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日本の決定的な衰退は、防衛力の欠如がもたらす!


中国人民解放軍
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E4%BA%BA%E6%B0%91%E8%A7%A3%E6%94%BE%E8%BB%8D

2010.12.27(Mon)JBプレス 高井三郎

彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」と孫子が教える通り、今や、日本国民は、我が国の平和と独立および国益を守り抜くため、最大の潜在脅威である中国の軍事情勢を知らなければならない。このため、彼らの軍事力の基本的な知識をまず紹介する。

中国の軍事制度:軍隊、統帥機構、階級構成!


中国の法制上、人民武装力量と呼ばれる軍隊は、人民解放軍(解放軍)、人民武装警察部隊(武警)および民兵から成る。

 中華人民共和国中央軍事委員会および中国共産党中央軍事委員会が、これらを指揮統制する。すなわち、中国には西側諸国と異なり、1人の国軍総司令官は存在しない。

 最高統帥機関である両中央委員会は、それぞれ首席1名、副主席2人および委員8人から成るが、いずれも胡錦濤首席(党総書記・国家首席)はじめ同一の人物である。

 なお、首席のみが文民で、副主席および委員は、すべて党幹部、国防部長、4総部長、第2砲兵・海軍・空軍各司令員を務める現役上将から成る。

 中国当局の公式見解によれば、このような最高統帥機構を人民が支える党が軍を指導する態勢である。これに対し、西側諸国では、中国軍を国民の軍隊でなく共産党一党独裁体制下の党の軍隊と見なしている。

 4総部は、総参謀部(作戦部、情報部、技術部、電子対抗電達部、軍訓和兵種部、動員部、通信部等)、総政治部、総後勤部、総装備部(1998年に新設)から成り、西側の統合参謀本部機構に相当する。

 武装力量の主力を成す解放軍は、18個集団軍、海軍、空軍、戦略ミサイル部隊である第2砲兵(2砲)および予備役部隊から成り、瀋陽、北京、済南、南京、広州、成都、蘭州各軍区に配置されている。

 軍区は、平時に広報、警備、情報、徴兵、動員などの軍制を担当し、戦時に統合作戦地域の基盤になる。

 例えば、南京、広州各軍区を合わせ、東南戦区という南西諸島または台湾進攻向きの戦域を編成する場合もある。

武警の総司令部である人民武装警察部隊総部は、中央軍事委員会および国務院・公安部(警察省)の双方から指揮統制を受ける。県、都市の区などの地方行政機関の人民武装部は、軍および国務院の指導を受け、民兵および予備役の指揮統制を行う。

朝鮮戦争後に新設された軍隊の「階級」!


解放軍には、1927年に紅軍として創隊以来、伝統的に階級がなかったが、朝鮮戦争後の1955年にソ連軍式の階級を新設した。

 ところが、1965年における文化大革命の影響下で全廃して、23年後の1988年に軍事の現代化に伴い復活し、1993年、1995年、1999年および2009年に大きな修正を重ねて現在に至っている。

 現行の解放軍および武警の階級構成は次の通りである。

●軍官:上将、中将、少将、大校、上校、中校、少校、上尉、中尉、少尉
●士官:1級軍士長、2級軍士長、3級軍士長、4級軍士長、上士、中士、下士
●兵:上等兵、列兵

注:軍官は将校、士官、幹部(自衛隊)、士官は下士官、曹(自衛隊)を指す。兵は義務兵、士官は志願兵である。士官は軍士とも呼ばれている。

 中国当局は、以上の各資料を公表するが、各軍の総兵力、部隊数などを非公開扱いにしている。ただし、2004年国防白書は、民兵の兵力を1000万人と初めて公表した。

 中国国内情報(非公式)によれば、2009年時点における解放軍総兵力は256万人、うち陸軍178万人、海軍23万人、空軍42万人、2砲13万人、これに武警120万人を合計すれば376万人である。

 なお、別の国内情報は、今年の解放軍総兵力230万人、うち陸軍150万人、海軍25万人、空軍45万人、2砲10万人と見ている。

 これに対し、英ミリタバランス2010年版は、解放軍総兵力228万5000人、うち陸軍160万人、海軍25万5000人、空軍30万~33万人、2砲10万人、それに武警66万人を合わせた総兵力294万5000人と明記する。

いずれにせよ、軍当局は、軍事力の一層の合理化に対応し、兵力縮小政策を進めているとはいえ、解放軍と武警を合わせた常備兵力は、依然300万人前後と思われる。

日本国民の常識を超える徴兵制度の実態!


