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特別区
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中京都構想、大阪都構想が意味するもの!
2011.02.16(Wed)1JBプレス 木下敏之
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ここ福岡は少しずつ暖かくなってきています。春の気配を感じる日がだんだんと増えてきました。2月6日の名古屋市長選挙と愛知県知事選挙では、前市長の河村たかし氏が大勝しました。この動きは、日本の政治の膠着状況を打破する春の訪れなのでしょうか? どこまで波及していくのか、次の名古屋市議選挙や大阪市議選挙が楽しみです。
さて、愛知県知事選では、河村市長が支持し、当選した大村秀章氏が、愛知県と名古屋市を再編する「中京都」構想を提案し、話題になりました。河村市長もこの構想に賛同しています。きっかけとなったのは、橋下徹大阪府知事の「大阪都」構想でした。
イメージとして「府」が「都」になると格上げという感じがしますが、では、「都」は「府」や「県」と比べて、行政組織としてどのような違いがあるのでしょうか?
23区という「特別区」がある東京都!
時代を遡ってみると、1869年に行われた版籍奉還のあと、明治政府は東京、京都、大阪に府を置き、それ以外は県とすることに定めました。その後、1886年に北海道庁を置き、1943年に戦時法制の1つとして、東京府を東京都に名称変更しました。「帝都東京」とするためです。
敗戦後に地方自治法が制定されましたが、各都道府県の名称はそのまま引き継がれ、現在の「都道府県」になっています。
このような経緯を見ると、「都」が「府」や「県」よりも大きな権限を持っているような印象を受けます。
しかし、都と府と県は、国との関係で見た時に、行政機関として権限の違いがあるかというと、違いはありません(個別の法律に基づく権限は別です)。東京都だけが、他の府県に比べて国から多くの権限移譲を受けているということではないのです。
一方、市町村との関係で言えば、都とそれ以外の府県を比べると、大きな違いがあります。都には23区という「特別区」があるのです。
特別区は市町村とほとんど同じ権限を持ちますが、いくつかの権限を東京都が持っています。固定資産税の課税や徴収、消防、水道、下水道などは東京都庁が行っているのです。東京23区のような人口密集地であれば、水道や下水道、消防などは東京都がまとめて行った方が、確かにずっと効率的だと思います。
横浜市の「区」は自治の力を持たない!
都道府県とほとんど同じ権限を持つ政令市には「区」があります。ところが、政令市の区は、東京23区とはまったく違います。
政令市の区には、23区のような独自の自治権がまったくないのです。一番大きな違いは、23区には選挙で選ばれた区長と区議会議員がいますが、政令市には選挙で選ばれる区長と議員はいません。
また、23区の区役所は市町村に準じて予算を編成し、自らのことを決めていきますが、政令市の区にはそのような自治の力はまったくありません。
しかし、政令市の区は平均して人口が10万人を超えています。日本全国のいわゆる「市」の人口の平均はだいたい10万人程度ですから、独立した自治体としては十分な大きさです。
横浜市では、区の平均人口が20万人を超え、最大の人口を持つ青葉区は約30万人です。
横浜のような人口368万人の巨大な市では、各区の事情もかなり違います。青葉区は若い人が多く人口が急増している区ですが、一方で、人口減少と高齢化の問題に悩まされている区もあります。
2つの区はそれぞれ正反対の問題を抱えていますが、いずれも巨大な横浜市の判断を待たないと物事が進まないのです。まるで恐竜のようなものです。
こうなると、区に自治権を持たせ「特別区」にした方がよいのではないかと思います。
身近な福祉や街づくりの問題は、できるだけ自分たちの身近なところで決める制度が良いのです。現場の状況に合わせて柔軟な対応ができますし、住民が、自治体の意思決定に影響を与えることができると思えば、政治や行政への参加意識も高まるのではないでしょうか。
身近な問題は地域で決めるのが望ましい
こうしたことを考えていくと、中京都構想や大阪都構想は、政令市を解体再編し、区を「特別区」にして自治権を持たせるということが、一番意味のあることではないかと思います。
ただ、現在の法律を改正しないと、政令市を解体して特別区を置くことはできません。
また、これまで政令市長会が主張してきたように、政令市を解体することなく、政令市の区に特別区並みの権限を持たせるように法律を改正するという考え方も成り立ちます。
この問題について、一番巨大な政令市である横浜市長や、人口の半分以上が3つの政令市で占められている神奈川県の知事はどう考えているのでしょうか?
私は、できれば河村市長の最初の公約のように、区役所を特別区にすることをはるかに超えて、人口1万~2万人に1つの地域委員会を作り、そこで身近な問題を決めていけるようにするのが望ましいと思います。自治という観点から考えても、民主主義という観点から考えても、とても良いことではないでしょうか。
どんな制度も住民の関心がなければうまくいかない!
