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嘘で固められた南京大虐殺、尖閣事件・・・
2010.12.02(Thu)JBプレス 森清勇
中国の王朝交代は「易姓革命」と呼ばれる。現実には新興する一族が、衰弱する王朝を武力で打倒して帝位に就くもので、権力の簒奪以外の何物でもない。新に帝位に就いた王朝の最初の仕事は、前王朝の歴史を書くことである。
歴史の改竄は中国の国家体質!
この“作られた歴史”が中国の「正史」となり語り継がれていく。当然のことながら、現王朝の正当性(ただし正統性ではない)を主張する歴史になり、都合の悪いところは事実を捻じ曲げて書き換えられたものである。
真実の歴史であっても正史以外は「稗史」として闇に葬られる。何千年にもわたって王朝交代の治乱興亡を繰り返してきた中国は、このように国家を挙げて歴史を改竄してきた。権力者に都合よく内容が仕立てられるのは当たり前のことである。
歴史の改竄は中国が生き延びていくための手段であり、長年にわたって人民の遺伝子に刷り込まれ、国家体質として沁み込んだものである。
今から73年前(1937年に日華事変が勃発)に起きた南京大虐殺と称される事案がある。各種の検証から、中国が言う30万人はおろか、数万人も戦時国際法に違反して殺していないことがハッキリしてきている。
歴史的事実は、中国便衣兵の無法・無謀な行動に困り果てていた南京市民が、規律正しい日本軍の南京入城を心待ちにしていたということである。
事実、ニコニコしながら日本軍を受け入れている写真や、談笑している写真、さらには屋外で悠々と日本人が散髪してやっている写真もある。緊迫した状況下にある南京の風景ではない。
日本軍による南京攻略に際し、十数人の外国人と共同で南京安全区国際委員会を組織し委員長になったジョン・ラーべの『ラーベ日記』(邦題『南京の真実』)を見ても、目撃した虐殺などほとんど書かれていないし、いくつかの事件を聞き書きしているだけである。
当時は市民自体が20万人そこそこで、そもそも30万人を虐殺できるはずがない。
また虐殺の方法・手段が日本人には思いもつかない、中国の歴史書に出てくる野蛮・残忍・獰猛な大陸的方法ばかりである。
しかし、虚偽の宣伝戦に長けた中国は、性懲りもなく日本軍人の悪辣非道な大虐殺であったと言い張ってきた。言い張れば言い張るほど、事実からかけ離れていき、20万人はいつしか30万人になり、時折40万人の数字さえ見受けられるほどである。
中国系米国人のアイリス・チャンが書いた『ザ・レイプ・オブ・南京』には多数の口絵写真が掲載されているが、精査の結果ほとんどが偽物であることが判明している。
こうした事実の判明にも影響されたのかどうかは不明であるが、日中歴史共同研究で30万人虐殺は共産党指導部の宣伝に則ったものであるが、たとえ何万人であろうと日本が虐殺したことには変わりない、とトーンダウンしてきたと一部では報道された。
とにかく「日本悪」を確認し、未来永劫にわたってそのレッテルを貼り続けて、ことあるごとに「黄門様の印籠」に似た役割を日本攻撃の際にさせたい一心であろう。
言論統制する国際社会の異端児!
