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*第3回「答えはお客様が知っている」
■広告を打つかわりに足で稼ぐ会社
「広告は一切やりません。その代わり当社は、足で稼いでいます」
過去の失敗経験も踏まえての話なのだろうが、アシスト社は広告にお金をかけない。といってプロモーションを軽視しているわけではもちろんない。費用対効果をシビアに考慮した上で、広告は無駄と判断しているのだ。
「もし当社が、ビールや自動車など一般消費者に買ってもらう商品を扱っているのなら、広告は当然必要でしょう。しかし、我々の主要顧客はせいぜい数百社どまり。潜在顧客全体でもおそらくは7~8000社ぐらいしかないはずです」
これがBtoBビジネスの難しいところであり、だからこその勘所でもある。要するに人による営業の占めるウェイトが圧倒的に高いのだ。だからといって単純に『売り込む技術が重要なのだな』などと勘違いしてはいけない。
「当社には営業マンが200人ぐらいいます。彼らが毎週のようにお客さんと会って、じっくりと話を聞いているから広告などする必要がないのです。ただし当社の営業が使うのは口ではありませんよ。足と耳を徹底的に使います」
トッテン氏が何よりも優先するのは、顧客の意見や要求を聞くこと。いま、どんな製品が求められているのか。どんな製品なら売れる可能性が高いのか。答えはすべてお客様のところにある。
「ソフトウェアは実に複雑な商品です。万が一、ソフトが何かトラブルを引き起こして、お客様のコンピュータが止まったりすれば大変なことになる。だから新しいソフトを導入するときには、お客様もどうしても慎重になります」
しかも決定権を持つ人たちほど年代が上、つまりコンピュータには詳しくない。だからアシスト社の営業マンは、自分たちの代わりに上司説得に当たってくれる顧客企業の情報システム部の担当社員から意見を聞く必要があるのだ。
「購買にいたるまでの意思決定プロセスの複雑なのが、個人ではなく企業を相手にしたビジネスの特徴です。そこでは何より大切なのは信用です。どうすればお客様から信用を得ることができるか。基本はお客様から話をじっくりとうかがうこと。これに尽きるのです」
広告を打たず顧客の話にひたすら耳を傾けるアシスト社にはもう一つ、極めてユニークな特徴がある。
■企画部門のない会社
「あえていうなら我々はまったく計画性のない会社です。足を使ってお客様を訪ね、耳を使ってお客様の悩み、要望を聞き出すことだけに集中しています」
実際アシスト社には企画部門がないのだという。ということは自社でオリジナルソフトを開発したこともないのだろうか。
「ソフトを自社開発したことは何回もあります。けれど、見事なくらい毎回失敗しました。損失を計算すれば10億以上にもなるんじゃないですか。失敗を重ねて気づいたのです。出版社が、どうして自社の社員に原稿を書かせようとしないのかに」
優れた書き手は自社に抱えずとも、世の中にいくらでもいるのだ。これをソフト業界に当てはめるなら、開発者や開発企業はいくらでもあるということ。そして一方には、さまざまなソフトを求める顧客がいる。そこに欠けているのはマッチングである。
「だから我々はお客様からひたすら話を聞く、聞くことに徹します。話を聞いて問題点を特定することさえできれば、後はその問題を解消できるソフトを探してくればいい」
買ってくれなくていいから、とにかく話を聞かせて欲しいとアポを取る。営業マンなら1週間に最低15件は顧客を訪問する。顧客と会うことができれば、一心に話を聞く。こうしたアシスト社の営業手法は、いずれもトッテン氏が実践して編み出してきたものだ。
「話を聞き、ベストな製品を提案する。加えて我々が心がけているのは導入前のコンサルティングや教育と、導入後のサポートです。コンサルティングといっても、一般的なコンサルティングとは異なり、あくまでもソフト導入に関して。たとえばデータの持ち方はどうすればいいかという話です」
そしてサポートである。同社のサポートは丁寧かつ迅速な対応で知られている。トラブルがあると何はさておき顧客のところに駆けつける。時間ギリギリまで現場で問題を詰める。然る後に、当時の開発会社はすべてアメリカだったので、時差を利用して日本時間の深夜の間に開発会社に連絡を取り、次の日までには解決策をひねり出す。
「ユーザーニーズに応えてこそ商売になる。お客様が求めるものを提供すれば、必ず成功する。これがビジネスの鉄則じゃないでしょうか」
70年代半ばに同社は、簡易言語でのヒット商品『Easytrieve』を発売、80年代にかけて国内パッケージソフト市場で押しも押されもしないリーダーへと成長する。そして80年代初頭からは毎年、ほぼ倍々ゲームの勢いで成長していくことになる。
*最終回 「人を大切に、女性を活用する会社」
■永住の決意と会社の急成長
「僕はいずれ、アメリカに帰るつもりでした。その意味では会社経営も、僕にとっては一つのプロジェクトだったのかもしれません」
ビル・トッテン氏はすでに日本に帰化している。なまじの愛国家などではとてもかなわないぐらい日本を愛してくれてもいる。だからこそ今後の日本を考えた提言を何冊もの書籍として出しているのだ。
