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日本農業、再構築への道<4>
2010.11.24(Wed)JBプレス川島博之
この連載を始めてから、にわかに「TPP」という聞き慣れない言葉を耳にするようになった。TPPとは「Trans Pacific Partnership」の略で「環太平洋連携協定」と訳されている。
言葉は耳新しいが、貿易に関わる協定であり、その考え方はWTO(世界貿易機関)の原則やFTA(自由貿易協定)と変わらない。多国間交渉がWTO、2国間交渉がFTA、太平洋に面している国々との交渉がTPPである。
菅内閣は、当初、「日本を元気にさせる」としてTPPに前向きな姿勢を見せていたが、党内に反対意見が強いと見ると、一転して慎重な姿勢に転じてしまった。
参加に反対しているのは、農協(農業協同組合)と、その意を受けた国会議員たちである。政府が自由貿易協定を結びたいと考えても、農協や農林族が反対するために話が進まない。この構図は、ここ50年ほど変わっていない。
しかし、50年前に比べれば、農民人口は激減しているはずである。それにもかかわらず、なぜ、農民が大きな政治力を有しているのであろうか。このことは、日本の農業問題を理解する上での重要な鍵になっている。
「1票の格差」是正を遅らせた自民党議員たち!
先に答えを言えば、それには選挙制度が大きく関わっている。
日本の選挙制度の基本は昭和20年代に作られたが、戦争で都市が焼け野原になったこともあり、その頃、多くの国民は農村部に暮らしていた。昭和20年代の日本は農業国家と言ってもよいものであった。
ところが、昭和30年代に入ると工業が急速に発展し始め、それに伴って多くの人が都市に移り住んだ。実際には、農村部の中学や高校を出た若い人々が都会に就職するという形で進行したが、その結果として農村部で過疎化が進み、一方、都市の人口が増加した。
このような現象が進行する過程で、1票の価値を一定に保つには、選挙区や定員を頻繁に見直す必要があった。しかし、それが日本で迅速に行われることはなかった。
その最大の原因は、定数を是正する権限を国会に持たせたことにある。国会議員が自分たちの定数を決めるのである。
定数が是正されると、農村部を選挙基盤とする議員は次の選挙で不利になる。自由民主党(自民党)は長期間にわたり与党であったが、自民党には農村部から選出された議員が多かった。一方、野党には都市部から選出された議員が多かった。
つまり、定数の是正は、与党に不利に、野党に有利に働く。当然のこととして、与党である自民党は定数の是正を遅らせた。
都市と農村の投票行動は大きく異なる!
その結果として、今日になっても1票の格差は衆議院で2倍以上、参議院では約5倍にもなっている。
衆議院の格差が参議院より小さくなっている理由は、平成になって中選挙区制を小選挙区制に改めたためである。この際に1票の格差も大幅に是正された。
一方、参議院では、基本的には昭和20年代に定められた選挙区と定員が生きている。
衆議院では300人が「小選挙区」(1人しか当選しない選挙区)から、150人が「比例区」から選出される。参議院は3年ごとに半数が改選される。その際に「選挙区」(1人しか当選しない小選挙区と、複数名が当選する選挙区の両方がある)から選出されるのが73人、「比例区」からが50人である。
衆議院でも参議院でも、比例区では投票数に応じて議席が振り分けられるために、大きな差がつくことはない。政権を獲得するためには、選挙区で勝利する必要がある。
日本の選挙区は都市型と農村型に分けることができる。それを象徴的に表す言葉として、90年代後半以降の「1区現象」がある。自民党候補が選挙区内の「1区」で野党候補に敗れる現象である。
これは、「県庁所在地を含む選挙区」が1区とされるために生じるものである。県庁所在地は、どの県でも都市化している。そのために、1区とその他の選挙区の投票行動が異なる。
このような言葉が生まれるほどに、わが国では農村と都市で投票行動に違いがある。農村部で支持を集めるには、地縁血縁がものを言う。一方、都市では「風」などと呼ばれる、その時のムードが投票行動を大きく左右する。
なぜ農家が大きな政治力を有するのか!
試みに選挙区を、人口密度や県庁所在地との距離などから都市型と農村型に分けてみたところ、衆議院では45%、参議院では60%が農村型になった。誰が分類しても似たような結果になるだろう。
現在、日本の総世帯数は4900万戸であるが、農家戸数は大きく減少しており、兼業農家を含めても285万戸に過ぎない。農家は全体の1割にも満たないのに、それがどうして大きな政治力を有するのであろうか。
その秘密は農協にある。農協の組合員数は、先代が農業を行っていたなどの理由で準構成員になっている人を含めると900万人にもなる。1戸で1人が農協に入っているとすると、900万世帯が農協の傘下にある。つまり、総世帯数の5分の1がなんらかの形で農協に関連しているのである。
農協は農業に関係する事業だけを行っているわけではない。約30万人の職員を擁して金融や信用事業を展開し、地方経済の核になっている。農村型の選挙区で当選するには、その農協の支持を取り付けなければならない。だが、農協は自由貿易協定に強く反対している。
実際に、農協の意向は、選挙結果に大きな影響を及ぼしている。
2010年に行われた参議院選挙において民主党は惨敗し、自民党に第一党の座を奪われた。しかし、得票数を見れば民主党は惨敗していない。比例区の総得票数は自民党を大きく上回っている。選挙区選挙において、特に地方の1人区で敗れたために、敗れたのである。
2007年の参議院選挙では、民主党は「戸別所得補償」政策の導入を公約に掲げて臨み、一部の自民党議員が農協の嫌う「減反廃止」を言い出したこともあり、自民党から農協・農民の支持を奪い取ることに成功した。
しかし、民主党が掲げた戸別所得補償政策がそれほど農民の利益にならないことが分かると、農民の支持はまた自民党に戻っていった。それが2010年の参議院選挙の選挙結果を大きく左右した。
1票の格差が日本の進路に与える悪影響!
