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*識者が語る『日本のアジェンダ』!
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*DOL特別レポート原英次郎 [ジャーナリスト] ダイヤモンドオンライン

第22回の参議院通常選挙は11日の投開票の結果、民主党の敗北に終わった。しかし、今回の選挙は以前にも増して多くの人がどの党に投票すればよいか迷ったのではないだろうか。

 菅直人首相が消費税増税に触れてから、消費税の増税が焦点として浮かび上がってくるかと思いきや、議論は上げるのか、上げないのかに矮小化され、「何を実現するために」という本質論は、深まることがなかった。

 各党のマニフェストを読んでも、余りにも項目数が多く、最後まで読み通すのに大変な忍耐を強いられた。ようやく読み切っても、残るのは徒労感。なぜなら、一番知りたいことが分からないからだ。各党が掲げる政策が実行されれば、どのような「国のかたち」になるのかが、さっぱり描けない。このジグソーパズルのような政策集を組み合わせても、どんな絵が浮かび上がってくるのか、想像がつかない。

 菅首相は民主党のマニフェストで、「国のかたち」という言葉を使い、それは「日米同盟を基軸」、「大胆な地域主権改革」、「「公共」を広く多くの国民が担う、新たな社会づくりの提案」で、「改革の目標は「最小不幸社会」の実現です」と語った。これで、どのような国のかたちかイメージできるだろうか。恐らく前の三つが方法論で、最小不幸社会が「国のかたち」だろう。だが、民主党、いや少なくとも菅首相が考える不幸とは何か、最小のレベルとは何かは分からない。ましてや日米同盟、地域主権、公共を国民が担うことで、最小不幸社会がどうして築けるのか、そのつながりも分からない。

 日本は今、構造変革期(以前とは違った状況に突入したという意味)の真っただ中にいる。その際たるものは、人口減少の始まりと少子高齢化の進展だ。そして問題点はかなり絞り込まれている。将来にわたって安心した生活を送れるか(つまり社会保障制度の持続性)、経済成長力の回復、環境問題、そして格差問題だろう。

 構造変革期にこそ、本来は各党が理念を明示し、理念が「国のかたち」に反映され、その国のかたちを実現するために、個々の政策が提案されるべきだ。だが、マニフェストを見ると、事態は全く逆になっている。一つひとつの課題に対して、一つひとつの心地の良い答えが並んでいる一方、個々の政策がお互いにどのような関連があり、全体でどのような「国のかたち」を目指しているかとなると、焦点が拡散して像を結ばない。

理念あっての政策なのに
政策あって理念なし
 さほど難しいことを求めているわけではない。経済・財政政策を考えてみよう。経済・財政政策を判断する場合、一つの基準として、公平性と効率性があるが、一般的には両者はトレードオフ(あちらを立てれば、こちらが立たずという関係)にある。より自由な市場を利用した方が、効率性は高くなるが、市場は公平性を保証するとは限らない。

 数年前に、燃料エタノールを生産するためにトウモロコシの値段が急騰して、トウモロコシを主食としているメキシコなどで暴動が起こったことがあった。トウモロコシの値段が上がり、そのためにトウモロコシの供給が増え、エタノールを製造する業者の需要を短期間で満たすという意味では効率的なのだが、価格が上がったことで主食さえ買えなくなるという人が出るという意味では、市場の出した結論が社会的に望ましいかどうかは分からない。

 言い換えれば、パイ全体をいかに大きくするかが効率性の問題で、いかにパイを分配するかが公平性の問題と言える。そして、経済学は公平性問題については、逃げ腰で明確な基準を持たない。だからこそ、そこに政治の役割があるのだ。

 もちろん公平性に偏り過ぎれば、社会主義となって効率性が無視されて分配の元となるパイそのものが縮小しかねない。効率性に偏り過ぎれば、市場原理主義となって、不平等が拡大するばかりか、果ては金融危機まで起こしてしまう。したがって、現実には政党の理念は、その両極端の間どこかに位置するはずだが、その立ち位置がはっきりと言葉では明示されていない。

 分配の公平性をより重視するなら、高福祉・高負担型の大きな政府になるだろうし、効率性を重視するなら、低福祉(自助努力)・低負担型の小さな政府になるだろう。その中間的な中福祉・中負担で中くらいの政府という形もあり得る。もちろん、頭の中では、市場重視・高福祉という形も考えられるが、この場合は税負担が重くなる大きな政府になるため、市場の効率性を阻害してしまい、成り立たないことが多い。各政党はどこに立ち位置を定めるのか。これが、政府と民の役割分担を決める「国のかたち」である。