中国は、尖閣諸島沖で起きた中国漁船の海保船への衝突事案を、海保船の漁船への衝突事案に仕立ててインターネットで国際社会に喧伝してきた。歴史改竄の経験豊かで、権力死守の中国共産党指導層にとって、こうした工作はいとも容易なお家芸である。
中国漁船の衝突事案処理は、中国の体質を図らずも世界に暴露してしまった。
日本政府が、「戦略的互恵関係」という実態の分からない言葉遊びに耽り、また同文同種の漢字を使用する国家との約束だと思い込み、下手に相手を怒らせては今後の日中関係に悪影響を及ぼしかねない、内閣の威信にも関わると国民に漁船衝突のビデオ公表を躊躇している間に、中国は(国家意思として暗黙の了解の下に?)日本の巡視船が中国の漁船に体当たりしてきたという嘘の宣伝を国内ばかりでなく、世界に向けて垂れ流してきた。
中国共産党の指導部は、都合の悪い情報はカットさせ、あるいは内容を変更させてインターネットで流布させるが、政府の統制の及ばない民間人が勝手にやっていることと言い逃れをする。
人民はいつまで経っても事実を知ることはできない。こうして、覆面下での政府仕立ての「反日デモ」が繰り広げられることになる。万一、政府の意に反した事実を知り、真実を人民に知らせでもすれば即座に拘留され隔離される。
まさに漁船衝突事案の捏造で世界の耳目が中国に注がれている時、普段はノーベル賞獲得に意を燃やすように人民を焚きつけていた指導層が、自由を訴え続けた劉暁波氏のノーベル平和賞受賞が発表された途端に、受賞の事実放映やインターネットは一切カットする暴挙を演じた。
受賞候補に挙げられた時点から、同賞選考委員会のあるノルウェーに圧力をかけたと言われるし、受賞発表後は決定していた閣僚の会見や各種訪問などを次々にキャンセルして国際社会を驚嘆させ、衝撃を与え、顰蹙(ひんしゅく)を買い、異端児であることを印象づけた。
はっきり言って、現在の中国は経済発展とそれに伴う軍備の拡張による覇権を求めているだけで、国際社会の成熟した一員としては歯牙にもかけられないほどいびつな国家である。
万博におけるテーマソングは盗作であったことを一度は認めながら、後で恥も外聞もなく翻す。自国版ODA(政府開発援助)を勢力圏拡大のために乱発しながら、日本のODA打ち切りには「感謝」を示すどころかクレームで仕返ししてくる。
最近開業した上海~杭州間の高速鉄道は日本の技術導入であるが、そのことには一切触れない。
そして今次のASEAN(東南アジア諸国連合)会議における首脳会談の拒否である。
漁船衝突事案と尖閣諸島の領有権に関する前原誠司外相の発言にかなりの不快感を抱いていた中国は、外相会談後の「良い雰囲気だったので首脳会談は行われるだろう」という外相発言を否定することで意趣返しを行ったようだ。
何とも大人気ない対応であり、先進国の仲間入りをさせるには幼稚すぎる。
歴史に学ばない愚者の中国!
漁船衝突事案に対して、日本政府は相手を慮って偶発事故としたが、中国の次から次へと繰り出す対応の迅速さから見ると、十分に準備された国家意思が暗々裏に働いて引き起こされたものとしか思えない。
「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という。
中国が賢者ならば南京事案の「歴史」認識が今日までも日中間の軋轢をもたらしていると知るはずであるが、大虐殺に改竄した「経験」に学び、衝突事案を改竄してまで「覇権主義」の中国を国際社会に見せつけてしまったところから判断すると、やはり愚者なのであろう。
国内に不満を募らせる人民も、政府お声がかりの「反日」を名目に「愛国無罪」のデモを計画し拡大してきたが、根底には指導層に対する反感意識を持っていたようである。
最初に述べたように、中国に「正史」はあるが、これは断じて正しい歴史ではない。後を継いだ王朝が帝位の正当性を主張するために後追いで編纂した歴史であり事後法にも等しい紛い物で、本来の歴史記述にあってはならないことである。
本当の歴史は多分勢力を持った王朝が武力で帝位を簒奪したという表現になるであろうから、現王朝にすればとんでもない濡れ衣であると、「稗史」として隅に追いやるほかはない。
国内において然りであるから、さらに見えにくい他国に関わる事象で状況を自国に都合良く作為することなどは朝飯前である。こうして、作為に作為を重ねて、権力維持を図ってきたのが歴代中国王朝の姿であり、その遺伝子は共産中国になっても受け継がれている。
尖閣諸島沖での漁船衝突問題もそうした流れの中の事案処理であり、特異とするには及ばない。日中中間線付近のガス田開発問題でも、協議して進めるとしている約束をいとも簡単に反故にして恬淡としている。
岡倉天心は『東洋の理想』で、「王朝の覆滅、韃靼騎兵の侵入、激昂した暴民の殺戮蹂躙――これらすべてのものが何回となく全土を襲い、中国には、その文献と廃墟のほかに、唐代帝王たちの栄華や、宋代社会の典雅を偲ぶべき何らの標識も残されてはいない」と記している。
毛沢東が行った「文化大革命」は死者数千万人を出し、知識人は地方に追放され、破壊以外の何物ももたらさなかった。天安門事件も自由を求めて立ち上がった市民を抹殺して、思想の締め付けを続けている。
憲法では言論・出版・集会・デモなどの自由が記述されているが、共産党の指導を受けるとなっており、法治国家は見せかけでしかない。
日本は真実の宝庫!
