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対潜哨戒機
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%93%A8%E6%88%92%E6%A9%9F

まもなく登場する固定翼哨戒機「P-1」は世界最高性能!

2010.11.12(Fri)JBプレス 高橋亨

 海上自衛隊の固定翼哨戒機「P3-C」は、現在、ソマリア沖海賊対処行動に派遣されており、海自搭乗員の誠実な働きぶりと相まってその有用性は国際的にも高く評価されている。

来年実戦配備される予定の次期固定翼哨戒機「P-1」!

 もちろん、このP-3Cが我が国周辺における本来の海上防衛力としても重要な存在となっていることは言うまでもない。

 防衛省では、このP-3Cの耐用命数が近づき、減勢が始まることから後継機の研究開発を行なっており、現在は開発の最終段階に当たる試験評価が行なわれている。

 後継機は、2機が試作機として製造され、「XP-1」と呼称されているが、平成23(2011)年度末に試験評価を終えた暁には「P-1」として第一線部隊に配備される予定となっている。

 本稿では、海自における固定翼対潜哨戒機の変遷、その中でも最もエポックメイキングなP-3C導入の経緯と意義、その後継機の国内開発の背景、そして最後に、次世代を背負うことになるP-1への期待と課題について述べてみたい。

1 海自固定翼対潜哨戒機の変遷!

題に入る前に海自における固定翼対潜哨戒機の主力機の変遷について概観したい。

 海自における歴史は、米海軍から譲与された艦上機「TBM(アベンジャー)」に始まる。その後、「S2F-1」、「PV-2」、「P2V-7」、「P-2J」、「P-3C」へと進み、そして現在試験中のP-1へと変遷してきた。

 この中で、多発機(4発エンジン搭載)の嚆矢となったのがP2V-7であるが、海自の草創期の昭和30(1955)年から40(1965)年にかけて16機が米国から供与(貸与)され、その後、ライセンス国産された42機が各部隊に配備された。

 それに続くP-2Jは、このP2V-7をベースにして我が国で改造開発したもので昭和40(1965)年から53(1978)年にかけて83機が製造された。

 当初、P-2Jは国産による本格的な対潜哨戒機「PX-L」までのつなぎとして、60機程度が製造される計画であったが、PX-L計画が立ち消えになったため、後継機が取得されるまでの間、83機という多数の製造が続いた。


それぞれの機は、当時、主たる任務が対潜水艦戦であったことから対潜哨戒機と呼ばれ、この時代の主力機として我が国の海上防衛に極めて重要な役割を果たした。

 ただ、これらの対潜哨戒機は各種装備機器をインテグレイトした、いわゆるシステム機ではなく、搭乗員に多大の負担を強いる、いわばノンシステム機であった。

 このため、P-2Jの時代の後半には、対象潜水艦の高性能化への対応策としても、システム化を求める声が高まった。

 P-2Jの後継機選定に際し政府は、当初、国内開発の方針を採ったことから、我が国航空産業界は国内開発に強い意気込みが示した。

 しかし、防衛予算の圧縮と米国機採用の圧力を受けたことで国内開発の方針は政治判断により撤回され、昭和52(1977)年に米海軍対潜哨戒機P-3Cのライセンス生産が決定した。

 この決定には政治判断のほか、技術的見地からも、システム機の頭脳とも言うべきソフトウエアの作成が、当時の我が国の技術力では非常に困難と判断されたということもあり、それが大きな要因となったと考えられる。

 P-3Cは、01~03号機が米国から直接輸入され、米国本土で機種転換訓練を受けた海自搭乗員の手により、昭和56(1981)年12月、米国フロリダ州ジャクソンビルから海自厚木基地へフェリーされた。

 一方、これにさかのぼる昭和53(1978)年から、川崎重工業でライセンス国産初号機となる04号機の製造が開始され、爾来、今日までの間に、ライセンス生産により101機が製造された。

 加えて、P-3Cの派生機である電子情報収集機「EP-3」が5機および多用途機「UP-3C」が1機製造され、日本は世界中に16カ国あるP-3C保有国中、米国に次ぐ機数を有し、その運用能力の高さも世界で広く評価されることとなった。

 なお、平成8(1996)年以降、P-3Cの任務が対潜水艦戦のみならず対水上艦戦、地上作戦支援など幅広い分野に及ぶようになったことから対潜と言う文字が除かれ、単に「哨戒機」と呼称されることとなった。

2 P-3C導入とその意義!

 米海軍は、P2V-7の後継機として1962年に「P-3A」を就役させ、次いで同機のエンジンを性能向上させた「P-3B」を、そして1969年にはP-3A・Bとは全く異なるコンセプトの下、P-3Cをシステム機として開発した。

 そしてその以後もA-NEW計画としてP-3C近代化研究が進められ、「P-3C UPDATE-Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」として段階的に能力向上が図られた。

海自は、当時の最新型であったP-3C UPDATE-Ⅱをベースにして日本向けに要所を変更したタイプのものを導入した。

 日本が、P-3Cを導入した意義は極めて大きく、海自に対してはもちろんのこと防衛産業界も含めて以下のような強いインパクトを与えた。

(1)海自航空部隊に新たな能力と活力をもたらした!

 P-2Jの時代が長く続いたため、対象潜水艦との相対的な能力低下が生じ、ある種の閉塞感を抱いていた海自航空部隊の作戦遂行能力は一挙に数段階上のレベルに達した。

 また、システム機の導入により、システムエンジニアリングの重要性が認識され、海自航空部隊が自らの力で当該要員の育成に取り組むようになった。

 これにより、システム開発に際して、制服組が運用者としての適切な要求を明示し、かつ試験評価においても所要の役割を遂行できる態勢が構築された。このことは、今日に至るまで連綿として維持されており、海自航空部隊の実力の源となっている。

(2)後方支援面での革新がなされた!

 「ILS」(Integrated Logistics Support:総合後方支援)という概念が導入され、定着した。

 「ILS」とは、後方の諸機能を総合的に組み合わせ、ライフサイクル全般を通じて有効かつ経済的にサポートするという概念である。

 この概念に基づき、各種の後方支援計画の策定は開発の当初からスタートし、その廃棄に至るまでのライフサイクルコストの低減のため、航空機開発と一体となって平行的に実施されるものである。

 このような「ILS」が、今日の新規航空機開発における後方支援を検討する際の基本的な手法にまで定着したことは、P-3C導入の大きな成果であると言える。


(3)国内防衛産業界の技術力の向上が図られた

 P-3C導入により国内開発の機会は逸したものの、ライセンス生産を行ったことは、米海軍が長期間にわたり、膨大なマンパワーと資金を投じて研究開発した最新のテクノロジーとその背景となっている貴重なフィールドデータに接する好機となった。

 しかしながら、その一方で見逃せない大事な点がある。

 それは、ライセンス生産では、米国からリリースされない部分があり、その中身・内容が全く不明なブラックボックスが存在することから、ライセンス生産のみを永く続けることは、いずれは真の技術力の向上に対する限界を迎えることになるという点である。

 P-3C導入で、一挙に一段階のステージアップを図ることができたが、次の段階としては、これを基にして、自力による努力を傾注しなければならないということである。

3 次期固定翼哨戒機開発の必要性!

