平成22年 第12回「米・食味分析鑑定コンクール:国際大会」(松江市)有機栽培・JAS認定部門で特別優秀賞を受賞。(食味90・味度83・計173点)
平成25年、第15回魚沼と第16回北京開催運動中!
無農薬魚沼産コシヒカリ生産農家・理想の稲作技術『CO2削減農法』
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ティーケーピー社長 河野貴輝
http://www.tkp.jp/
ティーケーピー(TKP)は全国で506室の貸し会議室を保有している。今年4月に行われた事業仕分け第2弾の舞台となったのも、「TKP東京駅日本橋ビジネスセンター」だった。
「広さと立地、コスト、テレビ中継機材の搬入や警備のしやすさなどのソフト面が評価されて入札に成功した」と社長の河野貴輝は言う。
貸し会議室とはその名のとおり、立地のいい場所や遊休不動産をビルオーナーから借り受け、その部屋を時間貸しするビジネス。2005年の設立以来、2ケタ成長を遂げ、現在の年商は35億円に達する。
「自社でセミナー室を保有すれば維持費や家賃がかかるが、貸し会議室なら時間単位のコストですむ。椅子やマイクなどもすべてTKPが用意しており、主催者には面倒をかけない」と、河野は胸を張る。
TKPを設立するまで、河野は金融畑を歩いてきた。大学卒業後に伊藤忠商事を選んだのも、職種別採用で為替証券部への内定が決まったためだ。起業するには資金が必要、その資金を貯めるには金融マーケットの知識が必要と考えて選んだ道だった。
子ども時代から事業欲
ネット証券立ち上げに参画しノウハウを学ぶ
転機が訪れたのは1998年。伊藤忠がネット証券への参入を決め、河野がその新会社(今のカブドットコム証券)の立ち上げメンバーの1人に抜てきされたのだ。当時はインターネットの普及が始まったばかり。ここで貪欲にネットの知識を学んだ。
自宅ではネットを知る目的でネットオークションに参加。フリーマーケットで数百円程度で仕入れたアイドルのグッズが数千円で落札され、思わぬ小づかい稼ぎになった。出品者の立場から入金確認のため銀行に出向くわずらわしさを感じているとき、上司がネット銀行の設立を計画。河野も思い切って伊藤忠を退職した。
それがイーバンク銀行(現楽天銀行)である。河野は取締役営業本部長として、資金集めやマーケティングに奔走した。
仕事自体にはやりがいを感じていたが、05年に転機が再び訪れた。学生時代の友だちの事故死に、人生は一度きりだとあらためて思い知らされ、自分がやりたいことを見つめ直した。起業したくて金融の道を選んだこと。商売をやっている祖父に憧れ、小学生のときに「子ども店長」と名乗って海の家を切り盛りしたこと。これらを思い出し、自分の夢だった独立を決意した。
その頃、ある知り合いから情報が舞い込んだ。取り壊しの決まっている3階建てのビルで、1階のレストランが出ていかなくて困っているという。ピンとくるものがあり、出かけると、「相場の3分の1でいいから借りてくれないか」と持ちかけられた。
「3ヵ月前に通告されたら必ず出ていく」という念書を入れて1坪5000円、月額20万円で二つのフロアを借りた。近くの会社に営業に行くと、建設現場に近いというゼネコンがワンフロアを月25万円で借りるという。すぐに利益が出た。もう一つのフロアはネットで空室情報を流したところ、社内研修に使いたいなどの問い合わせが数多く舞い込んだ。
需要の多さに気がついた河野は、取り壊し間近なビルや遊休不動産を探し当てては、格安の家賃で借りて貸し会議室を拡大していった。
他方、ビルだけではなく、結婚式場にも目をつけた。平日の昼間の稼働率を上げたいという結婚式場のニーズと、格安で広い部屋を借り、懇親会をやりたいという企業側のニーズを結び付けられると考えたからだ。
食事や宿の手配から講師の派遣までワンストップ実現へ
