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イスラエル、オランダ型農業で日本農業を再生せよ!
2011年1月27日(木)日経ビジネス 田村耕太郎
カロリーベースの呪縛!
日本農業を、自給率という“呪文”を唱えつつ補助金漬けにして、これ以上弱めてはならない。日本財政は間違いなく、補助金を払い続ける余裕をなくしていく。いくら補助金を出しても、農業がよくて終始トントンくらいなら、担い手が現れず、生産力も自給率も落ちていくだろう。TPP(環太平洋経済連携協定)に入ろうが入るまいが、日本農業は廃れてしまう。
日本の農業小国ぶりを訴える指標として農水省が採用しているのがカロリーベースの自給率だ。国民1人当たりの国内生産カロリーを1人当たり供給カロリーで割ったもの。
ちなみにカロリーベースで自給率を計算している国は日本だけだ。高カロリーな畜産物の自給率を、飼料穀物の自給率と掛け合わせて計算する。日本では家畜の飼料をほとんど作っていない。畜肉や鶏卵や牛乳が国産でも、エサが外国産なら、それは国産とカウントしない。よってカロリーベース自給率は40%と相当低く出る。ちなみに金額ベースの自給率(消費した農産物の金額のうち国産の金額)を見ると70%となっている。
われわれは食糧自給率を心配しなければならないのだろうか? 現実的に検討してみよう。
日本の農産物輸入元は大半が米国、豪州、タイ、カナダといった、いわゆる民主主義と市場経済を基本とする国だ。加えて、食糧は国家が国家から買っているのではなくて事業会社同士の売買である。たとえ、何か天変地異や紛争があってある国の会社から買えなくなったとしても、別の国の会社にとっては大きなビジネスチャンスとなり、売り手確保には困らないと思う。
例えば、深刻な紛争などにより国家単位で食糧のやりとりが止まるときもあるかもしれない。そんな事態となれば、まずは自給率が4%しかないエネルギーのやりとりが止まるだろう。コメも炊けなければ肉も焼けない。
食糧自給率にこだわって、外国産に比して競争力のない作物を作り続けることは、農家にとっても、それ以外の国民にとっても大きな負担である。それよりも、日本にしかできない農産物の作り方、売り方に特化して、稼げる農業をたくさん作り出し、生産力を上げていくべきだ。輸出競争力がつけば、それが安全保障の人質になる。
わが国は気候、土壌、水資源と、世界有数の農業好条件に恵まれている。日本固有の農業技術に、IT、バイオ、代替エネルギー、素材など、日本が得意とする他産業の英知も結集し、稼げる農業を実現すべきである。世界には不利な条件にもかかわらず、農業を立派な輸出産業にしている国がけっこうある。稼げる農業にしているのだ。
イスラエル:砂漠の中の農業大国!
その中でも劣悪な環境の中で、奮闘する2つの小国農業を紹介したい。まずは、砂漠の農業立国イスラエル。中東に位置し、国土の60%が乾燥地に覆われている。雨季は11月から4月までの間しかない。その降雨量は北部で平均700ミリ、南部では50ミリ以下である。ちなみに、農業県の新潟、高知、鹿児島の降雨量は1800ミリから2500ミリである。
この過酷な条件にもかかわらず食料自給率は93%以上を維持している。イスラエルの農業人口は8万人。一方日本の農業人口は400万人。現在の農業輸出高は21億ドルでほぼ同じだ。イスラエルは日本の50倍の生産性を持っていると言える。
生産性は日本の50倍、品質も世界一厳しい独基準を技術力でクリア!
