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2011年3月3日 DIAMOND online 安藤茂彌
 
 日本の財政破綻を懸念する声が海外でめっきり増えてきた。財政破綻とは日本政府が国債(すなわち借金)を返済できなくなることである。何しろ日本の国債発行残高はGDPに比較して断トツの世界一なのだ。
 
昨年5月に財政破綻したギリシャより大きいのだ。だが日本政府は「大丈夫だ」と言い続けてきた。理由は二つある。日本国債の保有者の96%は日本の投資家だからだ。日本の投資家は日本の金融機関、ゆうちょ銀行、年金基金等である。我々が銀行に預けた預金は、銀行が日本国債を購入することで間接的に国債を保有していることになる。
 もう一つの理由は、日本の貯蓄は1400兆円もあり、国債発行残高943兆円はその範囲内に収まるからだ。
 それはその通りと思う。だがこの状況をいつまで続けられるのか。2011年度の予算を見てみよう。税収は41兆円しかないのに、歳出は97兆円に達する。不足分を補うために44兆円の国債を発行するという。
 歳出の大きな項目は社会保障関係費28兆円だ。老齢人口が増えれば年金の支払いも増えるし、健康保険の支払いも増える。介護の国庫負担もこれから大きな支出項目となろう。今年からベビーブーマーが65歳になる。社会保障関係の支出はこれから毎年増加の一途を辿る。こうした支出を上回って税収が増えなければ、不足分は国債発行に頼らざるを得なくなる。
 これを支える貯蓄1400兆円についても今後増える見通しは立てにくい。日本は経済停滞が続き、日本人の所得は伸びていない。生活が苦しくなれば貯金を払い出さざるを得ない。1400兆円は減少する可能性が高い。そう遠くない将来に、国債発行残高が国民貯蓄を上回る時が来る。その時には外国に借金をせざるを得なくなる。
 
今年1月27日に米国の格付け機関スタンダード・アンド・プアーズ社が、日本国債の格付けをAAからAAマイナスに格下げした。上から3番目であったのを4番目に順位を下げたのである。その理由は、日本は自らの意思で財政を立て直す意思(財政規律)があるのかについて疑問が出てきたからである。
 IMFは、「日本の国債残高は2015年に国民貯蓄を上回る」と試算している(英エコノミスト誌の報道)。その根拠は早いピッチの国債の発行と貯蓄の減少見通しにある。10年前の国債発行残高は389兆円だった。それが2011年度には943兆円になる。この10年間で毎年55兆円ずつ国債残高を増やしてきたことになる。
 貯蓄超過分は450兆円あるから単純計算すると8年間ぐらいは食い繋げる。さらに日本は経常収支黒字国であるから、これは貯蓄増加要因になる。昨年の黒字は17兆円であった。為替が円安に動けば、黒字はもっと増える可能性がある。だがIMFは、国民が貧しくなれば貯蓄率は下がり450兆円は減ると見ている。
 では諸外国に安心してもらうようにするには、どうすればよいのだ。国債発行に頼らなくても済むように、厳しい財政規律を導入するしかない。それには税収を上げ、支出を抑えるしかない。
 まず税率を引き上げるのである。日本の税率を諸外国との比較で見てみると、GDPに占める税収の比率はOECD諸国の中で最も低い。だが、その内訳を見ると法人税率は最も高く、消費税率は最も低い。現在の消費税5%はOECD諸国の中で最も低いのである。欧州の付加価値税はすでに20%になっているし、米国では9%前後の売上税が課されている。
 ちなみに、現在の消費税5%を10%にすると10兆円の税収増になる。20%に増やすと30兆円の税収増になる。それでもまだ国債を減らすことはできない。国債残高を現状水準で止めるには27%の消費税導入が必要である。子ども手当などをばら撒いておれる状況には全くないのである。
 支出を抑えるのは至難な業である。とりわけ難しいのは社会保障費の取り扱いである。日本は人口の老齢化が世界で最も早く到来する国である。日本より老齢化が遅れる欧州諸国は自国の将来を考え、着々と対策を講じている。年金支給開始年齢の引き上げ、公務員と民間との年金格差是正、高額所得者への支給額カット等である。
 
