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2010年11月18日 DIAMOND online
貨幣にマイナス金利をつけられれば無理のない金融政策ができる!
―早稲田大学大学院教授 岩村 充―
去る11月3日 FRB(米連邦準備制度理事会)は、6000億ドルにも及ぶ長期国債の買い入れを発表。金利低下余地がなくなった中で、積極的な量的緩和に踏み込み、デフレ阻止に対する強い意思を見せた。先ほど『貨幣進化論』(新潮選書)を出版した岩村充早稲田大学大学院教授は、今後、先進国経済は高い成長は見込めず、物価は上がらないか、デフレ状態が常態化する――そういう経済構造の変化を前提とした金融政策を確立すべきだ――と主張する。
その対応策が、貨幣に金利をつけることだ。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 原 英次郎)
貨幣の価値はその国の財政が決める!
――1990年代後半以降の日本に始まり、いよいよアメリカでもデフレ懸念が台頭しています。現代では、政府から独立した中央銀行が貨幣の量を調整することで金利を動かし、物価に影響を与えることができると思われていますが、著書のなかでは、政府・財政への信用が貨幣の価値を決めると、おっしゃっていますね。
貨幣価値の拠り所は何かということについては、10年ほど前から考えてきました。私も、最初のうちは、普通の金融論の先生と同じように、デフレはマネーを大量に供給すればどうにかなると思っていました。
しかし、日銀がマネーを大量に供給し続けても、物価は緩やかに下がり続けた。これは何かが変だと感じたのです。そういうときは、「基本」に返らないといけない。それで貨幣はどこからきたかを、考え始めたのです。
経済学にはMonetary Economicsという分野があります。日本では「金融論」と呼ばれることも多いのですが、直訳すれば「貨幣経済学」でしょう。経済活動における貨幣の役割とか金融政策の効果などについて考える分野です。
貨幣経済学は、経済学の中でもとりわけ大事な分野のひとつですが、問題がないわけではありません。それは、経済社会の中に貨幣は最初から存在し、それには価値すなわち購買力があるのだという前提で議論をしてしまうことです。しかし、現代の貨幣というのは国家が中央銀行という仕組みを通じて作り出しているものです。
それなら、貨幣に関する問題を議論するときには、貨幣価値を作り出している国とか政府というものの役割を検討したうえで、それとバランスを取りながら中央銀行とか金融政策というものの効果を、考えるべきではないでしょうか。そうした発想で貨幣のことを考える理論を「物価水準の財政理論」と言いますが、今度の本はこの理論の筋道に沿って書いたものです。
本来、貨幣の価値は財政と分離することはできません。貨幣価値が金と結び付けられていた戦前の「金本位制」ですら、その維持には財政が深く関わっていました。金本位制では金と紙幣の交換比率が決められていて、いつでも金と交換できる。だから、貨幣の価値は安定していたと思われていますが、その金本位制の舵取り役だったイギリス政府は、自分が決めた交換比率を守るために、世界の金の供給量が増えれば金を買い取り、供給が減ると金を放出していました。政府・財政が金の価格を安定させること通じて、金と結びついているマネーの価値をコントロールしていたのです。
現在では、中央銀行が国債を見合いの資産として、マネーを発行しているので、貨幣の価値と財政はつながっています。また、貨幣発行益つまり中央銀行の利益は「シニョレッジ」と言われて国に帰属します。先進国では、中央銀行の独立性が大切だといわれて、政府と中央銀行は分離されているわけですが、それは意思決定のプロセスを分離するということで、貨幣価値を誰が支えているかという観点からは、両者を分けて考えても意味はないのです。長期的に見た貨幣の価値は財政、言い換えるとその国の将来と切り離すことはできません。
たとえて言えば、貨幣の価値とは政府の株価のようなものだと思ってもらっても良いでしょう。だから、政府が国債をどんどん出して、それで得た貨幣を無駄な事業に使うとしたら、貨幣の価値は下落する、つまりインフレになるわけです。
ではいま、日本政府は先進国でも最悪の借金を抱えていながら、なぜインフレや円安にならないのか。それは日本政府が、日本人という超優良な顧客の上に胡坐(あぐら)をかいた独占企業のようなものだからです。日本人は一体感も強く、まじめに税金も払うし、いくら政府の財政危機が伝えられても、自分の資産を一遍に海外に移したりもしない。こうした日本人の個性そのものが日本の政府や財政に対する信用を支えているわけです。
グローバル競争がもたらした物価の継続的な下落!