 平成7(2005)年12月15日閣議決定された中期防衛力整備計画(平成8年度~平成12年度)に「固定翼哨戒機(P-3C)の後継機に関し、検討の上、必要な措置を講ずる」という文言が記載された。

 これは、現用P-3Cが耐用命数の関係から、平成20(2008)年度以降、逐次除籍を迎えるに伴い、平成23(2011)年には「08防衛大綱」で定められた作戦所要機数80機を割り込む見込みとなったことから後継機が必要と判断されたことによる。

 その際、世界に広く現存する後継機候補となる固定翼哨戒機や開発中および今後計画されている開発予定機について比較検討が行なわれたが、我が国の国情その他を勘案し、最終的に国内開発の道が選定された。

本来、国を守るための装備品は、自国の地政学的条件、国際安全保障環境下における位置づけなどを踏まえ、国家としての防衛戦略の枠組みを定め、その中で個々の装備品の役割を求め、それを受けて研究開発に進んでいくのが本筋である。

 カナダを例に取ると、カナダは米国に隣接し極めて緊密な関係を持つ国であるが、それにもかかわらずP-3Cをそのまま導入せず、独自の戦略環境、運用構想等から「CP-140オーロラ」(P-3Cの機体にカナダ独自の対潜システムを装備)というユニークな哨戒機を開発した。

このように、防衛装備品は自国で製造し、維持整備をするのが基本であり、今回のP-3C後継機の国内開発という選択は、至当であったと考える。

 一方、開発の形態について国際的な動向を見ると、近年の軍事技術のハイテク化、装備品の高価格化が進む中、自国のみで開発を行うことが困難になっていることから、近年では、自国のみによる開発から国際共同による開発へと、明らかな転換が見られる。

 しかしながら我が国では、「武器輸出三原則」により共同開発ができないという(自制的な)制約が存在している。

 この状態を放置したままでは、世界の軍事技術分野で独り取り残されていくことは火を見るよりも明らかであり、早急に「武器輸出三原則」を見直し、国際共同開発に参画できる態勢に移行すべきである。

 P-3Cは、本来、米国が保有している戦略的インフラの枠組みの中の1ユニットとして位置づけられているもので、ほかの各種の戦略的センサーなどとの組み合わせで運用されるものである。

 つまり、戦略的センサーが探知した目標に対して攻撃武器を抱いて出撃をするという、いわば再探知攻撃ビークルとして開発されたものである。

 従って、センサーなどの能力および運用環境を十分に念頭において航空機自体の機能、性能が導き出され開発されたという経緯がある。

 我が国の次期固定翼哨戒機においても、これと同様の観点に立脚しつつ、日本独自の安全保障環境上必要な機能、性能を満たすものでなければならないことは言うまでもない。

 上記は運用上の必要性からの観点であるが、もう1つの観点として、防衛技術基盤および生産基盤の維持育成という側面について考慮しなければならない。現在運用中のP-3Cも外国からの導入機の宿命ともいうべき問題に直面している。

 それは、様々な部品が米国内で製造中止などになっていることによるもので、その影響は大きく、特に、ブラックボックスとして導入した機器については、国内での代替部品の製造という方策も取れず、極めて深刻な問題となりつつある。

国家危急の事態で運用される防衛装備品の稼動の可否を他国の事情で左右されることは本来的にあってはならないものである。

 また、高度にシステム化された航空機および搭載装備機器の製造は一朝一夕にできるものではなく、その製造技術力は、新規航空機の自力による研究開発によって、効率的にかつ着実に維持、継承されるものであるということも忘れてはならない。

 さらには、大型機の開発に関わる企業は、機体、電機および部品メーカー、中小下請まで2000数百社にも及ぶと言われ、その裾野は広い。

 このような国内航空機関連産業基盤の維持は継戦能力の確保とともに、我が国経済の活性化にも大いに寄与できるものである。ここに次期固定翼哨戒機の国内開発の大きな意義を見出すことができる。

4 P-1開発への取り組み!

(1)開発の狙い

平成13(2001)年度、次期固定翼哨戒機の開発にかかる予算が認められ開発試作が始められた。

 本開発の狙いの第1は、我が国の安全保障環境を十二分に検討して策定された運用要求の実現である。

 すなわち国内開発をするのであるから、我が国の置かれた安全保障環境に適切に対応し、警戒監視、作戦遂行に必要な機能、性能を効果的かつ効率的に備えた哨戒機とすべく開発しなければならない。

 狙いの第2は、RMA(Revolution in Military Affairs:軍事における革命)を踏まえた最新のIT技術の適用である。

 次期固定翼哨戒機が運用される年代においては、今日以上に複雑な作戦環境の下で、哨戒機と地上司令部が一体となって作戦を遂行することが不可欠である。

 このため、NCW(Network Centric Warfare)の中核となるべきビークルを玉成するという認識を持って開発がなされてきた。

このような視点での取り組みは、ITの最先端を行く米海軍とのインターオペラビリティー(相互運用性)確保のためにも重要視されてきた。

 狙いの第3は、運用環境の変化に対応できる柔軟性と拡張性を有するシステム構成にすることである。

 すなわち、当然のことながら、システム機は生き物のごとく進化させるところがその一大眼目であり、運用開始後に生じる新たな脅威に対して適時適切に対応すべく、一部または全部のアップデートをしていくことを開発時点から織り込んでおくことが必要だからである。

 狙い第4は、トータルライフサイクルコストの低減である。このため開発段階から運用、後方、教育が三位一体となってバランスの取れた無駄のない開発が行われてきた。すなわち、ILSの概念に沿った手法で開発が行われてきたと言える。

(2)開発態勢!

 今回のような大規模開発においては、官・民の開発態勢をいかにして「顔の見える形」にするかということ、すなわち、官・民の所掌範囲と責任の所在を明確化しておくことが極めて重要である。

 このような観点から見れば、官は、全般的な開発管理と試験評価に関わる事項に強力な主導性を発揮するとともにこれに厳正に対処してきたと言える。

 一方、民側の態勢については、プライム社をヘッドに関連会社をいかに連携させるかがポイントであり、今回は、機体メーカーのリーダーシップの下、一元的かつ円滑な開発作業が行われてきたと思う。

 次期固定翼哨戒機の研究開発は「我が国益を増進する一大国家プロジェクト」であり、我が国の科学・技術の総力を結集したまさにオールジャパン態勢で臨んできた。

 こうした背景には昭和47(1972)年の国産対潜哨戒機PX-Lの白紙還元という事案を通じて得られた貴重な教訓があり、また約20年前から防衛庁(現防衛省)技術研究本部を中心に取り組んできた広範囲にわたる次期固定翼哨戒機に関わる研究試作の成果があった。

 まさに、当時、P-3Cが導入されたことによって国内開発ができなかった悔しさをバネにした強い意気込みの現われでもあった。


また、本研究開発に当たっては、第51航空隊はじめ海上自衛隊の研究開発関連部隊が主体となって取り組んできたことは当然のことであるが、将来、本哨戒機を運用する第一線部隊の隊員が適宜、開発状況をモニターし、真摯にユーザーニーズの実現を追求してきたことを指摘しなければならない。

 一般に、長期間にわたる開発においては、途中でユーザーの新たな発想、いわゆる「後知恵」が出てくることが多々生起し、これらに対する処置が開発上の1つの課題となる。

 しかし今回は、比較的スムーズに推移したと言える。

 それは、開発主体側がこれらユーザーニーズの取り込みに関わるフリーズ時機を適切に決定し、ユーザー側もそれを理解しこれを是とするということが行なわれ、このことが文化として浸透している状況があったからであり、この点は特筆することができる。

 この段階で取り込めなかった要求事項は運用開始後の更新計画として明記しつつ開発がなされてきたのであるが、以上のような文化はP-3Cの導入とともに海自航空部隊が学び取り自家薬籠中のものとしたのであり、前述したP-3C導入の意義に追加すべきことでもある。

(3)日米のインターオペラビリティー(相互運用性)の確保

 米海軍は、P-3Cの後継機として民間機「B-737」をベースとした「P-8Aポセイドン」を開発している。双方の後継機開発に際しては、日米のインターオペラビリティーを確保することが公式文書で合意されている。

 2002年(平成14年)3月のP-1機体設計と同時に、日米のインターオペラビリティーを確保するため、両国による「P-3C後継機の電子機器に関する共同研究」が開始され、2005年(平成17年)3月まで続けられた。

この研究成果はP-1と米海軍のP-3C後継機P-8Aにも反映され、これまでと同等の日米共同作戦を行うことができるよう配慮された。 

 正式な共同研究終了後も各種会議等の場で開発担当者間の緊密な調整が継続され今日に至っている。

 日米でP-3Cが運用される間は、同じ機体・搭載電子機器、同じ運用法であったことから、それを共通の基盤として緊密な連携と信頼関係を保持できた。

 しかし、次期固定翼哨戒機の時代においては、センサーなど個々の機器の整合性の保持を追求するのではなく、NCW環境下での情報の共有化や情報の質の維持、すなわち共同作戦に必須なコモンピクチャーの共有などオペレーショナルなレベルでのインターオペラビリティーの確保を重視することが必要と考えられている。

