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小布施町
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%B8%83%E6%96%BD%E7%94%BA

2010.05.06(Thu)JBプレス 地域振興 中村佳史

伝統に沿いながらも大胆な革新を生み出す大旦那気質!

 信州・小布施は小さな町である。人口は1万2000人でしかない。しかしこの町にはピーク時よりはやや減ったとはいえ、日本全国のみならず世界中から、年間80万人もの観光客が訪れる。また小布施に移住して、当地で活躍する人も多い。

 小布施の何が人々を惹きつけるのか。また小布施の魅力の背後には何があるのか。私なりに分析してみた。

80歳を超えていた葛飾北斎が足繁く通った町!

毎週末ともなると、小布施の中心街は観光客でごった返す。人口1万2000人の街に年間で80万人もの観光客が訪れるのだから当然だろう。最近ではマイカーで来る少数のグループ客が特に増えているそうだ。

 2006年に、ETC搭載車に限り通行が可能で、パーキングエリアやサービスエリアの敷地内に設置される1台分程度のインターチェンジ「スマートIC」が小布施PAに設置され、街の中心部に高速道路からアクセスが便利になったことが1つの要因だ。

 スマートICが設置されてから、PA自体も地場の農作物を中心に出店で賑わうようになった。そして、小布施の観光客にはリピーターが多いのも特徴だ。夏に来た人がまた別の季節に訪れたり、友人を連れて出かけ直したりする人もいる。何が彼らをそこまで惹きつけるのだろうか。

 小布施は元々、歴史的、文化的に魅力があるということはある。江戸時代後期、既に80歳を超えていた葛飾北斎がこの町に足繁く通い、パトロン的存在だった当地の豪商・高井鴻山の元に起居しながら多くの作品を残したことは有名だ。

 小布施町内にある岩松院天井画や、祭屋台天井画はその代表例と言われる。また、栗の産地としても有名で、200年以上の歴史を誇る栗菓子匠がいくつかある。どの店の栗料理、栗菓子も美味だ。

バブル時の乱開発を修復して小布施らしさ取り戻す!

しかし、現在のように、全国から多くの人が集まるようになったのは、北斎の作品があり、栗菓子がおいしいからだけではない。人の集う町づくりを、地道に続けている成果だ。

 小布施に観光客が来るきっかけとなったのは、1976年開館の北斎館である。当時、田んぼの中の美術館とマスコミに大きく取り上げらた。

 その後、建築家の宮本忠長氏がアドバイザーとなり、街ぐるみで取り組んだ「修景」事業がさらに観光客を呼んだ。この事業は、市村次夫氏らを中心に行われた。市村氏は、高井鴻山の末裔で、地酒の老舗「桝一市村酒造場」と栗菓子匠「小布施堂」の社長でもある。

バブル期に小布施町でも乱開発が進む中、伝統的で建築史的にも貴重な建物が破壊され、小布施の風景がどんどん変わっていくことを危惧した彼は、景観を修復する事業に取り組んだ。景観を修復するとは、人の視線を意識し、直すべきは直し、足りないところは補い、あるいは新たにつくり、まとまりのある景観をつくり出すという作業である。

 その結果、野の花で美しく飾られた歩道や、傾斜が一定に整えられた日本家屋が並ぶなど、牧歌的で穏やかな雰囲気を楽しめる、小布施ならではの風景がつくり出され、観光客に喜ばれている。

たまたま来日した米国人に伝統ある酒蔵の再建を託す!

次に、魅力的な町づくりに大きな役割を果たしたのは、米国人セーラ・マリ・カミングス氏による、老舗・桝一市村酒造場の建て直しだろう。

 長野オリンピックのボランティアとして来日し、たまたま小布施堂に勤めることになったセーラ氏は、数年後、地酒を楽しんでもらうレストランとして、蔵を改築し、酒造に欠かせない諸道具をオブジェとして飾る、その名も「蔵部(クラブ)」をオープン、成功させた。

 その後、その周辺域を「小布施らしい」景観にする “再開発” にも取り組み、現在、観光客で最もにぎわう空間をつくり上げた。さらに、全国から文化人を招き「オブセッション」というサロン的講演会を定期的に開くなど、文化的な活動も続けている。

 そして現在、町づくりの中心となっているのは、2009年7月にリニューアルオープンした小布施図書館、通称「まちとしょテラソ」だ。

 図書館が、人と人、人と物、物と物との交流の場、そしてその交流から新しい何かを創造する場となるように、様々な取り組みが始まっている。例えば、デジタル・アーカイブ・プロジェクトとして、小布施町に残る歴史的資料や古写真などを収集、デジタル化と調査を進め、教育現場や生涯学習、観光行政への活用を検討している。

歴史的、伝統的なものと、新しい技術やアイデアとの融合で、小布施の魅力を発信していこうという試みだ。

ダメならやり直せばいいから挑戦を!

 小布施図書館の中心人物は、花井裕一郎館長。彼は元々、映像作家として東京・フジテレビなどで番組を制作していた。6年前、セーラ氏が桝一市村酒造場を通して行っている街づくりの様子をルポした番組を制作するため、小布施に通っていた。

 ある時、セーラ氏の試みを全面的に支援していた市村次夫社長に、テレビマンとして少し意地悪な質問をぶつけてみた。

 「枡一市村酒造場や小布施堂は250年の歴史と伝統を受け継いできました。たまたま来日していたセーラ氏が言っていることがどんなに魅力的であったとしても、すべてを彼女に任せるのに不安や躊躇はなかったのでしょうか」

 すると市村社長は次のように即答したそうである。

 「駄目だった時はまた一からやり直して、創業し直せばいい。面白いと思ったアイデアは、実現に向けてとことん挑戦すべきでしょう」

小布施を覆う大旦那気質の自信と余裕!

 この時、花井氏はそのチャレンジ精神に感動し、セーラ氏がアイデアを次々と形にしていく様を羨ましく思ったという。そして「ここに来れば、自分がやりたいと思っていることもやれるかもしれない」と直感し、思い切って家族を連れて小布施に移住してしまう。

 当初、小布施堂で働いた花井氏は、そこで “小布施人” としての心構えというものを肌で学んだという。今、彼はそれを実践しているに過ぎない。

 花井氏のように、小布施の外の人間が小布施に魅了されて移住してしまうということは、珍しくないらしい。そうした「移住者」が間違いなく小布施町の活力の1つになっている。

 彼らを惹きつけたのは「大旦那気質」とでも言おうか、つまり上に立つ者の「自信と余裕」ではないだろうか。

 今まで100年、200年と事業を継続させ、少々のことが起きても倒れることはないという自信がある。そして、その自信と表裏一体で、新しい仕組みや事業を一からつくり上げることやそこで起こりうるリスクを楽しむ余裕がある。そんな「大旦那気質」を持った人が何人もいる。

上の自信が下のチャレンジ精神育む!

 余裕と自信とが、上に立つ者にあるので、下で働く者も、いろいろなことに挑戦してみようという気になってくるらしい。だからこそ、外の人間でも、小布施であれば、なにか新しいことを試せるのではないかと思ってしまう。

 小布施には、ほかで成功しているモデルは持ち込まなくていい、とまで言い切る人もいる。小布施発で、小布施で成功したモデルを全国に広げていくことに、喜びを感じるのだ。

 古くから文化人と親しみ、そこから新しいものを学び取るという進取の気性に富む土壌の上にある、200年の歴史と伝統に裏づけられた自信と余裕。そんな「大旦那気質」が町づくりの力になり、人々は小布施に惹き付けられるのではなかろうか。
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