ただ、どんなに良い制度を導入しても、住民が関心を持って政治や行政に参加しなければ、うまくいきません。今の東京23区は、区長選挙でも投票率が30%台を記録することもあるなど、住民の政治参加が進んでいるとは、決して言えない状況です。
この観点からすると、今回の名古屋市長選挙で私が一番関心を持ったのは、その投票率でした。これだけ連日、マスコミが取り上げたのだから、投票率はおそらく高かったはずです。70~80%くらいはいったのでしょうか?
しかし、結果は54%。これが現実の数字です。
どんなに良い制度でも、住民の関心がなくては効果が出ません。次の名古屋市議会議員選挙の投票率がもっと上がることを期待しています。
第一列島線
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米軍の接近を封じて同盟は「ゲームチェンジ」!
2011.02.17(Thu)JBプレス 古森義久
中国の軍拡が、いよいよ日米同盟の核心にまで重大な影響を与える可能性が浮上してきた。もっと分かりやすく述べれば、日米同盟を骨抜きにしかねない不吉な展望なのである。
米国としても、アジアでの確実なプレゼンスを保つために日米同盟の維持は不可欠だろう。だが、その同盟の機能が、中国の軍拡という新たな要因によって、これまで通りには期待できなくなった。そうなれば、日米同盟自体の意味が深刻に問い直されることともなる。
ワシントンでは、もうそんな議論が始まっているのだ。
まるで野球からサッカーに変わるように同盟関係が激変
米国の気鋭の中国軍事研究者たちが、上記のような懸念を正面から指摘するようになった。アジアにおける日本との同盟関係は、今や「ゲームチェンジ(根本的な変化)」に直面した、というのである。
ワシントンではこのところ中国の軍拡が極めてホットな論題となっている。エジプトのムバラク大統領辞任も大事件ではあるが、中国の軍拡は中長期のスパンで論じなければならない大テーマとなっているのだ。
これについて議論したイベントの1つが、2月9日に「国家政策センター」の主催で開催されたセミナー「中国の軍事力の台頭=米国とその同盟諸国にとっての結果」だった。
このセミナーはタイトルどおり、中国の軍拡によって日米同盟などに大きな変化が出てきたという認識が大前提となっていた。
セミナーでは米海軍大学教授のアンドリュー・エリクソン氏、新アメリカ安全保障センターの研究員エブラハム・デンマーク氏、ランド研究所研究員のロジャー・クリフ氏の3人が見解を述べた。みな米国の政府や軍の関連機関で活躍してきた中国問題や軍事問題の中堅の専門家たちである。
3人とも、「中国の軍事力増強が米国の従来の同盟関係を根本から変えつつある」という「ゲームチェンジ」現象を提起し、警告するという点で共通していた。
ちなみにゲームチェンジというのは、それまで競技していたゲームが、例えば野球からサッカーに変わってしまうほど根本から変化してしまうことを指す。単にルールやスコアの変化ではなく、ゲーム自体が他の競技になってしまうというわけだ。
「第1列島線」の中に米軍を近づけさせない!
この「日米同盟ゲームチェンジ論」をエリクソン氏の発言から紹介しよう。
同氏は中国の海軍力の研究を専門とし、米国海軍大学で教えるほか、自ら「洞察中国」と題する研究所も主宰している。中国の軍事力の研究を主眼とし、その同盟諸国への影響も一貫してフォローしている気鋭の学者である。
今の米国の安全保障関連の分野では、この種の中国軍事専門研究者が数を増してきた。その1人であるエリクソン氏は、次のような趣旨を報告するのだった。
「中国は東アジアにおいて、米国の軍事力を正面から抑えつけようと試みる最初の国家となってきた。具体的には、第1列島線と呼ぶ日本、台湾、フィリピンを結ぶ海域内で、米軍に対する接近阻止能力を強化しつつある。
第1列島線は南シナ海、東シナ海、黄海が主体となる。この海域内で中国が軍事行動に出ると、米軍が急遽、出動して反撃あるいは抑止に出る。この米軍の『接近』の動きを、中国が阻止しようという能力を強めているのだ。
有事が発生した際、米軍が現場に接近できなければ、米国のアジアでの同盟の意味は大きく変わってしまう。
例えば、南シナ海での有事の際に、米軍の空母ジョージ・ワシントンが横須賀から現地に接近できなくなってしまうという事態が起こり得る。これがゲームチェンジなのだ」
エリクソン氏は、東シナ海もこの「根本的な変化」の舞台になるとしている。つまり、東シナ海の尖閣諸島を巡る有事が発生した際も、同様の懸念が向けられることとなる。
中国軍が尖閣諸島を突然攻撃し、米軍が日本の支援のために艦艇を急派しても、その接近が阻止されるというシナリオが浮かび上がるのだ。そのシナリオが現実となれば、米軍が日本を防衛できない日米同盟ともなってしまう。
中国の軍拡が日米同盟を根本から揺るがしているというのは、こういう事情なのである。
宇宙の軍事利用にも関心!