5 P-1への期待と課題
(1)P-1への期待

 平成12(2000)年12月、「P-X(海自次期哨戒機)」と「C-X(空自次期輸送機)」の同時試作」予算が政府原案として認められた。

 その日は、昭和56(1981)年12月、真新しい日の丸を付けたP-3C3機が海自厚木基地に着陸した日からちょうど20年の歳月が流れていた。

 この日は、筆者がP-3C導入基幹要員として米国で訓練中、思い描いていたことが、まさに現実となった日となった。筆者は、平成8(1996)年、防衛庁海上幕僚監部勤務時、「次期哨戒機開発検討委員会」の立ち上げおよび正式な次期哨戒機構想研究に関与した。

 同年秋には米国へ渡り、初めて公式の場で海自の次期固定翼哨戒機に関する計画を発表した。その席上、米海軍からもP-3C後継機の計画が明らかにされた。

 我々は、真剣かつ誠心誠意、海自の計画を説明し、彼らの計画にも理解を示した。それまで海自の動向に強い関心を示しながらも、口火を切らない海自に、ある種の懐疑心を抱いていた米海軍が、この日を契機に胸襟を開き、以後、円滑な調整が可能となった。

 そして、次の年にもさらなる詳細な討議を重ね、両国が異なる哨戒機を保有することになっても、日米インターオペラビリティーは必ず保持するという固い合意がなされた。

 P-3Cの導入およびこれまでの共同作戦を通じて築き上げた両国の良好な関係は、いかなることがあっても消滅させてはならないとの双方の強い思いによるものであった。

 こうして、それ以降も、心配していた米国国務省・商務省などからの横槍も入らず国内開発までたどり着くことができた。

 このようにして、開発を開始してから既に10年が経過しようとしている。現在、厚木基地で行われている試験も佳境を迎え、このまま順調に行けば平成23(2011)年度末には第一線部隊へ配備され、徐々に除籍が進むP-3Cに置き換えられていくことになる。

 P-3C100機体制(08防衛大綱で80機体制に変更)から、性能向上が図られたP-1は、現時点では作戦哨戒機4個隊65機体制の整備が計画されている。

 ジェット化によって、P-3Cの弱点でもあった速度、飛行高度、ペイロードが大きく改善され、柔軟かつ効果的な運用が可能となり、我が国の先端技術を注入し、その機能、性能を格段に向上させた搭載装備機器と併せて、作戦遂行能力をさらに高めることとなった。

 これらにより、我が国本土周辺海上防衛および海上交通路防衛、ならびに平時からの警戒監視また、長期化が予想されるソマリア沖海賊対処など各種国際平和協力活動や大規模災害派遣、更には弾道ミサイル防衛など多方面での一層の活躍が期待される。

(2)P-1装備計画に関わる課題

 P-1装備計画は、先にも述べたように哨戒機4個隊65機体制整備を目標に、これまでに「17中期防」で4機(平成20年予算で4機、平成21年度予算では0機)および22年度予算で1機の計5機が予算化された。

 P-1の製造には4年を要することから、量産型初号機は平成23(2011)年度末に部隊配備が開始され、5機目は平成25(2013)年度末になる。

 現在、平成23年度予算として3機が概算要求中である。一方、現用のP-3Cは23年度から減勢数がP-1の増機よりも先行してしまうことから、23年度予算では1機の延命措置が要求されている。

 しかしながら、このような延命によるP-3Cの減勢管理が行われても平成35(2023)年頃にはP-3C80機の全機減勢が予測されており、現在のペースでは明らかに対応しきれない状況となるため、これに対する長期的な整備構想が必要である。

 すなわち、P-3C減勢の穴を埋め、P-1によって所要の哨戒能力を維持するためには年間4~6機程度の予算取得ペースを確保することが必要であり、このためには次期中期防(平成23年度から27年度)では20機以上の整備が必要となろう。

 防衛技術開発力は、我が国安全保障上の抑止力とも言えるものであるから、P-1を誕生させた我が国の防衛技術開発力を維持、発展させるという面からも上記のペースが必要不可欠である。

 このことは、現下の財政事情及び防衛予算を鑑みた時、かなり厳しいものであることは十分認識している。

 しかし、2010年代の安全保障環境、特に中国の海軍力とりわけ潜水艦戦力の目覚しい増強ぶりに対応するため、また、開発に際してそこに結集された我が国の科学技術の粋を我が国力として蓄積保持する意義を踏まえれば、P-1の増備を図り、新戦力として早期に部隊配備することが必要不可欠である。

 本年末にも決定されると言われている防衛計画の大綱および次期中期防には、是非ともP-1装備の重要性を踏まえた適正な整備機数の明記が強く望まれるところである。

おわりに
 固定翼哨戒機の国内開発は海上自衛隊航空部隊および日本の航空産業界の長年の夢であり希望であった。周辺関連技術の調査研究および研究試作を含めると約20年にも及ぶ期間を要してP-1は開発されてきた。

 P-1は新規に設計された機体にこれも新規設計のターボファンエンジンを4発装備し、さらには、搭載するアビオニクスもこれまでのノウハウと最新の技術を織り込んだものにするという、まさに国家の英知を結集した、他に類例のない哨戒機である。

 P-1は、これまで長年培ってきた多くの優秀な搭乗員の手によって、我が国周辺海域における海上防衛の任を十二分に果たすことはもとより、日米共同による様々な作戦活動等、あるいは国際的な諸活動へも柔軟かつ適切に対応することができる。

 特に、昨今の中国海軍の目覚しい台頭、とりわけ中国海軍潜水艦隊の著しい増勢は、我が国および同盟国たる米国の安全保障上の喫緊の課題となっているが、その課題の解となるのがP-1哨戒機部隊であると言えよう。

 かつて、冷戦時代にあの強大なソビエト極東艦隊潜水艦部隊に、日米共同の主体となって対峙し、甚大なものではなかったものの、ついにはソ連崩壊に至らしめるその一端を担ったのは、ほかでもない1項で紹介したP-2J哨戒機部隊とP-3C哨戒機部隊であったと言われている。

 さらに時代を遡って、大東亜戦争末期の我が国の情勢を想起すれば、東シナ海を含む日本周辺海域は、今まさに、当時、米国の潜水艦による通商破壊戦によってもたらされたあの過酷な情勢の再来を迎えようとしているのではないだろうか。

我が国の生存と繁栄が、いつに海上交通路の確保にかかっていることは論を待たず、現に今脅かされ始めた海洋の安全を真剣に考えなければならない瀬戸際に我々は立っていると言えよう。

 我が国では、現在、財政が逼迫し国内にも様々な問題が山積していることは十分に理解しているが、今ここで優先して取り組むべきは我が国周辺海域に迫り来る安全保障の問題ではないかと考える。

 国家予算の適正な「選択と集中」が必要であり、とりわけP-1哨戒機部隊の整備促進が望まれる。

参考文献
1「世界の艦船」 2008.10 NO.696
2「軍事研究」  2010.1
3「誰も語らなかった防衛産業」 桜林 美佐 並木書房
4「防衛通信 新聞版」2010.9.1 第12656号
5「WING」紙 2002.5.29 週刊 2282号

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2010年11月11日 asahi.com

清津川(十日町市)の水を発電に使った後、魚野川(南魚沼市)へ流す東京電力湯沢発電所の水利権をめぐり、十日町市が水の返還を求めている問題で、泉田裕彦知事と関口芳史・十日町市長、井口一郎・南魚沼市長は10日、魚野川流域の水の確保を前提に、清津川の水量を増やすという内容の協定書に調印した。水の確保をめぐって長年綱引きが続いた分水問題は、解決に向けて一歩踏み出した。(大内奏、服部誠一)

   ◇

 協定書は、
(1)魚野川流域の水資源を確保するため、県と南魚沼市で年内中に枠組みをつくる
(2)暫定措置として、清津川への試験放流の増量を検討する――ことが柱。
1923(大正12)年に湯沢発電所が稼働して以来続いている分水のあり方について、問題解決を図るうえでの初の合意文書となった。