日本国憲法は第二院である参議院に大きな力を持たせているために、政権を安定させるためには、参議院でも多数を占める必要がある。また、議員の影響力を見た時、比例区選出より選挙区の方が強いとされるが、参議院ではその約60%は農村部から選出されている。
このことが、現在になっても、農民が国政に大きな影響力を行使できる要因になっている。
農民が大きな政治力を持つ要因は他にもある。それは、当選回数を重ねなければ、閣僚や党の幹部になれないとする日本の因習である。
先ほど述べたように、都市部では「風」により投票行動が変化するために、当選回数を重ねることが難しい。一方、地縁血縁により投票行動が決まる農村部では、当選回数を重ねやすい。このことも、農村部が強い政治力を保持することにつながった。
現在、日本の農業の売り上げは約8.5兆円である。これはトヨタ自動車、パナソニックなどの大企業1社の売り上げに及ばない。また、農業生産額がGDPに占める割合は約1%でしかない。日本のGDPの99%は農業以外の産業が稼ぎ出しているのである。
しかし、その小さくなった農業が貿易交渉で大きな影響力を行使している。
日本が資源のない国であり、加工貿易でしか生きていけないのであれば、その繁栄に自由貿易は欠かせない。しかし、農村が大きな政治力を持っているために、その交渉が遅々として進まない。
1票の格差の是正は民主主義の根幹をなすものである。長い間にわたり、その是正を怠ってきたことが、日本の進路に大きな悪影響を及ぼすことになってしまった。
それでも日本は大丈夫」という話は本当か!
2010.11.17(Wed)JBプレス 池田信夫
財務省が11月10日に発表した政府債務(国債や借入金などを合わせた国の借金)は、9月末で908兆8617億円となり、過去最高を更新した。
GDP比は173%と先進国で最悪だが、長期金利は1%前後と低く、国債は順調に消化されている。
こういう状況を根拠にして「財政危機というのは財務省の世論操作だ」とか「実は日本の財政は大丈夫だ」いう類の話が根強くあるが、それは本当だろうか。
ここでは多くの財政学者の意見をもとにして、財政危機の実態について一問一答で考えてみよう。
<1> 国債は国民の資産だから問題ない?
「国債は国民の債務であると同時に資産だから、夫が妻から借金するようなもの。家計としてはプラスマイナスゼロだから問題ない」という素朴な議論があるが、妻からの借金なら返さなくてもいいのだろうか。
例えば夫が飲んだくれで仕事をしないで、妻がパートで稼いだ貯金100万円を借りるとしよう。これで夫が酒を買って飲んでしまうと、家計の資産は100万円減る。それでも妻が稼いでいれば、また借りればよいが、夫が働かないでそれを飲んでしまうと、いずれは妻の貯金も底をつく。
つまり問題は家計簿(国のバランスシート)の帳尻ではなく、何に使ったかなのだ。
夫(政府)が借金して浪費を続けていると、家計の資産が減ってゆく。国債で建設したインフラを将来世代が使うなら負担に見合う資産が残るが、子ども手当のようなバラマキ福祉は今の世代が使ってしまうので、将来世代には税負担だけが残る。
<2> 純債務は少ないので大丈夫?
財務省の基準とする「国と地方の長期債務」は今年度末で862兆円だが、これはグロスの数字である。「国の資産を引いた純債務で見ると300兆円ぐらいしかないので、まだ大丈夫」というのがみんなの党などの主張だが、債務を圧縮するためには国の資産を売却しなければならない。
国有財産は簡単に処分できないので、金融資産だけを見ると、主なものは米国債(為替介入で購入)110兆円、出資金(特殊法人などの資本)100兆円、年金基金200兆円の3つだ。
このうち問題なく「埋蔵金」と見なせるのは米国債だが、最近のドル買い介入で含み損を抱えている。
特殊法人などへの出資金は、その出資先を清算しないと返ってこないし、清算すると資産はかなり劣化しており、債務超過になっているかもしれない。
年金基金は国債の償還に流用できないし、将来の給付を債務と考えると約500兆円の債務超過だという推定もある。年金債務を無視して米国債と出資金を862兆円から引いても、純債務は653兆円。GDP比は1.3で、先進国ワーストワンだ。
問題は純債務がいくらあるかではなく、国債が消化できるかどうかである。
<3> 国債を買っているのは日本人だから安心?
国債の保有者の95%は日本人だが、「日本人だから損しても国債を保有する」というのは何の根拠もない。
75%は金融機関などの機関投資家であり、金利が上昇(国債価格が下落)すると大きな損失が出る。日本銀行の推計によれば、金利が1%上がると、地方銀行は4兆1200億円の含み損を抱える。メガバンクは1行でこれぐらいの金利リスクを抱えており、長期金利が上がり始めたら、財務省が脅しても売り逃げるだろう。
「日本国債は円建てだからリスクが低い」というのは事実である。ロシアのように外貨建てで国債を発行していると、債務不履行でルーブルが暴落すると、ドル建ての額面が同じでもルーブル建ての債務が増えるが、円建ての場合にはそういう問題は発生しない。
しかし、円建てでも、国債のリスクが高まると長期金利が上昇する。国債の金利が1%上昇すると9兆円の財政負担が生じ、10%上昇すると一般会計予算を食いつぶしてしまう。
たとえ日本人がみんな死ぬまで国債を保有するとしても、その限界は近づいている。個人金融資産から負債や株式・社債などを引いた純資産は924兆円。純債務との差(資産超過)は271兆円だから、今年の国債発行額44兆円で割ると、あと6年で使い切り、国債は国内で消化できなくなる。その前に外債の募集が始まり、長期金利が上がる恐れが強い。
<4> 元利をすべて返済した国はない。借り換えしていけばいい?
これは政府の税制調査会の専門家委員会委員長である神野直彦氏の持論である。永遠に借り換えることができればいいが、問題は民間が借りてくれるかどうかだ。
個人や企業の場合には、借金の限度はその支払い能力(資産や将来の収益)だが、政府の場合は徴税権が担保になっている。したがって本質的な問題は、現在の政府債務を返済するための増税が可能かということだ。
IMF(国際通貨基金)などの推計では、日本の政府債務を維持可能にするためには、消費税率を30%以上にする必要がある。消費税を3%から5%に上げるのに10年かかり、それ以来、税率を上げられない政府に、そういう増税が可能だろうか。
増税が間に合わず、国債が民間で消化できなくなった時は、日銀に国債を引き受けさせるしかない。これは財政法の第5条に定める国会決議をすれば可能だが、日銀が際限なく国債を引き受けると、通貨が市中に供給されてインフレが起こる。
インフレが起こると、実質的な政府債務(名目債務/物価水準)は減るので、石油危機の時のように物価が5年で2倍になると、政府債務は半減する。これによって財政危機は回避できるが、国民の金融資産も半分になってしまう。
「国が借金して景気対策に使えば景気がよくなって税収が増え、財政危機は解決する」という話もあるが、これは「靴紐を引っ張れば空に上がれる」というような話だ。
もし財政支出を増やせば税収がそれ以上に増えるのなら結構な話だが、2009年度の政府支出(当初・補正)は前年度から17兆円増えたが税収は6兆円減った。
こうした財政楽観論には「政府は民間より賢く金を使える」という前提があるが、政府がそれほど賢ければ、もともと今のようなひどいことにはなっていないだろう。
政府の浪費によって財政危機になったのに、その対策を政府にやらせようというのは、倒産した会社の再建を、その会社をつぶした社長に任せるようなものである。
2010年11月18日 DIAMOND online
貨幣にマイナス金利をつけられれば無理のない金融政策ができる!