エリクソン氏は中国の軍拡について、さらに具体的な指摘をした。
「中国軍は第1列島線内でハイテク兵器を投入し、海上と航空と宇宙とを組み合わせる立体的な戦略を強化している。この戦略は時には『航空航天』とか『空天一体化』とも呼ばれる。
具体的には、対艦攻撃用の弾道ミサイルおよび巡航ミサイルの開発と強化、潜水艦の増強、潜水艦発射の対艦ミサイルの強化、独自の空母の配備、そして米軍の人工衛星を破壊する能力の強化などだ」
「中国は、米軍の戦力が通信衛星や偵察衛星の機能に大きく依存することを特に重視して、宇宙の軍事利用に関心を向けている。米国の衛星を破壊するミサイルの開発を進めるとともに、中国独自のGPS(全地球測位システム)を2015~2020年までに完成させようとしている。
空母については、中国軍はすでにウクライナから購入した大型空母『ワリヤーグ』を使って、艦載機の発着の本格的な訓練を開始した。潜水艦については、ディーゼルと原子力という両タイプの新型艦の開発を大々的に進めている」
エリクソン氏がこのように指摘する中国側の動きは、すべて東アジア、太平洋における米軍、特に米海軍の抑止力を削ぐことを目的にしている。
このまま中国の軍拡が思惑どおりに進めば、日米同盟はやがて「ゲームチェンジ」を迫られる、というよりも骨抜きにされてしまうだろう。
エリクソン氏らの「中国の軍事力の台頭」報告は、そんな警告の発信とも言えるのである。
北方領土問題
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軍拡は単なるポーズ、政府は冷静沈着な対応を!
2011.02.17(Thu)JBプレス 小泉悠
昨年のドミトリー・メドベージェフ大統領による北方領土訪問に続き、ロシア政府・軍高官の北方領土訪問が相次いでいる。さらに、これを「許し難い暴挙」と呼んだ菅直人首相の発言を巡って、北方領土を巡る日露関係は俄かに緊張局面に入ってきた。
「北方領土を守るために最新鋭設備を導入する」!
こうした中で、今年2月10日、ロシアのメドベージェフ大統領は北方領土訪問を終えたばかりのアナトーリー・セルジュコフ国防相らと会談し、同地域の軍事力を増強する方針を示した。
北方領土は「ロシアの戦略的地域」であり、その防衛を全うするために最新装備を導入するという。
現在、北方領土に配備されている軍事力の主力は、第18機関銃砲兵師団と呼ばれる部隊である。
2008年頃まで、ロシア軍には23個の「師団」(各定員1万2000~2万4000)が存在していたが、このうち22個師団は軍改革の過程で解体され、より小規模な「旅団」(定員3500人程度)に改編された。
つまり、北方領土の第18機関銃砲兵師団は、ロシア軍に唯一残された師団ということになる。
旅団が敏速な機動性を特徴とするのに対して、北方領土だけは地域張り付け型の師団編成を維持することで、あくまで同地域を軍事的に固守する意図を示す狙いがあると思われる。
ロシア唯一の師団、その戦力やいかに!
では、その戦力はどれほどのものなのだろうか。
ソ連末期の1991年の時点で、同師団には9500人程度の兵力が配備されていたとされる。その後、1995年までに兵力は3500人程度まで激減し、現在までほぼ横ばい状態が続いているようだ。
また、かつては約40機の「MiG-23」戦闘機が択捉島のブレヴェストニク(旧・天寧)飛行場に配備されていたが、これも1990年代中にすべて撤退し、現在常駐しているのは陸軍航空隊のヘリコプターや物資輸送用の小型輸送機程度と見られる。
質の面で言えば、同師団の装備は全ロシア軍中で最も旧式な部類に入る。
昨年夏に実施された大演習「ヴォストーク(東方)2010」には第18師団も参加したが、その装備は、1950年代配備の「T-55」戦車をはじめ、1950~60年代の骨董品のような兵器ばかりであった。
骨董品よりはましな戦車部隊へ改編!
もともと「機関銃砲兵師団」というカテゴリーは、2線級装備の地域防御部隊であるため、苦しい予算事情の中で装備更新が最後まで後回しにされてきたようだ。
これに対して、昨年以降、北方領土周辺の軍事力を再編する動きが見られるようになってきた。
手始めは択捉島に駐留する戦車部隊の近代化で、これまでのT-55に代わって「T-80BV」が配備された。T-80も1976年から配備が始まった戦車なので、決して新型とは言い難い。
しかし、依然としてロシア軍の多くの部隊で使用されている主力戦車であり、T-55に較べればはるかに有力な戦力と言える
また、前述のメドベージェフ大統領とセルジュコフ国防相の会談では、ブレヴェストニク飛行場を拡張してより大型のジェット輸送機「Il-76」の離発着を可能にする方針も示されている。
最新型の防空システムを配備する、しない?
