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2010.4.27JBPRESS 財政再建のウルトラC──松谷明彦・政策研究大学院大教授
日本の財政状況は先進国で最悪になった。国の借金は900兆円に達し、対GDP(国内総生産)比率では危機に直面するギリシャをはるかに上回る。1400兆円規模の個人金融資産が巨額の財政赤字を穴埋めしてきたが、高齢化の進展でそれも先細りを避けられない。
果たして財政再建にウルトラCはあるのか。政策研究大学院大学の松谷明彦教授(元大蔵省大臣官房審議官)はJBpressのインタビューで、膨らみ続ける国債残高は「もはや返せる水準ではない」と断言した。その上でかつての英国に倣い、「コンソル公債」を発行して国債元本の返済を半永久的に先送りするしかないと指摘。それだけでは日本の信用力が凋落してしまうから、憲法を改正して新たな国の借金を禁止すべきだと提唱している。(2010年4月8日取材、前田せいめい撮影)
JBpress 日本は財政再建にどう取り組むべきか。
松谷明彦教授 今の財政の問題を解決するため、増収策つまり税負担を引き上げようとするのは大きな間違い。それで解決するわけがない。
戦後、日本は福祉国家を目指し、国民1人当たりの財政支出はずっと拡大してきた。ところが、増税したことがない。1955~2005年までの50年間で1人当たりの財政支出は国と地方合計でおよそ10倍に拡大した。にもかかわらず、その間に増税したのはたった1回だけだ。
なぜ、増税しないのに1人当たりの財政支出を増やせたのか。それは、若い人口すなわち納税者の割合が増えたからだ。それで増税せずに済んだ。また、経済規模の拡大に伴う自然増収にも一理ある。歳出が伸びても、歳入も伸びていたから財政のバランスが取れていた。
しかし、これから起こるのは歳入の横ばい。高齢化に伴って働く人の割合がどんどん減っていくからだ。ロボットなど技術の進歩で1人当たりの生産性が上昇するため、1人当たりの国民所得は下がることはないが、概ね横ばいになる。
1人当たりの国民所得が増えていれば、税率を変えなくても税収は増える。これが横ばいになると何が起こるのか。増税が1回で済まず、毎年のように必要になってしまうのだ。これは完全な財政破綻を招くから、現実的な選択肢にはなり得ない。
では、どうしたらよいのか。歳出増加の傾きを落とさなくてはならない。それなら1回の増税で済む。まずこれを行い、その上で政府の規模をどうするか議論すればよい。
今後、1人当たりの財政支出は放っておくと増え続ける。なぜなら、財政支出が必要なのは若い人ではなく、お年寄りの世代だから。それなのに政治家はバラマキを行っている。これが最大の問題と言えるだろう。
相当な痛みを伴うが、1人当たりの歳出削減が不可欠
━━ 歳出増加の角度を落とすとは、どういうことか。
松谷氏 お年寄りの割合が増えても、1人当たりの財政支出を伸びなくすれば、人口の減少とともに財政支出は減少する。それも比例的に減少するような世界に持っていくわけで、これには相当な痛みを伴う。
今はお年寄りの割合が増えるに従い、1人当たりの財政支出も増える仕組みになっている。それを税収で賄い続けることは絶対に不可能。プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化という生易しいものではなく、真に抜本的な改革が必要だ。
その実現が大変なのは言うまでもない。きちんとしたタイムテーブルに基づき、人口高齢化の速度に合わせて1人当たりの歳出を削減するプログラムをつくらなくてはならない。(医療や福祉などの)サービスそのものは低下させずに、お金のかからないシステムを構築する。
社会福祉と福祉は違う。数十年前、日本で社会福祉がほとんど発達していなかった当時、高齢者はどうやって生きていたのか。今に比べれば割合も人数も少なかったけれども、家族や地域に助けられて生きてきた。
それこそが福祉であり、基本的に相互扶助のことなのだ。国がしてくれなくても、助け合ってちゃんと生きてきた。ところが今や、政府が高齢者を丸抱えしている。
スウェーデンでは例えば、中年の婦人が隣のお年寄りの面倒を見るとお金がもらえる。場合によっては自分の家でお風呂に入れてあげたりする。