―早稲田大学大学院教授 岩村 充―
去る11月3日 FRB(米連邦準備制度理事会)は、6000億ドルにも及ぶ長期国債の買い入れを発表。金利低下余地がなくなった中で、積極的な量的緩和に踏み込み、デフレ阻止に対する強い意思を見せた。先ほど『貨幣進化論』(新潮選書)を出版した岩村充早稲田大学大学院教授は、今後、先進国経済は高い成長は見込めず、物価は上がらないか、デフレ状態が常態化する――そういう経済構造の変化を前提とした金融政策を確立すべきだ――と主張する。
その対応策が、貨幣に金利をつけることだ。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 原 英次郎)
貨幣の価値はその国の財政が決める!
――1990年代後半以降の日本に始まり、いよいよアメリカでもデフレ懸念が台頭しています。現代では、政府から独立した中央銀行が貨幣の量を調整することで金利を動かし、物価に影響を与えることができると思われていますが、著書のなかでは、政府・財政への信用が貨幣の価値を決めると、おっしゃっていますね。
貨幣価値の拠り所は何かということについては、10年ほど前から考えてきました。私も、最初のうちは、普通の金融論の先生と同じように、デフレはマネーを大量に供給すればどうにかなると思っていました。
しかし、日銀がマネーを大量に供給し続けても、物価は緩やかに下がり続けた。これは何かが変だと感じたのです。そういうときは、「基本」に返らないといけない。それで貨幣はどこからきたかを、考え始めたのです。
経済学にはMonetary Economicsという分野があります。日本では「金融論」と呼ばれることも多いのですが、直訳すれば「貨幣経済学」でしょう。経済活動における貨幣の役割とか金融政策の効果などについて考える分野です。
貨幣経済学は、経済学の中でもとりわけ大事な分野のひとつですが、問題がないわけではありません。それは、経済社会の中に貨幣は最初から存在し、それには価値すなわち購買力があるのだという前提で議論をしてしまうことです。しかし、現代の貨幣というのは国家が中央銀行という仕組みを通じて作り出しているものです。
それなら、貨幣に関する問題を議論するときには、貨幣価値を作り出している国とか政府というものの役割を検討したうえで、それとバランスを取りながら中央銀行とか金融政策というものの効果を、考えるべきではないでしょうか。そうした発想で貨幣のことを考える理論を「物価水準の財政理論」と言いますが、今度の本はこの理論の筋道に沿って書いたものです。
本来、貨幣の価値は財政と分離することはできません。貨幣価値が金と結び付けられていた戦前の「金本位制」ですら、その維持には財政が深く関わっていました。金本位制では金と紙幣の交換比率が決められていて、いつでも金と交換できる。だから、貨幣の価値は安定していたと思われていますが、その金本位制の舵取り役だったイギリス政府は、自分が決めた交換比率を守るために、世界の金の供給量が増えれば金を買い取り、供給が減ると金を放出していました。政府・財政が金の価格を安定させること通じて、金と結びついているマネーの価値をコントロールしていたのです。
現在では、中央銀行が国債を見合いの資産として、マネーを発行しているので、貨幣の価値と財政はつながっています。また、貨幣発行益つまり中央銀行の利益は「シニョレッジ」と言われて国に帰属します。先進国では、中央銀行の独立性が大切だといわれて、政府と中央銀行は分離されているわけですが、それは意思決定のプロセスを分離するということで、貨幣価値を誰が支えているかという観点からは、両者を分けて考えても意味はないのです。長期的に見た貨幣の価値は財政、言い換えるとその国の将来と切り離すことはできません。
たとえて言えば、貨幣の価値とは政府の株価のようなものだと思ってもらっても良いでしょう。だから、政府が国債をどんどん出して、それで得た貨幣を無駄な事業に使うとしたら、貨幣の価値は下落する、つまりインフレになるわけです。
ではいま、日本政府は先進国でも最悪の借金を抱えていながら、なぜインフレや円安にならないのか。それは日本政府が、日本人という超優良な顧客の上に胡坐(あぐら)をかいた独占企業のようなものだからです。日本人は一体感も強く、まじめに税金も払うし、いくら政府の財政危機が伝えられても、自分の資産を一遍に海外に移したりもしない。こうした日本人の個性そのものが日本の政府や財政に対する信用を支えているわけです。
グローバル競争がもたらした物価の継続的な下落!