さらに、2月10日付の「インターファックス」通信が国防省筋の情報として伝えたところによれば、北方領土駐留部隊の近代化は装甲車両や火砲の近代化程度にとどまる。
一部で報じられた「S-400」広域防空システムを含む大型兵器の追加配備や人員の増強は予定されていないという。
代わりに、従来の師団編成を他地域並みに旅団へと改編することで、機動性の向上や即応能力の向上を図るとしている。
こちらの見方の方が正しいとするならば、北方領土の兵力は「増強」されるというよりも、装備の近代化や作戦遂行能力の向上によって質的に強化されると考えられよう。
しかし、15日付の「RIAノーヴォスチ」通信は、参謀本部高官の談話として、北方領土にS-400を含む防空部隊を配備するほか、旅団化は行わずに師団編成を維持するとの見通しを伝えており、まだ具体的な計画が固まっていないことを窺わせる。
さらにロシアは、2隻の大型揚陸艦を太平洋艦隊に配備する方針を打ち出している。
フランスから導入するミストラル級強襲揚陸艦を配備!
これはフランスから導入することが決まった「ミストラル」級強襲揚陸艦で、最大900人(通常は450人)の兵員と、戦車13両または装甲戦闘車両60両を搭載可能。
空母のような飛行甲板から16機のヘリコプターを運用できるほか、艦尾にウェルドックと呼ばれる設備を備え、ここから上陸用舟艇(最大4隻)やホバークラフト型揚陸艇(最大2隻)を繰り出して立体的な上陸作戦を実施する能力を持つ。
さらに「SENIT-9」戦場情報処理システムを備え、自艦のレーダーや敵味方識別装置、あるいは味方艦艇や航空機からの情報を総合して戦況を自動的に把握しつつ、味方部隊を指揮する能力を有しているのも大きな特徴だ。
ロシアが「ミストラル」導入を決めたのは、2008年8月のグルジア戦争後のことである。
当時、ロシア黒海艦隊は増援兵力をアブハジア(南オセチアと並ぶグルジアからの分離・独立地域)に緊急輸送したが、旧式の揚陸艦しか持たないため、陸揚げ作業に26時間もかかってしまった。
なぜミストラルを黒海ではなく太平洋に配備するのか!
わずか5日間の戦争において、26時間の遅れは大きい。この苦い経験に基づき、上陸作戦能力を飛躍的に向上させる手段として検討されたのが「ミストラル」だったわけである。
では、なぜ、「ミストラル」は黒海艦隊ではなく太平洋艦隊に配備されるのか。ロシア側からの説明には2通りある。
第1に、「ミストラル」はロシアから遠く離れた地域での上陸作戦や災害救援、海賊対処といった兵力投射(パワープロジェクション)のために導入されるものであり、従って外洋展開を任務とする太平洋艦隊(と北方艦隊)に配備する、というブルツェフ海軍副司令官の説明がある。
実際、太平洋艦隊はソマリア沖合での海賊対処任務を継続して行っているし、揚陸艦を災害救援等に使うのは我が国を含む各国の運用例を見ても一般的な運用法と言える。
しかし、第2に、「ミストラル」を北方領土防衛用と位置づける説明も見られる。例えば、昨年6月、制服組のトップであるニコライ・マカロフ参謀総長は「ミストラル」導入の目的として、「北方領土を占領された場合に奪還するための逆上陸用」などと説明していた。
グルジア国境にしか配備していない最新兵器!
また、今年2月9日頃にも国防省筋の情報として、「ミストラル」の目的は北方領土防衛用であると報じられている。
ちなみに、ミストラルはフランスのサン・ノゼール造船所で建造される予定で、1番艦の竣工は2013年の見込み。実際にロシア海軍に配備されるのは2014~15年頃になるだろう。
なお、太平洋艦隊唯一の上陸作戦部隊である第155海軍歩兵旅団でも、装備改編が予定されている。昨年の報道によれば、今後、「T-90A」戦車や「BMP-3」歩兵戦闘車が配備されるという。
これらはいずれも首都周辺やグルジア国境にしか配備されていない新兵器だ。新鋭揚陸艦にあわせて上陸部隊も最新装備に更新しようという意図が窺われる。
以上のように、北方領土のロシア軍には今後、一定の戦闘能力向上が見込まれる。また、「ミストラル」配備によって極東における上陸作戦能力が高まることも確かであろう。
揚陸艦だけが最新鋭、その他はすべて旧式のまま!
ただし、それも程度問題ではある。前述のように、北方領土の兵力は今後とも3500人規模にとどまる見込みであり、装備近代化も地上部隊の装備更新(それも戦車は在来型のT-80)や防空システムの近代化程度にとどまる。
一方、戦闘機や爆撃機、戦術弾道ミサイルといった攻撃的兵器の配備ついては国防相も参謀本部も言及していない。
海上兵力に関して言えば、揚陸艦だけが最新鋭になっても、それを護衛すべき艦艇は軒並み旧式化している。
太平洋艦隊では水上戦闘艦や潜水艦の更新がほぼ20年にわたって途絶えており、しかも主力であった2隻の原子力巡洋艦は退役してしまった。
そのうえ、太平洋艦隊向けに建造されている新型艦は、今のところ警備艦とミサイル艇それぞれ1隻のみであり、当面は旧式艦が主力とならざるを得ない状況だ。
ロシアの太平洋艦隊に比べれば近代的な戦力を持つ自衛隊!
