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  ( 左)ワタミ株式会社前会長の渡邉美樹氏と(右)長谷川幸洋氏

 
 
都知事候補に60分、まるまる聞く 第1回 聞き手:長谷川幸洋
 
2011年02月25日(金)現代ビジネス
 

 

 

 
私は3年間神奈川県の教育委員会で戦ったんですが、最終的にどうにもならず、辞任しました。子供たちの幸せを守れない教育委員は教育委員ではないですから。私は3年間で辞めました。委員の任期は4年ですが、教育委員会は3年先のことまで決めてしまったんです。だから私にはどうにもならない。教育委員会には親から陳情が来ているにもかかわらず、どうにもならなかったんです。
長谷川: 政治、公の壁を感じられたのは、公私間協議の経験や、高齢者向けの賃貸住宅の問題からですか?
渡邉: そうですね。「自分の老人ホームのお年寄りは幸せでも、他のお年寄りはどうなのか?」と考え始めたのがきっかけです。教育に関しても同じです。今私は郁文館夢学園という学校を経営していますが、この子たちは様々な経験を積み、夢を追っています。でも、他の子供たちはどうなのかと考え始めて。政治こそが、他の高齢者の方、他の子供達たちを幸せにする手段だと思い、政治を意識するようになったんです。
長谷川: 私は、民間の方が政治の世界に入るのは大賛成です。その上で敢えてお聞きしたいのですが、民間の場合は自分で資金を投資して、もし失敗したら全部自分の責任ですよね。公の仕事の場合は、私たちの税金を預って事業しますが、失敗した場合の責任は私たち納税者に返ってくるわけですよね。そのあたりが決定的に違うなと思うのですが。
渡邉: そうですね。ただ、政治では、選ぶ側の責任があります。そして、選ばれた人間が責任を果たせなければ、次は選ばれないというのが民主主義の仕組みですから。そういった意味では、経済と政治においての責任の取り方は違いますよね。

「税金のほうが重いお金です」

長谷川: これまで渡邉さんはビジネスの世界では実績を積んでこられた。そこは評価したいのですが、都知事というパブリックな世界に入り、税金を預かって仕事をするという上で、どのような感覚をお持ちですか?
渡邉: 私は一部上場企業の経営者として、これまで約7万人の株主のお金を預かってきました。お金に重い軽いはないという前提の上ですが、ただ、やはり税金のほうが重いお金だと認識しています。
 もともと私は外食事業から介護事業に参入しました。その後は高齢者向け宅配事業や、学校、病院、発展途上国の支援、中国シンガポール等における外食事業など様々なことをやってきています。よく、「本当にいろんなことやりますね。よく出来ますよね」と言われますが、私は、簡単なことだと思うんです。それは、目的を明確にすることです。
 
 
 たとえば、教育委員会は子供達の幸せのためにある。しかし、それがブレるから間違った方向に進んでしまうわけです。学校も同じ。学校は子供たちの幸せのためにある。先生のためでも保護者のためでもない。ましてや学校の経営者のためでもない。それを明確にすれば、非常に簡単に経営できるのです。
 病院もそうでした。患者様のためだけに病院を作ろうと思い、「何が一番困るか?」と患者様に聞いたら、「待ち時間が長い」と言われたのです。だったら予約制を取り入れればいい。自分達の親が患者さんだったらどうすればいいかを考えればいいわけです。
 都政も同じように12兆円という莫大な予算が都民のためだけに使われているのかを考えなければいけません。それを考えれば素晴らしい都政になると思っています。とても簡単なことです。

 

 