2010年時点における解放軍と武警300万人の構成は、軍官75万人、士官100万人、義務兵125万人と試算される。

 中国の徴兵制度(征兵と公称)による義務兵の主力は18歳で入隊後、2年間の現役を務めると除隊して帰郷し、基幹民兵(第1予備役)に編入される。

 義務兵役終了者の一部は士官(志願兵)に栄進し、あるいは軍事院校(西側の士官学校)に入校する。

 「中華人民共和国兵役法」は、「平時に18歳から22歳までの男性公民(18歳以上の中国国籍を有する人民)は兵役登録の義務を負う」と定めるが、現在は、24歳までの大学生も義務兵役の対象にしている。

 中国の国内情報によれば、毎年の義務兵役入隊者は50万人ないしは70万人に達するようである。

 最近、有識者が、中国の徴兵制度に関する疑問を寄せてきた。

 例えば、「人口抑制を狙った一人っ子政策と少子化現象が徴兵を妨げているのではないか。祖父母、父母合計4人ないし6人の生活を支える一人っ子が兵役に取られる家庭は破滅する。従って、徴兵逃れのため、当局に対する賄賂が流行っていないか。あるいは、近い将来、大規模な徴兵反対運動が起きないか」

 これに対し、別の有識者は、「失業者が溢れているのが、彼らの社会の悲しい現状である。従って、軍当局は、大勢の失業者から徴兵をいくらでも採ることができる」と反論した。

 さらに有力なマスコミ人は、「沿岸部の都会の若者は、規律が厳しくて安い給与の兵役よりも、収入が多く、自由な生活を楽しめる一般企業への就職を希望する。このような軍務適齢者の意識が徴兵制度の円滑な実行を妨げている。『良い鉄は釘にならず、良い人は兵にならず』という諺の通り、今でも中国の民衆は軍隊も兵役も嫌いである」という。

 思うに、戦後、半世紀以上も軍事教育不在の現象が祟る我が国家社会では、人格識見、教養が豊かで社会的地位も高い各位でも、対中軍事認識は、この程度であり、ましてや、一般大衆の情報把握のレベルは推して知るべし。

結論を先に述べると、少子化社会でも、毎年70万人規模の徴兵にはほとんど支障を来していない。

 実のところ、徴兵対象の18歳から24歳までの男子は9100万人に達しており、130人から1人(1%以内)を採れば70万人の基準を十分に満たすことができる。

 ちなみに、1932年頃の日本陸軍は23万人の平時兵力維持のため、軍務適齢男子(20歳)の1割に当たる11万人を徴兵入隊させていた。

 これに比べれば、現代中国の兵役業務は決して窮屈でなく、徴兵逃れを追い回す必要性もほとんどない。

例外が多い中国一人っ子政策


ところで、一人っ子政策には、いくつも例外があって、中国全土の全家庭が、決して子供1人でない。

 例えば、少数民族の大部分、漢族と少数民族から成る夫婦の家庭、増えた子供の分の罰金を払う家庭は、対象外である。

 既に、1980年代末期には、一人っ子政策下の徴兵が民生に及ぼす影響を考慮して、兵役期間を3年から2年に短縮した。当時は、現在よりも総兵力および義務兵の所要がともに現在より多かったという背景がある。

 憲法で国防を公民の名誉ある責務と定め、国防教育法に基づき、学生、生徒を含む全民国防教育を進める中国における軍隊と軍人の地位の高さは、『良い人は兵にならず』と言った昔日とは比較にならない。

 このため、特に農村部では、兵役希望者が目白押しであり、徴兵制とはいえ、1940~60年代における米国の選抜徴兵制または西側諸国の志願制に近い。

 従って、兵役担当機関は、地域の適齢者情報を事前に把握し、これはと思う少年たちに徴兵登録を勧める。もっとも中国では、日本の住民登録制度を兼ねた戸籍を警察が管理しているので、兵役該当者情報の把握も極めて容易である。

 

当年の秋までに17歳になった当局お墨付きの少年は、登録、健康診断・身体検査および身元調査を経て、12月までに18歳を迎えてから兵役入隊する。

 これらの入隊者の主力は、高級中学(高校)、一部は初級中学(中学)の卒業生である。大勢の候補者から少数を選ぶ余地があるので、素行不良者や低学力者はもとより、眼鏡常用者などは事前に排除される。

 なお、一人っ子を送り出した留守家庭は自治体から生活補助金の交付を受ける。

 軍当局の公表によれば、軍隊のさらなる現代化の一環として義務兵の全般的なレベルを向上させるため、24歳までの大学生も義務兵役の対象にする。

 このため、入隊者には、2年間の兵役終了後の復学を認め、現役勤務の成績優秀者に復学後の授業料の半額割引制度もある。初級・高級中学生および大学生である女性の兵役登録は、軍当局の人員補充所要と本人の希望を考慮して決定される。

自衛隊の人的戦力の弱点を衝く中国軍事論考!