これに対して自衛隊は、6隻のイージス艦を含む48隻の大型護衛艦と16隻の通常動力型潜水艦(艦齢16年以内)を擁するほか、空対艦ミサイルを4本搭載する「F-2」支援戦闘機や88式地対艦ミサイル連隊によって飽和攻撃を行う能力を持つ。
さらに北海道には陸上自衛隊のほぼ3分の1に当たる4個師団・旅団が配備されており、そのうち1個は機甲師団である第7師団だ。
ロシア軍が極東でよほど極端な軍拡に打って出ない限り、軍事的な抑止力は十分に保たれていると言える。
ロシア側としても、北方領土問題で日本とことを構える意図は薄いと思われる。
そもそも、これまで2線級部隊しか配備されていなかったことからしても、ロシア側が北方領土問題に軍事的切迫性を感じてこなかったことは明らかである。
ロシアの口車に乗って損をするのは日本!
また、昨年、9年ぶりに改訂された「軍事ドクトリン」では、「ロシアへの領土要求」という項目のランクが大幅に引き下げられている。
従って、ロシアが北方領土の軍事力近代化によって何かを達成しようとしているとすれば、それは政治的性格を帯びたものと考えられる。
それが何であるにせよ、北方領土問題を政治・軍事的にショウアップするのが狙いである以上、2~3の新兵器配備をセンセーショナルに騒ぎ立てることはロシアを利する結果しかもたらさないだろう。
常に注意は払いつつ、しかし冷静にロシア軍の動向を見極めていく必要がある。
羅先特別市
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中国、モンゴルも注目する日本海側の要衝!
2010.05.17(Mon)JBプレス 秋山小太郎
2010年5月3日朝。北朝鮮の最高指導者・金正日(キム・ジョンイル)労働党総書記を乗せた特別列車が鴨緑江(アムノッカン)に架かる橋を渡り、2006年1月以来4年ぶりとなる中国訪問が実現した。総書記が最初に訪ねたのが、中国東北部の貿易港・大連。北東アジア情勢に通じた者であれば、そこで頭に浮かんだのは「今回の訪中のポイントは羅先(ラソン)」(韓国の北朝鮮研究者)という考えであろう。
国境の開発促進、中朝で足並み揃える!
羅先。以前は「羅津(ラジン)・先鋒(ソンボン)」と呼ばれたこの都市は、中国、ロシアとの国境に近い北朝鮮北東部に位置する。羅津港は冬でも凍らない「不凍港」で、日本海側の交通の要衝と言える地だ。
北朝鮮は1991年、羅津・先鋒を最初の自由経済貿易都市に指定し、いよいよ改革・開放に舵を切るのかと注目を集めた。しかし、香港資本のホテルなどが進出したものの、法制度をはじめ外国企業が投資に踏み出す条件が整備されず、開発は進展しないまま。様々な計画が浮かんでは消え、大きな進展がないまま20年近い時間が過ぎ去った。
風向きが変わったのは2009年の末頃からだ。国営メディアの朝鮮中央通信は12月16日、金総書記が羅先の水産品加工工場などを視察し、「対外貿易発展のためには輸出計画を正しく立案し」なければならないなどと直々に指示したと報じた。続いて2010年1月、羅先を「特別市」とする一方、外資誘致を主導する国家開発銀行を設立するなど、動きを活発化させた。
金総書記が今回、大連を訪れたのは、大連を羅先のモデルと意識していることを示す狙いがあるのは明白だ。
5月5~6日に北京で開かれた中朝首脳会談では、「経済・貿易分野で協力を深めたい」と呼び掛けた胡錦濤国家主席に、金総書記が「中国企業の朝鮮への投資を歓迎する」と応じ、この問題で息の合ったところを見せた。温家宝・中国首相も「国境地域でインフラ建設を加速する」と言明。羅先をめぐり、港湾施設の拡充や、中国国境からの道路網整備が進むとの期待が高まっている。
中国・東北3省開発の物流拠点に!