衝撃を受けたオランダでのエピソード
 
長谷川: 自分の原理原則を定めていらっしゃるということですね。
 あえて原理的なお話を私が聞きしたのは、この国では残念ながらパブリックなもの、あるいは政治に対して不信がものすごくあるからなんです。霞ヶ関の行政、永田町で行われている今の政治、政局の混乱。公約があるにもかかわらず、実現できていない。それで不信感が募ってしまうわけです。これをどうするかというのが一番大切だと思うんですよ。
渡邉: 私は東京都知事選出馬に当たり、6つの約束を出したのです。そのうちの6つ目が「政治に"信"を取り戻す」ということなんです。なぜ、この国には閉塞感がここまで強いのか。それは、政治に"信"がないからだと思うんですよ。
 著書の中でも書かせていただきましたが、オランダで聞いたあるおばあさんの話が心に残っているんです。この方は日本で言うと要介護2で、12、3万の保険料が入ります。そして14、5万円の年金をもらっているんですが、彼女は「私は介護保険料はもらっていないです」と言っていたんですよ。
 なぜかを聞いたら、「私は年金の13万で足りるから」と答えたんです。「だったら介護保険料をもらって、それを孫にでもあげればいいじゃないですか」と私が言ったら「この国は、ちゃんとお金を使ってくれる。だから介護保険料をもらわなかったら、自分以外の人のために役立ててくれる。だから、私はもらわないほうがいい」と言ったんです。これが政治の"信"ですよ。
 だから、オランダの人々は貯金をするように税金を納めているんですよ。そして65歳になるのを楽しみにしているんですよ。「今まで国に貯金したから、これからは国にお金を返してもらって楽しい人生を歩むんだ」という具合に。
 北欧などへも介護の視察に行ったのですが、そこで、日本はなんと情けない国になってしまったんだろうと思いましたね。論語の中にも「食を失って皆が飢えたとしても、信だけはなくしてはいけない。信がなくなると国ではなくなる」と。まさに日本には信がない。それを取り戻すのが自分の一番大きな仕事だと思っています。
 
長谷川: かつてパパブッシュ(ジョージ・H・W・ブッシュ)が「政府が皆さんからお預かりしている1ドルを皆さんにお返しします。政府が使うのではなく、皆さんが使ってください。これが減税なんです」と言ったことがありました。今のおばあさんの話は、これと考え方が同じですね。つまり、おばあさんは税金を政府に取られるものではなく、政府に預けるものだと考えているんですよね。
 私がかつて政府の仕事をやっていた時、財政が足りなくて増税をお願いする際の言いぶりとして「皆さんの税金を私たちがお預かりして皆さんが高齢者になったときに、年金という形でお返しします。その間、私たちが運用しますから、この増税を受け入れてもらえませんか?」と私なりに考えていました。
 それから何年かがたち、今どう思っているかというと、このような構造が日本では失われている。つまり国民が安心して税金を預ければ、政府が効率的に最善の方法で使ってくれるかというと、そうではないというのが私の思いですね。
渡邉: そのとおりですね。私は、「消費税が20%でも25%でも、国民が幸せならいいじゃないか」と発言したことがありましたが、その時マスコミに「渡邉は増税論者だ」と言われたんですよ。でも違います。
 増税には、二つの条件があります。一つは、鼻血が出ないほどの経費削減が出来ていて初めて、税金を預けてくださいといえる資格があるということ。もう一つは、政治とカネなどの問題が一切ないこと。すべてガラス張りだということです。その上で国民に聞くんです。「消費税10%であればこういう世界です。20%であればこういう世界です。5%のままであるなら、65歳以上は自分で生活してくださいね」と。
 これは国民が選択することなのです。「働ける人がお金を払って、お年寄りが幸せに暮らせる国がいいな」という気持ちから「消費税20%でも25%でも・・・」というと「20%でも25%でも」だけが一人歩きするんです。何なのでしょうかね、大変残念です。
 

 

