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2011.01.13(Thu)JBプレス 谷口智彦

 今年フランスニコラ・サルコジ大統領は男を上げたがっている。さしずめ今週ワシントンでバラク・オバマ米大統領と会ったのが、これから続くだろう長いキャンペーンの始まりだった。

サルコジ氏の敵はIMF専務理事?


来年2012年は大統領選挙イヤー(自分自身の)だというのに、人気は低迷したままだ。

 ライバルとして、国際通貨基金IMF)で専務理事を務めるドミニク・ストロスカーン氏が立候補するかもしれない。報道による限り、現職有利とは言えないらしい。

 それが動機の一半を占めるのか否か、あまり勘繰ってはいけないけれど、男の上げ方をサルコジ氏はほかならぬIMF大改革を進めることで狙おうとしている。

 そこには国内政治的含意があると見ておいて不自然にならないだろう。

G8・G20議長の幸運!

 加えて国際通貨体制の変革に向け先鞭をつけるほか、経済思想に、氏が好みそうな見出しを付すならコペルニクス的転回すらもたらそうとしている。「脱・GDP信仰」の勧奨である。

 それもこれも、今年フランスがG8・G20で議長国、氏は自ら議長となる好機幸運をとらえてのこと、内外に大政治家ぶりを印象づけ得るまたとない機会と踏んでのことだ。

 とこのくらいは、想像のみに依拠して断定したところで非常識にはなるまい。想像ついで、サルコジ氏のアタマにあるだろう思惑を思い描いてみる。

The Westの凋落を食い止める!

 なにしろリーマン危機以来、The Westすなわち19世紀以来文明の名をほしいままにしてきた西欧各国は凋落の憂き目にある。世人みな、パワーの中心はもはや太平洋と中国インドに移ったと言い募る。

 いまいましくも右下に落ちる欧州とフランスの影響力曲線を、自分の力で食い止め、反転させられはしないだろうか。

 この際は北京と語らい、その力を我が物として、危機の真因をもたらしたグローバルな資金の偏在を正し、ドルの過剰流動性がとめどなく放散する事態に待ったをかけることだ。

IMFの監視監督機能を強め、その特別引き出し権(SDR)を真の国際通貨とする路線を自らの手で敷くことだろう。

 なにせIMFは代々欧州が、とりわけフランスが専務理事のポストを掌握してきた機関であるからして、北京の手綱などIMFが舞台なら我が手に握れぬはずはない。

経済測る尺度自体を変えてしまう?

成功したとしよう、そのあかつき自分は、米国にドル紙幣を意のまま刷らせぬ仕組みを呑ませるという、かのド・ゴール将軍の願望を実現できる。

 大西洋でフランスの威光を輝かせたその足は、北京という馬のあぶみにしっかりかかっている――とそうなれば、サルコジの光は東方にも輝くではないか。

 パリがその指導力で北京の後塵を拝すなど、本来あってはならない。世間の尺度が成長率といういわば微分のプリズムばかりを使いたがるから北京が上等に見える。あるいはデリーなどが。

 正しい尺度とは蓄積すなわち積分値であり、社会資本や芸術資本のストックであってそのもたらす個人の自由であるはずなのだから、各国比較の指標を根こそぎ変えたらいい。

 「GDP信仰」からの脱却こそ必要なのであって、これをもたらした日には、自分は西側世界中興の祖になれる。いや、ならなくてはならない。

ドル離れの具体策を準備中とか!

 「ドル一極依存からの脱却」を、こんな次第でサルコジ氏は1月10日、オバマ氏と会った折持ち出したと信じられている(本当のところはまだ不明)。

 IMF元専務理事でサルコジ氏との関係が良いミシェル・カムドシュ氏ら十数人のエコノミストを集め、具体策を練らせている。今後は何度かパリで国際セミナーを開き、情宣これ努めていくともいうが、最初のお手合わせでオバマ氏が耳を傾けた気配は見えてこない。

いずれ出てくる具体策にしろ、奇策ではあり得ない。中国人民銀行総裁・周小川氏がつとに明らかにした線、あるいはノーベル経済学賞学者ジョゼフ・スティグリッツ氏が推奨するライン、つまりSDR通貨バスケットに人民元を入れるなりしたうえ、各国通貨当局にだぶつくドル準備をこれに置き換えていくべしというものだろう。

米国に共鳴板現れる意外!

具体策にもう一歩踏み込みたいところだが、決定版と呼べるプランはまだ出ていない。

 それより米国から新手の動きが見え始めた。サルコジ氏とその周辺にとってすら意想外だったに違いないが、それが前回本コラムで触れた金再評価というワイルド・カードだ。

 党派的には共和党右派からキリスト教原理主義、それらと重なり合うティーパーティー運動・リバタリアンに散見、次第に析出されつつある経済思想によると、放恣に流れる人間の行為は、人智を超える神性を帯びた何物かによって制約されなくてはならない。

 その何物かこそがゴールドであって、その線で、極めて曖昧模糊とし抽象的ではあれ「金本位制」復帰を説き政治宣伝に乗り出しているのが、例えばプリンストン大学法倫理学教授のロバート・P・ジョージ氏が始めた「アメリカの原則プロジェクト(APP)」であり、来年の大統領選を睨んだそのブログ・サイト「金本位制2012」だ。

グリーンスパンも金回帰か!