ところで、北朝鮮の経済開発でここ数年、目立っていたのは韓国に近い名勝地・金剛山(クムガンサン)と軍事境界線付近の古都・開城(ケソン)だ。前者は観光開発、後者は大規模工業団地の造成で、いずれも韓国企業が絡む。
ただ、李明博(イ・ミョンバク)大統領就任後は南北関係が冷却化し、両事業とも停滞している。金剛山では4月、朝鮮戦争で離れ離れになった「離散家族」を再会させる交流事業のために造られた面会所など韓国政府が所有する施設が「没収」され、職員も退去した。「開城でも早晩、強硬措置を取る可能性がある」(元韓国政府高官)との観測が根強い。
羅先と金剛山、開城の状況を対比すると、北朝鮮は経済開発の軸足を羅先に移したと考えて差し支えない。
中国政府にとって、上海や広州といった中南部の沿海地域に比べて発展が遅れた遼寧・吉林・黒竜江の東北3省の経済開発は急務だ。その際、東北3省の石炭や穀物を搬出し、工業用原材料や部品を3省の工場に持ち込むための輸送路の構築が、ポイントになる。
現在、輸送ルートの要になっているのが大連だが、吉林省の省都で東北部を代表する工業都市でもある長春から大連まで、鉄道で700キロメートル。一方、長春から羅先までは単純に直線で結べば400キロ程度だ。長春よりも日本海寄りの延辺朝鮮族自治州、ロシア国境に近い黒竜江省などで考えれば、羅先の地理的優位は明らかだ。
中国が羅先に着目する理由は、中南部への物資・食料の搬出拠点と位置付けているからと考えてよい。経済成長に伴い、中南部の石炭・鉱物資源の需要は一段と増加するのは確実で、小麦など穀物の消費量も伸びる。東北3省から海上ルートでそれらを運ぶのが、中国側の思惑だろう。羅先の開発が前回、話題になった2005年に、中国・浙江省の企業グループも参画を計画していたことも、そうした見方を裏付ける。
気になるのは、大連に本社を置く企業グループが2008年、羅津港の埠頭の一部について10年間の独占使用権を獲得したとされる話だ。
日本メディアは金総書記訪中報道の中で「大連は北東アジア有数の貿易港」と褒めそやしたが、めざとい中国のビジネスマンは、羅先が発展すれば先々、大連の地盤沈下もあり得ると踏んでいるのではあるまいか。大連の企業が羅先に投資するのは「保険」の意味があるのかもしれない。
現在の北東アジアの安全保障環境からは考えづらいが、羅先が将来、日本にとっても重要拠点になる可能性は否定できない。数年前になるが、朝鮮半島情勢に詳しい消息筋から「トヨタ自動車の長春の工場に日本から部品を運ぶにも、大連より羅先を使う方が早い」と指摘されたことがある。日本の大手商社関係者が「大連は港の施設利用料が高い」とこぼすのを耳にした経験もあるだけに、日本も中長期的な視点から羅先の存在意義を考える必要があると確信する。
朝青龍も羅先開発に参戦?
「朝青龍が平壌に行っていた」──。モンゴルからの訪朝団に、元横綱朝青龍のドルゴルスレン・ダグワドルジ氏が含まれていたことが、朝鮮中央通信が4月22日に配信した写真で明らかになり、日本の大相撲関係者だけでなく各界に軽い衝撃が走った。
モンゴル政府と羅先は今回、経済協力覚書を締結しており、「朝青龍の関係する企業も、羅先事業に出てくるのだろう」(日本政府筋)とみられる。
モンゴルの石炭や鉱物資源、ウランに各国の関心が集まるが、「モンゴルは内陸国だし、輸送ルートが確保できないとビジネスの対象にならない」(大手商社資源部門担当者)。そのため、日本海への拠点として羅先の権益獲得に動いたのが、今回の訪朝の理由だ。
モンゴルは歴史的に中国を脅威と感じる一方、北朝鮮との関係は悪くない。その点からも、羅先に着目することに違和感はない。
また、不凍港を戦略的に重視するロシアも、羅津港の埠頭の使用権を得たとされる。国際的な物流拠点に成長する可能性を秘める羅先をめぐって、周辺諸国がさまざまな布石を打っている。
翻って日本は、日本人拉致問題や核・ミサイル開発を理由に対北経済制裁を行い、北朝鮮に関しては「思考停止状態」(日朝関係筋)。羅先に限らないが、朝鮮半島情勢が急転し、気がついてみたら日本だけが取り残されていたということにならないよう、今のうちから「頭の体操」は進めておくべきだ。北朝鮮の事情に通じた日本人の中には、そう考える者が少なくない。
延辺朝鮮族自治州
加藤嘉一・中朝国境をゆく(2)
2011.02.16(Wed)JBプレス 加藤嘉一
俺たちは北朝鮮に食わせてもらってるんだ。向こうとの貿易がなければ、俺たち丹東市民の生活は成り立たない」
国境越しに北朝鮮を眺め、物足りなくなってきた!
日頃から中朝間を合法的に往復し、両国貿易関係を推し進める丹東商人が筆者に語った。北朝鮮と隣接する国境都市丹東市。中国の対北朝鮮貿易の80%以上がここを通過する。
筆者も丹東に赴いたことがある。国境のシンボルとなっている鴨緑江の対岸を一日中ぼんやりと眺めていると、たまに北朝鮮の車が通っていたり人の影が見えたりして、感激させられた。
何しろ日朝間には国交がないわけで、たとえどれだけ限られていたとしても、北朝鮮を目の前で体験できるのは中国留学の醍醐味だと、漠然と思っていた。
何度か足を運ぶうちに、正直、物足りなくなってきた。あくまでも河ひとつ挟んでいるため、こちら側とあちら側の間には距離感がある。
現地の漁民にお願いして、北朝鮮の領土まで30メートルのあたりまでは接近したことがあるが、どうもパッとしない。あちら側の生活感が窺えない。
国境が奏でる真の国際関係!
