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日本農業、再構築への道<4>
2010.11.24(Wed)JBプレス川島博之
この連載を始めてから、にわかに「TPP」という聞き慣れない言葉を耳にするようになった。TPPとは「Trans Pacific Partnership」の略で「環太平洋連携協定」と訳されている。
言葉は耳新しいが、貿易に関わる協定であり、その考え方はWTO(世界貿易機関)の原則やFTA(自由貿易協定)と変わらない。多国間交渉がWTO、2国間交渉がFTA、太平洋に面している国々との交渉がTPPである。
菅内閣は、当初、「日本を元気にさせる」としてTPPに前向きな姿勢を見せていたが、党内に反対意見が強いと見ると、一転して慎重な姿勢に転じてしまった。
参加に反対しているのは、農協(農業協同組合)と、その意を受けた国会議員たちである。政府が自由貿易協定を結びたいと考えても、農協や農林族が反対するために話が進まない。この構図は、ここ50年ほど変わっていない。
しかし、50年前に比べれば、農民人口は激減しているはずである。それにもかかわらず、なぜ、農民が大きな政治力を有しているのであろうか。このことは、日本の農業問題を理解する上での重要な鍵になっている。
「1票の格差」是正を遅らせた自民党議員たち!
先に答えを言えば、それには選挙制度が大きく関わっている。
日本の選挙制度の基本は昭和20年代に作られたが、戦争で都市が焼け野原になったこともあり、その頃、多くの国民は農村部に暮らしていた。昭和20年代の日本は農業国家と言ってもよいものであった。
ところが、昭和30年代に入ると工業が急速に発展し始め、それに伴って多くの人が都市に移り住んだ。実際には、農村部の中学や高校を出た若い人々が都会に就職するという形で進行したが、その結果として農村部で過疎化が進み、一方、都市の人口が増加した。
このような現象が進行する過程で、1票の価値を一定に保つには、選挙区や定員を頻繁に見直す必要があった。しかし、それが日本で迅速に行われることはなかった。
その最大の原因は、定数を是正する権限を国会に持たせたことにある。国会議員が自分たちの定数を決めるのである。
定数が是正されると、農村部を選挙基盤とする議員は次の選挙で不利になる。自由民主党(自民党)は長期間にわたり与党であったが、自民党には農村部から選出された議員が多かった。一方、野党には都市部から選出された議員が多かった。
つまり、定数の是正は、与党に不利に、野党に有利に働く。当然のこととして、与党である自民党は定数の是正を遅らせた。
都市と農村の投票行動は大きく異なる!
その結果として、今日になっても1票の格差は衆議院で2倍以上、参議院では約5倍にもなっている。
衆議院の格差が参議院より小さくなっている理由は、平成になって中選挙区制を小選挙区制に改めたためである。この際に1票の格差も大幅に是正された。
一方、参議院では、基本的には昭和20年代に定められた選挙区と定員が生きている。
衆議院では300人が「小選挙区」(1人しか当選しない選挙区)から、150人が「比例区」から選出される。参議院は3年ごとに半数が改選される。その際に「選挙区」(1人しか当選しない小選挙区と、複数名が当選する選挙区の両方がある)から選出されるのが73人、「比例区」からが50人である。
衆議院でも参議院でも、比例区では投票数に応じて議席が振り分けられるために、大きな差がつくことはない。政権を獲得するためには、選挙区で勝利する必要がある。
日本の選挙区は都市型と農村型に分けることができる。それを象徴的に表す言葉として、90年代後半以降の「1区現象」がある。自民党候補が選挙区内の「1区」で野党候補に敗れる現象である。
これは、「県庁所在地を含む選挙区」が1区とされるために生じるものである。県庁所在地は、どの県でも都市化している。そのために、1区とその他の選挙区の投票行動が異なる。
このような言葉が生まれるほどに、わが国では農村と都市で投票行動に違いがある。農村部で支持を集めるには、地縁血縁がものを言う。一方、都市では「風」などと呼ばれる、その時のムードが投票行動を大きく左右する。
なぜ農家が大きな政治力を有するのか!
試みに選挙区を、人口密度や県庁所在地との距離などから都市型と農村型に分けてみたところ、衆議院では45%、参議院では60%が農村型になった。誰が分類しても似たような結果になるだろう。
現在、日本の総世帯数は4900万戸であるが、農家戸数は大きく減少しており、兼業農家を含めても285万戸に過ぎない。農家は全体の1割にも満たないのに、それがどうして大きな政治力を有するのであろうか。
その秘密は農協にある。農協の組合員数は、先代が農業を行っていたなどの理由で準構成員になっている人を含めると900万人にもなる。1戸で1人が農協に入っているとすると、900万世帯が農協の傘下にある。つまり、総世帯数の5分の1がなんらかの形で農協に関連しているのである。
農協は農業に関係する事業だけを行っているわけではない。約30万人の職員を擁して金融や信用事業を展開し、地方経済の核になっている。農村型の選挙区で当選するには、その農協の支持を取り付けなければならない。だが、農協は自由貿易協定に強く反対している。
実際に、農協の意向は、選挙結果に大きな影響を及ぼしている。
2010年に行われた参議院選挙において民主党は惨敗し、自民党に第一党の座を奪われた。しかし、得票数を見れば民主党は惨敗していない。比例区の総得票数は自民党を大きく上回っている。選挙区選挙において、特に地方の1人区で敗れたために、敗れたのである。
2007年の参議院選挙では、民主党は「戸別所得補償」政策の導入を公約に掲げて臨み、一部の自民党議員が農協の嫌う「減反廃止」を言い出したこともあり、自民党から農協・農民の支持を奪い取ることに成功した。
しかし、民主党が掲げた戸別所得補償政策がそれほど農民の利益にならないことが分かると、農民の支持はまた自民党に戻っていった。それが2010年の参議院選挙の選挙結果を大きく左右した。
1票の格差が日本の進路に与える悪影響!
日本国憲法は第二院である参議院に大きな力を持たせているために、政権を安定させるためには、参議院でも多数を占める必要がある。また、議員の影響力を見た時、比例区選出より選挙区の方が強いとされるが、参議院ではその約60%は農村部から選出されている。
このことが、現在になっても、農民が国政に大きな影響力を行使できる要因になっている。
農民が大きな政治力を持つ要因は他にもある。それは、当選回数を重ねなければ、閣僚や党の幹部になれないとする日本の因習である。
先ほど述べたように、都市部では「風」により投票行動が変化するために、当選回数を重ねることが難しい。一方、地縁血縁により投票行動が決まる農村部では、当選回数を重ねやすい。このことも、農村部が強い政治力を保持することにつながった。
現在、日本の農業の売り上げは約8.5兆円である。これはトヨタ自動車、パナソニックなどの大企業1社の売り上げに及ばない。また、農業生産額がGDPに占める割合は約1%でしかない。日本のGDPの99%は農業以外の産業が稼ぎ出しているのである。
しかし、その小さくなった農業が貿易交渉で大きな影響力を行使している。
日本が資源のない国であり、加工貿易でしか生きていけないのであれば、その繁栄に自由貿易は欠かせない。しかし、農村が大きな政治力を持っているために、その交渉が遅々として進まない。
1票の格差の是正は民主主義の根幹をなすものである。長い間にわたり、その是正を怠ってきたことが、日本の進路に大きな悪影響を及ぼすことになってしまった。
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