日本では消費税の10%への引き上げですらできていない。年金改革は議論すら始まっていない。改革を実施すれば国民の一部で既得権の剥奪が生じるのは避けられない。悪者になった政党は選挙に負ける。政党は自分の身可愛さに、国民に心地の悪いことは発言しない。だが、政党の思惑とは別に世界が日本を見る目は日増しに厳しくなっている。
 貯蓄を食い潰した時の資金調達は日本に不利になる。日本国債の平均利回りは現在1.7%程度と低利であるが、日本政府が外債を発行しようとすれば海外の投資家は高い利回りを要求してくるだろう。
 格付けで見ると、米国債はAAAで日本国債はAA-である。格付けの高い国は低金利で発行できるが、格付けの低い国は高金利で発行せざるを得ない。米国債の利回りは3.8%程度である。米国債より信用度の低い日本国債がそれ以上の金利を要求されても不思議ではない。国債の利払い費は現在でも10兆円に達する。3倍の利回りを要求されると一気に30兆円に膨らむ。
 どの水準の金利になるかはヘッジファンドが決めるだろう。「日本は危ない国だ」というレッテルを貼られると、ヘッジファンドがクレジット・デフォルト・スワップを使って、日本国債の価格を下落させ、金利を上昇させる。日本政府に金利の決定権はない。
 国債価格の下落は日本の金融機関の体力を弱める。国債価格が下落したら日本の金融機関は評価損を立てざるを得なくなるし、赤字に転落すれば国際的な金融機関規制であるBIS規制で自己資本を積み増さざるを得なくなる。体力の弱い地方金融機関から危機に陥っていく。だが日本政府には銀行救済に投入できる公的資金はない。
 
もう一つの問題はどの国が日本を助けてくれるかである。米国は自国の財政をバランスさせるのに精一杯である。欧州も域内問題国の救済で忙しい。IMFは日本のような大国が倒産するのを前提としていない。救済するには日本の負債額が余りに大き過ぎるのである。海外メディアは日本を救済できるのは中国以外にないとみる。中国の外貨保有額は240兆円もあるからだ。だが中国が実際に日本を助けてくれるかは大きな未知数だ。
 日本政府が立ち往生しているときに、ヘッジファンドは益々「日本売り」を加速させるだろう。日本発の金融危機が世界を揺るがすかもしれない。日本の財政収支を安定させるために諸外国は自国の繁栄を犠牲にして巨額な資金を日本の救済に注ぎ込まなければならなくなるからだ。世界は日本政府と日本人の「無策」「無責任」を容赦なく叩いてくるだろう。
 日本はいま来年度予算編成の時期にある。だが、根本的な日本の問題に向き合った議論は全くない。与党は小沢問題でガタガタしているし、野党は政権交代させることしか頭にない。日本の将来に向けた議論はせずに、政党間の足の引っ張り合いだけに終始している。
 いま日本政府がすべきことは、世界に向かって「日本は大丈夫です」、「日本政府は自国の問題を自分たち自身で解決できます」というメッセージを発することである。それには諸外国が取り組んでいるように、今すぐに「財政規律」を導入し、国債削減の時期と金額を明確な政策目標にするしかない。しかし、日本の政治家はこれができるのか。日本人が個々の既得権を捨てて、いま以上に耐え忍ぶことができるのか。
 日本人は太平洋戦争の終結を最後の最後まで引き伸ばし、原爆を浴びた。戦後の復興は米国主導で行われた。過去70年間に、日本人には自国の命運を左右する大問題を自らの手で解決した実績がない。「日本の倒産」を日本人自らの政治的意思で未然に防ぐことができるのか。それともまた重大な決断を「外圧」に委ねるのか。いま日本が世界から問われているのは、日本人の「政治的成熟度」すなわち「民度」であるように思われる。
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