観覧車らしきもの、運転中止になっていると思われる工場、軽トラック、人影の無い道路、くらいしか見えない。
丹東が中朝間における合法的な貿易拠点になっている、という点も筆者にはお役所的過ぎる、建前に過ぎるように感じられた。
「中朝っていったら脱北に密輸だろ」
みたいな、こちらも漠然とした認識が筆者の脳裏にはあった。国境があるようでないような、政治関係とか経済統計などに左右されない、近くで遠い国境が奏でる真の国際関係を考えたい。自分が全く知らない、神秘的な北朝鮮を肌で感じてみたい。
2009年6月、初めて吉林省延辺朝鮮族自治州へと飛んだ。
中国にいる朝鮮族は192万人!
昼頃、延吉空港に着陸。小さな空港だ、薄汚い感じすら受けた。空気は北京とは違う、暑くも寒くもない。
正規のタクシーが見つからなかったため、白タクに乗り込んだ。運転手の普通語が怪しい。イントネーションが微妙だ。聞いてみると、やっぱり朝鮮族だった。
2000年度の第5回全国人口調査によると、中国全土で朝鮮族は192万3842人。
2008年度末の段階で、最も朝鮮族人口の多い延辺朝鮮族自治州の戸籍登録済み人口は218.7万人、そのうち、朝鮮族が80.6万人である。延辺総人口の36.8%を占める計算になる。
違法行為で食っている運転手は一般道を時速120キロでぶっ飛ばした。市内までは10分で行けた。交渉時間は約1分、運賃は25元(約300円)でディールが成立した。
北京で食べるより格段に美味しい朝鮮冷麺
あたりを見回すと、やはりハングル標識が多い。ほぼすべての建物が漢字とハングル両文字表記になっている。
丹東と比べても朝鮮族への配慮が徹底されている。丹東の人口は243万人、そのうち朝鮮族は2万人強、1%前後しか占めない。
昼食には朝鮮冷麺を10元(130円)で食べた。北京で食べるより格段に美味しい。店内は朝鮮語が飛び交っていた。お勘定を済ませ、店を出る。何だか異国の地へ来た気分に襲われた。
車で図們江(Túmenjiāng, トゥーメンチャン)へ向かう。中朝国境の長白山に源を発し、中国、北朝鮮、ロシアの国境地帯を東へ流れ日本海に注ぐ。全長約500キロの国際河川だ。中朝国境の境界線を成す河でもある。
中、小高い山になっているところに、北朝鮮から脱北してきた人間を放り込んでおく収容所を見つけた。中国領土内で公安に捕まった脱北者はここで拷問を受ける。
北朝鮮に気を使う超大国・中国!
中国にいる間に何をしたのか、誰と一緒にいたのか、どこに住んでいたのか。一般的には10日、犯罪を犯していれば2カ月くらい続く。その後、北朝鮮に強制送還される。
現地住民の話によると、今から10年以上前、延吉市内では至る所に脱北者を見ることができた。明らかに栄養失調、痩せていて、ボロボロの服を着ているから一目瞭然だったという。
2003年以降、中国政府は北朝鮮側の「要求」に従い、積極的に脱北者を捕まえては強制送還してきた。大国中国が小国北朝鮮のお国事情に迎合しているということだ。
これが何を意味するか。国際連合などが主張する国際人道主義という視点に立てば、北朝鮮国内で飢え死に寸前という困難に直面していた脱北者を捕まえ、拷問した挙句、圧政の環境に強制送還することは、どう頭をひねっても良心と正義に反する。
中国は国連安全保障理事会の常任理事国である。
中朝関係が良好だからこそ強制送還する!
現地の公安の人間に話を聞いた。
「脱北者を捕まえることは人道主義に反する。それは当然だ。俺たちも女性や子供は極力見逃してあげるようにはしている」
「一般的に、中朝関係が政治的に良好な時は、やっぱり北の事情を汲み取って強制送還するしかない。関係が悪化すれば、向こうに圧力をかける意味でも送還はしない。逮捕も少なくなる」
なるほど、脱北者を捕まえるか否かは、中朝関係という政治問題とリンクしているのだ。
江沿いを走る。ついに防川に着いた。中国、北朝鮮、ロシア3国の国境が交わる不思議な場所である。その日は曇りで、霧も濃かったため、海は見えなかった。風景も朦朧としていた。でも国境の匂いがする。少し肌寒い、気温は摂氏5度くらいだろうか。
「5分でいい、国境のど真ん中に立たせてくれ!」
国境警備隊が注意深く筆者の方を監視していた。銃を持ち武装した警察だった。20歳くらいだろうか。
筆者が近づき、北朝鮮により近いエリアに向かって歩いていこうとすると、それまで微動だにしなかった先方の体が動いた。筆者の右肩を力強く掴み締め、言った。
「こんにちは。申し訳ないが、ここから先は入れない。お引き取りください」
どうしてもあちら側を体験してみたかった筆者に引く理由はなかった。
「せっかくここまで来たんだ。5分でいいから国境のど真ん中にいさせてください。何ならあなたが横で付き添っていてもいい」
「一歩でもここを越えたらあなたの大脳に向かって発砲する」
礼儀正しい若い軍人(武装警察は軍隊の役割も果たす)は、冷徹な瞳で筆者を睨みつけ、言った。
「もう1回だけ言います。お引き取りください。仮に一歩でもここを越えれば、私は無条件に、あなたの大脳に向かって迷わず発砲します」
筆者は10秒間相手を睨みつけた。「ここ」を越えた人間に発砲することがルールになっているのか、それとも、この若い軍人の単独行動なのかを判断するためだ。どうやら前者らしい。
「申し訳なかった。貴組織の事情を把握できていなかった。許してほしい。君、名前は?」
握手を求めて手を差し出したが、無視された。
防川から国境の河に沿って、キャンプのベースにしていた延吉市に戻る。夕方になり、もうすぐ日が暮れそうだ。あたりはシーンと静まり、物音すらしなかった。
犬かオオカミか分からない野良犬に遭遇!