「この国と真正面から向かい合うキッカケとなったのは娘の存在でした。1973年に娘が生まれ、最初はアメリカンスクールに入れたのです。ところが家では日本語を話しているのに、そこでは先生も友だちもみんな英語しか使わない。言葉の問題のために娘はすごく落ち込んだのです。そして僕は、アメリカと日本のどちらで子育てすべきかを真剣に考えました」
治安の問題から価値観の違いまで、さまざまな要件について思い悩んだ末にトッテン氏は日本を選んだ。
「自分では意識していないのですが、この先もずっと日本にいるのだと決めてから、何かが変わったのだと思います。こうした内面的な変化が経営にどう影響したのかはよくわかりません。しかし、永住を決意してから急に会社の業績が伸び始めたのです」
80年の4億円弱が、85年には46億円超に、同社は5年で売上を10倍以上にも伸ばしている。社員数も32人から7倍以上となる236人にまで急増している。その社員についても同社には極めてユニークな特長がある。女性が活躍している点だ。
はっきり言って女系会社ですよ(笑)。ナンバーツーは女性、常務3名の内2名が女性。トップ営業も女性。教育部門の部長も女性。技術者にも優秀な女性がたくさんいます。これは日本社会に男女差別があったからこそ。僕は差別にとても感謝しています」
男女雇用機会均等法ができる遙か前の話である。女性が成功する会社、どんどん伸びていく企業。そんなアシスト社の評判がさらに優秀な女性を引き寄せた。そしてアシスト社は順調に業績を伸ばしていく。扱うソフトも増え、コンサルティングから製品の導入支援、教育研修、導入後のテクニカル・サポートまでサービス内容も充実させていった。
■週休4日で生き残りを図る
「リーマン・ショックの影響は、我が社にもありました。しかし、そんなことより日本の状況をよく見てください。名目GDPでみれば、2009年度は1992年より少ないじゃないですか」
日本ウォッチャーだからこその指摘である。データを見ればトッテン氏のいう通り、日本の名目GDPはこの20年間ほど横ばい傾向が続き、さらに悪いことに近年は下がる一方だ。
「この先日本経済が急激によくなるとは到底考えられないでしょう。少子高齢化、石油の減耗、環境問題に製造業の空洞化。現状ときちんと向き合って将来を考えるなら、日本の経済規模はやがて今の半分ぐらいになってもおかしくはない」
とはいえ業績悪化を理由に社員を解雇したことなど一度もないのがアシスト社である。先を見据えたトッテン氏は、いま大胆な制度をアピールしている。週休4日制である。
「労働時間を6割に減らします。その代わりに給料も6割にする。当社のコスト構造は、人件費の占める割合が極めて大きい。これを踏まえて売上が半分ぐらいに落ち込んでも、会社が生き残れるよう対策を今から練っているのです」
確かに計算は合う。そして休みが増える分を、例えば家庭菜園などの農作業に当てればどうなるか。あるいは衣食住を見直し、できることは可能な限り自給するようライフスタイルを変える。
「実際に僕を真似して家庭菜園に取り組み始めた社員が数十人います。会社でミシンを買って洋裁教室も始めました。僕は本気ですよ。会社と社員が協力すれば、会社を守り、最低限の給料も保証できる。同時に社員は自由になる時間を使って、自分の健康と幸福を守ることができる。これは新しい生き方になるじゃないですか」
ワークライフバランスに関心が高まっているいま、ビル・トッテン氏がアシスト社で始めようとしている制度は、今後の日本にとって極めて有益なモデルケースとなるだろう。アシスト社が教えてくれるのは、ビジネス面でのユニークな成功事例だけではない。なまじ生まれたときからの日本育ちではない、トッテン氏だからこそ見える日本の問題点とその解消策に、今こそ我々は真摯に耳を傾けるべきだろう。
【Insight's Insight】
企業の寿命は、平均して30年といわれる。しかしアシスト社の歴史はすでに30年を大きく超え、健全かつ着実な経営を続けている。やろうと思えばできたはずの株式公開などには脇目もふらず、売上は186億円もあるのに、資本金は未だに1000万円にとどめている。
同社の経営の根底を支えているのが『論語』だろう。大学院時代にゼミで『論語』を学んだトッテン氏は「権力者、トップに立つ者は道徳面でも優れていなければならない」と自戒している。顧客第一主義に徹し、自社の規模を堅実に守り続けてきた経営手腕の背景には、論語の教えがあるはずだ。
もう一つ、大学時代にトッテン氏はオペレーションズ・リサーチを志していたという。現状のさまざまなデータを変数として将来を予測するその手法が、トッテン氏流の未来予測のベースにある。数字をベースとして論理的に構築された未来についての予測を、論語の教えによって修正しながら経営に活かす。数の論理と物事の道理をわきまえた経営、これがアシスト社成功の秘密だと思う。
ビル・トッテン関連情報 コラム(Our World)
http://www.ashisuto.co.jp/corporate/totten/column/
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http://www.uonumakoshihikari.com/
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