 調印後、泉田知事は「協定は県政史の重要な一コマ」としたうえで、コメ作りや冬の消雪用に水を必要とする南魚沼市側、清津峡の自然環境回復などを訴える十日町市側双方の事情について「宿題を負った」との認識を示した。

 今年末が期限となる湯沢発電所の水利権の審査は、両市の対立により県の意見照会の段階でストップしていた。調印を受け、県は10日、国土交通省北陸地方整備局に「水利権更新に同意する」と回答。同局は水利権を許可した。来年1月1日からの新たな水利権について、東電は今月中にも更新を申請する。

   ◇

 協定が結ばれ、清津川と魚野川の水をめぐる議論は二つになった。一つは、分水問題そのものの抜本的解決策について。もう一つは、湯沢発電所の来年1月1日からの水利権更新に合わせて、当面、清津川への試験放流量をどの程度増やすかだ。


 抜本的解決策は、県と南魚沼市が、河川、農業、漁業各分野の専門家らをメンバーとした委員会を年内中に立ち上げる。委員会では、魚野川の水が減ったときの流域への影響を調べ、清津川の水にできるだけ頼らない方策を探る。ダムやため池の新設を含めて検討し、議論は長期化し、難航も予想される。井口市長は「5年や10年で片付くとは思っていない」と話す。


 また、来年からの試験放流量は、県と両市が東電を交えて話し合う。12月中旬以降に開かれる「清津川・魚野川流域水環境検討協議会」で話し合われる見通しだ。だが、今よりどの程度増量するか、その数値は、両市の間で隔たりがあるうえ、10日付の協定書に付された覚書には「抜本策が実現するまでは、試験放流量は原則見直ししない」と表記されている。このため、「暫定」とはいえ、今後10年単位での清津川の流量が決まることにもなり、協議が行き詰まる恐れもある。

   ◇

清津川の分水問題 1923(大正12)年に運転を始めた東京電力湯沢発電所は、清津川から取った水で発電し、その水を魚野川に流してきた。取水量は最大毎秒6・121トン。2002年ごろから、生活用水の不足や清津峡の景観への悪影響を心配する十日町市側で「水返還」を求める運動が強まり、農業用水として使ってきた南魚沼市側との対立が深まった。05年7月からは毎秒最低0・334トン~1・056トンを清津川に戻す試験放流が始まったが、十日町市側は全量返還を基本に放流量を増やすよう求めている。


「清津川へ放流増」で県と2市調印へ 湯沢発電所水利権!

2010年10月30日 asahi.com

清津川(十日町市)の水を発電に使った後、魚野川(南魚沼市)へ流す東京電力湯沢発電所(湯沢町)の水利権をめぐって、下流の両市が対立している問題で、十日町市の関口芳史市長と南魚沼市の井口一郎市長は29日までに、清津川へ放流する水を増量することで合意した。

 この問題をめぐっては、来月上旬にも、泉田裕彦知事と両市長による2回目の三者会談が開かれる。この席で3氏は、
(1)魚野川流域の水資源を確保する抜本策に向けて、県と南魚沼市で委員会をつくる
(2)抜本策ができるまでの暫定措置として、清津川への試験放流の増量を検討する。南魚沼地域に支障のない範囲とする――ことについて、協定書に調印する見通しだ。

 現在の試験放流は、清津川の渇水対策のために5年前から実施されている。清津川から最大で毎秒6.121トン取水し、季節によって毎秒0.334~1.078トンを戻すというもの。十日町市内で28日に開かれた「清津川・魚野川流域水環境検討協議会」は、清津川の河川環境に「効果があった」と結論づけた。

 今後はこの数字をベースにして、清津川への増量をさらに検討することになるが、十日町市側が「検討協に提案した毎秒1.68~2.94トンの常時放流をたたき台にしたい」としているのに対し、南魚沼市側は「清津川への放流は、年平均で毎秒1トン未満に収めたい」としている。増量する数値については、なお曲折が予想される。

 湯沢発電所の水利権は、今年末で期限が切れるが、県による地元意見照会の段階でストップしており、いまだ許可が下りていない。東電は来年1月1日からの水利権について、現在の試験放流の内容通りに、11月中に国土交通省北陸地方整備局へ申請する。期間は20年間。県と両市の議論の行方によっては、流量の変更はあり得るとしている。(服部誠一)

圧縮比向上でガソリンエンジンの燃費を15%向上!

2010.11.09(Tue)JBプレス 両角岳彦

前回は、マツダの「圧縮比14」という、マツダの「常識破り」のディーゼルエンジンがいかにして実現されたかを解説した。

 そこにもう1つ、機械製品としての重要なポイントを追記しておこう。

 圧縮比が高いこれまでのディーゼルエンジンだと、グッと狭く押し縮められた燃焼室の中に燃料を噴き込んで一気に燃やす。その瞬間、急激な圧力の上昇が生ずるため、それに耐えるために構造を頑丈にしなければならない。

 だが、今回のマツダの新ディーゼルエンジンは圧縮比を下げたことで、その圧力急上昇も押さえられる。つまり骨格や運動部品を必要以上に頑丈にしなくてもいい。すなわち軽くできる。シリンダーブロックはアルミ合金が使えるし(普通は鋳鉄)、ピストンやクランクシャフトはコンパクトに軽くできた。

 燃焼のピークが「ガツン!」と出ないことも合わせて、きれいに回るエンジンになるはずである。

燃焼コントロールで世界基準の厳しい排ガス規制をクリア
 さらにこのディーゼルエンジンがすごいのは、今日、世界的にものすごく厳しくなっている排出ガス規制に、最小限の後処理システムだけで対応できる、ということ。

 世界中の乗用車と商用車のメーカーが、特に窒素酸化物(NOx)処理のために専用の触媒を付加せざるを得ないと判断している。その1つである「NOx吸蔵触媒」は、捕えたNOxを分解するために余分な燃料を燃やないまま排気側に流し出す必要があるし、燃料の中に硫黄分がわずかに混じっているだけでも浄化性能が一気に劣化する。

 「選択反応型触媒(SCR)」は排気の中に尿素を吹き込むことでアンモニアを作り、それでNOxを分解する。尿素水(商品名:AdBlue)を使う手法が主流になりつつあるが、クルマにはそれを積むタンクと調量噴射システムなどを載せる必要があり、もちろん燃料とは別に尿素水を供給するインフラも要る。

 マツダの新しいディーゼルエンジンは、そうした複雑な、あるいはデメリットも多い「後処理システム」を使わず、EGR(排出ガス再循環)を含めた燃焼のコントロールだけで、世界で最も厳しいアメリカの「Tier2-Bin5」規制にも、ヨーロッパの次期ターゲットである「Euro6」規制にも対応できる、という。

 もし本当にそうなのであれば(既に認証段階に入っているので『本当』なのだが)、世界の内燃機関開発者にとっては「常識の壁」が壊されたことになる。

 さらに酸化触媒とDPF(ディーゼル・パーティキュレート・フィルター)を組み合わせた基本的な排気浄化システムの中に使う触媒物質(白金)の量も大幅に減らせるという。NOx後処理の簡素化と合わせて、排気対策のためのコストは、それこそ劇的に削減できるはずである。

開発責任者であるマツダの人見光男さんは、「そのコスト削減分でターボチャージャー(過給機)を2つ付けて、出力と応答性を高めることができました」と笑っていた。とはいえ、最新の乗用車用ディーゼルエンジンとしては、ターボチャージャーを2機装着するのは「常識」である。

ガソリンエンジンの圧縮比「14」は常識外れの高さ!

