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軽井沢インターナショナルスクール設立準備財団
http://isak.jp/isak/top/

第1回 目指すは“気づきの種”がある環境作り!


2010年11月8日(月)日経ビジネス 小林 りん、中西 未紀

 2013年、軽井沢に日本とアジアをはじめとする世界各国の子供が寄宿する全寮制の高校を作る――。こんな目標を掲げて、日々、奔走する女性がいる。軽井沢インターナショナルスクール設立準備財団代表理事の小林りん氏だ。

 小林氏は東京大学経済学部を卒業、外資系投資銀行やベンチャー企業で働いた後に、もともと関心のあった国際協力の分野に転身。米スタンフォード大学国際教育政策修士号を取得し、国連児童基金(ユニセフ)で貧困層教育に携わる。その経験から次世代のリーダー教育の重要性を強く感じ、それが今の取り組みにつながっていく。

 なぜ小林氏は全寮制インターナショナルスクールを開校し、何を成し遂げようとしているのか。小林氏が仲間たちとともに「ゼロから学校を作る」取り組みを追っていく。

 優雅な避暑地として広く知られる軽井沢。夏の暑さをしのごうと多くの来訪者が訪れるこの地に、今年の夏は“賑やかで元気な”集団の姿があった。

 男子が16人、女子が18人の計34人。年齢は12~15才で、ちょうど中学生に当たる。このうち、日本の学校に通っている子供は10人。後は、シンガポールフィリピンミャンマー、ネパールなどアジア7カ国から来た子供9人と、日本のインターナショナルスクールに通学している子供15人となっている。

 この子供たちは、7月19~30日まで開催されたサマースクールの参加者だ。国籍がバラバラというだけではなく、生活環境も全く異なる。日本人の両親で育った子供がいれば、日本人と外国人の間に生まれた子供もいる。今回は奨学金によって参加が可能となったアジアの子供もいる。受講料は、14日間の宿泊と食事も含めて14万5000円だった。それでもアジアの貧困層にしてみれば渡航費なども加わり、おいそれと出せる金額ではない。奨学金の用意は不可欠だった。

 それぞれの家庭がサマースクールの存在を知ったのは、主にクチコミ。親同士の情報交換や海外大学のメーリングリストなどで開催を案内した。ごく限られた範囲での告知だったが、それでも当初予定だった30人の定員を大きく上回り、面接や論文などで審査して選抜した。こうして集まった子供たちが、一つ屋根の下で、毎日を共にした。


授業や日常生活は英語で過ごす!

 こんなサマースクールを主催した軽井沢インターナショナルスクール設立準備財団で、代表理事を務めるのが小林りんだ。彼女の素性についてはこの連載でおいおい明かしていくが、2013年に日本で初めてとなる全寮制インターナショナルスクールを立ち上げようと、財団の仲間たちとともに本気で取り組んでいる。サマースクールは、そのための準備という位置づけになる。中学生を対象にしたのも、3年後の開校を睨んでのことだ。

この軽井沢インターナショナルスクール設立準備財団とは、どのような組織なのか。代表は小林ともう1人、あすかアセットマネジメント(東京都千代田区)の社長である谷家衛がいる。谷家は、戦後74年ぶりに誕生した独立系の生命保険会社でインターネットを主な販売チャネルとするライフネット生命保険(東京都千代田区)において社長の出口治明と副社長の岩瀬大輔の出会いに一役買った人物としても知られている。

 理事には、著名な建築家である鈴木エドワード、上場企業のトップである朝日ネット社長の山本公哉やネットプライスドットコムグループCEO(最高経営責任者)の佐藤輝英、環境ビジネスの草分け的存在であるエンヴァイロテック代表の高橋百合子が就任している。そして、アドバイザリーボードには、以下のメンバーが名を連ねている。

