は発効後10年間の農業部門における被害額の算定を、漢陽大学、対外経済政策研究院(KIEP)(※1)、韓国農村経済研究院(KREI)(※2)の3つの機関に依頼しました。その結果、対外経済政策研究院が140億ウォン、韓国農村経済研究院が3055億ウォン、漢陽大学が5860億ウォンという被害額を算出(※3)。政府は最高額を示した漢陽大学の推計を採用し、最終的には推計額の倍近い1.2兆ウォン(7年間)(当時のレートで1000億円:以下円に換算する際も当時のレートを適用)の対策費を投じました。
この金額が投じられるまでの過程では、農林部(現在は農林水産食品部。日本の農林水産省に当たる)と通商政策を所管する外交通商部の間でせめぎ合いがありました。
外交通商部はそもそも農業分野の被害は大きくないとの立場であり、予算査定を担当する企画予算処(現在は企画財政部)も規模が大きすぎると反対しました(※4)。農林部、企画予算処、外交通商部の力関係を勘案すると、規模が削減されてもおかしくなかったのですが、それにもかかわらずこの規模が維持されたのは、農業部門への対策を重視した大統領の意向が働いたためと考えられます。
農業団体の要望から特別法も制定!
さらに、「自由貿易協定締結にともなう農漁民などの支援に関する特別法」(以下「FTA特別法」とします)も制定されました。これはFTAの締結により被害を受けると想定される農漁民の競争力向上と経営安定を図るための支援の根拠を示すとともに、支援を支障なく推進するための特別基金を創設することを目的としています。
具体的には、政府は、競争力向上のための支援、経営安定支援や廃業支援を行うことができるとし、自由貿易協定履行支援基金の設置を定めています。制定の背景にあるのは、農業団体が、何が起こってもFTA対策が中断しないように法的根拠を求めたことがあります。
この法律の制定について農林部は積極的でしたが、他の行政組織からは反対の声が上がりました。これはFTA締結のたびに農業部門に対する十分な対策を講ずることが求められることを恐れたからです。
法律制定については最終的には農林部の主張が通ったのですが、所管の主体を巡って混乱が起きました。FTAは多くの製品の交易に影響を与えます。従って農林部のような特定分野だけを所管する組織ではなく、経済を総括する財政経済部(現在は企画財政部)や、外交通商部が所管すべきという主張が出され調整がつかなかったのです。
しかし法律の早期制定を望む農民団体の働きかけもあり、法案の骨格は農林部が作成した上で、議員立法の形で国会に提出することで決着。つまり法案の政府提出はできなかったものの実質的には農林部の主張が通りました。
このように韓・チリFTAに関しては、初めてのFTAということもあり、農業分野に手厚い対応がとられました。
次に韓・米FTAについてです。この時は、韓・チリFTAとは異なり、韓国農村経済研究院のみが農業分野の被害想定額の算定を行いました。同研究院は、交渉で決まった農産品の品目ごとの関税率の動きを既存の計量モデルに投入することで被害想定額を算定しており、恣意的な結果が出る余地が少ないと考えられます。
また結果については農林部や財政当局がチェックを行い、被害想定額が過大あるいは過少になることがないようにしています。その結果、15年間で10兆ウォンという被害想定額を報告し(※5)、農林部はこの金額をもとにFTA対策の規模を10年間で20兆4000億ウォン(2兆4000億円)と決めました。単純に考えると、韓・チリFTAと同様、被害想定額の倍以上の対策費が計上されたことになります。
交渉妥結ごとにFTA対策を策定し合理的に補償!
しかしこの金額の内訳をよく見てみると、20兆4000億ウォンのうちの7兆ウォンは、2003年に策定された「農業・農村発展基本計画」(後述します)と事業が重なっている部分です。また3.1兆ウォンは同計画の事業をスクラップして新規事業を立ち上げた部分です。つまり、新規に増えた部分は10.3兆ウォンで、韓・米FTA対策費は、被害想定額とほぼ同額の金額となっています。
先月発表された韓・EU FTA対策についても、同研究院が被害総定額を算定。FTA発効後15年間で2.2兆ウォン生産が減少するとし、FTA対策の規模はその額に見合う2.0兆ウォン(1500億円)でした。
このように政府は農業分野が被害を受けると考えられるFTAの交渉が妥結するごとにFTA対策を策定してきました。その傾向を分析すると、合理的な範囲内で被害はきっちり補償したと言っていいでしょう。
なお前述した「農業・農村発展基本計画」(以下「119兆ウォン投融資計画」とします)をFTA対策と考え、「韓国ではFTA対策に巨額な資金が投じられた」という話を聞くことがありますが、これは正しくありません。
「FTA対策に10兆6000億円も投じた」は本当か!