 マツダが新たに開発したガソリンエンジンの方は、フォルクスワーゲンを筆頭に欧州勢が進めている「ダウンサイジング」の方向とは少し趣が異なる。

ダウンサイジングとは、エンジン本体の、特に排気量を小さくすることで、メカニズムが動き、摺動することで失われるエネルギーを減らし、力の方は過給して空気をたくさん入れることで十分なものを出す、という方向である。マツダは、もちろんこの「機械損失」を減らすことも様々に考え、手を打ってはいるのだが。

 目標としては、エンジン単体での燃料消費を15%改善すること。ちなみにメディア諸氏が唯一その記憶に止めた「コンパクトカーで1リッターあたり30キロメートルの燃費」は、10-15モードの「お受験燃費」の話に過ぎない。特にガソリンエンジンの場合は、現実の走行で本当に燃費の良いクルマができるかどうかは、エンジン単体だけでなく、人間の運転操作への反応などまで様々な要素を最適化することにかかってくる。

 ガソリンエンジンの燃費改善、言い換えれば熱効率改善の鍵もまた、圧縮比にある。最近の定石では「10」前後の圧縮比を「14」まで高めたのである。

 同じ「圧縮比14」でも、ディーゼルエンジンにおいては「低い」のに対して、ガソリンエンジンにおいては「高い」。

 F1などの競技専用エンジンで、使われ方も、燃料も、そして耐久性も、様々な条件がそろった時には14ぐらいの圧縮比を使ってはいるが、市販車では「異常」と言えるほどの高圧縮比である。

排気系レイアウトの改良でノッキングを回避!

 圧縮比を高めた時に心配になるのはまず「異常着火」、もう少し正確に言うなら「早期自己着火」、つまり火花による点火よりも早く勝手に火がついて、一気に燃え広がってしまう現象である。いわゆる「ノッキング」だが、低速で無理な負荷をかけた時に「カリカリ」と音を立てるものとはちょっと違う。そもそもそうした低速ノッキングは、今のエンジンではもう起こらない。その始まりを検出するセンサーを付けて点火時期などを細かく制御しているからだ。

しかし、強い力を作っている時に異常着火が起こると、ガソリンエンジンとしては致命的なことにもなりかねない。

ガソリンエンジンの燃焼プロセスはディーゼルエンジンとは別のものである。空気と燃料をあらかじめ混合して、それがうまく混ざり合ったところでスパークプラグで火花を飛ばし、そこから火炎を一気に全体に燃え広がらせる(ディーゼルエンジンは、圧縮して高温になった空気の中に軽油を噴射して、それが気化しつつ着火してゆく)。つまり、「予混合・火花着火・火炎伝播」がガソリンエンジンの基本原理である。

 ここで火花を飛ばす前に混合気の着火、燃焼が起こり、シリンダーとピストンが作る空隙の中の圧力が急上昇すると、エンジン本体が壊れてしまう。自動車競技で時おり発生する「エンジンブロー」の原因の1つでもある。

 だから、まず、この異常着火を起こす「因子」を分析し、それらが重なり合わないようにすればいいはずではないか。

 ノッキングを回避するだけならば、そこで火を着けるタイミングを遅らせれば何とかなる。しかし、そうやって燃やすタイミングを、ピストンが下がり始めた後になるぐらいまでずらすと、エンジンが出す力は落ちる。しかも、その「力が出ない」ゾーンが、日常的に使う低中速領域に現れてしまう。この辺りをあれこれやってみて、世の中のガソリンエンジンの圧縮比は10前後に落ち着いているのである。

 ならば、その重要な運転領域で高い圧縮比のままノッキングを起こさずに「うまく燃える」のにはどうしたらいいのか。

 結局、マツダの技術陣は、ここも原理原則に戻って、燃えた後のガスをきれいに吐き出し、新しい空気に入れ替えるのがうまくいくように、排気管の長さとレイアウトを煮詰めている。

 現在はガソリンエンジンでも、排気浄化のために、触媒を思い切りエンジン排気出口に近づけるのが「定石」。始動直後に、触媒が冷えて「活性化」していない状態で、HC(炭化水素)がそのまま外に出てしまうかどうかが、米国主導の排気規制強化の中で「(電気自動車に電力を供給する)火力発電所なみ」の排出ガスレベルを達成するポイントになっているからだ。

 だが、触媒をエンジン排気出口に近付けることは、シリンダーから燃焼ガスを「引き出し」、新しい空気を引き込むという点から見れば、むしろ効率の悪い形になっていた。

 それならば始動直後に早く触媒を暖めることさえできれば、排気系を理想的なレイアウトにできる。燃焼室の微妙な形も、圧縮比を高め、小さくなった燃焼室から燃え広がるプロセスに焦点を絞って考え、実験を重ねた結果だ。

ディーゼルエンジンとガソリンエンジンの圧縮比がともに「14」になったことについて、前出の人見さんは「その辺りがいいのでは・・・、という(技術者としての)感覚があって、14という切りのいいところで決めた。ガソリンとディーゼルが同じ数字になったのは、それぞれ別々にやった結果だけど、でも、『そうなるといいかな』という思いがなかったわけでもないかな」と笑っていた。

新型エンジンの基本的な発想を提唱していた1人の技術者
 ここまで語ってきたマツダの新エンジンにおける基本コンセプト、つまり、「ディーゼルエンジンもガソリンエンジンも圧縮比14」「鍵は膨張比にある」「排気系のレイアウト改良」などは、実はずいぶん前から1人の技術者によって提唱されてきたものだ。

 かつてはいすゞ自動車でディーゼルエンジンの設計と開発に携わった技術者であり、その後は今はなき「モーターファン」誌で「究極のエンジンを求めて」と題した「毒舌エンジン評論」を連載していた、故・兼坂弘さん(1923~2004年)がずっと言い続けていたことである。さらに「排気量半分・出力4倍」の「ダウンサイジング」も。

 兼坂さんが「発明」した「ミラーサイクル」エンジンは、彼自身のコンサルティングを発端に、マツダが世界で初めて実用エンジンにまでまとめあげ、「ユーノス800」に搭載して世に送り出した。これは、吸気バルブを閉じるタイミングを選ぶことで、実際にシリンダーの中でピストンが気体を圧縮するプロセスを短くする、つまり実効圧縮比を小さくして、機構的な圧縮比の全てを「膨張比」として利用する、というもの。吸気バルブを早く閉じる、あるいは遅く閉じることだけで、「圧縮比」と「膨張比」が「非対称」にできる、という、コロンブスの卵のような発想である。

 トヨタ自動車がハイブリッド車のガソリンエンジンに使っている「アトキンソンサイクル」は「兼坂=ミラーサイクル」とまったく同じものであって、ただ、基本となる熱サイクルの発明者として誰の名前を冠しているかの違いでしかない。この「ミラーサイクル」の導入例は他にも広がってきている。

 その兼坂さんの「布教活動」に反応し、兼坂=ミラーサイクルを現実に「ユーノス800」に積むV型6気筒の形にまで作り上げたコアメンバーの1人が人見さんだった。技術を生み出す発想とそのエネルギー、そこに醸成される知見等々は人から人へと受け継がれてゆくものなのである。

 そして私も兼坂さんには「お前みたいな人間を『半可通』と言うんだ!」と何度となく罵倒されつつ、実に多くのことを教えられた。だから今回の「内燃機関の改良」の内容も、「なるほどね」と表面だけではあるけれども咀嚼することができたのである。

 その内容が、そして「技術というものの面白さ」が、十分に伝えられたかどうか。そこは読み手の皆さんに判断していただくしかないのだが、でも、「マツダの株価が跳ね上がって当然」な内容が詰め込まれていることは、ご理解いただけたのではないかと思う。

マツダ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%84%E3%83%80

常識破りの低圧縮比「14」はなぜ実現できたのか!