天心は日本について「征服されたことのない民族の誇らかな自恃、膨張発展を犠牲として先祖伝来の観念と本能とを守った島国的孤立などが、日本を、アジアの思想と文化を託す真の貯蔵庫たらしめた」と言う。
日本と中国の対比をこれほど明確にしているものはない。中国には「破壊」の文献と廃墟しかないが、そうした破壊を逃れた諸々が日本に集積され、保管されているというのである。真実は日本に蔵されているというわけである。
事実、その証拠を我々は正倉院の宝物殿などにおいて確認することができる。
今日の中国は、破壊の文献しかないことを日本に逆適用している。すなわち、南京は自国民によって何回も破壊される歴史を繰り返してきた。
天心流に言うならば、破壊された文献と破壊された廃墟しかない南京なので、大虐殺の宣伝に見るように実行者のすり替えや写真の組み替えなどを行って、自国を正当化して人民にナショナリズムを植えつける以外にない。
そうしたことはお手の物なのである。しかし、1つ落とし穴がある。中国の(易姓革命という美名の下の破壊の)思想も(惨たらしい殺戮の)文化も日本には文献などが保管されていることである。
実行者がすり替えられ、写真が組み替えられても真実を判読できるし、殺戮の実行手段や方法などは日本人には考えも及ばない中国式となれば、結論はあえて口外するまでもない。
菊池寛は、反日運動の絶えない満州の荒野にあって満鉄が営業開始した明治40(1907)年から35年間の歴史を客観的な目で振り返っている。
総じて言えば、約束が繰り返し反故にされるという顛末をとめどなく書き、シナ人との闘いの連続であったことを記している(『満鉄外史』)。
他方で、自ら中国革命を支援した日本人に内田良平や宮崎滔天などがいた。内田は長年にわたる革命支援の体験から得た支那および漢民族に対する認識と、当時の情勢に対処するための対支戦略の書として『支那観』を書いた。
そこでは「政治社会(今日いう共産党指導層)と普通社会(一般大衆)が完全に分離しており、支那の革命を国民の発意による西洋の革命と同一視するのは間違い」など鋭い指摘をしている。
日本の採るべき道を具体的に指し示した国家戦略の書であるが、表層にとらわれないで国家と民族性を分析している点は今日にも通じている。
日本人の分析で偏りがあると疑う向きには、米国国務省のアジア部長で、後には中国公使として勤務し、ジョージ・ケナンがその透徹した歴史観を褒めたジョン・マクマリーの『平和はいかに失われたか』を一読すればよい。
中国を近代化させようと作られたワシントン条約体制、これをがむしゃらに壊そうとした約束破りの常習犯――それが中国であることが鮮明に浮かび上がってくる。
終わりに
先には「東アジア共同体」という誘い水(もともと中国が数年前に言い出したこと)に乗ろうとしたが、一瞬にして色あせた。
また、鳩山由紀夫前首相が提唱した東シナ海を「友愛の海」にすることは領土割譲の亡国につながる暴論であることが明確になってきた。同じ漢字用語を使っていても日本と中国は同床異夢であることもハッキリした。
今また「戦略的互恵関係」が叫ばれている。中国の日中中間線におけるガス田対応を含め、「戦略的互恵関係」が意味するところ、日本に及ぼす影響を分析し、先に述べた「中国」をしっかり認識したうえで日本の安全保障戦略構築の基本認識にしてほしい。
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