降水量に乏しい乾燥地帯のイスラエル農業はすべてが施設園芸。通常、施設園芸の最大の敵は病害だ。農薬の使用は避けられない。であるにもかかわらず、イスラエル農業は病害や薬害を克服した。イスラエルが砂漠で栽培しているトマトは、イタリア産やオランダ産を抑えて、欧州で最高の品質として重用されている。残留農薬で世界一厳しいドイツの基準をクリアしている作物も多い。これはとてつもなくすごいことなのだ。その秘密は、土壌改良から温度管理まで徹底した30年にわたる研究にある。
日本の農産物の安全性は高いと思っている日本人が多い。だが、世界一の安全基準を誇るEUの基準をクリアできないものが多いのが現実だ。中でもドイツの基準をクリアできるものはわずかしかない。
イスラエルの農業生産高は過去30年で約5倍に成長。しかし、水の使用量はほとんど増えていない。これを可能にしたのが点滴灌漑という技術だ。イスラエルはこの技術を、乾燥地に覆われる中東をはじめ、中国からブラジルまで世界中に輸出している。イスラエルでは農業はハイテク産業であり、情報産業なのだ。
農業技術を対中外交のカードに利用!
イスラエルは農業技術を武器に中国との関係を強化している。中国側は「イスラエルの節水農業技術が取得できるなら何を犠牲にしてもかまわない」とまで言い切る。中国国家ファンドも、イスラエルの農業技術を中国へ移転するべく、大きな投資をしているほどだ。
イスラエルの農業技術の中核は、節水技術である。また、作物の生育をコントロールする技術でもある。中国は既に、大量の農業技術者を労働者としてイスラエル本国の農場に派遣し、技術を吸収中だ。水資源不足に悩む中国は節水技術と農産物の高品質化を習得している。
中国産のイメージ変わる?!
話題はそれるが、年間輸出額が300億ドルを超える世界最大級の農業輸出国となりつつある中国が、イスラエルの農業技術でさらなる効率向上、高品質化、安全性向上を実現したらどうなるか。日本は隣国として多大な影響をこうむるだろう。確かに日本産の農作物は美味しいが、いつまでも競争力があると思っていてはいけないと思う。日本農業の生産力と生産性を落としてしまったら、日本市場は中国産農作物に席巻されるかもしれない。
エルメスが中国製品のブランドイメージ向上に働きかけ始めたように、イスラエルの技術が、中国産農産品のイメージと実態を変えるだろう。マンガもアニメも韓国に追いつかれて、やがて13億人から才能あるコンテンツクリエーターが生まれるだろう。
一つ意外な話を紹介しよう。イスラエルの錦鯉だ。日本の専売特許と思っていたら、イスラエル産錦鯉が品質でも価格でも競争力がある。中東産油国の富豪は全身ゴールドの鯉が好きだ。21金バーション、22金バージョン、18金バージョンなどがある。
以下にイスラエル農業の生産性を示す指標を掲載する。いずれも世界最高水準だ。
10アール当たりのトマト最大生産量・・・・・50トン
10アール当たりの1シーズン温室バラの生産本数・・・・・30万本
10アール当たりのかんきつ類生産量・・・・・8トン
乳牛1頭当たりの年間搾乳量・・・・・1.2万リットル以上
鶏卵の初年度産卵数・・・・・308個
オランダ:世界最強の小国農業!
イスラエルの次に紹介するのはオランダ。チューリップとチーズは有名だが、実は意外にも世界最強の農業国なのだ。
オランダが、国際的に農業で稼ぐ上で、不利な条件を挙げてみよう。まず国土面積の狭さ。国土面積は日本の5分の1しかない。平坦な土地が多いが、それでも耕地面積は日本の4分の1。次に農業人口の少なさだ。総人口に対する農業者の比率は2・5%で日本と同規模だが、実数は43万人で日本(305万人)の7分の1以下の規模だ。低温で日照時間にも恵まれない。日本の近くに例えればサハリン北部に相当する厳しい気候だ。また、人件費も高い。パートタイム労働者の時給が2000円近くする。
それでいて、強い農業を形づくっている。農業輸出額は680億ドルでアメリカに次ぐ規模だ。これは日本の30倍に相当する。日本の農業貿易は440億ドルの赤字だが、オランダは世界最高の250億ドルの黒字だ。小さくても世界で稼げる農業を実践している。
オランダの農業生産性は非常に高い。日本の7分の1以下の農業人口で、日本の2.5倍の量のばれいしょ、1.3倍の甜菜、3.5倍のマッシュルーム、1.2倍の豚肉、1.3倍の牛乳、を生産している。牛肉生産量も日本の8割以上である。
一言でいえば、自給率へのこだわりを捨てて、高付加価値なものに特化しているのだ。小麦1トンの売り値は340ドル。トマトなら1200ドル。チーズなら5600ドルだ。
オランダは「稼ぐ農家」を実践することによって、農業を強くしている。食糧自給率を上げるためにはトン当たり利益の少ない飼料や穀物を作らねばならない。それらでは利幅は薄く農家は儲からない。オランダはチーズや肉、トマトやパプリカ、マッシュルーム、そしてイチゴにという単位面積当たりの利幅が高く、農家が潤う品目に特化した。結果的に、自給率は14%まで落ちたが付加価値ベースでは世界最高水準の農業を実践している。
新潟のコメも、長野のレタスも勝算があったわけではない!