350キロ走った。途中、60年前の朝鮮戦争でアメリカ軍の砲弾に遭遇して以来そのままになっている「断橋」が目に入った。車を止めて、橋の方向へと歩いていく。一段と寒くなったみたいだ。気温は摂氏0度くらいか。
突然、2匹のどでかい白黒の犬が現れ、筆者に向かって吠えてきた。中国では犬は野良犬が基本で、首輪もついていなければ飼い主もいない。目の前に現れた犬は間違いなく野生そのものだ。
それに、姿を見る限り、オオカミのようだ。耳が立ち、口吻と歯が尖っている。逃げれば確実に追いつかれ、咬まれる。高校時代駅伝選手で、ラストスパートに少しばかり自信があったくらいでは、おそらく相手にならない。
どうしよう。下手をすれば食われてしまうかもしれない。人生の土壇場なのか。筆者は深呼吸した。息を止めるのではなく、静かに吸って、吐いた。
そして、語りかけるように、手を差し伸べるように、笑顔を2匹の“オオカミ”に届けた。1分間くらいだろうか。お互いに見つめ合い、その場の空気を共有した。2匹は次第に下がり、山の方へと走っていった。
夕暮れ、国境に警備の軍人はいなかった!
助かった。脇には汗が滲み出ていた。
慎重に「断橋」の方へと歩を進める。日が沈みそうだ。あたりには国境警備隊もいない。こちら側には人影すらない。あちら側が近い。10メートルくらいか。
仮に自分に世界記録を達成できるほどの走り幅跳び能力があれば、国境をジャンプで越えて、北朝鮮サイドに着陸できるかもしれない。そんなリアリティーのないことを考えていた。
向こう側に中年のおじさんが見えた。歌を歌っている。なかなかいいメロディーだ。こちら側から手を振る。「おーい!」と腹の底から大声で叫ぶと、手を振って返してくれた。
何だか心がつながった気がした。河はまだ凍っていた。あちら側からこちら側には、簡単に来られてしまう。少なくとも筆者があの場所にいた1時間くらいの間は、中朝両サイドに軍人はいなかった。
「仮に自分が中国から北朝鮮に脱出したら、何が起こるんだろう」
歴史的背景に富んだ、近くて遠すぎる中朝の国境を前に、そんな途方もないことを妄想させられた。
餓死寸前の北朝鮮人に食料を分け与え続けている1人の老人!
帰り際、2匹の“オオカミ”に遭遇したあたりで1人の老人に出会った。朝鮮族のキムさんという人だ。彼に最近の脱北者の行き来や、国境事情を聞いてみる。
「2004年くらいからかなあ。北朝鮮の同胞たちは本当に食べるものがなくなってしまったよ。みんな飢え死に寸前なんだ。今年はいつもより早く、3月の段階で食料がなくなってしまったそうだ。みんなこちら側に、食料を求めてやって来るよ」
筆者は質問した。
「それで、食料を与えるんですか? その交流に対して、両国の当局からは何も言われないんですか?」
キムさんの表情が一瞬引き締まったのを、筆者は見逃さなかった。
「朝鮮戦争で300万人の朝鮮人が死んだ。少なくない数字だよ。1998年から2003年の間、モノが食えなくて死んだ人間も300万人だ」
月給の1.5倍の罰金を払っても食料を与え続ける!
筆者は考え込んでしまった。この60年間、北朝鮮という国は、姓がこのおじさんと同じキムという統治者たちは何をしていたのだろうか。人類社会の進歩が、北朝鮮の餓死者たちを救うことはできないのだろうか。
「キムさんは食料をずっと与えてきたんですね。偉大だと思います。心より敬意を表します。でも、当局からの監視が気になったりしないんですか?」
キムさんは筆者の両目を直視して、でも口元からは緩やかに声がこぼれた。
「仮に警察に北からの同胞に食料を与えている瞬間を目撃されたら、罰金を払わなければならない。1回につき3000元くらいだよ。これまで同胞のために数十万元、たくさんのお金を党に奪われたね」
キムさんの月収は2000元くらいだという。そろそろ定年を迎える頃だろうか。キムさんのうつろな目が、筆者の心に突き刺さった。
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