――デフレは日本固有の現象だと思われていましたが、アメリカを始め先進国全体の物価上昇率が低下しています。デフレの要因をどう見ていますか。リーマンショック後の不況による一時的なものなのでしょうか。
経済学もサイエンスであるならば、基本姿勢は教科書(理論)が現実と違っているときに、現実が間違っていると言ってはいけない。その場合は、教科書を書き直すか、なぜ現実と教科書が食い違っているのか、その要因を説明しなければなりません。
私は、なぜ物価が下がり続けているかについて、多くの人が実感していることを無視してはいけないと思っています。例えば、多くの企業人がグローバルな大競争の中で生き残っていくために、ぎりぎりまで製品価格を下げなくてはならず、価格を下げるために、労働組合にも我慢してくれと言っていて、実際に賃金水準も下がっている。もはや賃金は硬直的ではなく、下がるものだと考えたほうが自然です。
経済には、そのときどきの構造的あるいはマクロ的な条件によって、無理のないインフレ率とか避けられないデフレ率というものがあるのではないでしょうか。人類経済が大成長を経験していた20世紀には、それは「緩やかなインフレ率」というものだったように思います。でも、その状況が変化したのだとしたら、私たちが向き合わなければならないのは、「避けることのできないデフレ率」というものだろうというのが私の考えです。理由は二つあります。
一つは先進国の政府がお互いに競争しあって、インフレを抑えてきた結果、インフレ率がどの国も同じように下がってきている。二つ目は、物価をめぐって少数の大企業が、グローバルレベルで競争を繰り広げているという現実です。だから、現在の状態が破れない限り、物価が上がらないか、微妙に下がるほうが、自然なのではないか。そういう気がしています。
――戦後の世界経済は、物価が下がり続けるという局面を経験したことがありません。金融政策もいかにインフレを抑えて、安定的な物価上昇に持っていくかに主眼がありました。緩やかながらも、物価が継続的に下がり続けるとしたら、それに応じた金融政策が必要ということですね。
そういう状況で金融政策をどう考えればいいか。金融政策の手段であり結果でもある金利は、究極的には「自然利子率+物価上昇率」で決まる。自然利子率とは、現在財と将来の財の交換価格つまり「モノの利子率」です。例えば、来年120のお米を返す約束で、今年100の種もみを貸すとしたら、自然利子率は20%ということになる。
実際の契約金利には、これにリスクプレミアムが上乗せされます。中世のころは、不確実性を反映して、このリスクプレミアムが非常に高かった。当時の物価は、上がったり下がったりしていたが、自然利子率や物価上昇率がゼロ以下になっても、リスクプレミアムが高かったので、金利はプラスでした。
現代は、信用制度が大変に発達した結果、このリスクプレミアムが、非常に低くなっている。将来性に程々の懸念がある企業でも、国債などの基準となる金利に対して、リスクプレミアムは数%しかない。だから、自然利子率や物価上昇率が大きく低下して合計値がマイナスになったりすると、リスクプレミアムを加えても、金利がマイナスになることもあるわけです。
そういう世界になっているということを前提にして、金融政策を考えないといけない。実際に世の中に存在する金利はゼロが下限で、マイナス金利はつけられないので、物価を何とか上昇させようとする。そうすると、いろいろな面で無理が出る。そもそも金融政策や財政政策で、物価を自在にコントロールできるという感覚が間違いなのだと私は思っています。
電子マネーの発達で、実務的にもマイナス金利は可能!
――物価が下がると貨幣の価値は上がるので、たとえ名目金利がゼロでも、みな貨幣も持ちたがります。物価の下落にあわせて貨幣にマイナス金利をつけることができれば、無理のない金融政策が行えると、提唱していますね。
FRB(連邦準備制度理事会)が、巨額の国債を買い入れる量的緩和政策を実施するのは、「緩やかなインフレ期待」を起こすためだといわれているが、これは無理な話でしょう。日本がバブル崩壊後に試して、ほとんど効果がなかった政策だからです。FRBの説得に応じてインフレが起こると思って行動した企業が、市場での競争に負けて次々と倒産してしまえば、インフレ期待は続かない。それが世界的な大競争と言われているものの実体です。
経済に歪んだ影響を与えないニュートラルな均衡金利は、自然利子率+物価上昇率です。いまの問題は、自然利子率も物価上昇率も下がって、均衡金利がマイナスになっても、実際の金利はゼロ以下にはできないということです。そうすると、物価が下がって貨幣の価値が高くなるので、みなが貨幣を退蔵して使わなくなり、デフレを一層深化させてしまう。だから、低成長で自然利子率は上がらないとすれば、人為的にインフレ期待を起こして物価上昇率をプラスにもっていけばいいではないか、という議論が行われています。
しかし、世界的な大競争のもとで政策当局が人々のインフレ期待を操作するというのは難しそうです。それが難しいという率直に認めたうえで、そこで何とか無理のない金利体系を作らないといけない。それが「貨幣にマイナス金利」ということです。例えば、自然利子率がマイナス2%で、人々が予想する物価上昇率がマイナス2%だとしても、貨幣にマイナス4%の金利をつけることができれば、将来の貨幣の価値が同じように下がるので、物価に対してはニュートラルということになります。
なぜ、これまで貨幣にマイナス金利がつけられなかったかというと、貨幣を使う人にとって、非常に煩雑だったからです。ここでは細かいことは述べませんが、現代のように電子マネーが発達し、その情報処理技術を使えば、貨幣にマイナス金利をつけることは、技術的あるいは実務的には不可能でありません。
さらに問題があります。無理やりインフレ期待を起こそうとばかり考えていると、実際にはとんでもないことが起こるかもしれないからです。多くのエコノミストは根拠のない思い込みをしているのではないでしょうか。それは「緩やかなデフレ」の後には「緩やかなインフレ」がやってくるという思い込みです。
「緩やかなデフレ」の後には、必ず「緩やかなインフレ」が、「緩やかインフレ」の後には「緩やかなデフレ」が来るのであれば、そもそも急激なインフレやデフレは起こりません。でも歴史上にはそのどちらも数多く起こっているのです。
水を零度以下に冷やして氷になっていない過冷却の状態にしておくと、何かの衝撃で一気に凍ってしまうのと同じように、経済や市場に無理な圧力がかかり続けていると、反動が一気に噴き出してしまうからです。これを「相転移」というのですが、緩やかなデフレが相転移するとすれば、そこで起こるのは「緩やかなインフレ」ではないでしょう。不連続なインフレ方向への価格体系のジャンプになる可能性が大です。大きな変化は、突然にやって来るものなのです。
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