2010.11.02(Tue)JBプレス 両角岳彦

10月20日、マツダが「次世代技術説明会」を開催し、その取材結果を反映したニュースが20日夕方頃から新聞、テレビなどにチラホラと現れた。

 けれども、いずれも「マツダがガソリンエンジンだけでハイブリッドと同等の燃費、リッター30キロメートルを達成したコンパクトカーを来春発売」というだけのものでしかなかった。

 残念ながら、新聞やテレビの多くの記者諸氏、アナリストの皆さんには、ほとんどがチンプンカンプンな話だったに違いない。本来なら、この説明会の翌日、マツダの株価が跳ね上がっても不思議ではないほどの重要な「鍵」がいくつも提示されていたのだが・・・。

 マツダの人々が何とか「分かりやすく」しようと苦労を重ねた2時間あまりの説明と、現物の展示を見聞きした中で、彼らが理解したのは「ハイブリッドじゃなくてもリッター30キロメートル」だけだった、ということだ。

電気自動車、ハイブリッドだけが「明日の技術」なのではない
 ここでも以前から何度か書いてきているように「電動化」だけが自動車とその社会の手にする、あるいは手にすべき「明日の技術」ではないし、それだけで日本の自動車産業が「世界に対するアドバンテージを保つことができる」わけでもない。

 逆に「エネルギーと動力源の多様化」に向かうこれからの時代、狭い一分野だけが「明日」だと思い込むことは、日本の自動車と産業が世界の潮流の一隅に押しやられる状況を生みかねない。技術立国・日本の明日をミスリードしないためにも、大新聞やテレビ、経済界の人々に幅広くその認識が浸透することが望まれるのだが、それはまだまだ難しいようである。

 しばらく前、NHKの夜のニュース番組で司会者が自動車メーカー首脳に向かって「今どき内燃機関ですかぁ。遅れてますねぇ」などと放言し、しかもその首脳(技術系ではない)も「そうですねぇ。まずはハイブリッドで」などと迎合し、ちゃんと説き聞かせることができないまま番組は進んでしまった。こうしたあれこれを見るにつけ、日本の危機はむしろ深まる一方なのかもしれない、と感じてしまうのである。

 少し専門的なところまで踏み込む話になるが、ここで一度、今回のマツダの「次世代技術説明会」の内容を紹介しておくことにしよう。

 その基本的な考え方は、実は2009年6月にマツダが「環境技術説明会」を行った時にすでに説明されている。この時も某経済紙が「マツダもハイブリッドへ」と、まったくトンチンカンな内容を1面に掲載して、マツダの人々も失笑するしかない、という事態が演じられた。それもあって今回、マツダのプレゼンテーターは「ハイブリッドでなくても・・・」と記事にしやすいフレーズを説明の中に入れ、記者の何人かが反応した、ということでもある。

世界の流れと一致するマツダのシナリオ!

 マツダが描く基本シナリオに話を戻す。それは世界の自動車産業界、技術界の主たる組織、人々が考え、動いている方向と一致するものだ。

すなわち、「自動車を走らせる原動機の『電動化』はもちろん必要であり、1つの方向性ではあるけれども、それで全ての自動車を置換できるわけではない」

 「今後10年(かそれ以上)を俯瞰してみても、純電気動力(電池と電動モーター)で走るクルマが実用品として市場に受け入れられるのは、特定の使用状況に対応した場だけであり、市場シェアとしては1%程度か、日本のような特殊な市場でも1桁台にとどまる(とどまらないと別の様々な歪みが生まれる)」

 「もちろん電気を使って走り、運動エネルギーを電気で(発電して)回収する手法は、様々に導入されて、燃費の改善は進む。だが、それらの主たる動力源はこれまでどおり『内燃機関』であり続ける。ハイブリッド動力といえども、もちろん、まず内燃機関があって、それを電動システムが補助する仕掛けなのであって、内燃機関の大幅な進化が今求められている」

 極めて妥当で、そして「健全な」思考である。

 その論理的必然として導き出されたのが「ガソリンエンジンの燃費20%以上向上」「ディーゼルエンジンの進化とコストダウン」である。

 そして、そこで得られた動力を車両に伝える駆動機構の改良、および、これまで以上の強靱さ、特に衝突安全能力を実現した上での車体骨格の大幅な軽量化。さらに自動車の本質である「走り」の資質を高めつつ、やはり軽く作れる足回り。

 これらの技術開発を同時進行させることで、二十数%の燃費改善を達成しつつ、自動車として求められる他の機能、資質も高めようというのである。

 このアプローチだと、内燃機関を含めた基本技術を全ての機種に展開してゆくことで、製品全体の燃費を、すなわちCO2排出量を2割以上減らすことができる。もちろん資源やコストの負荷を増やすことなく、である。

 しかし、同じことを全て電気自動車(EV)に頼るとすれば、発電のためのエネルギーをどこから得るかを全て無視して、市場の2割以上を純EVにする以外にない。また、ハイブリッド動力だけに頼るとすれば、市場の半分かそれ以上をハイブリッド車にする必要がある。ただし、この論議はいわゆる「モード試験」の受験結果に頼ったものでしかなく、現実の社会で燃料消費が確実に減るかどうかは不確定なものでしかない。

もろちんEVもハイブリッド車も、前回のこのコラムで検討したレアアース問題を含めて、資源やエネルギーの調達を含めた新たな困難が数多く存在し、それを越えてゆかない限り、世界には通用しない。日本というガラパゴス化した市場でも、この先は相当によく考えて取り組まないといけない状況にある。

全ての土台となる根幹技術のリニューアルに取り組むマツダ!

 こうした健全な論理に基づくマツダの「次世代技術」について、私なりにそのレベルを判定すると次のようになる。

 まず「ディーゼルエンジン」は世界の実用技術先端に到達。

ガソリンエンジン」は世界の趨勢に、技術としてはほぼ肩を並べた。

 駆動機構、つまり「トランスミッション」(いわゆるオートマチックトランスミッションとマニュアルトランスミッションの両方)と「車体骨格」は、先行する欧州勢の現状に何とか追いついた、というレベル。細部設計の緻密さ、実車への適合と応用、さらに次のステージに向けての開発、本当の意味での「次世代」への取り組みなどは、ライバルたちが間違いなく先行している。

 そして「足回り」については既存品の小改良であって、欧州現行普及品と同等。私としては弱点も目につき、「日本車の中の横比較においては一歩前進」に止まる。

 付け加えるならマツダの弱点は、こうした要素技術を現実のクルマの資質としてまとめ上げるプロセス全体の知見やノウハウが「浅い」ことである。そうした知的作業の集合体である現実の製品を、世界最良のレベルにまとめ上げることができるかというと、まだまだ「不安なし」とは言えない。

 例えば、モード燃費(お受験)と並行して、リアルワールドでの燃料消費をどう削減するか、そのためにはまず「人間」がクルマをどう操るのか、という部分を掘り下げるのは、今、日本の自動車メーカーと日本の自動車技術界全体が極めて不得手にしている領域である。

 マツダもその例外ではない。一部メーカーのように、「燃費といえばリアルワールドではなくお受験燃費のこと」というほどに偏った思考に陥っていないのはいいけれども、ならばどうするか、という部分の思考と知見はかなり浅く、机上論にとどまる。

 もちろん実車に触れてみないとその結果は確かめられない。けれども、今回の発表の中でも言葉の端々に、これまでの現実の理解が足りないマツダ流が表れていた。でも、そこを掘り下げるのは、頭を切り換えるだけでよく、全ての土台となる根幹技術を作り直したことの価値が下がるわけではない。

だから、記者やアナリストたちがマツダの「次世代技術説明会」の大筋だけでも読み解けていたならば、翌日、ただちに株価が跳ね上がるぐらいの話だった、と私は思う。

内燃機関の効率改善のカギは「圧縮比」!

 特に「内燃機関」に関しては、これまでの常識をそのまま鵜呑みにして部分的改良を積み重ねるアプローチを採らなかったことがエラい。

 燃料を空気と混ぜて燃やし、そのエネルギー(熱とともに一気に高まるガスの圧力)でピストンを押し下げ、クランクを回転させて「力」として取り出す。その原理原則に戻って、「今、無駄なことをしているのはどこか」「それを本来あるべき形にするにはどうすればいいか」を考えた。

このアプローチだと、「それは無理だよ」という壁が、それも「常識の壁」が様々に現れるのだが、「影響を与える因子」の一つひとつについて見直し、考える、というプロセスを踏んで、殻を破る方向へと踏み出した。

 その取り組みが最も良い形で現れているのが、先ほど「世界の実用技術先端に到達」と書いたディーゼルエンジンなのである。

 その鍵を握るポイントの1つは「圧縮比」。

 これまでのディーゼルエンジンは圧縮比が「20」前後だった。これに対してマツダの新ディーゼルエンジンは「14」という低い圧縮比で設計されている。

 ピストンが一番下まで下がった状態(下死点)から一気に上昇してクランク運動の頂点(上死点)に至る。この瞬間、ピストンが一番下まで下がっていた圧縮開始時の何分の1まで空間が縮まったか、これを圧縮比という。