 立ち位置が決まってこそ、各政策の役割が生きてくる。例えば、公平性を重視するとしても、次はその政党が考える公平性によって政策は異なってくる。分配の公平性を重視するなら、所得の高い人の税率と相続税率は高くし、それでも不足する分を消費税で補うという優先順位になるだろう。機会の公平性を重視するなら、教育機会を均等に与えるために、授業料の無償化、返済不要の奨学金の充実、相続税、消費税の引き上げを行う一方で、分配の不平等はある程度、是認するだろう。

効率性を重視するなら、規制緩和を行って競争を促し、所得税はできるだけフラットにして不平等は是認する代わりに、パイを大きくして、全体を底上げすることを目指すだろう。政治だから、机上で描くようにすっきりとはいかないにしても、ある程度、その立ち位置を明確にしてもらわなければ、国民の側には選択のしようがないのである。

「個人所得税課税については……高所得者の税負担を引き上げるとともに、歳出面も合わせた総合的取り組みの中で子育て等に配慮して中低所得者世帯の負担軽減を図ります」。これはどの党のマニフェストか、お分かりになるだろうか。民主党か、社民党か、共産党か。答えは、誰であろう、保守を自認する自民党である。普通、保守と言えば、市場と効率性を重視するのではなかったのだろうか。

 もう一つ、経済・財政政策で問題なのは、将来的な姿が数字で示されなかったということだ。求められているのは簡単なことで、大きな絵姿である。現状の社会保障制度などの仕組みを前提とすれば、毎年、赤字がいくら膨らみ、国債がこれだけ増えるということは予想できる。これに対して、一般会計・特別会計で200兆円強にも達する政府支出を何%削り、予算の組み替えで必要なところにいくら配分し直し、なお不足するものをどの税で、どのような税率で調達するのかを示す。もちろん、仕組みや制度は変えることができる。ならば、どう変えるかを示したうえで、数字を提示すればよい。

 この絵姿こそが、各政党の理念と立ち位置を、分かりやすく示すものとなるはずだ。もし、政策が羅列されただけで、数字の見取り図のないマニフェストが、企業の中期経営計画だったらどうなるか。きっと、株価は暴落していただろう(選挙では投票率に現れるだろう)。

 さらに、問題なのは各党のマニフェストが、本当に時代と民意の変化を汲みとれているかどうかという点だ。例えば、いま若い人は車を買わない、海外旅行に行かない、安定志向だと言われる一方で、社会に役立つ仕事をしたいという希望が強いとも言われる。それが不況で経済的余裕がないせいなのか、意識の変化なのかは、判然とはしない。

しかし、今の若年層は小さい時からゴミを分別する時代に育ち、環境問題に対する感度も高い。GDP(国内総生産)という尺度で測る、物質的な豊かさを追い求めた結果が、今の日本だと直感的に感じ取ってもいるのだろう。彼、彼女たちは、無意識のうちに理にかなった行動をしているのかもしれない。

 だとすれば、彼、彼女たちが求めているのは、GDP的な意味での成長ではなく、失われた人間的な結びつきの回復だったり、もう日本は十分豊かなので、お互いがやさしく手を携えあいながら、生きていけるという社会の質の変化なのかもしれない。そうした意識の変化に対する「国のかたちを」を、我々“大人”も含めて政治は全く提示しえていない。

 いま一度言おう。読み切れないほどテンコ盛りのマニフェストはもうたくさんだ。特に2大政党の民主党・自民党のマニフェストは、形を変えた利益誘導型政治とのそしりを免れまい。こうなってしまうのは、そもそも政党に構想力がないためか、政治家たちが理念ではなく、選挙に勝つのが目的で集まっているためなのか。

 危機を乗り切った企業の共通点は、基本に帰る、政党で言えば理念に帰って、基本的な所作を繰り返し確認することだ。政治家一人ひとりも、何を実現しようと思って政治家を志したのか、原点を見つめ直して欲しい。そして、同じ理念という“旗”の下に集い、理念に基づいたわかりやすい選択肢を有権者に提示する。それが、政治と政治家の役割ではないだろうか。

(ダイヤモンド・オンライン、原英次郎)
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