――デフレは日本固有の現象だと思われていましたが、アメリカを始め先進国全体の物価上昇率が低下しています。デフレの要因をどう見ていますか。リーマンショック後の不況による一時的なものなのでしょうか。
経済学もサイエンスであるならば、基本姿勢は教科書(理論)が現実と違っているときに、現実が間違っていると言ってはいけない。その場合は、教科書を書き直すか、なぜ現実と教科書が食い違っているのか、その要因を説明しなければなりません。
私は、なぜ物価が下がり続けているかについて、多くの人が実感していることを無視してはいけないと思っています。例えば、多くの企業人がグローバルな大競争の中で生き残っていくために、ぎりぎりまで製品価格を下げなくてはならず、価格を下げるために、労働組合にも我慢してくれと言っていて、実際に賃金水準も下がっている。もはや賃金は硬直的ではなく、下がるものだと考えたほうが自然です。
経済には、そのときどきの構造的あるいはマクロ的な条件によって、無理のないインフレ率とか避けられないデフレ率というものがあるのではないでしょうか。人類経済が大成長を経験していた20世紀には、それは「緩やかなインフレ率」というものだったように思います。でも、その状況が変化したのだとしたら、私たちが向き合わなければならないのは、「避けることのできないデフレ率」というものだろうというのが私の考えです。理由は二つあります。
一つは先進国の政府がお互いに競争しあって、インフレを抑えてきた結果、インフレ率がどの国も同じように下がってきている。二つ目は、物価をめぐって少数の大企業が、グローバルレベルで競争を繰り広げているという現実です。だから、現在の状態が破れない限り、物価が上がらないか、微妙に下がるほうが、自然なのではないか。そういう気がしています。
――戦後の世界経済は、物価が下がり続けるという局面を経験したことがありません。金融政策もいかにインフレを抑えて、安定的な物価上昇に持っていくかに主眼がありました。緩やかながらも、物価が継続的に下がり続けるとしたら、それに応じた金融政策が必要ということですね。
そういう状況で金融政策をどう考えればいいか。金融政策の手段であり結果でもある金利は、究極的には「自然利子率+物価上昇率」で決まる。自然利子率とは、現在財と将来の財の交換価格つまり「モノの利子率」です。例えば、来年120のお米を返す約束で、今年100の種もみを貸すとしたら、自然利子率は20%ということになる。
実際の契約金利には、これにリスクプレミアムが上乗せされます。中世のころは、不確実性を反映して、このリスクプレミアムが非常に高かった。当時の物価は、上がったり下がったりしていたが、自然利子率や物価上昇率がゼロ以下になっても、リスクプレミアムが高かったので、金利はプラスでした。
現代は、信用制度が大変に発達した結果、このリスクプレミアムが、非常に低くなっている。将来性に程々の懸念がある企業でも、国債などの基準となる金利に対して、リスクプレミアムは数%しかない。だから、自然利子率や物価上昇率が大きく低下して合計値がマイナスになったりすると、リスクプレミアムを加えても、金利がマイナスになることもあるわけです。
そういう世界になっているということを前提にして、金融政策を考えないといけない。実際に世の中に存在する金利はゼロが下限で、マイナス金利はつけられないので、物価を何とか上昇させようとする。そうすると、いろいろな面で無理が出る。そもそも金融政策や財政政策で、物価を自在にコントロールできるという感覚が間違いなのだと私は思っています。
電子マネーの発達で、実務的にもマイナス金利は可能!
――物価が下がると貨幣の価値は上がるので、たとえ名目金利がゼロでも、みな貨幣も持ちたがります。物価の下落にあわせて貨幣にマイナス金利をつけることができれば、無理のない金融政策が行えると、提唱していますね。
FRB(連邦準備制度理事会)が、巨額の国債を買い入れる量的緩和政策を実施するのは、「緩やかなインフレ期待」を起こすためだといわれているが、これは無理な話でしょう。日本がバブル崩壊後に試して、ほとんど効果がなかった政策だからです。FRBの説得に応じてインフレが起こると思って行動した企業が、市場での競争に負けて次々と倒産してしまえば、インフレ期待は続かない。それが世界的な大競争と言われているものの実体です。
経済に歪んだ影響を与えないニュートラルな均衡金利は、自然利子率+物価上昇率です。いまの問題は、自然利子率も物価上昇率も下がって、均衡金利がマイナスになっても、実際の金利はゼロ以下にはできないということです。そうすると、物価が下がって貨幣の価値が高くなるので、みなが貨幣を退蔵して使わなくなり、デフレを一層深化させてしまう。だから、低成長で自然利子率は上がらないとすれば、人為的にインフレ期待を起こして物価上昇率をプラスにもっていけばいいではないか、という議論が行われています。
しかし、世界的な大競争のもとで政策当局が人々のインフレ期待を操作するというのは難しそうです。それが難しいという率直に認めたうえで、そこで何とか無理のない金利体系を作らないといけない。それが「貨幣にマイナス金利」ということです。例えば、自然利子率がマイナス2%で、人々が予想する物価上昇率がマイナス2%だとしても、貨幣にマイナス4%の金利をつけることができれば、将来の貨幣の価値が同じように下がるので、物価に対してはニュートラルということになります。
なぜ、これまで貨幣にマイナス金利がつけられなかったかというと、貨幣を使う人にとって、非常に煩雑だったからです。ここでは細かいことは述べませんが、現代のように電子マネーが発達し、その情報処理技術を使えば、貨幣にマイナス金利をつけることは、技術的あるいは実務的には不可能でありません。
さらに問題があります。無理やりインフレ期待を起こそうとばかり考えていると、実際にはとんでもないことが起こるかもしれないからです。多くのエコノミストは根拠のない思い込みをしているのではないでしょうか。それは「緩やかなデフレ」の後には「緩やかなインフレ」がやってくるという思い込みです。
「緩やかなデフレ」の後には、必ず「緩やかなインフレ」が、「緩やかインフレ」の後には「緩やかなデフレ」が来るのであれば、そもそも急激なインフレやデフレは起こりません。でも歴史上にはそのどちらも数多く起こっているのです。
水を零度以下に冷やして氷になっていない過冷却の状態にしておくと、何かの衝撃で一気に凍ってしまうのと同じように、経済や市場に無理な圧力がかかり続けていると、反動が一気に噴き出してしまうからです。これを「相転移」というのですが、緩やかなデフレが相転移するとすれば、そこで起こるのは「緩やかなインフレ」ではないでしょう。不連続なインフレ方向への価格体系のジャンプになる可能性が大です。大きな変化は、突然にやって来るものなのです。
2010年11月18日 DIAMOND online 辻広雅文 [ダイヤモンド社論説委員]
「この国のかたち」を決める選択を、日本経済を構成するおよそ10%程度の既得権集団が左右していいものだろうか。
環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を巡って、農家と農家に関わる数多くの企業、団体、政治家、官僚が必死の抵抗を試みている。
日本の国内総生産(GDP)における農業の比率は、わずか1.5%に過ぎず、極めて小さい。ただし、関連産業が多数存在する。土木、建設、機械、肥料、飼料…それらすべてを合計すれば、「GDPの10%程度に膨れ上がるだろう」と浦田秀次郎・早稲田大学院教授はみる。
このGDP10%の構成員たちは、政治においてはその数倍もの力を発揮する。彼らは主に地方に根を張っており、全国農業協同組合連合会(農協)を核として結束力が強く、選挙における投票率も高い。自民党政権時代には、地方出身の農林族を支配し、農林水産省を含めて既得権のトライアングルを構成し、強力な存在感を発揮した。
近年は、就農人口の減少に加え、政権交代などで農協の組織率の低下とともに政治力に陰りを見せていたのだが、「TPPを絶好のチャンスと捉え」(官邸関係者)て、農業関係者の危機を煽り立てることで再び結束、圧力団体としての力を取り戻しつつある。その凄みに、にわかに菅政権がたじろいでいる。
復習しておこう。
TPPの最大の特徴は、関税撤廃に原則として“例外を設けない”ことにある。原則100%の貿易自由化なのである。この点が、二か国・地域間で結ぶ自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)と決定的に違う。FTAはモノやサービスなどの貿易上の関税などの障壁を取り除く協定だ。EPAはFTAを柱に、さらに労働者の移動の自由や投資規制の撤廃などを盛り込んだ協定である。