119兆ウォン(10兆6000億円)投融資計画の目的は、2003年11月13日に開催された農林海洋水産委員会で、当時の農林部長官が説明しているように、ドーハラウンドによる市場開放、FTA、コメの関税化といった、今後想定される市場開放に備えるものです。つまり「前対策後開放」の原則に従って策定された計画です。
119兆ウォン投融資計画は、今後市場開放によって環境が大きく変化する農業分野において、体質改善や農民生活の安定を図るためのビジョン(10年間)を示したものです。環境変化を引き起こす一つの要因としてFTAを含むことはできますが、FTA対策とは言えません。
また、韓・チリFTAの批准前に農民団体が10項目の要求を政府に行いましたが、その一つに「農業投資計画及び財源確保」がありました。これに対して政府は119兆ウォン投融資計画の策定でこの要求に応えたとしています。このことが、「FTA対策に巨額の資金が投じられた」と誤解される理由にもなっています。
しかし、韓・チリFTAの締結がなくても119兆ウォン投融資計画は策定されていたことに留意すべきです(もちろん金額は若干違ったかもしれません)。1992~98年の42兆ウォン、1999~2004年の45兆ウォンと過去10年間、投融資計画が策定されてきました。2003年の新政権発足後は、新しい農業計画が策定されることは既定路線だったのです。よってその後継となる投融資計画が策定されるのはFTAの締結とは関係なく必然だったと言えます。
また119兆ウォンという金額の解釈にも注意が必要です。119兆ウォン投融資計画が開始されるまで投融資額がゼロであったわけではありません。計画が始まる前年の投融資予算は年間7兆7000億ウォンであり、これをこのまま10年間積み上げると77兆ウォンになります。つまり2003年における投融資額をそのまま継続するだけで77兆ウォンが積み上がるわけで、この金額を引いた残りの金額は42兆ウォンに過ぎません。
さらに物価上昇率等など全体予算の自然増加率(2003年11月13日の農林海洋水産委員会の農林部長官の答弁によると3%程度です)を勘案すると、20兆ウォンに満たない程度の増加に過ぎないのです(※6)。つまり119兆ウォンの投融資計画の大部分は、過去の投融資計画の延長と考えることが妥当です。
このように、韓国ではFTA対策として十分な金額が投じられましたが、それは巷間言われているほどの巨費ではありませんでした。むしろ重要な点は、FTAの具体的な内容が決まった後、できる限り恣意性を排除した方法でFTAによる農業部門における被害額を算定して、これに見合った規模の対策を講じていることです。韓・チリFTAの時は少々過大な規模でしたが、それ以降は、被害想定額に見合った規模となっています。
輸出産業を優先、農業部門の被害は補償で解決の方針!
歴代の大統領も、農業に対して冷淡な対応を取ってきたわけではありません。例えば、コメ関税化猶予延長が挙げられます。2004年はコメ関税化猶予の期限でしたが、政府は農民による関税化反対の強い要望を受け、2014年までコメ関税化猶予を延長するように交渉し、これを成功させています。
コメの関税化はFTAとは異なり、農業部門の意見を通しても輸出産業が不利益を被ることはありません。つまり大統領も農業部門の利益だけ考えることができる場合には農業部門の利益を守ります。
しかしFTAの場合は農業部門の意見を通すと、競争力が落ちるなど輸出産業が不利益を被ることになります。このように農業部門と輸出産業の利益を天秤にかけざるを得ないFTAの場合には、大統領は輸出産業の利益を優先する傾向にあります。この判断の背景にあるのは、成長の原動力は輸出にあるという事実でしょう。しかしそうであっても農業部門の被害については、きちんと補償するという方針を示しています。
「私たちの前を日本が走っていきます」!