 ディーゼルエンジンはこの圧縮比の数値が大きい。なぜか。気体を圧縮すると温度が上がる。ギュッと押し縮めて体積が小さくなり、温度が上がった空気の中に、さらに高い圧力で燃料を噴き込む。すると微細な液滴がみるみる気化し、それを取り巻く周囲の高温によって着火して燃える。「圧縮着火・拡散燃焼」という原理である。

 つまり、ピストンが最上位置まで一気に空気を圧縮したところで十分な温度になっていないと「火がつきにくい」。だから圧縮比は高くしておく。これが常識。

 しかし、もっと細かく状況を分析すると、着火から燃焼のプロセスを安定させるために圧縮比を高めて、空気の温度を高める必要に迫られるのは、エンジン全体がまだ冷えている状態だけ。特に最近は、「コモンレール方」式という、高圧にした燃料を、どんなタイミングで、どれだけ噴射するかを精密機械系と電子制御で細かく制御するシステムが実用化されたことが、ディーゼルエンジンの急速かつ大幅な進化を引き出している。

 その結果、エンジンの中がまだ暖まりきっていない状態でも、うまく気化するような燃料の微粒化もできるようになった。始動から暖機の間、燃焼を安定させるための熱源に使うグロープラグという発熱体の能力や信頼性も今はずいぶん良くなっている。


さらにマツダの開発者は、この暖機の間、燃焼を終わって吐き出される熱いガスを、次に空気を吸い込む瞬間にちょっと逆流させて、シリンダー内の空気の温度を高める「技」も加えた。

 吸気行程の中で、本来なら閉じている排気バルブを一瞬リフトさせるので「排気2段カム」という。もちろん通常運転に入ったら、このカムの動きが伝わらないようにバルブ駆動メカニズムを切り換える。

 そうした技術を組み合わせて始動直後もちゃんと火がつくのであれば、無理して圧縮比を高くする必要はない、というわけだ。

 圧縮比が高いと、当然、燃焼室の容積は小さくなる。この狭い空間の中に燃料を噴き込んで一気に燃やすと、急激に温度と圧力が上がる。それに耐え得るようにエンジンも頑丈に作らなければいけなくなる。

 さらに、高温と高圧が重なった中で、空気中の窒素と酸素が化学結合してできるのが「窒素酸化物(NOx)」。ディーゼルエンジンが排出する大気汚染物質とされるのはほかに一酸化炭素(CO)と炭化水素(HC)、そして粒子状物質(パーティキュレート・マター=PM)があるが、その中でも無害化、つまり化学結合を切り離すことが難しいのが、このNOx。

 他の物質は酸素と反応させて(酸化)、無害化することができる。つまり酸化触媒やパーティキュレートフィルターで処理できる。圧縮比を下げれば、そのNOxの生成も抑制できる。もちろん、現実はそんなに簡単ではないのだが。

圧縮比を下げてもなぜ熱効率が高くなるのか!

 そしてもう1つ、ディーゼルエンジンの燃費が良くなる理由、別の見方をすれば「熱効率が高くなる」理由の1つは、ぐっと小さく押し縮めたところからたくさん膨張させて、その間ずっとピストンからクランクへとガスの圧力を伝えて回すことにある。

つまり、「圧縮比が高いと熱効率は上がる」。これが常識とされてきた

 しかし、少しよく考えると、「燃焼」→「圧力発生」→「ピストンを押し下げる」というプロセス(膨張行程)で燃焼のエネルギーをどれだけ取り出せるか、が問題なのである。その前の圧縮行程でどれだけ押し縮めるか、ではなく、膨張行程をどれだけ長く取るかが問題なのだ。これを「膨張比」という。機械的に見れば「圧縮比」=「膨張比」なので「圧縮比が高い方がよい」となるだけだ。

 最近は、ディーゼルエンジンにとって排気浄化が大命題であり、特に燃焼の中でNOxが生成するのを抑えなければいけないので、力をぐっと出したいところで燃料を噴き込み、燃焼させるタイミングを遅らせるのが定石。

 ということは、燃料が燃えている時にピストンは上死点からずいぶん下がってしまっている。ということは、実際に使えている膨張行程は減っている。熱効率は落ちてしまうのである。

 そこで、圧縮比を下げて少し広い空間になった燃焼室に、最適のタイミングで燃料を噴き込んで燃やし、膨張行程の間ずっとピストンを押し下げる力を加え続けることができれば、むしろ膨張比を有効に使ったことになる。つまり、熱効率を落とさずにすむ。

 ちょっと専門的な話に入り込みかけたけれども(といっても、まだまだ「さわり」だけだが)、こうした原理原則に戻って発想を組み立てたことで、圧縮比「14」という「常識破り」のディーゼルエンジンができたのである。

激突する米、中、露、日の軍事、外交力!

2010.11.10(Wed)JBプレス 加藤嘉一

加藤さん、菅直人政権は日本の駐ロシア大使を一時召還しましたね。びっくりしましたよ。日本政府は領土問題で窮地に陥っている。このままでは国内の権力基盤だけじゃなくて、国際社会における日本のイメージも悪い方向に向かっていかざるを得ないでしょ」

 「日本人として貴国を取り巻く昨今の情勢をどう見ていますか?」

世界中の記者から寄せられた同情!

11月2日、中国だけでなく、米国、韓国、英国、フランスなど各国の北京駐在記者から同じような電話がかかってきた。共通していたのは、内容だけではない。筆者を考え込ませたのはその「同情的」とも言える口調であった。

 何はともあれ、外国のジャーナリストたちが日本の動向に注目してくれているのは、ありがたいことだ。自らをそう慰めるしか手立てはなかった。

 11月3日、広東省に出張していた筆者は、現地の中学生と交流する機会を得た。政治に話が及ぶ。中国の小中高生は、地域や学力を問わず、国際関係に大きな興味を抱く。国家の経済発展に勢いがあり、それを肌身で感じるからだろうか。

 自国民が海外の人たちからどう思われているか、という「私の国際関係」に、極度にセンセーショナルになっているからだろうか。

 講演が終わり、荷物を整理し終えた。食事の会場に向かおうかというまさにその時、見るからにシャイで、交流会でもおとなしくしていたひ弱な女の子が単刀直入に聞いてきた。

12歳の少女に本質を突かれ逃げ出したくなった!

 「加藤先生、日本の政治家は主権とか領土とかあまり気にしないんですか? 日本は海洋国家ですよね?」

 「政治家がリーダーシップを取って、国民の主権・領土に対する意識を高めること。安全保障って、そこから始まるんじゃないんですか? 日本の政治家が日頃何に忙しくしているか興味あります。教えていただけませんか?」

 言葉も出なかった。地方の一中学生にここまで本質を突かれるとは、思ってもみなかった。年齢をこっそり聞いた。12歳だった。今年26歳になる筆者は、恥ずかしくなり、その場を逃げ出したくなった。

 11月1日、ドミトリー・メドベージェフ大統領がロシアの国家元首として初めて北方領土の国後島を訪問し、視察した。中国漁船との衝突事件に続き、北東アジアにおける領土を巡る紛糾が後を絶たない。

日本のマスコミは菅直人内閣の外交を徹底批判している。昨年9月に政権を奪取して以来、民主党政権は外交におけるハンドリングに苦しみ続けている。

政府は今は何よりも挙閣一致で取り組め!

