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DIAMOND online【第104回】 2010年9月3日 岸 博幸 [慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]

 民主党の代表選は菅vs小沢となりました。党内の権力闘争の最終決戦とも言える構図となり、メディアにはたまらない展開でしょうが、経済政策の観点からどちらが勝つのが望ましいかとなると、的を射た報道は多くないように思えます。そこで、今週はこの点について考えたいと思います。

マクロ経済運営の観点からの比較
 経済政策について菅・小沢の両者を比較する場合、二つの観点から考えることが必要ではないでしょうか。一つは経済と財政の運営のバランスが取れているかというマクロ経済運営の観点、もう一つは政策立案のプロセスが正しいかという観点です。

 まずマクロ経済運営のスタンスについて両者の主張を比べると、菅総理は経済よりも財政を重視しているように思えます。昨日の共同記者会見では、最初に「雇用が第一」と言ってはいますが、政策的には財政再建・消費税増税の方が強調されているからです。

 これは、菅総理には短期の経済運営の視点が欠如していることを示しています。財政再建は短期の経済成長に悪影響を及ぼします。デフレを解消できないまま消費税増税をすれば、デフレがさらに悪化します。つまり、菅総理のスタンスだと、少なくとも短期的には低成長とデフレの継続を覚悟しないといけなくなるのです。

 その中で雇用については、当面は政府が失業者にカネをあげて急場を凌ぎ、中長期には成長戦略に期待するというスタンスであり、経済を成長させて民間が雇用を増やすという発想には乏しいように見受けられます。

 小沢氏は短期の経済運営を重視しているように思えます。それは、2兆円規模の補正予算や公共事業などによる地方経済の活性化に言及していることからも明らかです。一方で、小沢氏の中長期の経済成長や財政再建についての方向性は、09年マニフェストの完全実施、政府のムダ削減となるようです。

つまり、まとめると、菅総理は財政規律と中長期の成長戦略を、小沢氏は短期の景気回復を重視していると言えます。

 ここで日本経済の現状を見ると、非常に厳しい局面にあります。これまでの経済無策という国内要因で景気が回復しないうちに、円高という外的要因が悪影響を及ぼしつつあるからです。特に問題は、デフレの深刻化(25兆円ものデフレ・ギャップ)と地方経済の疲弊(地方で雇用が増えていない!)です。一方、財政は30兆円ものプライマリーバランス赤字を抱えて火の車状態です。

 こうした中では、短期的には財政拡大を含め政策を総動員してデフレ克服と地方経済の活性化に取り組み、それがある程度達成できた段階で消費税増税による財政再建に取り組むのが正しいアプローチだと思います。

 そう考えると、短期的なマクロ経済運営の点では小沢氏に軍配が上がります。しかし、09年マニフェストの中身には問題が多く、それを実現するだけでは中長期の成長は無理ですし、政府のムダ削減で財政再建はできないことも考えると、小沢氏の主張には説得力に欠ける部分も多いと言わざるを得ません。

政策プロセスの観点からの比較
 それでは、政策立案のプロセスの観点からはどうでしょうか。菅総理については、上記のようなマクロ経済運営のスタンスは官僚任せの政策立案の裏返しと言わざるを得ません。財政規律を優先する姿勢は、財務省のスタンスそのものだからです。(ちなみに、ここで私はステレオタイプな財務省批判をしている訳ではありません。財務省が財政再建を重視する立場なのは当たり前。その他の立場も踏まえて政策の優先順位を判断すべきなのに、それを政治の側が出来ていないことこそが問題なのです。)

 あるメディアは菅総理の政策について“現実的”と評していましたが、それこそまさに官僚任せの結果に他なりません。かつて自民党時代の与謝野氏が“政策通”と評価されていましたが、それが「官僚の説明をよく理解する」という意味だったのと同じです。

 そして問題は、官僚任せの政策立案ではB級の政策、及第点ギリギリの政策しか作られないということです。その典型例がつい先日ありました。8月30日に政府は経済対策の骨格を発表し、日銀は金融緩和を実施しましたが、その翌日に株価は350円近くも下がり、為替も大幅に円高になりました。官僚の政策では市場を納得させることはできないのです。

 一方で、政策プロセスに関する小沢氏のスタンスは、09年マニフェストどおりの政治主導の貫徹であるように見受けられます。政治主導という方向性自体は評価すべきですが、もしそれが鳩山時代のような“間違った政治主導”を繰り返すつもりならば、それはとても評価に値しません。

 鳩山時代に明らかになったことは、官僚を排除して政策経験のない政治家だけによる独善的な政治主導が行なわれると、そこから出て来る政策は官僚任せよりもひどいC級、落第点の政策になるということです。その失敗に学んだ正しい政治主導が行なわれるのかどうかが不明なままというのは、正直危なっかしい気がします。

まとめると、政策プロセスの観点からは、菅総理は官僚任せ、小沢氏はまた間違った政治主導に回帰する危険性という、どちらも評価できない両極端の立場になっているように見受けられます。

 本来の正しい政治主導というのは、官僚の知見をうまく活用しつつ、政治の側が総合的な立場から政策の方向性を決めて、官僚が嫌がる政策でもやるべきものは強引に実行してその他の政策は官僚に任せるという、政策の取捨選択をしっかり行なうことです。

 その成功例は小泉時代に学べます。財政再建については財務省にある程度頑張らせつつ、不良債権処理や郵政民営化などについては、官僚の意向を無視して政治主導で強引に進めました。政治主導とは、そうした政策の強弱の明確化に他ならないのですが、菅総理と小沢氏の両方について、政治の意思として絶対に実現したい政策が明確でないのは、残念と言わざるを得ません。

 以上から、少なくとも経済政策に関して言えば、菅総理か小沢氏のどちらかを選ばないといけないという今の日本の立場は、非常に厳しいと感じます。

 菅総理の官僚任せの経済政策は、“失われた10年”と言われる1990年代の経済政策の失敗(マクロ経済運営を官僚に丸投げし、経済対策も官僚主導の小出しを繰り返した結果、経済は回復せず財政赤字だけが増大)を思い出します。今のタイミングでそれを繰り返したら、日本経済にとって致命傷となりかねません。一方、小沢氏の経済政策では、短期的にはある程度正しいけれど、中長期にはかなりのリスクを伴うと言わざるを得ません。

 言い換えれば、菅総理のままだと日本経済は緩やかな衰退を続け、小沢氏になったらイチかバチかの劇薬治療を始めるということです。この二つの選択肢しかないことは悲劇です。どちらが勝つにしても、その後早く政界再編が起きることを期待するしかないのでしょうか。

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