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『週刊新潮』 2010年12月16日号 櫻井よしこ 日本ルネッサンス 第440回
都市の一等地を中国政府に売る計画は、新潟市だけではなく、名古屋市でも進行中だった。しかも、売り手は財務省、日本国政府である。
売却予定地は、名古屋城近くの南向きの3万1,000平方メートルとその飛び地の2,800平方メートル、合計1万200坪を超える、都市に残された最後の超大型物件だ。国家公務員宿舎「名城住宅」と名城会館の跡地売却で、取得希望者の申請を4月15日から7月14日まで受けつけた。愛知学院大などを経営する学校法人愛知学院と名古屋中国総領事館が希望し、中国政府は南側の約1万平方メートルを希望する旨、財務局に伝えた。
そもそも、この土地を、なぜ、いま売るのか。財務省東海財務局の国有財産調整官は語る。
「公務員宿舎の移転再配置計画に基づき、古い資産は売却し新しい資産に置きかえていきます。名城住宅の入居者は平成21(2009)年4月に退去し、新しい公務員住宅、城北住宅に入居済みです」
つまり、公務員住宅を次々に建て替えるための売却かと問うと、「そうです」と、調整官は答えた。
売却基準は買い手に公共的ニーズがあるか、申請が妥当かの2点だそうだ。公共的ニーズとは社会福祉法人や学校、大学などがその範疇に入り、中国総領事館はウィーン条約の相互主義に基づき接受国、つまり受け入れ国は相手国の要望実現に協力することになっているため、これも範疇に入るとの見方だった。
しかし、相互主義といいながら、日本の在中国公館は全て賃貸である。他方中国公館は現在交渉中の名古屋と新潟を除いてすべて土地も建物も中国が取得している。
国有財産を外国政府に売却!
東京港区元麻布の中国大使館は、約3,900坪もある。教育部と商務部と、各々の宿舎は730坪の土地をはじめ都内4ヵ所もすべて中国の所有だ。札幌、大阪、福岡、長崎の総領事館も同様だ。大阪の場合は比較的小振りの3ヵ所の土地にまたがっているが、その他の土地はいずれも1,000坪から1,500坪に上る。現在、中国が画策中の新潟市と名古屋市での土地買収が実現すれば、これまでに取得した各総領事館の不動産より更に広大な5,000坪級の土地を中国は手に入れることになる。
こんなに不公平でも売るのかと問うと、調整官はこう答えた。「現在、中国側は貸しビルで業務をしています。自分の土地をもちたいという要望は理解出来ます」
一等地の宿舎に安価な家賃で住み、新宿舎を近くに作り、その経費回収を急ぎたい官僚らは、眼前のおカネの流れの収支を合わせるのに精一杯で、国土の外国政府への売却が国益に適うのかと考えることもない。
名古屋市長の河村たかし氏が語る。
「国有地払い下げの権限は国にあるんです。土地利用計画の決定権は地方自治体にありますが、国がどうしても売るといったら、最後まで反対出来んでしょう。尖閣の領海侵犯事件の後で、市の一等地を中国に渡すなど市民県民は許しませんよ。慎重のうえにも慎重にしてほしいと、民主党に申し入れ、凍結してもらいました」
9月21日まで財務大臣政務官として同件を担当した愛知選出の古本伸一郎衆議院議員は語る。
「河村市長とは随分、話し合い、彼が売却を快く思っていないことは知っています。そこで私は中国側に、市の都市計画課や議会、地域の区長ら関係者に説明し、了解を取りつけるよう注文をつけました。その件はクリアしたと、報告を受けました」
しかし、市中心部の国有財産を外国政府に売却することは地方の都市計画課が決めることではないだろう。古本氏も語る。
「確かに一出先機関が決めることではありません。従って経緯は大臣に報告し、了解を得ています」
なんと、野田佳彦財務大臣も了承済みだというのだ。但し、古本氏は同件の最終決定前に、内閣改造で政務官を離れ、後任の吉田泉氏に引き継いだ。その間に中国が尖閣の領海侵犯事件を起こし、蛮行の限りを尽したことで、河村氏は、民主党に、土地売却の凍結を申し入れた。新財務大臣政務官の吉田氏が説明した。
「9月21日に政務官に就任し、古本氏から受けた引き継ぎで、私は土地売却は凍結すべきだと理解しました。6月に、日本側から中国側に、売却出来るのは南向きの3万1,000平方メートルの区画の北側と飛び地だと伝えています。中国側はこの案に乗って来ず、8月に、3万1,000平方メートルの区画の北側だけでなく南側も買いたいと言ってきました。以来、彼らとのやりとりはないのです。9月27日の政務三役会議で同件を野田大臣に報告し、当面見合わせることにしました。現在、この件は、事実上、外務省の判断待ちです」
外務省では副大臣の伴野豊氏が担当だ。氏に問うと、生憎、取材に応じる時間がいまはとれず、翌週に回答するとのことだった。
首相を続けたい私益の心!
一体、名古屋の土地の中国への売却話はどうなるのか。現時点の状況を直接の担当者、前出の国有財産調整官に問うた。
「凍結はされていません。審査中です。結論はいつかはわかりませんが、早いに越したことはありません」
新宿舎建設の資金回収のため、相手構わず早期に国有地を売ることを望んでいるともとれる回答だ。一方、政治主導を掲げる民主党は、一部の政治家が中国への土地売却の深刻な負の影響を懸念しながらも、売却中止を決断できずにいる。
超党派の領土議連事務局長を務める衆議院議員、松原仁氏が憤る。
「国有地売却については、2つの理由から慎重にならざるを得ません。第一は、中国は経済大国で先進国入りしたともいえますが、他方、あの国には言論の自由もない。国際的規範も守らない。我々とは全く異なる価値観を持つ国に土地を売るのは極めて慎重であるべきです。
第二の理由として、国有財産売却の是非を問うべきです。売るにしても、景気低迷の中での安価な時価で売ることは許されません」
水源と森林を守るための2本の法案を、国会会期末に上程した自民党参議院議員の山谷えり子氏も指摘した。
「こうした大事な法案の審議を全く行わず、菅さんは早々と国会を閉じました。菅政権に水資源や森林法どころか、都市部の土地売却について何らかの指針を打ち出す気があるのか、全く見えてきません」
菅直人首相は、10月15日、参院予算委員会で、外国による土地取得の規制について「是非勉強して考え方をまとめてみたい」と述べた。だが、その法案の審議さえせず、国会を閉じ、いま、選りに選って、社民党と組み、数合わせに走る。政策も戦略もない。あるのは首相を続けたい私益の心だけだ。
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