次に大統領が世論対策にどれほど力を入れていたかについて見てみます。
韓・米FTAの協議が進んでいる2006年に韓国のメディアは韓・米FTAに反対するキャンペーンを行いました。例えば、日本のNHKに相当するKBSは2006年6~7月に2回にわたり、「KBSスペシャル」、また民放のMBSは同年7月にやはり2回にわたり「PD手帳」という番組で、FTAに対する否定的な報道をするなど、韓・米FTAに反対の世論形成がなされかねない報道が相次ぎました。
この影響もあったのでしょうか、韓・米FTAは被害のほうが大きいと考える人が多い状況でした(図1)。危機感を抱いた盧武鉉大統領(当時)は対抗するため積極的な広報を行い、韓・米FTAへの支持拡大を図るよう指示しました。広報の手段は、主にテレビ、ラジオ、新聞、インターネット等を通じたものであり、今でもFTA総合支援ポータルで見ることができます。
例えばテレビ広告の一つを見ると、「私たちの前を日本が走っていきます。私たちの前を中国が走っていきます。私たちの前を世界が走っていきます。こちらは世界最大の市場、米国。私たちはこの市場を越えて世界に進まなければなりません。より大きな世界に進むための私たちの選択、韓・米FTA。もう世界に向けてより大きい大韓民国が走っていきます」といった内容になっています。
この広告は地上波テレビで350回、ケーブルテレビで486回放送され、広告制作費は1億7000万ウォン、広告料は12億5000万ウォンでした(※7)。テレビ広告はこれにとどまらず、「私たちは可能性の民族です」、「大韓民国は自負心で世界と競争します」といった、韓国は決して世界との競争に負けない、そしてFTAを通じてより韓国は経済大国になれることを強調する趣旨のものが続きました。
なお2006年6月から12月までに韓米FTA広告費として27億3,500万ウォン(3億5000万円)を使っています。また2007年のFTA広告費は予算ベースで65億ウォンでした(7億8000万円)(※8)。
政府は徹底的に反対報道攻勢に!
また政府は反論報道も積極的に行いました。2006年9月19日にMBCの「時事プログラムW」において、『壊れた約束、カナダFTA』が放送されました。内容は、カナダ・米FTA、そしてその後メキシコを加えたNAFTAが発効して以降、カナダは深刻な社会・経済的問題に直面したというものです。
さらに同年11月20日にはKBSの「争い」において『政府は真実を話しているか』が放送されました。これはカナダ・米FTA締結後、カナダの成長率が高まったと政府は報じているが、成長率が低かった1989~93年、そして2001年以降の数字を故意に除いているとの内容です。
これに対しては韓・米FTA締結支援団の動向分析チーム、調査分析チームが関連資料を分析して、企画総括チームが法的な対応を行いました。そして報道資料で反論するのは当然として(韓国では新聞記事に対して反論する報道資料がよく出されます)、日刊紙の全面広告によってこれらに対する反論記事を掲載しました(※9)。
さらにKBSの「争い」については言論仲裁委員会に仲裁を申請して、報道により被害を受けた者が、言論機関に対して自ら作成した反論報道文を放送することを要求する権利を得ました(反論報道決定)(※10)。さらに先に述べた「PD手帳」でも、ハンギョレ新聞に「このまま止めるのか、前に進むのか-韓・米FTA」との全面広告を掲載し、9つの質問とこれに対する答を紹介する形式で「PD手帳」の内容を一つひとつに反論しました(※11)。
一連の反論については、国政監査(国会が毎年1回行政の政策におかしなところがないかチェックする制度です)で、「対応が過度に敏感である。時事プログラムの放送に対して税金で反論広告をすることは正常か」という質問がされましたが、これに対して政府側は公開の場で意見を表明したに過ぎないと回答しています。
政府広報活動の結果世論は「肯定派」が逆転!
このような広報活動の成果もあり、2006年の上半期には、韓・米FTAは経済に否定的な影響が大きいと考えていた人が多かったのですが、年末には肯定的な影響が大きいとする考える人の数のほうが多くなり、2007年には肯定的な意見が否定的な意見を大きく引き離すようになりました。
結果として韓・米FTAについては政府の積極的な広報活動がネガティブキャンペーンに勝利したと言えるでしょう。このような積極的な広報活動の裏には、大統領といえども国民の支持なしには政策を行うことが難しいという事情があると考えられます。
韓国とFTAを考える際、FTAを積極的に推進している華々しい部分だけに目を奪われます。しかし水面下では、相応の金銭的な対策をとっているだけでなく、海外ではあまり注目されない国内対策にも相当の力を注いでいたのです。韓国のFTAを論じる際には、農業対策、世論対策といった国内対策に政府がどれほど大きなエネルギーを割いたかについても、きちんと知っておくことが重要でしょう。
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