本来、大抵の高齢者社会はこれで済み、専門のヘルパーや施設が必要になる状況は多くない。ボランティアではなく、「本来なら国がやるべき福祉をこの人たちがやってくれる」ため、当然その報酬を税金で払うべきだということになる。
そうすれば、デイケアセンターなど箱モノがいらない。それをオペレーションする役人も不要になる。今だと100の税金があったら、高齢者に行くのはせいぜい20~30ぐらい。残り70のうち3分の1ずつが役人、箱モノ、業者に回っている。しかし、オバサンが隣のオバアチャンの面倒をみるなら、役人も箱モノも業者もいらない。
こうしたことを徐々に進めれば、サービスのレベルをあまり落とさずに財政支出の額は減っていく。1人当たりの歳出を横ばいにするには、きちんとしたプログラムが必要になる。国民の意識を相当変えなければならない。国に頼るのではなく皆でやりましょう、でもお金は国が出してくれますよ――。そういう風に考え方を変えていけば、スウェーデンのようにやっていける。
法人税率引き下げは逆効果、企業優遇「ぬるま湯」政策を改めよ
━━ 税制はどう改革すべきか。
松谷氏 経済成長率を高めた上で税収を増やす(「上げ潮」政策を取る)考えの人がいるが、現実にはあり得ない。
━━ 経済界は法人税率の引き下げを求めているが。
松谷氏 「日本は実効税率40パーセントで欧州などよりずっと高い」と言うのだが、日本では租税特別措置(による減税)が非常に大きい。トータルで考えなければいけない。
また日本では、企業が動きやすいように国が助けている。公共事業にしても産業基盤の整備が多い。企業の都合のいいように、あまり必要のない公共事業も行っている。今はエコカーを買うと何十万円というお金を国が負担してくれる。
あらゆる分野で企業が国に助けてもらっている。法人税の税率だけ取り上げて議論しても意味がない。実際には日本ほど企業がやりやすい国はない。そのためにものすごく税金が使われている。べら棒に法人が優遇されているのが日本社会。超低金利を維持してきたのも企業のためであり、それも実質的な「補助金」と言わざるを得ない。
その結果、日本企業の体質がものすごく弱くなった。国際競争力がどんどん落ちている。「ぬるま湯」政策を改めるべきであり、法人税を特段いじる必要はない。
今はつくるモノの量に対して購買力が不足しているから、デフレに陥っている。デフレが続いているのに、なぜ法人税減税でモノをつくりやすくするのか。そうではなく、モノを買いやすくしないとデフレギャップは縮まらない。
やるなら所得税減税、「途上国モデル」を脱せない日本企業
━━ 日本が長期低迷を脱するため、最も求められる経済対策は何か。
松谷氏 一番よいのは、何もやらないこと。どうしてもやりたいなら、所得税減税だ。最悪が法人税減税になる。無理矢理に企業の負担を軽くすると、普段なら手を出さないビジネスチャンスにも手を出してしまう。資源の最適配分の点で深刻な問題が生じる。
今、日本は普及品をつくる中国や韓国と同じレベルで競争しており、高級品をつくる米国や欧州とは土俵が違う。
戦後、日本は外国の技術を導入して大量に安くモノをつくり、発展してきた。しかし、ある程度の段階で「薄利多売」から脱して利幅の大きい商品をつくる経営モデルに変えるべきなのに、できなかった。未だに「途上国モデル」だから、中国や韓国に追い付かれてしまうと悲鳴を上げている。
なぜ途上国モデルのままなのか。そのモデルで成功を収めた人が社長に就いているからだ。モデルを変えるのは社長をクビにすることになる。政治・行政と同様、産業界も旧態依然と言うべきであり、その辺りを直さないと日本経済は決して良くならない。
ただ旧モデルが「オリエンタル・ミラクル」というあまりに輝かしい成功を収めたから、皆が「それでいいじゃないか」と思っている。その一方で、新興国がどんどん追い上げてくる。人口減少をはじめ日本国内に深刻な問題が山積しているのに、昔ながらの途上国モデルを維持している方がおかしい。
もうそろそろリーダーの交代が、きちんとした形で行われなければならない。「政権交代」と鳴り物入りで騒がれたが、結局、民主党もまた現状肯定の保守勢力に過ぎず、将来に向けた布石が全く見られない。この大事な時に、日本国民にとって不幸と言わざるを得ない。
*日銀は利上げせよ! 資源の最適配分を目指せ!