長谷川: 皆さんご存知だと思いますが、ご紹介します。ワタミ株式会社前会長の渡邉美樹さんです。
渡邉: はい。1週間前に会長をやめました。
長谷川: 渡邉さんは、外食グループのワタミの他、介護、医療、農業、教育などを手がけ、カンボジアやネパールでも小中学校140校、さらに孤児院まで手広く活躍しています。渡邉さんの著書『東京を経営する』も読みました。今日はまず、どうして東京都知事選に立候補されたのかを聞かせてください。
渡邉: 実は私は、自分の人生を3~4分割して物事を考えているんです。25歳までが自分で学ぶ期間、25~50歳までが、「お金の入る『ありがとう』」を集める期間、そして50~75歳までが「お金の入らない『ありがとう』」を集める期間と自分で決めています。ですから、50歳で会長になることはずいぶん前から決めていたんです。
 そして会長になった後、今ご紹介いただいたように、カンボジアやネパールで学校や孤児院を作ったり、日本中の若者たちの夢を応援したり、森を作ったり、学校や病院を経営するなど、ワタミの経営以外のことにも力を入れてきました。それを1年半ほどやる中で、「この国の政治にかかわらなければ、より多くの人の幸せにかかわることができない」と思うようになったんです。

介護事業で感じた縦割り行政の限界

長谷川: 著書の中で、非常に興味を持ったのは、「国土交通省が管轄する高齢者専用賃貸住宅と、厚生労働省が管轄する24時間体制の在宅介護がドッキングしたら素晴らしいと思うけれど、なかなかできない」と書いています。これはまさに、霞ヶ関の縦割り体制の弊害だと私は思ったのですが、渡邉さんは他の部分でも同じようなことを感じましたか?
渡邉: はい、ありますね。私は介護付有料老人ホームを61棟経営しておりまして、4000人以上の方をお預かりしています。でも、私たちの施設に入られる方はやはり恵まれている方です。他の施設に比べれば安いですが、500~700万円のお金をいただいて、毎月18万円くらいのお金をいただいています。これを、何とか安くならないかと考えたんです。
 
特別養護老人ホームへの入居を何十万人もの方が待っているならば、その方々を私たちがお世話させてもらうことはできないだろうかと考えたときに、高齢者専用賃貸住宅という規制が少ない高齢者向けの住宅に、24時間の在宅介護をくっつけることによって、新しいタイプの老人ホームを安く経営できると思ったんです。
 しかし、管轄が違うため、なかなか実現できず、何十万人の方が待たれている状況です。僕はそれを目の当たりにして、焦りと憤りを感じたんですよ。私が経営する介護付有料老人ホームでは、4000人の方が「幸せだ」と言ってくれています。昨日も、ホームの方とお会いしてきたんですが、皆、手を握って「ありがとう」と言ってくれる。それは嬉しいですが、実際にはその他にも待たれている方がいるわけですよね。それを解決できるのが政治なんですよ。
長谷川: なるほど。政治による壁を感じたということですね。
 この本の中でもう一つ目を引いたのが、公立高校と私立高校の定員に関する問題です。少子化で私学の入学者が少なくなり経営が悪化するのを避けるために、公立高校の定員を減らしていくことに憤りを感じられたそうですが。

教育委員会委員を辞任した理由

渡邉: それは、「公私間協議」と言います。私は神奈川県の教育委員会でこの問題を3年間やっていたんですが、敗れました。どうにもならない壁でした。
 私は、「教育委員会は子供の幸せのためにある」と思っていたんです。子供の幸せという視点から考えれば、公立と私立で定員を分け合って「君は私立に行きなさい」という必要はまったくない。子供が行きたいほうに行かせればいいと思うんです。もし、お金が足りないのなら私立で奨学金を充実させるとか、お金がない子も私立に行けるような方法を作るのが教育ですよね。
 しかし、公私間協議というのは、たとえば公立の定員が100人、私立の定員が100人、そうしないと私立の経営が成り立たないので、公立は100人までしか受け入れませんということを話し合う場なんですよ。
 景気がいいときはそれでもいい。でも、景気が悪くなると私立に入れない子供はどうなるかというと、結局、私立の定員を満たさずに公立の定時制に行くんですよ。もっと言うと、定時制さえ受け入れられなくて、定時制から通信教育に流れているでんすよ。大人の都合で、私立の経営を守るために子供たちが犠牲になっているんです。こんなのおかしいですよね。
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