顧みるに、1960年代以来、北京の指導部は、少しでも日本の防衛費が増額され、あるいは装備の質が向上すると、「東アジアに脅威を及ぼす軍事力強化の布石」と誇大宣伝し、防衛力の改善を説く政治家の発言および閣僚の靖国神社参拝を「軍国主義復活、侵略戦争の再発準備の兆候」と批判を重ねてきた。

 このような、彼らの弛まぬ宣伝戦、心理戦が、我が国の政治姿勢および世論動向を揺さぶってきたことは間違いない。

 例えば、1980年代における自民党政権は、「他国に脅威を与えない程度の必要最小限の自衛力の整備」という中国側にことさらに気を使う聞くに耐えない防衛政策を国会で表明した。

 従って、中国に顔を向ける政治姿勢が、自衛隊の弱体化に多大な影響を及ぼして現在に至っている。

 然るに総参謀部当局は、宣伝攻勢とは裏腹に、各種情報資料の収集分析を通じ、我が国の防衛力の実態を以前から客観的に把握している。

その一面は、香港の著名な総合月刊誌、「広角鏡」457号(2010.10.16/11.15) に載る「中日軍事力の比較」(呂亭著)というエッセイに見ることができる。

中国から見た日本の軍事力!

 本論考は、特に陸海空曹の素質を中国の士官と対比して、自衛隊の人的戦力の弱点を端的に衝いており、以下は、その紹介である。

 軍隊の管理体制を見るに、中国の軍隊は正常な職業軍官および義務兵役を採るのに対し、日本では、個人の意思による志願・退役がともに自由な傭兵制(訳注:原文通り)である。

 自衛隊は軍隊の性格を有するが、畢竟、平和憲法に拘束されて、国民皆兵の兵役が不可能であり、従って、「日本の軍隊は、一般企業または会社のようだ」と評されている。

 自衛隊の士官の主力は、40代および50代で、専門分野の能力は高いが、活気がなく、戦闘精神の面では、明らかに中国軍とは比較にならない。

 さらに、本論考は、筆者(高井)が以前から警告している愛国心、国防意識および軍事教育がともに欠落した我が国の国情にも触れている。

 日本では敗戦後、「武士道精神」を徹底的に批判し、国民に対し、何十年も軍事教育が行われず、厭軍厭戦気分が社会の主流を成している。

 新世代の国民には、第2次大戦の終戦直前に見られた狂人的な戦闘精神は既になく、一般社会で軍国主義を呼号する極右分子は極めて少数である。

 確かに、我が国の国防体制および自衛隊の弱点に触れる香港側の軍事評論に対し、永田町の面々は、恐らく反論の余地がない。

 このような、我が国の劣勢な軍事力が、対中外交に不利な影響を与えている。要するに、伝統的に軍事力が外交を支える役割を果すのは自明の理であり、防衛力の弱い我が国が不利な態勢に追い込まれている現状を認識せざるを得ない今日この頃である。

次に香港誌の軍事論考が、中日軍事力を比較する材料にした中国軍士官の現況を眺めてみよう。

 中国軍の中枢は、積年にわたり、軍隊の中堅を成す士官の強化に努めている。本来、士官は、春秋戦国時代において、5人の戦闘員を統べる伍長という下級指揮官に始る。

 ところが、軍事の現代化政策は、士官の責任分野を従前の軍官の所掌範囲(例えば技術、行政各職域)にまで拡大し、その結果、1990年代以降、士官の数が増加して軍官の数が相対的に減少した。

 さらには、米軍、韓国軍、台湾軍などの先進諸国軍と同様に、軍隊機構特有の富士山型階級・年齢構成を採り、士官の各階級ごとの勤務年数制限を設けている。

 それは、随時、主力を若い補充員に交替させて組織の活性化に努める一方、少数の優秀者を永く現役にとどめて最大限に活用するという軍隊固有の人事原則である。

 「中華人民共和国兵役法」および本年7月改定の「中国人民解放軍現役士兵服役条例」(注:武警にも適用)によれば、ごく少数の士官だけが辿り着く1級軍士長の退役時点は、55歳または現役勤務30年である。