 1982年ニューヨーク州知事選挙に出てマリオ・クオモ氏に僅差の敗北を喫したルイス・ルー・レーマン氏が1972年以来率いるレーマン・インスティテュートはもう1つの確信的金本位集団であって、人脈的にはAPPと重なる。

 最近、根っから金を重んじる実務家兼学者の大物がインドにもいた(S.S. Tarapore氏)ことを知ったけれど、かのアラン・グリーンスパン連邦準備制度理事会議長すら最近「法定貨幣の将来は金に行くしかない(Fiat money has no place to go but gold.)」と発言したと、地元紙(ニューヨーク・サン)に報道があった。

 米国に散らばるこれら勢力・人士の影響力がどこまで伸びるかあるいは伸びないか。インドほか世界に散在する同じ傾きの人々が連れて力を伸ばすかどうか。常識的には、疑いながら慎重に見るということになろう。筆者もそれをスタンスとしたい。

伝説の仏エコノミスト、復活!

 まことに面白いのは、レーマン氏にしろAPPにしろ、米国で金復権を唱える人々がいま一様に、あるフランス人経済学者を思い出し、泉下から祭壇に引き上げつつあることだ。

 パリはエッフェル塔のたもと、名前を冠した広場(Place Jacques Rueff)があるから、日本人観光客も知らずにその物故学者の名に親しんでいる。――ジャック・リュエフ。

 今回、決定的証拠に行き当たることができなかったけれど(ご存知の方にお教えを請いたい)、サルコジ氏が最も尊敬する経済学者とはリュエフだというのである。そして一部の米国人が想起しつつあるのが、まさしくこの人物だ。


リュエフは1896年に生まれ、ニクソン・ショックによって金廃貨が決まった後、金本位制復帰を唱え続けて1978年に没した。日本で言うと日銀総裁として法皇のあだ名があった一万田尚登(1893-1984)とほぼ同世代だ。

ド・ゴールの顧問、評価逆転!

 ド・ゴールこそは米国からフランスへの金現送(金の現物輸送)に踏み切り、ブレトン・ウッズ制度下の金ドル本位制に引導を渡した主役であった。その経済顧問リュエフの名とはしたがって、米国では苦々しく思われこそすれ、崇められなどしなかった。

 いま評価は逆転し、米国金復権論者の間で具眼の士として大いに尊崇を集めつつある。手っ取り早くAPPについて理解でき、リュエフ再評価の雰囲気をも知ることのできる記事があるから示しておこう(The Hindu紙2010年11月23日付投稿「Gold Standard」)。

ケインズと長年の論敵!


時宜にかなったことには、米国人学者による伝記が出たばかり。関心復活の例証だろうか。

 ジョン・メイナード・ケインズとは早くも第1次大戦後の対独賠償方針を巡って激しく争ったことが知られている(Robert Skidelsky, John Maynard Keynes: Hopes Betrayed 1883-1920, p. 397)。

 ケインジアンを悪の代名詞のごとく論じるティーパーティー派には、その論敵となれば即座によしとしたがる土壌があるかもしれない。

 フランス中央銀行副総裁の地位をヴィシー政権に剥奪され、戦後はフランス経済の再建に尽くしたリュエフは、フリードリヒ・ハイエクら政府介入を嫌う自由主義経済学者たちが始めた「モンペルラン・ソサエティ」で重きをなしたという。

リュエフの日本における知名度!

 モンペルランとハイエクといえば、日本で彼らに最も近かったのは故・田中清玄である。型破りの行動家だった清玄は生前のリュエフとパリででも会っていただろうか。関係者が集う小さな集まり「オットー会」で、ご子息にでも尋ねてみたい。

 この可能性を除くとリュエフの名を筆者が聞いたのは、大蔵省(当時)副財務官として1985年のプラザ合意に立ち会った経験を持つ近藤健彦・明星大学教授の著作を通じてだけだ。

例えば彩社刊『アジア共通通貨戦略・日本「再生」のための国際政治経済学』で同教授は、「20世紀に欧州が生んだ最大の国際通貨理論家であ〔り、〕…彼の金融理論を正確に21世紀に伝えることが、20世紀に学んだ者のひとつの使命ではないかとさえ思っている」と記す。

サルコジが作ったスティグリッツ委員会!

最後に「脱・GDP信仰」についてひとこと。

 構想はリーマン危機が起きる前、2008年当初のこと。サルコジ大統領肝煎りで「経済パフォーマンスならびに社会発展計測の方法に関する委員会」なるものが発足した。

 率いるのはジョゼフ・スティグリッツ(議長)、アマティア・セン(議長補佐)という2人のノーベル経済学賞受賞者。それにフランスでは有名な学者兼実務家のジャンポール・フィトゥスィ氏(Jean-Paul Fitoussi)がコーディネーターとしてつく。

 スタンフォード大学のケネス・アロー氏(1972年51歳でノーベル経済学賞受賞)ら有名どころを含むエコノミストが22人、メンバーとして加わる。

 米国(世界銀行など国際機関含む)から11人、英国から3人、インドから1人、それにフランスから7人という構成だ。

 委員会のホームページには、「経済指標としてのGDPが持つ限界が何か探る」ことが目的と、論争的なことが書いてある。面白い。

 アジアからはただ1人、中国人として初めて世界銀行の要職(主任エコノミスト)に就いたジャスティン・リン(林毅夫)氏を数えるのみ。本来なら、ゼロ成長経済の課題を先進的に引き受けつつある日本からこそ知的貢献があっていいところだった。

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