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ジョン・ミード・ハンツマン(洪博培)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%9E%E3%83%B3_(%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2)


丹羽・ハンツマン両大使が語る新春の抱負!


2011年01月17日(月)現代ビジネス 近藤大介

旧正月(今度は2月3日)を「新春」として祝う中国にとって、新年は特別の佳日ではなく、ただ元旦が休日となるだけである。そんな中で、「自宅玄関」に門松と日の丸を立てて正月を祝った粋な日本人が、北京でたった一人だけいた。誰あろう、特命全権大使の丹羽宇一郎氏(71歳)である。

 そんな大使公邸で、100人ほどの日本人駐在員らを集めて、新春のランチパーティが催された。昨年は、7月末に着任して早々、尖閣諸島問題が勃発し、ひたすら「守り」に徹した感があった丹羽大使だったが、この日はスピーチ原稿も持たずに、意気軒昂に語った。

「私は今年の元旦、中国全土を踏破して、中国人と草の根交流を行うという計を立てた。調べてみると、中国には、23の省と、5つの自治区、それに4つの直轄地がある。これらをすべて回ろうとすると、1ヵ月に2回、出かけたとしても、一年では回り切れない。一年半くらいはかかる。でも一年半かけてでも、必ず踏破してみせる。そして、地方の人々のナマの声に耳を傾けると同時に、日本の良さを広めていくのだ」

 思えば昨年、伊藤忠商事会長から、民間人初の駐中国特命全権大使に「華麗なる転身」を果たした丹羽氏は、着任当時、「二つの抱負」を述べていた。一つは、日中FTA(自由貿易協定)を締結すること、そしてもう一つは、マメに地方行脚をすることである。

 だがどちらの希望も、「尖閣台風」によって掻き消され、趣味である朝のジョギングさえ行けない「引きこもり」状態になってしまった。ようやく11月になって北京近郊の天津への視察に出たが、風邪をこじらせた。続く12月の南京視察では、「南京大虐殺73周年のシーズンなのに、なぜ大虐殺記念館に足を運ばないのか!」と、中国メディアに叩かれる始末だった。

 丹羽大使は昨年暮れには、大使に就任して初めて、人気ニュース雑誌の『財政』に、『日中関係:われわれは賢者となれるか』と題した論文を寄稿した。書き出しに曰く、

< 私は大使に就任してからお目にかかった、胡錦濤主席、温家宝総理、習近平副主席、王岐山副総理らに、同じ話をした。それは、次のような話だ。「両国は、1000年、2000年の極めて長い付き合いであり、夫婦以上の関係である。だから近すぎて、互いの欠点ばかり目に付くが、10年や20年の短いスパンで、互いの欠点ばかり指摘し合っていてはならない」・・・ >

 以下、孔子や周恩来総理の言葉を引用したりして、格調高い中国語の文言が、延々と続く。

精読すると、丹羽大使の説く「夫婦以上の関係論」は、なかなか納得させられる。だが悲しいかな、雑誌のほぼおしまいの204~205ページに「残りその他」のように掲載され、しかもタイトル下にある「日本駐華大使」という肩書きは、わずか「4Q」の文字で印刷されている。これでは、せっかく「特命全権大使」が初めて健筆を振るったというのに、多数の読者の目に留まるはずもない。

 そんなこんなで、新春の丹羽大使としては、「今年は飛躍の年にするぞ!」という意気込みがあるのだろう。前述の新春パーティのスピーチでは、「全国行脚への決意」に続いて、次のような「爆弾発言」が飛び出したのだった。

「今年は、SMAPを、北京のオリンピック・スタジアムに連れてくる。3億円かけて招聘する。日本を代表するこの二つのグループが、北京公演を行えば、中国の日本ファンは一気に増えるに違いない。すでに、劉琪さん(北京市トップの北京市党委書記で丹羽大使と親しい)にSMAPDVDを渡して、いま聴いてもらっているところだ」

 まさかお堅い特命全権大使の口から、「SMAP」と「」が飛び出すとは予想もしていなかった。私は、咥えていたトロの刺身を、危うく噛まずに呑み込んでしまうところだった。

 だが、どこからともなく、「大使、頑張れ!」という声が上がり、丹羽大使は右手を振って声援に応えていた。今年の丹羽大使は、何かやってくれそうな予感が大だ。

 ところで、新春早々、北京で丹羽大使以上に目立ちまくっている大使がいる。駐中アメリカ大使のジョン・ハンツマン氏(50歳)だ。

 昨年末、クリスマス休暇で帰国したハンツマン大使は、所属する共和党の重鎮たちと会って、ワシントンの政局について、意見交換をしたという。さらに、『ニューズウィーク』誌の新春インタビューに登場し、来年秋の次期大統領選への出馬を仄めかした。これで俄然、沈滞ムードのオバマ大統領に代わって、「時の人」となったのだ。

