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家計簿的発想で「国家のバランスシート」を見るなかれ!

日経ビジネス 2010年8月17日(火)三橋 貴明 

日本の財務省やマスコミ、評論家、それに政治家などは、好んで「国の借金」という用語を使用する。その割に、彼らはバランスシート(貸借対照表)について全く理解していないわけだから、実際、困ったものである。

 借金とは「人から借り入れた財産」を意味し、バランスシートの負債項目に計上されるべきものだ。「国の借金! 国の借金!」などと騒ぎ立てるのであれば、常識としてバランスシートについて理解していなければならないはずだが、現実はどうも違うようだ。

誰かの負債は、誰かの資産
 今回は、まずは2つの「原則」をご紹介したい。

 1つ目は「この世の誰も覆せない絶対原則」。資産と負債の関係についてである。

◆原則1:誰かの負債は、誰かの資産。誰かの資産は、誰かの負債

 誰かがお金を借りているのであれば、誰かが貸している。誰かが貸してくれない限り、誰もお金を借りることはできない。当たり前である。

 ところが、マスコミなどで「国の借金」について語っている方々の多くが、どうもこの「絶対原則」を理解していないように見受けられるのだ。

 続けて、2つ目の原則である。資本主義国である限り、この原則を覆すのも、これまた相当に難しい。(と言うよりも、現実的には不可能である)

◆原則2:「国=政府」ではない

 かつてのソ連や中国などの共産党独裁国家は知らないが、少なくとも資本主義国においては「国=政府」ではない。すなわち「政府の借金=国の借金」ではないのである。

 日本銀行は統計をとる際に、「国」の経済主体を主に5つに分類している。すなわち「政府」「金融機関」「非金融法人企業」「家計」「NPO(民間非営利団体)」の5つである。本稿でも日銀に倣い、「国の経済主体」を上記5種類に分けて考えたい。

バランスシートである以上、当然ながら借方(左側)に資産が、貸方(右側)には負債や純資産が計上されている。ちなみに、日本の場合は「総資産額 > 総負債額」となっている。そのため、貸方の一番下に純資産が計上されるわけだが、この関係が逆になっている国(アメリカなど)の場合、借方に「純負債」額が計上されることになる。

 日本の「国家のバランスシート」を眺めるだけで、これまで報道されることがなかった様々な事実、あるいはこれまで気がつかなかったポイントを、いくつも読み取ることができるのではないだろうか。

日本政府は、確かにバランスシートの貸方に莫大な負債(いわゆる「国の借金」)を計上している。だが、同時に日本政府は「一組織として世界最大の金融資産」を保有しているわけだが、読者はご存知だろうか。国家のバランスシートの借方に計上された日本政府の資産(土地などの固定資産は含まれていない)は480兆円を上回り、文句なしで世界最大規模だ。ちなみに、2位はもちろんアメリカ政府だが、連邦政府と地方政府分を足し合わせても、350兆円程度に過ぎない。(これでも十分に巨額な資産だが)

 あるいは、日本国家の経済主体について、すべての負債を合計した額が5000兆円を超えている事実をご存知だろうか。「国全体の借金、5000兆円超!」というわけである。思わずのけ反りそうな額の「借金」だが、負債総額が大きい分、当然ながら資産額も巨額であるため(「誰かの負債は、誰かの資産」である)、別にセンセーショナルに煽るような話ではない。

 財務省などが「国の借金!」と大騒ぎを繰り広げているのは、バランスシートの貸方(右側)の最上部に計上されている「政府の負債 1001兆8000億円」のことである。確かに巨額ではあるが、政府以外の経済主体を見てみると、金融機関は2744兆円、非金融法人企業(以下、一般企業)は1184兆円もの負債を抱えている。財務省やマスコミは、これらの「借金」についても「破綻だ! 破綻だ!」と大騒ぎしないのだろうか。

財務省やマスコミが「政府の負債」をどう表現しているか
 連載第1回、第2回で見てきたように、日本国債の債権者の多くは国内金融機関だ。すなわち、政府が過去に発行した国債の多くは、国家のバランスシートの借方において「金融機関の資産」として計上されている。とはいえ、金融機関は別に自己資本で国債を買っているわけではない。我々、一般の日本国民や企業の預金の運用先として国債を購入しているわけだ。我々の預金は、銀行にとっては負債であるので、当然ながらバランスシートの貸方に「金融機関の負債」として計上されている。

 そして同じ金額分の預金が、借方で「家計の資産」「一般企業の資産」として計上されているわけである。日本国債の最終的な債権者、すなわち政府にお金を貸しているのは、我々日本国民自身なのだ。

 我々が「債権者」である「政府の負債」について、財務省やマスコミがどのように表現しているか、思い返してほしい。

「『国の借金』900兆円突破!」
「国民1人当たり、700万円の『借金』!」

 新聞などで、上記のような見出しを目にしたことはないだろうか。我々が「貸している」お金である「政府の負債」を人口で割り、「国民1人当たり○○○円の借金!」というフレーズで煽る。率直に言って、悪質な「ミスリード」としか表現しようがない。正しくは「国民1人当たり○○○円の債権!」であろう。