 従って、18歳の義務兵から身を起し、30年間、勤めた場合には48歳で退役を迎える。それでも、上級士官の重要性が認識されて、旧条例よりも2年間、定年が延長された。

 ちなみに、自衛隊では、最下級の非任期制隊員の3曹でも定年が一律に53歳である。さらには、幹部、准尉、曹の全階級の警務、音楽、衛生各職種および情報、通信等の職域該当者は、60歳まで定年が延長された。

 話題を中国軍に戻すが、現行条例に定める各士官の階級別滞官年数は、下士、中士(自衛隊の3曹、2曹)各3年、上士、4級軍士長(2曹、1曹)各4年、3級軍士長(1曹、曹長)5年、2級軍士長(曹長)9年以上である。

 例えば、義務兵出身の下士は、3年勤めた23歳の時点で、中士昇任の見込みがなければ、自動退役する。

退役後は、28歳まで基幹民兵の要員になり、第1予備役に登録されて、動員時に現役復帰し、29歳になると、普通民兵および第2予備役に編入されて、36歳まで務める。

 軍当局は、士官の質を上げるため、従来からの義務兵役終了者に加え、大学生の士官志願を奨励する。

 当局の公表によれば、2010年には、大学卒業生350万人から12万人が士官に採用された。採用年齢の上限は通常24歳であるが、特殊技能者は、28歳までの志願を認められている。

 強調するに、辛亥革命後の軍閥跳梁時代に、社会のあぶれ者を駆り集めた雑軍と現代の中国軍を同一視するわけには行かない。

 なお、普通高校とも呼ばれる一般大学では、全学生が、兵学、軍事史、軍事制度、戦闘訓練、小火器射撃等を含む基本的な軍事教育を受けている。

 別に主要な大学では、米国のROTCおよび台湾の予備軍官課程に類似の国防生課程も併設する。

 先に紹介した香港の「広角鏡」の軍事論考は、実戦に役立たない自衛隊を置く日本の防衛は、米軍の支援によりようやく成り立っていると見ている。

 いずれにせよ、中国の軍事体制は、我が国の落ちぶれた防衛力の抜本的改革を促す反面教師の役割を果す。

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中高年が健康オタクへ、銀髪族の消費を狙え!

2010.12.27(Mon)JBプレス  山谷剛史

 中国で日々作られ使われる新語の中で今年ぽつぽつと見るようになった単語に「銀髪族」というのがある。

ケチな中高年が消費に目覚めた!

銀髪族とはその名の示す通り、60歳以上の老人を指す言葉であり、老人絡みのトピックでは銀髪族のほかに「老年(人)消費」という単語が絡むニュースもよく見かける。

 本国中国はおろか日本のあらゆる経済誌ですらも消費の中心が「80后(パーリンホウ)」と呼ばれる1980年代生まれであるという情報がありふれた情報となっている。

 その中で、銀髪族が話題に上り始めたのは、彼らが消費し始めたことにほかならない。現在中国における60歳以上の老人の人口は日本の人口以上の1億6000万人で、この数字は全人口の12%に当たり、毎年800万人ほど銀髪族が増えている。

 今年上海万博を契機に「誰もが」ではないが、「多くの」都市部の住民が上海万博を見に行った。

 この時、上海および、南京や杭州観光をセットにした「華東地域ツアー」に多くの老人が参加し、また上海万博後についても平日の中国国内観光ツアーは時間に余裕のある老人ばかり。そうしたことから老人の団体を歓迎する旅行会社の広告は年々増えている。

中国でも問題になってきた所得格差、年金格差!

 中国の老人は金を持っている。現在の若者が就職難に直面しているのとは対照的に、中高年の若き頃は仕事が分配され、家も非常に安く購入できた(「中国にうっ積する「世代間格差」というマグマ」)。

 当時、国営・公営企業のほか、準公務員的なポジションの「単位」と呼ばれる組織はゴマンとあり、そこで働いていた人々の一部が現在銀髪族になると、在職時のステータスによりその都市の一般的な月収から月収数カ月分の年金を毎月もらえるようになる。

 当然、中国の掲示板やブログなどでは、所得格差と同様に年金問題に不満の声が多数確認できる。

 また、数は少ないものの、過去に技術職として国の研究所などで働いていた老人が、研究機関などで技術顧問として再就職するケースもある。もちろん貴重な経験豊富な技術者には老人といえども金に糸目はつけない。

老人、もっと言うと中高年は物欲がなさそうに見える。新ジャンルの製品を欲しがらず、ITにより中国ではここ10年で飛躍的に便利になったというのに、周囲から強く推薦されない限りパソコンはおろか携帯電話すらも触れようともしない。

昔のままの貧しい生活スタイルを好む中高年!