議長 出井伸之(クオンタムリーム代表、元ソニー会長)
アドバイザー 北城恪太郎(日本IBM最高顧問、経済同友会終身幹事)
アドバイザー 立石文雄(オムロン副会長、経済同友会幹事)
アドバイザー 伊佐山建志(カーライル・グループ会長、元日産自動車副会長)
アドバイザー ポール・クオ(クレディ・スイス ジャパン在日代表兼最高経営責任者)
アドバイザー エアン・ショー(マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長)
アドバイザー 茶尾・デイビッド・克仁(ドール・キャピタル・マネジメント創業者兼ゼネラル・パートナー)
 「奨学金を給付することで異なる経済的バックグラウンドを持つ生徒や、様々な性格や考え方を持ち合わせる生徒を集め、本当の意味でのダイバーシティ(多様性)を持ったインターナショナルスクールにしたい。こういう環境を用意できてこそ、学校が社会や世界の縮図となってリーダーシップを養う経験を積める場になる」

「次世代のリーダーに必要なのは、幅広い分野に興味を持ちつつ特定分野において突出した才能を発揮できること、答えを見つけるのではなく問題を見つけられる能力と、それを解決するためのクリエイティビティである」

 こんな小林と谷家の思いにそれぞれが共感し、協力を惜しまない姿勢を示している。サマースクールを実施できるような施設を見つけることができたのも、アドバイザリーボードの1人が軽井沢に精通していたことが大きい。

 では、そんな小林が仲間たちとともに手がけたサマースクールの内容を見ていこう。

 朝は午前8時には起床し、朝食を済ませる。午前9時半から午前中いっぱいは、数学や理科、社会といった授業を行う。12~13才と14~15才で分け、それぞれ17人のクラスという少人数体制だ。昼食を挟んで、午後はサッカーやテニス、ダンス、ブラジリアン柔術などで身体を動かした。

こうした活動は、プロジェクトを支えるボランティアスタッフの面々に加え、サマースクールをクチコミなどで知った日本の社会人、学生募集のメーリングリストを見たスタンフォード大学やブラウン大学といったアメリカの名門校に通う大学生など、総勢30人近くがボランティアとして手伝った。

 夕食後は、参加者が自国についてプレゼンテーションをする場を設けたり、花火大会などのイベントで楽しんだりして過ごした。土日はハイキングに出かけたり、自分たちでオーガニックファームに行って収穫した野菜でバーベキューをしたりして、自然と触れ合った。最終日には流しそうめんを食べ、日本文化を楽しんだ。

 このほか、アドバイザーの1人であるマッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長のエアン・ショーは、今回のサマースクールにも足を運び、子供たちに向けて講義を行った。「カンボジアに生まれ、政治難民となった自分が、逆境の中でどのように希望と夢を持ち続けて今に至ったか。そして、助けてくれた人々への感謝を忘れずに生きることが、いかに大事なことか――」。その重みのある言葉を聞くだけでも、多感な時期の子供たちにとってはかなり濃厚な時間となっただろう。

 ちなみに、授業はもちろん、生活は原則として英語が共通語になっている。「英語が不得意な子には分かる子が教えてあげるなど、子供同士で問題を解決していたようです」(小林)。


学校作りは、教育者にとっても夢!

 このサマースクール、参加した子供たちは何が一番楽しかったのだろう? そんな質問を投げかけると・・・。

 「数学の授業!」

 こんな答えが返ってきた。

 子供たちが興味を持った数学の授業では、教師は「暗号学」を題材にしていた。暗号は、「数列」を用いて、データを符号化したり復号化したりしている。この仕組みを通じて、「数列」を学ぼうというわけだ。確かに、子供の探究心を刺激するようなやり方である。

 また、理科の授業では、教室にペットボトルと炭酸飲料「コカ・コーラ」とキャンディ「メントス」が持ち込まれた。「コーラにメントスを入れたら、何秒で泡が吹き上がるか」という実験が行われた。さらに、「入れるメントスの量を変えたら?」「ダイエットコーラだったら?」など条件を検証していく。こうやって、物理の因果関係を学ぶのが狙いだ。

 「まず公式を教え、それから検証をさせるのではなくて、『仮説を立てて自分で実証していくこと、それが科学なんだ』と先生はおっしゃっていました。そうやって、自分の力で導き出した公式であれば、絶対に忘れないですよね」と小林は、先生の教え方に感心すると同時に、教師の重要性を改めて認識した。