貸し会議室の参入障壁は高くないが、河野はきっぱり言う。「格安で部屋を借りて利用者を探すサブリースビジネスはもはや成熟している」。
現在、最も力を入れるのが貸し会議室のワンストップサービスだ。セミナーや入社試験、取引先との懇親会など、客の用途に合わせて会議室を提案していく。東京駅近くなど立地のいいところに1棟丸ごと借りて常駐スタッフを置いたビジネスセンタータイプ、名前の知られたビルのコンファレンスルームなど、高級ニーズにも対応している。
「ビルオーナーとは家賃収入の折半や定額の家賃制など、利用見込みに応じて契約している。そのノウハウもできた」
取引のあった企業にはそれぞれ担当者を置いている。「担当者にとっては、手間がかからず、失敗がないのがいちばん。専門スタッフを置くことでかゆいところに手が届くサービスが実現できる」という。
この信頼感から年間の会議スケジュールを出してもらい、利用料の割引を行う一方、利用のない日はネットで利用者を募集することで、稼働率を高める。これが価格競争力の原資となる。
「会議室というOS(基本ソフト)ができたので、今後はアプリケーションを増やしていきたい」。弁当の手配や什器のレンタルにとどまらず、旅行業の免許まで取得し、宿泊や航空券の手配にも乗り出している。
「製品展示会の企画や研修講師の派遣など、会議室回りにはビジネスチャンスが転がっている」。13年に売上高100億円の構想を描く河野は客にとっての利便性追求に余念がない。(敬称略)
(「週刊ダイヤモンド」編集部 大坪稚子)
かわの・たかてる/1972年生まれ、37歳。大分県出身。96年に慶應義塾大学を卒業後、伊藤忠商事に入社。為替ディーラーを経て2000年にイーバンク銀行(現楽天銀行)入行。05年にティーケーピーを設立。
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ティーケーピー(TKP)は全国で506室の貸し会議室を保有している。今年4月に行われた事業仕分け第2弾の舞台となったのも、「TKP東京駅日本橋ビジネスセンター」だった。
「広さと立地、コスト、テレビ中継機材の搬入や警備のしやすさなどのソフト面が評価されて入札に成功した」と社長の河野貴輝は言う。
貸し会議室とはその名のとおり、立地のいい場所や遊休不動産をビルオーナーから借り受け、その部屋を時間貸しするビジネス。2005年の設立以来、2ケタ成長を遂げ、現在の年商は35億円に達する。
「自社でセミナー室を保有すれば維持費や家賃がかかるが、貸し会議室なら時間単位のコストですむ。椅子やマイクなどもすべてTKPが用意しており、主催者には面倒をかけない」と、河野は胸を張る。
TKPを設立するまで、河野は金融畑を歩いてきた。大学卒業後に伊藤忠商事を選んだのも、職種別採用で為替証券部への内定が決まったためだ。起業するには資金が必要、その資金を貯めるには金融マーケットの知識が必要と考えて選んだ道だった。
子ども時代から事業欲
ネット証券立ち上げに参画しノウハウを学ぶ
転機が訪れたのは1998年。伊藤忠がネット証券への参入を決め、河野がその新会社(今のカブドットコム証券)の立ち上げメンバーの1人に抜てきされたのだ。当時はインターネットの普及が始まったばかり。ここで貪欲にネットの知識を学んだ。
自宅ではネットを知る目的でネットオークションに参加。フリーマーケットで数百円程度で仕入れたアイドルのグッズが数千円で落札され、思わぬ小づかい稼ぎになった。出品者の立場から入金確認のため銀行に出向くわずらわしさを感じているとき、上司がネット銀行の設立を計画。河野も思い切って伊藤忠を退職した。
それがイーバンク銀行(現楽天銀行)である。河野は取締役営業本部長として、資金集めやマーケティングに奔走した。