だが、ともに“例外が認められる”。実際、貿易総量のおよそ10%は例外である。日本は数多くの国々とEPAを結んでいる。それでもコメの777%をはじめとして数多くの農産物が高関税で守られているのは、この例外規定のおかげである。だが、TPPでは原則認められない。安いコメが大量に入ってくる。だから、農業関係者が反対運動に狂奔するのである。
TPPは現在、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの小国4か国ですでに稼働中である。そこに、米国、オーストラリア、ペルー、マレーシア、ベトナムが参加交渉を開始した。大国である米国の参加表明で、TPPはがぜん、注目を浴びることになった。
米国の意図は言うまでもない。オバマ政権が掲げる「輸出倍増計画」を達成するには、自由貿易圏として成長著しいアジア圏を取り込むことが必須だからである。米国の参加は、他国にとっては巨大な輸出市場の出現である。こうして、9か国が交渉に入っている。この9か国のGDP合計は世界の28%(といっても、米国が20%を占めるのだが)に達する。
実は、TPPは通過点に過ぎない。ゴールはアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)である。FTAAPは、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の21カ国・地域が参加する自由貿易協定構想である。実現すればロシア、カナダ、韓国なども含む世界人口の40%、世界のGDPの50%を抱え込む巨大経済圏となる。FTAAPにいたる3つのロードマップの一つとして今、TPPが最も注目されているのである。
ちなみに他の2つは、上図にある「東南アジア諸国連合(ASEAN)+3(日本、中国、韓国)」と、それにインド、オーストラリア、ニュージーランドを加えた「ASEAN+6」である。
つまり、TPPに参加しないと判断することは、FTAAPにも入らないということである。それは、グローバル資本主義に生きる道を捨て、いわば鎖国の決断をすることと同義であろう。冒頭に「この国のかたちを決める選択になる」と書いたのは、そういう意味である。
菅政権はTPPへ参加するか否かを、来年2011年6月に決定する方針だ。前述したように、9か国はすでに交渉を開始しており、3回の会議を終えている。さらに6回の会議が設定され、来年10月には合意に至るスケジュールだ。とすれば、日本が来年の6月に参加を決めたとしても、交渉は終盤に差し掛かっている。だから、日本の主張を反映するには、遅すぎる。日本の参加表明を歓迎している9か国にしても、本音ではもっと早く決めてほしいと思っているだろう。
国際交渉に乗り遅れそうなほど参加成否の検討に時間がかかるのは、いうまでもなく抵抗する農業対策のためである。政府は農業構造改革推進本部を設置、来年6月に政策決定を行うことにした。
たとえば、農水省はTPPに参加すれば低価格の農産物の輸入急増によって、日本の農業は11兆6000億円の損失が生じ、340万人の雇用が失われると試算している。
一方、経済産業省はTPP不参加ならば、2020年の時点でGDP10兆5000億円が減少し、81万2000人の雇用機会が失われる、としている。逆に、TPPに参加すれば、自動車や電子製品といった日本が国際競争力を保っている分野の輸出が拡大し、GDP10兆5000億円と81万2000人の雇用が得られるということである。
農業保護に固執する農水省と自由貿易促進の経済界を代弁する経産省に対し、内閣府はTPP参加で得られる利益と損失を差し引けば、2兆4000億円~3兆2000億円のGDP増加が望めるとしている。多くの専門家は、「内閣府の試算は中立的で、妥当なもの」(浦田・早大大学院教授)として受け止めている。
そうだとすれば、このGDP増加分はさまざまな経路で全国民に還元されることになる。全体の利益という立場に立てば、TPPに参加しないという選択肢はないのである。
ただし、長期的には全国民に利益をもたらすことにはなるが、短期的には非常な痛みが局所に発生する。兼業農家、とりわけ第二種兼業農家では損失が発生する。第二種兼業農家とは、全収入の50%以上を農業以外から得ている農家である。彼らは低価格の輸入農産物に対してまったく競争力を持っていないから、おそらく撤退、廃業、失業に追い込まれることになる。
だが、それは農業を救うチャンスにも変わる。
なぜ、兼業農家が競争力を持っていないか。過去数十年に渡って、日本はコメ、小麦、酪農製品などに高い関税をかけ、農地所有者を税制で優遇することで保護した。規制強化によって守られた産業は、例外なく生産性を下げ、イノベーションを欠いて、競争力を落とす。とりわけ、固定資産税や相続税を大幅に軽減されている既得権を最大限に生かそうと、休眠地や農作放棄地を抱え続けた農家の堕落ぶりはひどく、さまざまなメディアに取り上げられている。それが、農業以外の収入のほうが大きく、農作をしなくても生活に困らない第二種兼業農家である。
かねて日本の農業には構造改革の必要性が叫ばれてきた。小規模農地、休耕地、農作放棄地を集約し、土地の大規模化を図り、専業農家にモチベーションを与え、新規参入を緩めて競争を刺激し、生産性を向上する――。一言でいえば、兼業農家には農業をあきらめ、土地を拠出してもらうことが、構造改革である。
世界の先進国いずれもが戦略的に進めた農業の構造改革を、日本は自らの手で成しえなかった。これからも同じであろう。既得権に縛られたまま、農業の弱体化はさらに進み、壊滅の危機に瀕する。自力でそれを回避できないのであれば、外圧を利用するしかない。その格好の外圧が、TPPである。TPP参加によって兼業農家は苦境に陥るかもしれないが、農業全体は救われ、活性化のチャンスを得られるのである。
この兼業農家を中心とする被害を最小限にすることが今、政府に突き付けられている難題である。だが、仮に単純な所得補填政策――所得がそれほど減らない第二種兼業農家も少なくないだろう――をしたとしても、財政の悪化が進むだけで、日本が直面している課題の解決にはならない。
日本経済の停滞の主要因は、潜在成長率が低下し続けていることにあり、今や1%を切っているとみられている。その原因はさまざまだが、主因は労働人口の減少と生産性向上の停滞にある。そうだとすれば、減少し続ける労働資源を生産性の高い産業分野に集中する政策こそ必須なのである。
この観点から、二つのことが言える。第一は、生産性の低い分野から生産性の高い分野に労働資源を移転させることが必要であり、そのためには、生産性の低い分野は輸入によって代替してもらうという選択が有効である、ということだ。生産性の低い分野に労働力をとどめておくことは、今の日本にとってとんでもない無駄遣いだ。その生産性の低い分野の典型が農業なのである。TPP参加は、輸入拡大の最も有効な政策となる。日本人は輸出には非常な関心を持つが、輸入に関してはあまり深く論考しない。この点は当コラムの【第109回】「 “輸出が大好きな日本人”が自覚できない欠落」を参照してほしい。
第二は、労働市場改革が必要である、ということだ。生産性の低い分野、つまり廃業などによって浮いた兼業農家の労働力を、生産性の高い分野に移転、誘導するには、日本の労働市場の硬直性にメスを入れ、流動性を豊かにする仕組みが必要だ。そのためには、さまざまな制度の改変が必要となる。これもまた、日本のタブーにメスを入れる構造改革となる。
最後に付け加えたい。
TPPからFTAAPに至る道のりは、「新しい国際制度を構築する試みでもある。それは自由貿易にかかわる制度だけではなく、たとえば各国国内法である独占禁止法や知的財産権に関わる法制度を包括的に組み込む作業になる」と、浦田・早大大学院教授は強調する。
グローバル資本主義の公正、公平、成熟を高める制度設計ともいえる新しい国際作業に参加せず、知的格闘もなく、自国の主張も反映できないとなれば、それは独り鎖国するということである。日本企業はとても戦えまい。日本から国際競争力のある企業は、相次ぎ脱出するであろう。
開国か鎖国か――ワンフレーズによる二分法は上滑りの熱狂を招くという危険は十分に承知しているけれど、日本にとって、この選択を掲げて総選挙に打って出るほどの分かれ目だと思われる。
侵略に備え、着々と手を打つ中国、手をこまぬく日本!