━━ 日銀はどのような金融政策を展開すべきか。
松谷氏 日銀は政策金利を引き上げるべきだ。
利上げしないから資源の最適配分が行われず、本当に必要なところにお金が回らない。変な投資家ではなく、先端技術の開発などに回すべきだ。金利があまりにも低いため、他の国だったら消えたはずの産業が日本では生き残っている。これでは資源を食いまくるだけで、上向きの力が出てこない。
世界的に見ると、日本の企業はものすごく非効率だ。つまり量はつくっているが、儲けが出ていない。これを改善するには、非効率な部分を切り捨てるしかない。
そして余力を高い技術を持つ企業に振り向ける。そのために一番よいのが、金利を引き上げることだ。そうすれば、金利より低い利益率の投資は全て駄目になる。米連邦準備制度理事会(FRB)は「出口戦略」で必ずこれをやる。
もはや返せぬ国の借金、「コンソル公債」で元本先送りを
━━ 900兆円にも達する国の借金をどう返済していくか。
松谷氏 もはや、返せない水準にまで積み上がってしまった。国債の元本返済は先送りし、利払いだけを行うしかない。先送りといっても今の元本を先送りするわけではなく、新たに発行する「コンソル公債」で旧国債を借り換えていく。
コンソル公債に還債期限はなく、国が返したくなった時に返す。固定金利で発行するが、30年物国債との金利差は1%以下で済むだろう。
当然、批判は出てくるが、デフォルト(債務不履行)ではない。言ってみれば、社債を株式に変える転換社債のようなもの。ただし、配当(=発行金利)は確定している。その代わり、憲法を改正して「今後、国は借金を一切しない」と明記する。その上でやらなければ、絶対に誰も納得しない。
確かに子供の教育上はよくない。しかしマイナス効果はそれぐらいであり、「大人の知恵」ということ。国民に塗炭の苦しみを味わせないためには、こういう手もあるのではないか。国債を持っている人は売ることもできるし、誰も困らない。発行金利がそれほど上がるわけではなく、国民の負担が増えるわけではない。
既に日本の信用は「ない」に等しい。国の借金を返せるとは誰も思っていないし、フィクションが続いているだけ。コンソル公債発行でデフレも起きなくなるし、これ以上は財政赤字を増やさないと宣言した方がよっぽど信用が上がる。
━━ 「日銀が新発債を引き受ければよい」という議論にならないか。
松谷氏 それは全然違う。日銀が引き受けると新たなマネーがどんどん出てくるため、インフレを招いてとんでもない話になる。利権に繋がる公共事業も増えてしまう。
(憲法改正で)これ以上の借金をできなくすれば、無駄な事業はたちまちストップする。足元の歳入の範囲内でやれということになり、財政は急速に小さくなる。
だから一気にやるのではなく、10~20年程度の長期計画で減らしていく。社会福祉や公共事業全部含め、大きな痛みを伴うことにはなるが・・・。
━━ 松谷氏出身の財務省はそうした研究を行っているのか。
松谷氏 していない。「金庫番」とはそういうものだ。現状をうまく調整し、日々の帳尻は合わせることができても、国の将来を長期的に考えることは不得意。同時に、現状を打破して将来に向けて構造改革を進めることもしないものだ。
そんな行動を取っていたら、ずっと政権の中枢にはいられなかった。中枢にいることこそが金庫番の仕事を全うするための前提条件となり、それが財務省の価値観であり文化だ。常に与党だから、野党であることはあり得ない。
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