北京に戻ってきた。あの12歳の少女から菅首相へのアドバイスをお土産として持ち帰ってきた。

 「民主党政権の外交戦略は不明確、外交政策は不安定、外交戦術は不成熟、と言わざるを得ません。民主主義とか言論の自由とかいう次元を超えて、少なくとも挙閣一致で取り組まないと外交にならないと思います。それができなければ、そもそも政府じゃありません」

 尖閣諸島、北方領土、ともに戦争が歴史に残した後遺症と言える。前者は日本が、後者はロシアが、それぞれ実効支配している。中国と日本が、それぞれ「不法支配」だと、異を唱えている。

 外国人ジャーナリストから同情され、日本人として悔しくないわけがない。ここで闘志を燃やさなければ、筆者は日本人として失格だ。ただ、感情的になっても意味がない。冷静に情勢を分析し、理解する以外に、戦う術はない。

 彼らは明らかに「大使召還」を過大評価していた。事態発覚後、前原誠司外相は11月2日午後の記者会見で「どういうバックグラウンドがあったのか、事態を聞くために河野大使に一時帰国していただく」と述べている。

菅内閣がロシアに強硬に出られない3つの理由
 「ロシアは大事な国だと思っている。領土問題を解決し平和条約を結んで、日ロ間の経済面での協力を強くしていく方向性は何ら変わらない」とも付け加えている。

 外交上の「強い抗議」ではない。状況把握のため、そして、国内外に向けて、日本の対北方領土政策における最低限のスタンスを提示するための、ソフトな暫定措置であった。

 11月13日から横浜で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)にメドベージェフ大統領が出席する予定も、現段階では変更はない。両国の外交当局は、ともに「逃げ道」を残しながら、交渉に当たっている。

 菅内閣として、ロシアに対し強硬策に出られない理由は少なくとも3つある。

1つに、北方領土をロシアが実効支配しているのは客観的事実であり、日本はそもそも劣勢にあるという点。

ポスト金融時代、新たな世界の火薬庫が火を噴き始めた?

2つに、菅政権の支持率が急降下していて、その大きな原因の1つが中国漁船との衝突事件を巡る不手際であり、再び直面する「領土問題」を前に、慎重にならざるを得ないという点。

 3つ目に、ホストとして迎えるAPECを前に対外関係で墓穴を掘りたくないという点、が挙げられる。

 領土を巡る紛争は対中国、ロシアというバイラテラル(2国間)のみの問題ではない。北東アジアという「ポスト金融危機時代のバルカン」とも言える地域における、日本、ロシア、中国、そして米国間の地政学的なパワーゲームが激化したことを意味する。

 各プレーヤーの同地域における戦略、国益への執念、国際益への協調性が試されている。

 メドベージェフ大統領は漁船衝突事件を巡る日中摩擦を上手に利用した。国内選挙向けに「近日中に北方領土を必ず訪問する」と公言していた。有言実行でポイントを稼いだ。

ロシア大統領は日本を真似しただけ!

 前回中国を訪問し、胡錦濤国家主席と会談した際も、歴史問題を巡る対日政策で「阿吽(あうん)の呼吸」を戦略的に際立たせた。「あのテキストにおける『歴史』には『領土』も当然含まれている」(中国共産党関係者)。

 近未来中に日露間で北方領土を巡る双方の立場が変わる可能性はほぼない。ステータス・クオ(現状維持)が続くであろう。メドベーージェフ大統領の「歴訪」によって、ロシアの実効支配色がより強まったのは既成事実であるが。

 冷静になって考えれば、メドベージェフ大統領は日本の海上保安庁が中国の漁船船長を逮捕したのを「真似た」だけだということが分かる。

 日本の対中、ロシアの対日、ともに自らが実効支配する領土・領海の範囲内で国内法を行使し、既成事実をより一層強化したに過ぎない。もちろん、された側の中国と日本はそれぞれ独自のやり方・言い分で抗議する。外交辞令である。


知り合いの中国政府系シンクタンクの軍事専門家は、「メドベージェフ大統領の対日強硬策は中国の対尖閣諸島強硬策の影響を受けたものであり、中国は漁夫の利を得た」と議論を吹っかけてきた。

最大の受益者は太平洋のかなたの米国!

筆者は即答で「その見方には賛成できない」と異議を申し出た。前述のように、「漁船船長逮捕」と「大統領歴訪」は全く同じ性質を持つ「外交事件」である。実効支配する側が国内法を行使し、実効支配される側が苦しまぎれに抗議しているに過ぎないのだ。

 中国国内では情報統制・プロパガンダの一環として、「実効支配」という概念が全く報道されていない。メディアは「日本のやり方は非合法であり、けしからん」と、事実関係・ディテールに一切触れることなくセンセーショナルに民衆を煽るだけだ。

 中国共産党は「実効支配」という言葉が、国際世論の影響を受けて、国民の間で広まってしまうことを極度に恐れている。

 米国が最大の受益者であることに異論はないであろう。北東アジアから最も遠い場所に位置する同国は地政学的に余裕がある。

 日露、日中間の摩擦を横目で見ながら、しっかりと漁夫の利を得た。日米安保条約が同地域で機能する、地域の平和と安定に寄与するという大義名分を、特に一連の領土摩擦に臆病になっている東南アジア諸国に認識させた。

「最大の敗者は日本」と中国の軍事専門家!

 「日米中対話」まで提案している。米国は東アジアのピンチを自らのチャンスにすり替え、同地域におけるプレゼンスと支配力を確実にメンテナンスしていくのだ。台頭する中国を牽制し、中国の「核心的利益」のボトムラインを探っている。

 前述の軍事専門家は続ける。「最大の敗者は間違いなく日本だ。一連の事件で日本の国家としての国際競争力は格段に落ちた」

 筆者はあえて異議を申し立てなかった。大事なネタ元である彼との関係を維持するために、そうせざるを得なかった。

 筆者は少なくとも、日本が最大の敗者だとは見ていない。そもそも、米国が最大の勝者となったパワーゲームにおいて、その同盟国である日本が最大の敗者に陥ることは考えづらい。

漁船衝突事件が起きて以来、米国は東アジアにおける日米安保条約の有用性、実効性を幾度となく強調してきた。尖閣諸島付近で一触即発の事件が起きた場合、米国は迷うことなく日本を守るということだ。

中庸外交が求められる時代!

米国の対中国政策は、日本という極東の駒を上手く利用しながら、その台頭を封じ込める(contain)と同時に、日米中対話などマルチラテラルなプラットフォームを創出しつつ接触する(engage)、という2作法を同時に活用していく。中国が潜在的な相手である事実に変わりはない。

 特に経済・貿易関係という分野において中国と「引っ越しのできない」関係にある日本としては、米国の安全保障面での影響力をてこに使いながらも、中国との戦略的互恵関係を粘り強く促進していく必要がある。

 日米同盟の強化は歓迎すべきであるが、その代価が対中関係の悪化であってはならないということだ。

 文武両道ではないが、「米中両道」という、したたかな「中庸外交」がオールジャパンの時代には求められる。

 中国は13億のマーケットという巨大な外交カードを行使し日本に制裁を科した。と同時に、同じく「領土問題」を抱える東南アジア諸国に圧力をかけた。

中国に進出する2万5000社以上の日本企業、1000万人以上を雇用!

 メドベージェフ大統領の北方領土訪問を間接的に支持し、対領土問題強硬というスタンスを国際世論にアピールして見せた。

 ただ、残念ながらこのロジックは通用しない。理由は前述の通り、メドベージェフ大統領は日本当局が9月8日に取った漁船拿捕という国内法の真似をしただけであり、領土問題における実効支配という既成事実を助長したにすぎないからだ。

 それだけではない。中国政府の対日強硬策は決して当局者の願望を反映するものではないのだ。中国には中国の有権者がいる。世論に遠慮して、対外的に強硬策に出ざるを得ないのだ。内政と外交の関係という点では、日本も中国も変わらないのだ。

 ましてや、日中民間交流があらゆる分野で深化している時代である。2万5000社以上の日本企業が中国市場に進出し、1000万人以上の中国人労働者を雇用しているという事実を見逃してはいけない。

経済関係だけでなく、政治関係という点でも、日本は中国の内政の安定に大きな作用をもたらしてきた。

反日無罪を煽れば国益を害す!

 1978年、中国が改革開放を推し進めた当初、1989年、天安門事件直後の国際情勢という中国が一番苦しく、外部からの援助が喉から手が出るほど必要な時期に、政府開発援助(ODA)、制裁解除という形で真っ先に中国に手を差し伸べたのは、ほかでもない日本である。

 日本を仮想敵国として、「反日無罪」を煽るやり方が中国の長期的な国益に即さないことは明らかである。

 胡錦濤国家主席、そして次なるリーダーはこの内政的に最大のジレンマにどう対応していくのだろうか。

 日本としては、中国体制に内包される弱みを正確に認識し、手を差し伸べながらも、実利を取るという大きな戦略を描き、政治家のリーダーシップでそれを実行していく以外に道はない。

 今の日本には「中国強硬論」や「中国異質論」を感情的に放り出し、自らそこに溺れている余裕は、少なくともない。

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