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日本は今後3つの問題に悩む!


2010年12月27日(月)日経ビジネス 天木直人 

政治主導も情報公開もなかった!

 一国の国防計画がこれほど不透明な形で作られた事は、およそこれまでの防衛政策の歴史の中でなかったのではないかと思う。新防衛計画の大綱の策定が、政治主導と情報公開を二大看板とする民主党政権下で行なわれたことは、なんとも皮肉なことである。

 そもそも今回で4回目になる新防衛大綱は自民党政権下でつくられる予定であった。ところが2009年9月の政権交代により、その課題は民主党に引き継がれた。

 しかし鳩山民主党政権は政治献金問題と普天間基地問題で迷走した末、新防衛大綱の策定を菅民主党政権に委ねざるを得なかった。その菅民主党政権は小沢問題と政権維持で頭が一杯で、とても防衛政策を考える余裕はなかった。

 だが、これ以上、新防衛大綱の作成作業を遅らせるわけにはいかない。鳩山政権下で設置された有識者懇談会にすべてを委ね、その報告書を基に作成を急いだのである。

 およそ首相の諮問機関である有識者懇談会などが作成する報告書は、実質的に官僚がその内容をお膳立てすることになっている。そして官僚のつくるあらゆる政策文書は、その有権的解釈を官僚が独占する。官僚が自由裁量によって運用する。

 今回の新防衛大綱もまさにそれである。

 だから、新防衛計画大綱の正しい評価など、「実は誰にもできない」と言ってよい。


分かれる評価!

 実際のところ、新防衛大綱が閣議決定され、公表された翌日(12月18日)の各紙の社説や論説の評価は分かれている。

 例えば朝日新聞や東京新聞、毎日新聞が、それぞれ「新たな抑制の枠組みを示せ」、「軍拡の口実を与えるな」、「『対中』軍事だけでなく」、といった見出しを付けて警戒的に評価しているのに対して、読売新聞は「『日米深化』に踏み込めず」という見出しでこの大綱は物足りないと言っている。

 さらに産経新聞は「日本版NSCを評価する」という見出しの下に、安保政策に関する首相官邸の機能強化という一部を取り上げて評価をするが、その一方で、集団的自衛権や武器輸出三原則の見直しに踏み込むことができなかったことを嘆く。

 有識者の評価に至ってはさらに大きく分かれる。12月18日の各紙の紙面に登場する学者、評論家、軍事専門家の言葉は、否定的な評価から肯定的な評価まで、およそ多様な評価が見られた。

 すなわち、「タカ派的な新防衛大綱で、民主党政権の安全保障に対する基本姿勢を自己否定する内容」(毎日新聞、前田哲男軍事ジャーナリスト)から始まって、「自公政権時代と内容はほとんど同じで(中略)安全保障の姿や戦略が見えず、官僚的作文だ」(朝日新聞、柳沢協二前内閣官房副長官補)。

 「国際情勢の変化に応じ(中略)効率的な形で防衛力を構成しようというのは一歩前進だ(中略)ただ(中略)防衛力だけでなく外交や経済、援助などを含めた『安全保障大綱』を策定するべきだ」(朝日新聞、田中均・日本総研国際戦略研究所理事長)。「わが国を取り巻く安全保障環境が厳しい状況にある中、より効率的・効果的な大綱が策定されたと思う」(毎日新聞、森勉元陸上幕僚長)。

 「基盤的防衛力から(動的防衛力へ)の転換は実現が10年遅い。冷戦終了後すぐにすべきだった」。「武器輸出三原則の見直しを明記できなかったのは議論が後退した印象(中略)日米同盟深化の協議にもマイナスの影響を与える」(日経新聞、西原正平和・安全保障研究所理事長)など。

およそこれが同じ防衛大綱を評価しているのかと思われるほど多様である。

 ちなみに12月18日の産経新聞は、自民党が「日本の安全を確保できるとは到底思えない」、「政権奪回後、即時に見直す」という見解を取りまとめたと報じていた。

 このようにメディア、有識者の間でさえ評価が定まっていない。ましてや一般国民が理解できるはずはないのである。


理念なき総花的な新防衛計画大綱!

 私自身その全文を読んでみて改めて驚いた。

 この新防衛大綱は、官僚主導の不明瞭な文章で書かれているだけではない。外交・安保政策に関する明確な理念がなく、あらゆる考えを総花的に網羅しているのだ。それに加えて、相互に矛盾する考えが随所に見られる。評価が困難な理由のもう一つの大きな理由がここにある。

 例えば、日本国民の安全、安心の確保が防衛政策の最重要課題だと言いながら、世界の平和と安定や人間の安全保障の確保に貢献する事も大事だという。また、日米同盟が重要と言いながらアジア太平洋における地域協力や、世界的、多層的な安全保障政策を推進するという。

 さらに、節度ある防衛力を整備する事こそわが国の防衛政策の基本政策であり今後もその方針を堅持する、と言いながら、高まる安保環境の不透明・不確実性の中で実効的に対処し得る防衛力を構築する、という。

 中国との関では戦略的互恵関係の下で建設的な協力関係を強化すると言いながら、中国の軍事力の増大や不透明さを名指しで批判して、それに対応するため防衛力の強化が必要と言う。

 ちなみに中国の軍事力増強を名指しし、警戒感を示したことに対して、即座に中国政府から「中国は防御的な国防政策をとり脅威にはならない」、「個別の国家(日本)が中国の発展に無責任につべこべ言う権利はない」といった反発を受けた。これは異例なことで、今までの防衛大綱には見られなかったことである。


パンドラの箱を開けてしまった新防衛大綱!