高い買い物である車や家も買おうとせず、家はずっと居住している築20~30年の集合住宅に住みたがる。

 服は中国のアパレル企業がこぞって様々な年齢層に向けて製品をリリースするにもかかわらず、日本で言えばシャッター街寸前の商店街にある“ファッションショップ”のような店で安い服を購入したがる。

 結婚披露宴などのパーティがあれば、そこで出された御飯の残りを発泡スチロールの弁当箱やビニール袋に入れて持って帰り、後日家族に残り物を振る舞う。

 日本の地方に住む老人以上に頑固で保守的でケチなのである。

 ところが、さきほど旅行の例を挙げたように、この人たちにあるスイッチを入れると、今までの吝嗇感覚で言えば、“狂ったように”消費するようになるのだ。

文革の影響で知識欲まで減退した古い世代!

 新しいモノや技術やトレンドに無関心な原因として、文化大革命が影響しているというのが中国では定説になっている。

 知識を持つことを良しとしなかった風潮が長く続いたことから、文革後は知識にとどまらず知識欲までも減退してしまったようである。

 インターネット利用者層を見ると、1970年代生まれ以降の世代でのインターネット利用率と、1960年代生まれ以前の世代でのインターネット利用率には大きな隔離がある。

 中国におけるパソコンやインターネットの普及はもはやお金の問題ではなく、歴史に裏打ちされた「やる気」の問題となっている。米国風に言えば、明確なデジタルデバイドが生じているのである。

インターネットを利用するのは若者、利用しないのは中高年であるために、多くの若者はニュースをはじめとしたあらゆる情報をインターネットを介して知り、多くの中高年は新聞やテレビを介して知る。

孫に使う以外はお金を貯金するだけ!


若者のテレビ・新聞離れに比例して、広告もネット広告は若者向け、新聞広告は中高年向けのものばかりとなった。

 また、そうした中高年の少し下の世代、文革の影響をもろに受けた1960年代生まれの人々も、中高年と同じような消費性向を持つ。

 彼らは、研究開発(R&D)の戦力にはならなず、「断層(の世代)」とも呼ばれているが、やはり新しい物事を取り入れようとしない。

 いわば老人予備軍なのである。つまり、何もしなければ、中国の市場にとっては期待できない存在ということになる。

 物欲が薄く貯金が貯まるだけ貯まる老人は、せいぜい物欲のある新世代の子供や孫に言われるままにお金を出すくらいしか、貯金の利用用途がなかった。

急速に人気が出てきた健康グッズ!

こうした風潮にもかかわらず、銀髪族市場をメディアが紹介する背景には、彼らの心理に若干の変化が見られ始めたことがある。

 この心理の変化の背景として、「近年、中国社会保障制度が改善するというニュースが頻繁にされた結果、老人たちが貯蓄しなければならないという警戒心を少しずつ解き始めている」と分析する中国メディアもある。

 そうした銀髪族の消費の行く先はどこへ向かうのか。

 いくつかの調査結果を見比べても、「健康食品」に「健康グッズ」ばかり。「1に健康、2に健康」と、中国の老人たちは健康に対する関心が極めて高くなっている。

 それに呼応するように、中国の新聞を広げれば老人向けの健康食品・健康グッズ・病院の広告がゴマンと載っている。

そうした商品の中には当然、ニセモノも多い。そこはやはり中国である。老人を敬う習慣のあるはずの国でも、各社が競って老人の弱みにつけこんだニセ健康商品を売りつける。

中国の中高年に人気は日本の健康商品!

しかしその一方で、その類の広告を掲載する中国メディアは「ニセモノに注意」と警鐘を鳴らしている。

 まさにマッチポンプだが、それだけ市場が拡大していることの証拠でもある。

 健康商品で人気があるのが日本製品だ。

 老人の中でも中国製品不信がじわりじわりと広がる中、老人や老人がいる家庭の中でオムロンをはじめとした日系健康機器メーカーの評判が口コミを通じてじわりじわりと上がっている。

 健康機器だけではない。

 昨年には老人コミュニティの口コミを通して話題が話題を呼び、ピップマグネループへの注目が急上昇し、成田・関空・中部などの空港の販売店で売られるようになり、さらに中国ではニセモノも登場した。

医者も好んで使う日本の健康機器!