サマースクールで教鞭を取ったのは、4人の外国人教師と1人の理事。全米トップクラスのボーディング・スクール(全寮制学校)として知られるケイト・スクールの教師。世界9カ国にインターナショナル・ボーディング・スクールを展開しているユナイテッド・ワールド・カレッジでノルウェー校を立ち上げた教師や、カナダでエンジニアとして活躍し、教育行政にも精通している教師。そして、米スタンフォード大学デザインスクールにて、幼児・初等・中等教育を研究するプログラムディレクターだ。また財団理事を務める鈴木も、自然の中のデザインの美しさを生徒に説いた。

 なぜこの教師陣は日本のまだ発足もしていない学校のサマースクールに参加したのか。外国人教師と知り合ったきっかけは、小林が昨年の夏に学校設立に向けて行なった海外名門校への視察だった。「会っていただいただけでもありがたかったのに、まさかサマースクールに来てもらえるとは。熱心な教育者って、本当にそのミッションに共鳴したら動くんですよね。自分たちの理想とする学校を新しく作り上げていくというのは、教育者にとって究極の夢なんだと思います。歴史ある名門校は多いですが、新しく設立することなんて一生に一度あるかないか、ですからね」。

 そんな教師陣の教育姿勢は、授業だけに留まらない。心から学問を愛し、子供たちに教えるのが好きだった。「子供への接し方が違いました。授業が終われば『はい終わり!』ではなくて、『ブラックホールって何~?』なんて子供たちから聞かれたら、『それはね・・・』といつまででも語り続けている。質問した子供たちが『もう勘弁して~!』ってくらい」と笑いながら小林は教えてくれた。そして、このように四六時中、教師と子供が一緒にいられるのも全寮制ならではのメリットと言える。

 

自ら問題を見つけて解決する「デザイン思考」!

 サマースクールでは、まだ日本ではあまり取り入れられていない授業も行った。それは、「デザイン思考」をテーマとしたものだ。これは、数年前からスタンフォード大学で始まったカリキュラムを参考にしている。

 例えば、「地下鉄」という課題を子供たちに与えたとしよう。この時、子供たちは実際に地下鉄に行く。そして、現場を観察し、利用客や勤務中の人に話を聞く。この目的は、地下鉄の問題発見だ。「人類学者」になった気持ちでユーザーの立場に身を置くことで、自分で問題点を見つけ出し、解決策を議論する。またプロトタイプと呼ばれる試作品を多く作り、クリエイティビティを発揮しつつ批評も受けながら改善を図る。そんな授業なのである。問題が与えられて解答を見つけるという紋切り型の授業とは全く異なる。今回は2日間と日数が限られていたため、そのメソッドを元にしたショートプログラムを実施した。

 この2日間だけでも、「子供たちはずいぶん変わった」と小林は言う。授業の前に「難民問題」について意見を聞くと、子供たちからは「寄付すればいい」といった答えしか出てこなかった。しかし、家族の問題であったり、NPO(非営利組織)のあり方であったり、現地に想いを馳せればお金だけが解決の手段ではないことが見えてくる。

 2日間にわたる「デザイン思考」の授業を終えた後、改めて「難民問題」の解決策を聞くと、子供たちの解答は大きく変わっていた。「太陽電池!」「ソーラーパネルだけで動く水のポンプ!」「移動式のトイレ!」といった具体的なアイデアを発言するようになっていた。こうなれば、そのアイデアを実現するために今度は何をすればいいのかということにも考えが及び、話がどんどん広がっていく。

 「次世代を担う子供たちにとって、与えられた仕事をただこなすのではなく、自ら課題を立てて実行に移していく力は、不可欠なものになってくると思います。もともとデザイン思考というものは日本の強みだと思うので、単純にアメリカのカリキュラムをそのまま輸入するのではなく、日本独自のプログラムにしながら取り入れていきたいですね」。カリキュラムに手応えを感じている小林は、力強くこう語る。

 教師と子供たちの間だけではない。子供たち同士でもお互いに好影響をもたらしている様子を小林は目の当たりにした。

 「フィリピンに行ってみたい!」「タガログ語(フィリピンの公用語)を学びたい!」

 子供たちがこんなことを口々に言い始めた。ここには、フィリピンから参加した男女3人の生徒の存在がある。マニラに住む3人は14歳にして、近隣のスラム街へ家庭教師としてボランティアに行っているという。「頭もいいし、スポーツもできる。ただそれだけではなく、社会に対しての問題意識が高く、とても精神力のある子たちだった」(小林)。そんな3人を、周りの子供たちも尊敬するようになっていたのだ。

