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政府が「反日」の笛吹くも踊らない上海市民?

2010.10.05(Tue)JBプレス 姫田小夏

9月24日、上海でたまたま乗ったタクシーの中で、運転手は筆者が日本人かどうか試すかのように、やにわに千昌夫の「北国の春」を歌いだした。

 「日本の歌、歌えるんだね」と話しかけると、「待ってました!」とばかりに雑談が始まった。

 「日本は近いよね、飛行機で2時間ぐらいでしょ。友達が数人住んでいるんだ、いい国だって。みんな中国には戻る気がないよ、俺は行きそびれちゃったけど・・・」

 上海市民はよく日本の実情を知っている。ネットや友人、親戚を通じて、メディアが報道しないリアルな日本の情報をつかんでいるのだ。

地元メディアは猛烈に日本を非難!

 その一方で、地元メディアは、漁船船長を拘束し続ける日本に対して猛烈な非難を浴びせ続けていた。「中国は厳しい対抗措置を日本に宣告する」「中国民衆の日本への信頼感は損なわれた」など、新聞の見出しは今まで見たこともない強烈なトーンだった。

 5年の歳月をかけて築いた親日ムードを叩き壊すかのような連日の報道は、さすがに、中国にある程度の理解を持っているはずの筆者も驚き呆れるものがある。

 日本叩きの急先鋒「環球時報」は、「中国が日本という隣国と付き合うにはとりわけ注意が必要だということを、今回の事件は教えてくれた」と報道した。クレバーな上海の中国人からは、おそらく失笑を買うだろう。

 また、環球時報にはこうもある。

 「中国がこのように日本を非難すれば、日本の一部の人間を刺激するだろう。だが、今回の事件の拡大は完全に日本が起こしたことであり、日本社会はこの刺激を必ず受け止めるべきだ」

「国を治める経験に欠ける日本の現政府に、日中間の閣僚級以上の交流停止、訪日旅行中止という制裁を与えることを通して、中国と軽率に付き合ってはいけないことをはっきり思い知らせるべきだ」

 原文から伝わるのは大国化した中国の傲慢さだ。筆者からすれば「そこまで言う必要があるのか」だ。

デモの呼びかけに反応しない上海市民!

 再び「愛国・反日」に揺り戻されたかとヒヤリとしたが、一般市民の関心は、実はそんなところにはないようだ。

 満州事変(柳条湖事件)の79周年に当たる今年9月18日は、中国各地で大規模な抗日活動があると予測され、上海日本総領事館も注意を喚起していた。

 しかし、「明日、デモ行進はあるんだろうか」と側にいた中国人に尋ねると、「デモ行進? なんでそんなことをする必要があるの」とこちらが拍子抜けするような答えが返ってきた。

 上海市政府は「万博開催中」であることを理由にデモ行進はさせない方針だったが、上海市民が騒がなかったのは、そもそもこの事件に対する関心の低さにある。「領土問題なんか、老百姓(一般市民)にとっては不毛な議論」(40代、男性、会社職員)と受け止める上海市民は決して少数ではない。

バーチャルな世界でも「誰もついて来ない」。反日愛国者が9月17日にスレッドを立ち上げて「明日、万山路8号(在上海日本国総領事館住所)にみんなで行こう!」と呼びかけるも、「会社があるし・・・」「2005年の反日デモの首謀者がどうなったか知ってるか」など、反応はイマイチだった。

 翌18日、抗日活動が日本総領事館脇で行われたが、北京のそれとはだいぶ異なるトーンで、周りを取り囲んでいる市民も「ただそれを見ている」といった様子だった。「怒りがこみ上げてどうしようもない」という表情はほとんど見られない。あくまで「9・18」のためのパフォーマンスに過ぎず、活動家たちは粛々と横断幕を掲げたに過ぎなかった。

「愛国」のために生活の糧を捨てられるか!

 2005年4月、上海で反日デモが発生したが、そこで市民が直面したのは日本を攻撃することの「矛盾」だった。

 反日デモは、日本の安保理の常任理事国入りを反対して起きたものだった。10万人に達する中国人が街頭に繰り出し、スローガンを唱え、日本料理店などがターゲットとされ、破壊行為を受けた。窓ガラスが割られ、しばらく営業停止となった店もあった。

 だが、看板は「日本」でも、経営者は中国人という店もあった。中国人の従業員も多く、農村には彼らの仕送りに頼る家族もいる。

 その後、中国全土で日本ブランドの不買運動が高まった。多くの日系企業が被害を受けたが、最も傷ついたのは日本企業で働く中国人社員だった。「日本の商品なんかよく売っていられるな」と、売り場でケンカを売られた店員もいた。それでも、いい暮らしをしようと思えば、日本企業は身を寄せるしかない「大樹」なのだ。

 中国に拠点を置く日系企業は2万社を超える。日系企業が雇用する中国人はもはや1000万人近いと言われるようになった今、誰が「愛国」のために「飯碗」(生活のよりどころ)を捨てるだろうか。

 上海は1人当たりのGDPが1万ドルを突破する裕福な都市である。その発展に大きく貢献したのが外国資本であったし、とりわけ日本企業が有形、無形の投資をもたらし、上海経済の下地を作ったことは間違いない。

 息子が日本企業に勤務、親戚が日本に留学、夫が日本人・・・。切っても切れない日本との緊密な関係、それを肌感覚で知る市民は、もはや政府のスローガンでは動かなくなっている。

旅行者を「日本に行かせない」のはなぜ?

 浦東新区の高級住宅に住む中国人主婦はこう話す。「東京で道を尋ねたら、わざわざその場所まで連れて行ってくれた。日本人はやさしい」

「日本人は極悪非道な悪者なんかではなかった」ということだ。これまで刷り込まれてきた愛国・反日教育が、現実とは違っていることに市民も気づき始めているのだ。

 しかし、日本が「悪役」「仮想敵」でなくなっていくことは、中国政府にとっては都合が悪い。

 日本が船長を返さないことへの報復措置の中に、「訪日旅行の規模縮小」があった。訪日旅行客を減らして日本に経済的な打撃を与えることはもちろんだが、狙いはそれだけではない。

 「日本に旅行した人は必ず親日家になってしまう。これ以上親日ムードが高まると、愛国では扇動できなくなってしまう、という中国政府の焦りではないか」とする声もある。

万博で日本館は6時間待ちの人気!

 ところで、9月23日の中秋節の休日には60万人超が上海万博に訪れた。以下はその時の状況を「東方早報」が報じたものだ。

その日のニュースは「中国・河北省石家荘市で日本人4人を拘束」だった。連日の日中関係の悪化を煽る報道にもかかわらず、日本館にはなんと6時間待ちの長蛇の列ができたのである。

 246カ国の政府、国際機関が参加する上海万博で、日本館は「ダントツの人気」だ。これが意味するところは大きい。地元上海のみならず、中国全土から集まった国民の日本への「お手並み拝見」といった関心、そして期待と憧れが表れたものと受け止めていいだろう。

 さすがの中国政府も、日本への報復を掲げ、市民に「日本館へは行くな」と呼びかけることまではできなかったようだ。

 「政冷経熱」という言葉があるが、今はむしろ「政冷民熱」。煽っても煽っても国民には届くまい。
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