2010.11.18(Thu)JBプレス 松島悠佐
9月7日、尖閣諸島で海上保安庁の巡視船に中国漁船が衝突する事件が起きました。日本は中国漁船の船長を拘束しましたが、処分保留のまま釈放し国内外で大きな問題を提起しました。
尖閣は防衛、安全保障問題と認識すべき!
我が国は、日本の領土である尖閣諸島で起きた国内の事件として淡々と調査するとの姿勢を採っていましたが、この問題は単に国内の刑事事件という枠では解決できるものではなく、中国との間にある領土主権の解決が主題であることは明らかです。
それにもかかわらず、中国の威圧に屈し日本の国益を全く無視した政治的措置が採られたことに腹立たしい思いがしています。
尖閣諸島の問題は単に漁業権や資源開発の問題にとどまらず、我が国の防衛、安全保障に直接関わる問題であることをしっかりと国民に伝えていくことが大事な気がします。
中国はこの十数年間、海軍・空軍・ミサイル部隊を中心に著しい軍事力強化を図ってきたことは周知の通りであり説明は要しないと思います。
米国の国防総省が毎年議会に報告している「中国の軍事力」では、次のように注意を喚起しています。
沿岸防護型から外洋型へ、舵を大きく切った中国!
「近年の中国の軍事力は、豊かな経済力を背景にして外洋型海軍の建設を念頭に近代化を進めており、これまでのように自国と国境周辺の安全保障という狭義の役割から脱皮し、グローバルな視点で広く海洋への進出を狙いにしている」
その指摘通り、中国軍とりわけ中国海軍の動きがこの数年活発になっています。
2010年4月、潜水艦や駆逐艦など10隻の中国海軍艦隊が沖縄本島と宮古島の間の海峡(以後「沖縄・宮古海峡」と呼称する)を通過し、西太平洋海域で訓練した後再び同海峡を通過して帰還したことは記憶に新しいことですが、その後もこの種の行動が度々起きています。
このことが示しているように、中国海軍は、「沿岸防護型」から「外洋型」へと脱皮し、空軍もそれに合わせて外洋への出撃能力を高めてきました。
1980年代末までは、広大な国境線を接していたソ連への備えから、中国軍の中心は陸軍であり、海軍は沿岸防備を行う程度の戦力でした。
ロシアとの関係改善で中国の目は西大西洋に向かった!
しかし、その後ロシアとの関係改善が進み国境問題が解決した結果、中国の主題は台湾問題となり、中国軍の潜在仮想敵国はロシアから台湾を支援する米国に変わっています。
中国海軍が東シナ海・南シナ海での海洋権益の拡大を図り、やがて西太平洋に進出してくるであろうことは、相当以前から軍事専門家の間では指摘されていたことです。
海洋正面での中国の戦略は「日本列島~南西諸島~台湾~フィリピン」を「第1列島防衛線」として定め、他国の侵入を阻止し東シナ海~台湾周辺~南シナ海の支配を確実にすることにあるようです。
その目的は第一義的には台湾有事に際して米軍の介入を阻止できる態勢を作ることでしょう。
将来的には、空母建造や宇宙の軍事利用を推進しさらに戦力を強化して「小笠原諸島~マリアナ諸島~グアム~サイパン~パプアニューギニア」を「第2列島防衛線」と考えているようです。
2015~2020年には第1列島線は確保される見通し!
それは先の話としても「第1列島線」の確保は中国にとっては必成の防衛ラインと考えられています。
現在のペースで軍事力強化が進めば、2015~2020年頃には「第1列島防衛線」を確保できる海空軍力が完成されると見られています。
中国がこの防衛線確保の作戦を発動すれば、大隈諸島南北の海峡ならびに台湾北側の沖縄・宮古海峡、南側のバシー海峡が、中国の管制下に置かれ自由な通航もできなくなります。
これらの海峡は国際海峡であり、平素から我が国を含め多くの国が利用する海上交通の要衝になっています。特に我が国にとっては海外からの物流の生命線であり、それが危急に瀕することになるため、そのような暴挙を許すわけにはいきません。
また、世界の警察軍として現在でも中東やアフガンなどにグローバルな作戦展開をしている米軍にとっても、とても容認できることではありません。
米国と中国が第1列島線で対峙する可能性!
