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急速に進歩しているNCO、対応遅れは致命傷に

2011.03.03(Thu) JBプレス 小川剛義
 
1 はじめに
昨今の軍事作戦において、ネットワーク中心の作戦(NCO:Network Centric Operation)の重要性が叫ばれ始めて久しい。
 
 NCOとは、端的に表現するならば、多くの兵器システムを通信ネットワークで結び、連係させることにより、部隊の作戦能力を高め、敵に対して自分の意図通りにできる主動の地位を得ようとするものである。
 冷戦後期、まだNCOという言葉もネットワークという概念すら十分に確立していたとは言えない時代に、既にソ連では来るべき新しい時代の予兆に脅えていたことを、ジョンズ・ホプキンス大学(SAIS)教授で戦略学の大家エリオット・コーエンは次のように述べている。
 「冷戦時代も後期、1980年代に入り、ソ連の軍事専門家たちは軍事技術、特にコンピューターや通信技術の発達によって、ソ連自慢の装甲部隊の移動が数百マイルも離れた地点から探知され、探知後30分もたたぬうちに自動制御装置を備えた対戦車ミサイルに次々と襲いかかられることになると懸念し始めていた」
 「このことは当時、ソ連が西ヨーロッパで戦争が起きた場合に考えていた戦略、つまり大規模な装甲部隊を西ヨーロッパに押し出していく戦略の破滅を意味していた。さらにソ連は当時満足のいくパソコンを国内で製造する技術を持っておらず、情報技術に先導される米国との軍拡レースについていけなくなると考えていた」
 
冷戦の崩壊は、ソ連の経済的破綻、グラスノスチに代表される情報の自由化政策による情報化社会の浸透、米国の戦略防衛構想(SDI)、西側諸国の結束など多くの要因に基づくが、やがてNCOにたどり着くこのようなソ連の懸念も一因と考えられている。
 そしてこの軍事情報技術の革新的発達に基づく作戦形態の変化は、1990年代の幾多の構想や議論を経てNCOと呼ばれるに至った。
 それは、今では単に技術革新による兵器体系への影響にとどまらず作戦形態を大きく変化させ、軍の戦力構造や組織編成、運用ドクトリンや作戦構想、兵員の教育や訓練も変えていくものとの認識が一般的である。
 
2 NCOの意義
 
NCOは、工業化社会から情報化社会に推移していった結果の産物であるとも言えよう。
 工業化社会の時代、力の源は「量」であった。大量生産によって生み出された量が相手を圧倒してきた。
 ところが、情報化社会となった現代における力は「速度」である。変化への適応の早さ、いち早く情報を把握して競争相手より先に対応すること、などにより主動の地位を確保し競争相手より優位に立つ。
 つまり、工業化社会から情報化社会へのドラマティックなシフトに伴い、量や質が優位性を左右した時代から、速度や変化への適応力が力として認識される時代に移行した。
 軍事分野でも同様で、個々の兵器の量や質を問うプラットフォーム中心の世界から、プラットフォームをネットワークで連接するネットワーク重視の世界に移行することにより、情報の幅と量を拡大し、伝達速度を高め、アクセス可能な範囲を増やせるようになった。
 それによって力がフィードバックされ、各プラットフォームの能力を高めることができるようになった。
 NCOでは情報がこれまでのように指揮官と部隊の間で組織の「タテ」方向に流れるのみならず、網の目のように「ヨコ」方向にも行き渡るため、分散した部隊間で情報が共有され、あらゆる部隊が斉一でタイムリーに作戦行動に加わることができるようになる。
 さらに、タイムセンシティブな情報を素早く共有することができるため、指揮がスピードアップし、作戦テンポが速まり、作戦の有効性を速やかに修正しながら迅速にかつ敵に先行して多様な対応を採ることができる。
 その結果、孫子の昔から強調されていた戦いの原則である「要時・要点に戦力を迅速に集中」させ、あるいは「敵の動きの機先を制して先行的に行動し、主動の地位を確保」して、戦いで優位な地位を占めることができる。
 