「『ピアエフェクト(仲間同士が与え合う影響)』って言いますけど、普段はもしかしたら斜に構えているような子も、周りの子がまっすぐだと、そちらにひっぱられていくんですよね。でも、それは逆もあります。もしちょっとネガティブな子がいたら、同じことをやっても違ったかもしれません。今年は参加した子供たちにすごく恵まれていたと思います」

 小林はこう振り返り、話を続ける。

 「学校って、たぶん、こういうことなんだと思います。教えられることには限りがある。でも、“気づきの種”がポロポロ落ちていることが大事なんですね。優れた教師の授業を通して探究心を持ってもらうことは重要だけれど、それ以外のことは気づいてもらうしかない。価値観というのは、押し付けられませんから」

 もう1つ、こんなエピソードもある。子供たちに「あなたの夢は何ですか?」と問いかけた時のことだ。子供たちが次々と手を挙げて、「サッカー選手!」「パイロット!」と夢を語る。そんな中、手を挙げていなかったミャンマーから来た男の子に、「君は?」と聞いた。

 すると14歳の彼はとても控えめに、こう言った。

 「僕は、ミャンマーの民主化のために一生を捧げたいです」

 彼の名札には、「AUNG(アウン)」とある。もしかしてミャンマーの民主運動指導者アウン・サン・スーチーの親戚なのだろうか? 

 「いえ、僕は10歳の時、スーチーさんの活動に共鳴して、親に頼んで彼女の名前を僕のセカンドネームに付けてもらったんです」
 
 これには小林も驚愕した。「普段の彼は、とてもフレンドリーなんですけど、物静かな子で、すごく政治的なことをバンバン言ったりするようなタイプでもないんですよ。でも、そうやって大きな夢を持っていたんですね。彼は確かに口を開けばとてもしっかりしたことを言うし、エッセイでも熱いメッセージを綴っていました」。

 「別に、全員がポリティカルリーダーになる必要なんて全くないと思います。でも、こんなふうに自分なりの価値観を持って、新しいムーブメントを作っていくような子供たちが、それぞれの国で、それぞれが選んだ様々な分野を担っていってくれたらいいですよね。これから作ろうとしている学校は、そういった子供たちを育成する場にしたいと考えています」


「ほかの子にもチャンスをあげてほしい」!

 ミャンマーに彼が帰国する際には、こんなやりとりがあった。

 「あなたは今回のサマースクールに素晴らしく貢献してくれた。みんなが学べたと思う。ありがとう。君のような子だったら、来年もまた来てほしい」

 「僕は今年、ここに来られて本当に良かったと思う。でも来年は、僕じゃない、ほかの子にチャンスをあげてほしい。僕の周りにも、僕と同じような子で、チャンスのない子たちがたくさんいるから」

 また、彼が来日した際、飛行機の便の関係で、サマースクールが始まるまでの2~3日間、どうしても東京に宿泊しなければならなかった。しかし、ホテルに泊まる金銭的余裕など彼の家庭にはない。そのため、日本の参加者の親がボランティアでホストファミリーになってくれていた。小林は、その親から「彼のような子が来るんだったら、それだけでも息子を転校させたい」と言われたそうである。

 彼に限らず、サマースクールに当たってホストファミリーになった家庭はいくつかある。それぞれの家庭で、子供を成長させる出会いがあったことだろう。それもまた、この試みの成果の一つと言える。

 「どんな境遇にいる人でも、それぞれすごく一生懸命に生きていて、リスペクトされる存在なんだというのが、『多様性』の根底にあると私は思っています。海外から奨学金で来る子供たちは、こちらが助けてあげるのではない。みんなが学ばせてもらうことのほうが大きいんですよ」

 こう語る小林が、仲間たちとともに情熱を注ぐ、「日本で初めての全寮制のインターナショナルスクールを作る」というプロジェクト。次回から、その構想について紐解いていく。

 

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