 私にしても、「日本に一時帰国する」と言うと、必ず周囲からピップマグネループを5個単位で買ってくるよう依頼された。

 個人で購入するだけではない。多くの病院で患者に対し安心安全の日系メーカーの健康機器を売りつけて、信頼を得つつ病院や担当医師の売り上げを上げている。

 老人が集まりやすい場所での各社の老人向け製品の広告が活発になってきているらしく、最近日系メーカーの健康器具のチラシが老人のいる家庭に置かれているのをよく見かけるようになった。

 「日本で人気の老人向け商品!」をアピールするニセモノの広告が近年見られ始めたことは日系メーカーへの信頼の裏返しだろう。

本来銀髪族のニーズはないが、デジカメやパソコンなど物欲旺盛な若者たちが新製品を購入する際、お古を両親に譲った結果、それらを所有し使い始めることもある。

中国のお年寄りを狙え!

また「老年大学」と呼ばれる公営の老人向けカルチャースクールが中国全土の都市にできることで、パソコンなどハイテク機器に触り始めるケースも少数派だがある。

 利用し始めた人たちの口コミにより、銀髪族の中で徐々に文革の悪影響が薄れていく可能性はあろう。

 その結果、ピップマグネループのような銀髪族限定の日本製品ブームが健康グッズ以外で起きるかもしれない。

 中国市場というと、とかく団体旅行で日本に来て銀座・秋葉原・新宿などでまとめ買いをする現役世代の中国人ばかりが目立つが、中国人イコール青少年ではない。

 やがて韓国人旅行客のように、日本に旅行で大挙して来るかもしれない年配の中国人観光客に備え、今のうちからこれらの世代にPRしていく投資は、選択肢として検討すべきではなかろうか。

「北京ログラス」は取引高6兆円の巨大市場に挑む――山本達郎総経理が語る「僕が中国で起業したわけ」
http://www.logras.jp/

2010年12月24日 DIAMOND online

中国ブランドが極端なほど知られていない日本でも、最近では「アリババ」、「タオバオ」などの中国語のネーミングが時々マスコミに登場し、名声を少しずつ獲得している。中国で市場開拓や市場調査をしようと、とりあえずタオバオへの出店を試みる経営者も出てきている。

しかし、中国電子商取引(EC)に関しては、多くの日本企業には専門知識がなく、どのように自社製品をアピールしたら中国の消費者に素早く理解してもらえるか、迷っているのが現状だ。そこで中国ECへの水先案内人として登場するのが、今回の北京ログラス社だ。同社はWEB制作から、SEM、アフィリエイト、ECサポート業務を通じて、日本企業の中国展開を手伝っている。

2006年に創業し、清華大学正門の近く、中国シリコンバレーと言われる中関村に本拠地を置く北京ログラス社は、日本企業だけでなく中国企業に対してもその水先案内人の役割を果たしている。「80後」(バーリンホウ、中国語で1980年代生まれの人を指す)の山本達郎社長に、中国EC市場とログラスの成長戦略について聞いた。
(聞き手/在北京ジャーナリスト 陳言)


ネットと電子商取引の新天地を求めて25歳で再度、単身中国に渡る!

――個人事業主を別にして、中国でも「80後」の創業者はそれほど多くはありません。海外へ、しかも競争の激しい中国によく来られましたね。

もともと最初に中国に来たのは、大学時代でした。ベンチャーを勉強するサークルに入って、アメリカや中国の勉強会に参加し、1~2週間で勉強した経験があります。その時に、香港・広州・上海・北京を見て、中国の勢いを非常に強く感じました。

 大学を出た後、すぐ中国へ留学に来ました。その次はアメリカの大学に留学して、ビジネスの勉強をしています。その後、日本でしばらく働きましたが、会社を創ることになり、中国でビジネスがしたいと思い、25歳の時に再度中国に来て会社を創りました。

 海外に来てからは、イチロー鈴木一朗)やナカタ(中田英寿)といった外国で活躍する日本人により注目するようになりました。彼らは日本人に自信や勇気を与えてくれると思いますので、自分もそのような存在になれるようにと思いますし、そのような日本人がこれからたくさん出て欲しいと思っています。