3 NCOの有効性
 
 例えば、ある戦域に敵と味方の戦力が向き合っているとしよう。双方とも偵察を繰り返し、我の戦力を集中したり分散させて戦機を狙い、自分に有利な態勢に持ち込もうとしている。
 この際、NCOの概念を取り込んでいる側は、あらゆるセンサーを動員して広く戦域を監視、偵察するとともに、それぞれが得た情報を直ちに網の目状に張り巡らされた通信ネットワークを活用して全部隊に提供して共有する。
 また、全地球測位システム(GPS)などを活用して味方の位置を正確に把握し、迅速かつ効率的に部隊の集中ができる態勢を取る。指揮官の意図が末端の組織・兵士まで速やかに徹底する態勢が取られている。
 こうなれば、どちらが敵に先んじて有利な立場にあるかは自明であろう。
 また、仮に部隊が敵に囲まれて孤立したとしても、救援の味方がすぐそばまで来ていることを認識している部隊は踏ん張りが利くが、状況が五里霧中で自分が孤立し援軍も期待できないと思い込めば、たとえすぐ近くまで友軍が救援に来ていても戦意を喪失し、敗れ去ってしまう。
 情報力の強さは戦力を何倍にも強化することができる。それをお膳立てするのがNCOである。
 世界各国はこのNCOの有効性に目をつけ、様々な形で作戦の中に取り込む努力を始めている。
 米軍は2003年のイラクの自由作戦(Operation Iraqi Freedom)で、衛星などの機能を存分に活用し、広範で確実な指揮通信ネットワークを戦域内及び米本土と戦域との間に構築して、「戦場監視、目標標定、味方の戦力指向、戦果確認、戦果分析評価」の一連のサイクルを間断なくかつ迅速に実施し、イラク軍を撃破していった。
 また戦略攻撃においても、各種センサーから得た情報を基にした的確な目標標定とこれを受けての間断を置かない精密な攻撃は、NCOの特徴を存分に活かしたものであった。
 
このような動きは、決して米軍のような先進国の軍の専売特許ではない。例えばスリランカでは、永年悩まされ続けてきた、スリランカからの分離独立を狙ったタミル人の過激派テロ組織「タミルの虎」を2009年に制圧し終えた。
 この際、スリランカ軍は無人機を使ってゲリラ組織の行動を監視し、ゲリラ軍を発見すると速やかにネットワークを経由して友軍の攻撃ヘリコプターなどの攻撃部隊に目標情報を提供し、迅速かつ正確にゲリラ軍の動きを制圧することを繰り返した。
 このような活動がスリランカ政府軍の勝利に大きな効果を上げた。これもまさにNCOの一形態である。
 また、最近では作戦様相が変化し、本格的な軍事行動が主体の在来型の戦いのみならず、非正規戦といわれるテロや暴動が同時に発生することが予期されている。いわゆるハイブリッド戦争である。
 例えば、ミサイルを用いた軍事攻撃と合わせて、社会の混乱を誘発させる社会インフラに対するサイバー攻撃(交通機関の麻痺、金融機能の停止、電力機能の破壊、通信障害など)、そしてテロやサボタージュ、宣伝戦などが同時に仕かけられ、国民を物理的にも心理的にも不安と恐怖に陥れる。
 このような戦争ではNCOが有効に機能する。重層的なネットワークを形成して的確な情報共有ができれば、複雑・不確実な環境下でも柔軟な運用や迅速な決心と対処が可能になる。
 NCOならば、いちいち中央で判断しその指示に基づいて現場が作戦を実行することに固執することなく、あらかじめ与えられている方針に基づき、事態が発生した個々の現場で速やかに判断・決心して迅速に対処するディセントラライズド・デシジョンが無理なく実施できる。
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