対外純資産263兆円は、文句なしで世界最大
 ちなみに、本来的な意味における「国の借金」と言える「対外負債」、すなわち日本国が外国から借りているお金の総額は、2010年6月速報値で301.03兆円となっている。

「日本の国の借金は、300兆円を超えている!」

 と、大声で叫ぶ人がいた場合、それは全くもって正しい。日本国の「外国への借金」は、確かに300兆円を超えている。

 ただし、経常収支黒字国である日本は、巨額な「対外資産」も保有している。6月末速報値で、日本の対外資産は564.7兆円に達しており、対外資産から対外負債を差し引いた「対外純資産」は、263兆円を上回っている。この対外純資産の総額は、文句なしで世界最大である。

 普通に考えて、純資産が多いとは「お金持ち」ということだろう。日本は「国」としてみた場合、間違いなく世界最大のお金持ちなのである。(ちなみに、世界で最も「対外純負債」が多い国、すなわち貧乏な国は、文句なしでアメリカだ)。

なぜ、日本政府の負債は増えたのか?
 まとめると、

 日本国家全体で見ると、資産額も負債額も共に5000兆円を超えている。ただし、対外純資産国である日本の場合、資産額が負債額を260兆円以上も上回っており、この純資産(=対外純資産)の額は世界最大である。

 また、政府の負債は1000兆円を超えているが、同時に資産も480兆円超と巨額で、日本政府は一組織として世界最大の金融資産を保有している。政府の負債の最終的な『債権者』は日本国民や日本企業であるが、なぜか財務省やマスコミは『国民1人当たり借金』というフレーズを用い、センセーショナルに煽っている。

 となる。

 さて、鳥瞰的に日本国の各経済主体について、バランスシートの状況を理解していただいた上で、「なぜ、日本政府の負債は増えたのか?」について考えていただきたい。日本人は「借金」と聞くと毛嫌いする人が多いが、そもそも資本主義経済とは「誰か」が借り入れを増やし、支出に回さなければ、成長することは困難なのである。

 実は、バブル崩壊前の日本政府は、資産と同規模の負債しか保有していなかった。すなわち、純負債(=負債-資産)がゼロに近かったのである。その日本政府の負債総額が、バブル崩壊後に一気に拡大した。純負債額も、今や600兆円に迫ろうとしている。なぜだろうか。


企業が借入金返済に専念したら支出が減少するのは当然
 企業の設備投資も負債も、共に1980年代の後半に増加ペースを一時的に早め、その後、減少を始めている。無論、バブル崩壊により「非金融法人企業が負債返済に専念し始め、結果的に設備投資を減らした」ためである。特に、97年の橋本政権による緊縮財政開始以降は、デフレが深刻化したこともあり、一般企業は露骨なまでに負債減少に邁進するようになってしまった。企業が負債を増やさず、借入金の返済に専念した場合、当たり前だがGDP上で支出(民間企業設備)も減少せざるを得ない。

 さらに、80年頃は100兆円程度でしかなかった一般政府の負債残高が、バブル崩壊後に拡大を始めた。GDP上で民間企業の設備投資が減る「不況下」では、政府は財政出動による景気対策を求められる。不況下で税収が増えることはあり得ないため、当然ながら政府は国債を発行せざるを得ず、負債残高は増えていく。

すなわち、バブル崩壊後に国家経済のフロー(GDP)上で、民間企業設備項目が減少を始め、それを補うために政府が負債と支出を拡大したからこそ、財務省の言う「国の借金」がここまで増えたのである。もちろん、政府の借り入れの原資は「お金を使わなくなった、日本の民間(家計及び一般企業)」が貯め込んだ過剰貯蓄である(第1回参照)。すなわち、我々日本国民のお金だ。

 そして、この時期に政府が負債、支出を拡大しなかった場合、日本のGDPは毎年10兆円を超えるペースで減少していった可能性が高いのだ。すなわち、2ケタのマイナス成長が続いた可能性があるのである。

 GDPが2ケタのマイナス成長になるということは、我々の「所得」が毎年激減していくことを意味する。政府の負債増を「単純論(例:『借金はとにかく良くない!』など)」で批判する人々は、世界大恐慌期のアメリカのように、「我々の所得」が半分近くまで落ち込んだ方がマシだったとでも主張したいのだろうか。

 少なくとも、筆者は真っ平ごめんである。

頭が痛い「家計簿的発想」の説明
 本連載第1回から今回までの3回で見てきたように、財務省やマスコミの言う「国の借金」問題は、「借金が多いのはダメだ!」などの単純論でとらえてはいけない性質のものだ。

 特に、国家経済について、「家計簿」に喩えて説明する政治家や評論家が後を絶たないわけであるから、心底から頭が痛くなってくる。企業経営を家計簿に喩えて説明する人はいないと思うが、なぜか国家経済や財政については「家計簿的発想」が続出する。そもそも国家経済とは、ストック(バランスシート)もフロー(GDPのこと)も、共に企業や家計のそれとは全く異なる概念であるにも関わらず、である。

 さらに、政府の経済政策は「インフレ期」と「デフレ期」では異なるわけだが、なぜか日本では「デフレ期にインフレ対策」を唱える人が後を絶たない。次回はこの「デフレ期にインフレ対策を唱える愚」について取り上げたい。

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