仕事自体にはやりがいを感じていたが、05年に転機が再び訪れた。学生時代の友だちの事故死に、人生は一度きりだとあらためて思い知らされ、自分がやりたいことを見つめ直した。起業したくて金融の道を選んだこと。商売をやっている祖父に憧れ、小学生のときに「子ども店長」と名乗って海の家を切り盛りしたこと。これらを思い出し、自分の夢だった独立を決意した。
その頃、ある知り合いから情報が舞い込んだ。取り壊しの決まっている3階建てのビルで、1階のレストランが出ていかなくて困っているという。ピンとくるものがあり、出かけると、「相場の3分の1でいいから借りてくれないか」と持ちかけられた。
「3ヵ月前に通告されたら必ず出ていく」という念書を入れて1坪5000円、月額20万円で二つのフロアを借りた。近くの会社に営業に行くと、建設現場に近いというゼネコンがワンフロアを月25万円で借りるという。すぐに利益が出た。もう一つのフロアはネットで空室情報を流したところ、社内研修に使いたいなどの問い合わせが数多く舞い込んだ。
需要の多さに気がついた河野は、取り壊し間近なビルや遊休不動産を探し当てては、格安の家賃で借りて貸し会議室を拡大していった。
他方、ビルだけではなく、結婚式場にも目をつけた。平日の昼間の稼働率を上げたいという結婚式場のニーズと、格安で広い部屋を借り、懇親会をやりたいという企業側のニーズを結び付けられると考えたからだ。
食事や宿の手配から講師の派遣までワンストップ実現へ
貸し会議室の参入障壁は高くないが、河野はきっぱり言う。「格安で部屋を借りて利用者を探すサブリースビジネスはもはや成熟している」。
現在、最も力を入れるのが貸し会議室のワンストップサービスだ。セミナーや入社試験、取引先との懇親会など、客の用途に合わせて会議室を提案していく。東京駅近くなど立地のいいところに1棟丸ごと借りて常駐スタッフを置いたビジネスセンタータイプ、名前の知られたビルのコンファレンスルームなど、高級ニーズにも対応している。
「ビルオーナーとは家賃収入の折半や定額の家賃制など、利用見込みに応じて契約している。そのノウハウもできた」
取引のあった企業にはそれぞれ担当者を置いている。「担当者にとっては、手間がかからず、失敗がないのがいちばん。専門スタッフを置くことでかゆいところに手が届くサービスが実現できる」という。
この信頼感から年間の会議スケジュールを出してもらい、利用料の割引を行う一方、利用のない日はネットで利用者を募集することで、稼働率を高める。これが価格競争力の原資となる。
「会議室というOS(基本ソフト)ができたので、今後はアプリケーションを増やしていきたい」。弁当の手配や什器のレンタルにとどまらず、旅行業の免許まで取得し、宿泊や航空券の手配にも乗り出している。
「製品展示会の企画や研修講師の派遣など、会議室回りにはビジネスチャンスが転がっている」。13年に売上高100億円の構想を描く河野は客にとっての利便性追求に余念がない。(敬称略)
(「週刊ダイヤモンド」編集部 大坪稚子)
かわの・たかてる/1972年生まれ、37歳。大分県出身。96年に慶應義塾大学を卒業後、伊藤忠商事に入社。為替ディーラーを経て2000年にイーバンク銀行(現楽天銀行)入行。05年にティーケーピーを設立。
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性別:
男性
誕生日:
1954/01/01
職業:
農業
趣味:
スキー・読書・インターネット
自己紹介:
私は、魚沼産コシヒカリを水口の水が飲める最高の稲作最適環境条件で栽培をしています。経営方針は「魚沼産の生産農家直販(通販)サイト」No1を目指す、CO2を削減した高品質適正価格でのご提供です。
http://www.uonumakoshihikari.com/
魚沼コシヒカリ理想の稲作技術『CO2削減農法研究会』(勉強会)の設立計画!
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