 図らずも、1月9日~12日に、アメリカのゲーツ国防長官が訪中し、ハンツマン大使は、夜風吹きすさぶ空港に出迎えたのを始め、4日間をゲーツ国防長官と共にした。だがある意味で、国防長官以上に、一介の大使の方が目立ってしまう格好となった。11日午後に人民大会堂で会見した胡錦濤主席にしても、ゲーツ長官と握手を交わしながらも、末席のハンツマン大使が気になって仕方ない様子だったという。

 実は2009年8月、ハンツマン大使が、ユタ州知事から中国大使に転身した時に、すでに北京の外交筋の間では、こんな噂が飛び交っていた。

民主党オバマ大統領が共和党のハンツマン知事を中国大使にしたのは、2012年の大統領選で、ハンツマンが対抗馬として最有力だと判断したからだ。そこで4年間、北京に留め置いて、ハンツマンの次期大統領選出馬の芽を摘もうとしたのだ」

 私は、着任した翌9月に、ハンツマン大使をあるパーティで見かけた。在りし日のロバート・レッドフォードを髣髴させるナイスガイ、というのが初印象だった。ハンサムでダンディで、おまけに流暢な中国語を操るのに驚いた。そんなハンツマン新大使と、しばし立ち話をした。

---なぜそんなに流暢な中国語を話すのですか?

「若い時分に台湾で勉強しました。だからここでは私の名前は、ハンツマンでなく、中国名の洪博培です。それに私は、養女も中国人なんです」

---今回、中国へ来て行ったことは?

「まず、自転車を買いました(笑)。北京のラオバイシン(庶民)の生活は、大使公用車の中からでは分かりませんから。それで日曜日には自転車に乗って、フートン(路地裏)を回ることにしたんです。

 それから、初の地方視察として、四川省へ行ってきました。四川大地震から1年余りが経ちましたが、災害の復興の度合いを見れば、中国の発展段階が読めると思ったのです」

---いまの米中関係をどう見ていますか?

「これまでの30年間で一区切りだったと見ています。両国は30年間にわたって、大変重要で、かつ大変複雑な関係を築いてきました。これからは、まったく異なる"第2ステージ"に入っていく。海図もない、未知の航海です」

---未知の航海に出て行く「船長」として心がけることは?

「30年間の米中関係を振り返って言えるのは、長期的ビジョンを持つことと、優先順位をつけることの2点が大事だということです。あとは中国語で言う『互相幇助、互相発展』(互いに助け合い、互いに発展していく)の精神を持つことですね」

---大使として、ぜひやりたいことは?

「実はオバマ大統領からホワイトハウスへ呼ばれた時も、同じ質問を受けました(笑)。私が答えたのは、いまのアメリカは対中貿易格差ばかり問題にしているが、同様に重要な、対中文化格差をなおざりにしているということです。

 すなわち中国人は幼少時から英語を勉強し、常時、数十万人の優秀な留学生がアメリカでMBAを取ったりしているのに、中国へ留学するアメリカ人は、まだまだ少ない。つまり文化の相互理解という点で、アメリカ中国に圧倒的に負けているのです。

 そこでオバマ大統領に、10万人のアメリカの若者が中国で学べるような枠組みを作ってほしいと頼みました。私から大統領へのお願いは、この一点だけです」

---東アジアには、同盟国の日本もいます。「米中G2時代」の日米同盟とは、どういうものでしょうか?

「北東アジアの平和と安定のために、米日同盟は欠かせません。米中2ヵ国に、日本が加わり、3ヵ国で話し合うことは非常に大事です。例えば北朝鮮問題などは、3ヵ国が一体となって解決すべき問題です」

 短時間ではあったが、ハンツマン大使はこのように、極めて誠実に答えてくれた。

 以後、ハンツマン大使は、「洪博培」の中国名で、中国のマスコミや講演会などに出まくり、一時は、「初めて北京でグルーピー(追っかけ)ができた大使」として、持て囃されたほどだった。

 昨年の「米中冷戦」と言われた険悪ムードの中で、なんとか「闘而不破」(闘うが破局はしない)の状態を保てたのは、中国政府が多大な信頼を寄せるハンツマン大使の功績が大きかったというのが、こちらの外交筋の一致した見方だ。そしていまや中国は、「北京在住の次期有力大統領候補」として、熱い視線を注ぎ始めたのである。

 このようなハンツマン大使も、丹羽大使同様、今年は何かやってくれそうな予感が大だ。

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