横須賀を母港として活動している第7艦隊は、米太平洋軍の主力艦隊として西太平洋~インド洋を守備海域として活動しており、台湾周辺や南シナ海の安全な航行が絶対の要件になっています。
中国が「第1列島防衛線」で米軍の侵入を阻止するような行動に出れば、米軍は安全な航行路確保のための作戦を発動することになるでしょう。
米軍はこの中国の戦略を「anti-access/area-denial(接近阻止・領域拒否)」と呼び警戒感を強くして対応を考えています。
2010年2月に発表されたQDR(QUADRENNIAL DEFENSE REVIEW REPORT)の中でも「軍事力の再調整(Rebalancing the force)」に必要な機能の1つとして「中国などの阻止作戦に対する対応」が取り上げられています。
そこに記されている内容は概略次のようなものです。
米国を悩ます中国の軍事力増強!
「米国の軍事力の役割は世界の安定に寄与するものであり、地球上の各地で起きる紛争に対応できるのは米軍しかいない。従ってこれをどこにでも展開できるような体制を作っておかなければならない」
「ところが最近米軍の介入を阻止する動きが活発となり、冷戦終結以降米軍が作戦展開して紛争を抑止してきた地域にまで作戦展開に支障を来す恐れが出てきている」
「そうなると、米国の優勢な軍事力によって同盟諸国の安全を確保することが難しくなってくる。北朝鮮やイランは、新たな弾道ミサイルシステムを積極的に開発導入しており、それによって前方展開している米軍が危険にさらされている」
「また、紛争事態に即応するために必要な航空基地や上陸港湾、指揮・兵站施設などが危険に直面する可能性が出てきた」
「他方、中国は長期にわたる総合的な軍事力の強化を図り、中距離弾道ミサイルおよび巡航ミサイル、最新の攻撃型潜水艦や戦闘機、長距離防空システムを強化し、さらに、電子戦能力、サイバー攻撃能力、対宇宙システム能力を開発し近代化を進めてきた」
「これによって米国は、同盟国を援助し紛争を解決するために必要な戦略展開を妨げられる危険に直面している」
このQDRに記されている「接近阻止環境下における攻撃の抑止および打破」(Deter and defeat aggression in anti-access environments)とは、まさしく中国が企図しているような列島防衛線への接近阻止という戦略を無効化し、あるいは打破することであり、その必要性が強調されています。
米国による中国対策7カ条!
そしてそのための施策として次の7項目が重視されています。
1.将来の長距離攻撃能力の拡大
2.対潜戦の有利さの活用
3.米軍の前方展開体制および基地インフラの活性化、基地機能回復力の増大
4.宇宙へのアクセス、宇宙使用の安定性
5.主要な情報偵察監視能力の堅固さの強化
6.敵のセンサーおよび交戦システムの破壊
7.海外での米軍のプレゼンスおよび対応性の増大
このことを、東シナ海正面での作戦、特に沖縄・宮古海峡ならびにバシー海峡の作戦に当てはめれば次のようなことになるでしょう。
沖縄・宮古海峡、バシー海峡の防衛戦略!
1.米空母機動部隊の行動を阻止しようとする中国のあらゆる作戦手段を封じ込めるための長距離打撃力を強化すること。
すなわち、中国軍の弾道ミサイル、巡航ミサイルによる攻撃、航空攻撃を封殺するための基地攻撃能力の強化、ならびに空母機動部隊の作戦を妨害する中国艦隊を排除するための遠距離からの海上打撃力の強化。
2.大隈諸島南北の海峡ならびに沖縄・宮古海峡、バシー海峡に仕かける機雷封鎖、潜水艦による閉塞に対して、発見・撃破・排除を適切に行い有利に対潜作戦が遂行できるシステムの開発・活用。
3.日本を含み東アジアに前方展開した米軍の即応性の向上、ならびに沖縄をはじめとして、佐世保・岩国・横須賀・横田・グアムなどの基地機能の活性化。
4.中国の宇宙戦能力の強化を抑え、宇宙戦を有利に展開する能力の確保。
米軍は、中国の西太平洋への進出を封じ込め、自ら両海峡を支配し、航空優勢・制海権を確実に保持できる安全海域を確保して、東シナ海・南シナ海への安全な進出を図る作戦を企図しています。それが米軍の戦略機動路確保の作戦です。
第1列島線付近は係争海域になる可能性が大きい!
国が考えている「列島防衛線」での阻止作戦と米国が考えている「戦略機動路」確保の作戦がぶつかるところは当然ながら係争海域となります。
米国にとっても中国にとっても自らの牽制下に収めておきたい重要な海域が、台湾周辺の沖縄・宮古海峡ならびにバシー海峡、さらには南シナ海であり、ここでは激しい争奪戦が予測されます。
具体的な事例として、もし中台紛争が起きれば、台湾と防衛協定を結んでいる米国としては何らかの介入をするでしょう。
また、中国としては国内問題に米国が介入することを好まず、米軍が空母機動群などを展開するような行動に出れば、それを阻止する作戦行動に出ることが予測されます。
中国軍が沖縄・宮古海峡で採るであろう具体的な作戦を推察すると、次のようなものになると思われます。
中国軍は何が何でも尖閣諸島に警備部隊を常駐させようとする!
「海空部隊を以って第1列島防衛線以東における警戒・哨戒態勢を確立し、航空優勢・海上優勢を確保して米機動部隊の接近排除に努める」
「防衛線に侵入を企図する米機動部隊に対しては、航空機・中距離弾道ミサイル・巡航ミサイルならびに海上火力によって制圧するとともに、大隅海峡、沖縄・宮古海峡およびバシー海峡に機雷を敷設し、潜水艦を配備して海上を封鎖し、東シナ海、南シナ海への侵入を阻止する」
「なお、沖縄・宮古海峡の封鎖作戦に際しては、釣魚島(尖閣諸島)に警備部隊を配備し、海峡を牽制下に置き、封鎖作戦を容易にする」
「この際、可能な限り先島諸島(宮古・石垣・西表・与那国各島)を牽制下に収め、東シナ海における警戒態勢をより確実にするに努める」
我が国に直接関係する作戦を要約すれば、次のようなものになると思われます。
尖閣諸島は中国軍の橋頭堡になる可能性!