 今回の新防衛大綱は、今後も評価が一定しないまま、国際情勢の変化とともに多様な形で語られていくに違いない。 

 しかし、新防衛大綱をどのように評価しようとも、みなが一致して認める一大特徴がある。それは基盤的防衛力構想を捨てて動的防衛力構想を導入した事である。

 新防衛大綱の起案者たちが喜び勇んで打ち出したと思われるこの“名案”こそ、日本の国防政策についてパンドラの箱を開ける事になるに違いない。

 そもそも基盤的防衛力構想の本質は、憲法9条と日米安保条約の矛盾を包み隠す一つの知恵であった。すなわち日本は憲法9条の下で戦力を放棄する。しかし日本に対する脅威は歴然と存在する。そのためには米国に守ってもらわなければならない。米軍が助けに来てくれるまでの間、憲法9条が許す自衛権を発動するために、必要最小限の自衛力を持つ。これが基盤的防衛力構想だったのだ。

 この事を12月15日付の朝日新聞「ザ・コラム」で外岡秀俊編集委員がいみじくも次のように指摘している。「『基盤的防衛力』とは軍備拡張に歯止めをかけ、憲法9条とぎりぎりで折り合う『抑制の原則』だった」のだ、と。

護憲政党が憲法9条違反の政府を攻めきれない理由がそこにあった。日本国民が憲法9条と日米安保という矛盾した方針をともに受け入れてきた理由がそこにあった。

 ところが今度の新防衛大綱は、政府にとってのこの宝物を軽率にもあっさり捨て去った。防衛問題で苦労させられてきた良識ある先輩官僚たちは、後輩官僚たちの軽率さと、対米従属ぶりに怒っていることだろう。俺たちの苦労はなんだったのか、と。


日本の防衛政策を悩ませる3つの問題!

 パンドラの箱が開かれて多くの問題が飛び出してくるだろう。この中で、私は特に次の3つの問題をここで指摘しておきたい。

 一つはフリーハンドになったこれからの防衛政策の一つひとつが、一方において護憲派から憲法9条違反だと責められる。そして他方において、改憲派からは憲法違反の安保政策が次々と要求されることになる。その板ばさみになって政権は絶えず漂流することになる。これである。

 二つ目は中国、北朝鮮との緊張関係に悩み続ける事になる。平和主義者はもとより、良識ある国民や経済人なら、日本の将来は中国との共存共栄しかないことを知っている。北朝鮮との対決よりも北朝鮮との国交正常化の実現が望ましい事を知っている。

 しかしその一方で、愛国・反動主義的な立場の国民は、中国、北朝鮮に対する国民世論の警戒感を利用する形で、両国に対する軍事力の強化を求めるよう要求する。

 三つ目は米国の「テロとの戦い」に巻き込まれる危険性が一層高まることである。今度の新防衛大綱には、奇妙な事に「テロとの戦い」への言及がほとんどない。しかし、言うまでもなく、米国の安全保障政策の最大の関心は中東である。パレスチナ問題であり、そこから来るテロの脅威であり、そしてイラン・イスラエル戦争の可能性である。

 米軍は、在日米軍基地をそのために利用してきた。米軍は日本の基地からアフガニスタン、イラク、パキスタンなどにおける「テロとの戦い」に出兵していった。

 そして米国の「テロとの戦い」はこれから激しさを増す事はあってもなくなることはない。日本の防衛政策は、日本の防衛とは何の関係もない米国の「テロとの戦い」への協力要請に悩まされる事になる。


私はあえて新防衛大綱を歓迎する!

 逆説的に言えば、私はあえて今回の新防衛計画大綱を歓迎する。新防衛大綱はわが国の防衛政策のパンドラの箱を開けてしまった。国民も目覚めるだろう。 わが国の防衛政策はどうあるべきか、と。

 対米従属の日米安保体制や無条件の日米同盟重視の政策が、果たして日本の将来にとって本当に有益なのか。日本は自主防衛を目指すべきではないのか。その場合、憲法9条を変えて軍事力の強化、核兵器保有の方向に行くべきなのか、それとも憲法9条を堅持して外交力によって日本の安全を守っていくべきなのか。

 これをきっかけに国会や国民の間でわが国の安保政策(または防衛政策、国防政策)について論議が活発化するなら、それこそが新防衛大綱の最大の功績であるのかもしれない。

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