――会社を起こすには、それなりの資金が必要です。インターネット関連に決めた要因は何ですか。

 自分で会社を創ろうと思ってはいましたが、例えば会社と言っても、八百屋さんだって立派な会社です。でも、今から普通の会社を作っても、大きく成長して、世界で活躍することは難しいと思いました。アメリカを見ていたし、その後、日本では携帯関連の仕事をしたので、将来的に世界で通用するような仕事をしたいと思いました。

 ただし、それでいて資本がそんなにかからないものには何があるかと、いろいろ調べてから、インターネット関連の企業を作ろうと思いました。最初に大きな元手がかからず、かつ最先端のビジネスモデルや技術によって、世の中の役に立てるもの。大きく世界で発展するには、「成長している市場」で、「成長している産業」で起業したいと思い、中国でインターネット関連ビジネスをしようと決めました。

 WEB制作、SEM(検索エンジンマーケティング)なら大した資本金もかからないし、成功してからまた資本を投入しようと思って、成功モデルの構築に努力しています。

 2006年当初、日本語、中国語、英語などが全部できるWEB制作の企業は北京にはそう多くはありませんでした。また、2010年現在でも北京でSEO(検索エンジン最適化)や、EC関連の事業を行っている日本企業はあまり多くありません。

 現在までに、無印良品、キューピー、北京大学日本研究センター等にWEB制作やSEMのサービスを提供しています。

タオバオの成功をいち早く感知、日本の中小企業にノウハウ伝授!

――そもそもアメリカや日本でITの新ビジネスが生まれ、成功していくと思われるなか、中国ではタオバオが成功していくと予感する人は、あまりにも少なかったですが……。

 中国ではまだまだビジネスにおける信用が足りないとか、ビジネスモラルが欠けているなどとよく言われています。中国で生活してみると、そのようなことも確かにありました。

 それまでは、中国ではネットショッピングでモノを買い、お金を振り込んでも商品が送られて来なかったり、モノが壊れていたりしたことも多く、こうした信用が欠如していました。

 そのため中国のECはあまり発展していませんでしたが、タオバオが登場してから、急速に市場が広がり、発展していきました。これまでの中国のECの発展を阻害してきた問題を解決することができたため、中国で大きく発展いくだろうと、大きな可能性を感じました。

「信用」関連のハードルを乗り越える条件とは何か、たとえばタオバオではそれをどのように乗り越えているのか、私は直接タオバオの人に会って聞きました。

 そこで信用を担保する画期的な決済システムを開発、採用することによって、信用問題を解決していき、また日本ではあまり使わないチャットをここではよく使って、リアルタイムに在庫確認や価格交渉をするなど、中国人の国民性や嗜好に非常に合うようなやり方を導入しているのを見たのです。


またユーザー同士の口コミや評価をすべて公開し、ネット取引に透明性をもたせています。さらに、出店費用や販売手数料などはほぼ無料だったので、誰でも簡単に出店することができました。

 2009年にタオバオの取引高は、日本円にして約3兆円でしたが、10年には約6兆円に倍増すると言われています。2010年現在では、2億人以上のユーザーを抱えており、成長率から見ても、これから先も大きく発展していくだろうと考えています。

――中国の大都会はここ十数年で物が溢れるようになりましたが、長い間、商品欠乏の時代が続いてきました。また商品の質の面でも欲求は高まっています。洗練された日本製品の数々は、中国の大量消費に向いていると思われます。もちろん、日本では決して家電だけを作っているわけではありませんよね。

 ユニクロもタオバオに出店しており、よく売れています。メイド・イン・ジャパンのもの、ジャパン・ブランドのものは中国で非常に人気があります。

 ECは地域性がないことが大きな特徴です。最初は、テストマーケティングとして、日本から販売・商品発送を行うこともできます。それがうまく行けば、中国に進出して、会社を設立し、本格的に販売すればよいのです。

――具体的な成功事例があれば、紹介してください。

 弊社提携先では、すでに20社のモールをタオバオに出店し、運用代行サービスもしています。中にはスポーツメーカーの李寧Lottoや、化粧品のSASA香港などがあり、もちろん日本企業もあります。日系企業が中国市場開拓をする場合、ECではどうすればいいか、講演会などでもノウハウをお話しさせて頂いています。

 

スピード感を持ち、新しさを常に追求!