1.機雷・潜水艦による大隅海峡、沖縄・宮古海峡の封鎖
2.海峡東側(列島防衛線外縁)における火力制圧
3.尖閣諸島の占領
中国の海空軍が我が南西諸島の周辺で哨戒活動を行なったり、尖閣諸島を占拠し警備部隊を配備するような行動に出れば、明らかに我が国への主権侵害であり、我が国としては防衛事態対処を余儀なくされます。
さらに国際社会にとっても、国際海峡である沖縄・宮古海峡などに機雷を敷設し、潜水艦を配備し航行を阻害するような行動は、公海の安全航行という国際的な法にも違反する行為であり容認できないことは当然です。
日米と中国双方が「沖縄・宮古海峡」を牽制下に置くための争奪戦を展開する事態になれば、海峡両端の沖縄諸島・先島諸島・尖閣諸島が大変重要な作戦上の役割を担うことになるのは明白です。
沖縄諸島は現在でも南西諸島防衛の中心として日米の主要な基地があり、ここを日米がしっかりと確保している以上、中国軍がこれを牽制下に置くことは難しいでしょう。
尖閣、先島諸島を確実に押さえれば中国軍は阻止できる!
先島諸島には、現在宮古島に航空自衛隊のレーダーサイトがある以外には軍事基地はなく、海峡争奪戦が現実化する頃には我が国としては警備部隊を配置するなどの措置が必要になるでしょう。
尖閣諸島も同様であり、現在は小さな無人島ですが、海峡を牽制下に入れる作戦においては、監視警戒部隊の配置が必要になると思われます。
日米がこの海峡の両端の緊要な地域をしっかり押さえていれば、中国の海峡阻止作戦は難しくなります。従って中国としては、「沖縄・宮古海峡」を自己の牽制下において米軍機動部隊の侵入を阻止するためには、何とかしてこの態勢を打破する必要が出てきます。
沖縄諸島を自己の牽制下に入れることは中国にとって相当の困難性があると思われますが、先島諸島・尖閣諸島を牽制下に入れることは可能性のある作戦と言えます。
先島諸島は、我が国が現在までのような腰の引けた対応に終始し、警備部隊を配備するなどの措置を講じなければ、その虚に乗じて中国が海上封鎖などの措置を取り、宮古島・石垣島などの周辺海域を固めてしまうことも考えられます。
小さな無人島だが軍事的な役割は甚大!
そうなると、日米の「沖縄・宮古海峡」管制の一翼が崩されます。
尖閣諸島については、中国も領有権を主張し、国際的にも機会あるごとに喧伝してきましたので、中国が沖縄・宮古海峡阻止作戦を敢行する際には、自ら警備部隊を上陸させるなどの行動に出ることも予測されます。
尖閣諸島は南西諸島や台湾から約170キロも離れた小さい無人の島ですが、軍事的には非常に大きな価値があります。
中国にとってこの尖閣諸島は、「絶対確保海域」と考えている東シナ海大陸棚の重要な一角であり、台湾の前庭的な位置にあります。
しかも、米機動部隊が東シナ海に侵入する航路を制約する重要な海域であり、中国にとってこの尖閣諸島を制することは阻止作戦のための「必須の要件」になっています。
中国軍を尖閣諸島付近から排除することが「必成目標」!
なぜなら、沖縄諸島・先島諸島・尖閣諸島のすべてを日米がしっかり押さえてしまえば、第1列島防衛線における中国の「anti-access/area-denial(接近阻止・領域拒否)」作戦は、まず不可能になるからです。
さらに中国としては、できれば尖閣諸島のみならず、先島諸島(宮古列島・八重山列島)を含めた台湾の前庭的な海域を支配することを「望ましい要件」と考えていると思われます。
まず尖閣諸島を確保し、それをテコにしてジワジワと侵攻してくる可能性が排除できません。南シナ海における南沙諸島占拠のようなやり方です。
このような分析から判断すれば、我が国としては中国海軍を尖閣諸島周辺から排除して、領海主権を確保しておくことが極めて重要な「必成目標」となることが明らかです。
が国政府の対応はこれまで、「相手の刺激を避け、摩擦を起こさぬ」行動を選択してきましたが、このような政策を採り続けていると、中国はその虚に乗じて尖閣諸島占拠の行動に出る可能性が高まってきます。
日本の許可なく尖閣諸島を調査する中国の調査船!
尖閣諸島付近での調査活動はここ数年継続的に活発になっていますが、それは単に資源開発のためだけではなく軍事行動の準備を進めていると見ておくべきでしょう。
2007年2月、中国の調査船が事前通報もせず尖閣諸島付近での調査活動を行い、わが海上保安庁の巡視船が中止を呼びかけても無視して調査を続行しました。
我が国の抗議に対し中国外務省の報道官は、「釣魚島(尖閣諸島の中国名)付近で実施した調査活動は正常な海洋科学調査であり正当な主権行為だ」と述べています。
2008年12月には、中国の海洋調査船2隻が尖閣諸島付近の海域を9時間にわたって侵犯しました。日本の抗議に対して、中国外交部の劉報道局長は「釣魚島は古くから中国固有の領土であり、日本に非難されるいわれはない」と述べています。
このような考えに基づいて、2009年8月、2010年4月にも何の連絡もなく、我が国を無視して調査が続いており、同様の不法侵入・調査活動は、最近では継続的に行われています。
話し合いではなく先に手を下す中国の手法!
先般の巡視船と中国漁船の衝突事件もこのような流れの中で起きました。
中国が「領海法」を制定して尖閣諸島の領有権を明確に打ち出してから既に18年経ち、中国の領有権主張も最近富に声高になり、国際的には大分浸透してきたと自認しているようです。
また、第1列島線を確保できる外洋型の海軍もようやく整ってきたようであり、そろそろ軍事力を後ろ盾にして実力行動に出る時期が近づいていると思われます。
無人島占領の中国的手法は話し合いが先ではありません。まず実効支配しそれを背景にして自らの正当性を主張し要求を突きつけるのが手法です。
しかも必要に応じて時間をかけてじっくりやることが多く、国際的批判をうまくかわすことにも長けています。
中国は日本の対応を事細かに分析している!
そのような情勢を総合的に判断すると、尖閣諸島は大変危険な状態になってきました。このまま放っておくと取り返しのつかない事態になると予測されます。
中国は四周の情勢を見るのに非常に慎重な国ですから、今、日本の対応を見ていると思われます。
日本が毅然とした対応をすれば、中国もそれなりに判断して新たな手を考えてくると思われ、逆に日本が何にもしないことが分かれば、そのまま活動をエスカレートさせ尖閣諸島実効支配に動き出すことにつながります。
先の漁船衝突事故で、船長の釈放を巡る是非ばかりを議論していたのでは本質的な問題は解決せず、逆に中国の暴挙を誘うことになります。
尖閣諸島の問題は、我が国の領土主権と防衛に関わる問題であり、それが一番の根底にあることをしっかり認識することが大事だと思います。
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