肥料、飼料、農薬、農業機械の品質が向上し、世界の食糧生産は世界の人口の増加率を超えて急増している。窒素肥料の登場でコメや穀物の単位当たり収量は5倍になった。世界人口が2倍となるのに要した期間で牛肉の生産量は4倍になっている。
「そんなに簡単に儲かる品種を作れるわけがない」との反論もあるだろう。しかし、今の全国区の稼げる品種も、元々、確たる勝算があったわけではない。また恵まれている地域だけが成功しているのではない。もともと新潟のコメは日本一まずく「鳥も食べない“鳥またぎコメ”」だった。そこで新潟は、味にこだわり勝負に出た。おいしいものの、稲が倒れすくて人気がなかったコシヒカリ導入し、新潟米への評価を一気に逆転。日本一うまい米を作る名産地となった。
「高原レタス」でレタス長者を数多く生み出した長野も、もともと気温が低く、冷害ばかりが有名だった土地だ。朝鮮戦争のとき、米兵に供給する目的でレタスを作り始めた。高温に弱いレタスが、夏でも見事に出来ることで、名産地となった。
オールジャパンでマーケティング戦略を導入せよ!
オランダは効率的な施設園芸で、ハンディを克服し、世界一強い農業を実現している。なんといっても、思い切って“選択と集中”を実践した。施設野菜では、トマト、パプリカ、きゅうり、いちごが、栽培面積のほぼ4分の3を占める。これらの4品目に、集中的に投資している。国を挙げて品種に取り組み、それを生産する施設設備を導入する。そしてネットを活用して、世界各地の需要(トマトやパプリカの色、大きさ、甘さなど)を徹底的にリサーチする。そして、最も高く売れるタイミングを予想し、それに合わせて生産体制をしく。カラフルで可愛らしいパッケージで消費者を引き付ける。
労務管理も徹底している。高価なパートタイム労働者を無駄遣いしない。収穫や栽培にロボットを大量に導入し、人件費削減を図る。流通や施設園芸にかかるエネルギーについても研究開発を怠らない。代替エネルギーを開発したり、使用済みエネルギーを再利用したりして、施設園芸のアキレス腱であるエネルギーコストを大幅に下げている。
こうして、生産した作物のほぼ80%を輸出し、世界中で稼いでいる。
日本だと、鳥取産とか、宮崎産とか、地域をベースに農作物をブランド化して競う。これは長く国内競争だけを想定してきたからだろう。オランダやアメリカは、ポテト、トマト、ビーフ、マッシュルームと作物ごとに連合して競う。“アメリカンポテト”はいかが? “オランダチーズ”を買ってと!という感じだ。オールアメリカ、オールオランダで、作物別に連携して世界に大攻勢をかけるので、資金力も政治力もけた違いに大きい。だから国外の市場においてパワーが違う。
稼げる品目に特化して、バイオ技術使って品種改良し、施設園芸、代替エネルギー、省エネ、ロボット、インターネットの技術を総動員する。こういう農業なら日本が得意とするところではなかろうか? マーケティング――生産予測から市場ニーズ調査、魅力的なパッケージングの開発まで――も導入すれば農業は大きく変わると思う。
あらゆる産業の力を、オールジャパンで導入し、日本の農業をさらに稼げる事業に変えていってはいかがだろうか?
イスラエルやオランダの奮闘振りを見れば、日本農業に無限の可能性を感じることができる。
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