――ビジネスは非常に順調ですね。

 全てが順風満帆に進んできたというわけでもありません。

 弊社では、2007年からSEO(検索エンジン最適化)のサービスを始めましたが、当初はSEOという手法が中国ではまだ新しく、よく話を聞いてもらえましたが、08年には雨後の竹の子のようにSEOを行う中国企業が現れ、価格競争が大変激しくなったりしたこともありました。

――営業では、山本総経理自らテレアポ等もされたのですか。

 はい、私もやっていました。ただ、やはり中国語の発音があまり良くなかったので、「どこの人ですか?」と聞かれ、初めは「ウォーシー リーベンレン」(私は日本人です)などと答えていました。しかし日本にあまり良い感情を持っていない人がいて、電話を切られてしまったり、「日本人がなんでテレアポをしてるんだ?」と聞かれて、起業話をさんざん話させられた挙句、最後にはインターネットは興味ないと言われたりしました。

 そこで、そのうちに自分で勝手に中国人の名前をつけ、発音が悪いと言われると、「南方出身です」とか「香港人です」などと言って、アポを取り、直接会ってから「実は日本人です」と話すと、気に入ってもらえたりしました。

創業以来ずっと中国のインターネットビジネスの世界に取り組んできましたが、業務内容は変わっています。もともとはアフィリエイト広告の営業を行っていましたが、SEOやSEMを行うようになり、SEOも価格競争が激しくなってきたため、ECサポート事業も行うようになりました。インターネットという軸はブレないようにしながら、市場のニーズを汲み取って、いつも社会や企業の役に立てるサービスを提供したいと思っています。

――山本総経理が自らテレアポをしていたとなると、中国企業のお客さんも多いのではありませんか。

 最近では、自分ではテレアポをしなくなり、中国人の社員に任せることにしています。今のところ、クライアントの数は中国企業と日本企業でそれほど違いませんが、金額は日本企業のほうが多いです。

――中国では2億以上の人がインターネット経由で商品を買っています。これは3年前には想像できなかったことです。

 私が中国EC市場の変化をはっきりと意識したのは、2009年頃からでした。同時に日本の元気なさをも感じています。日本の新聞を読んでいても、経営改善のニュースでは、経費を数%カットすることに成功したなどという記事を見かけることが多いです。

 もちろんそれも大切なことですが、やはり市場が成熟してきていて、何かが爆発的に売れるとか、成長するというものが少ないように感じています。隣の国の中国には、急速に拡大する一大市場があります。13億いる中国人のうち、約2億の人がインターネットでから買い物をしています。まだその比率が低いため、これからも増えていって、日本の人口の2倍以上にもなるでしょう。

 そこは日本企業にぜひ注目してもらいたいと思いますし、中国市場と一緒に発展することで、売上の向上はもちろん、雇用の創出にも繋がるでしょうし、もっと日本が元気になってくれたらと思います。

減点主義から脱却して、成功するまでやり続ける!

――そのような日本企業が中国市場を開拓する場合、なにか阻害要因はありますか。

それにお答えする前に、Kappa社の例をお話しします。同社はもともとイタリアの会社でしたが、2002年に中国に進出しました。当初は思うように業績が上がりませんでしたが、2005年に中国企業が買収し、その後業績が改善して、2007年には香港で上場を果たしています。

同社は09年にタオバオに出店しているのですが、6月に最初の提案があり、7月末には出店を決定、8月の1ヵ月間で準備を行い、9月からオープン、11月にはセールを実施して、1日で405万元を売り上げる等、目覚ましい成果を上げています。

 日本企業は、おそらくこのようなスピードを出すのが非常に難しいと思います。出店する前にまずリスクを探し、「こんな問題もある、あんな問題もある」と、100点満点から少しずつ減点していきます。7割位まで成功確率が下がってしまうと、出店の判断ができず、最終的にはなかなか決定ができません。

 一方、中国企業は加点主義でモノを考えるところが多く、「こんなに良い点がある、あんなにメリットがあると考え、問題もあるが、こうすれば解決できる」と考えて、0点から考えてプラスして行き、7割の成功確率なら、とりあえずやってみようと、出店します。最初はうまくいかないことがあっても、問題を解決しながら、最終的に成功していくのです。

――それでは成功は保証されませんね。

 そもそも、ビジネスで100%成功することなんて、ありえません。リスクや問題があっても、それを先回りして考え、何が何でも成功するまでやるんだと強い意志を持って問題を解決して、努力し続けることが大切なのではないでしょうか。

 しかも中国のECは、10年には約6兆円規模になり、09年の倍となります。1年間で2倍以上に成長する市場があるのに、手をこまねいているのは、非常にもったいないことだと思います。

――それでも中国市場は日本と違い、進出するのは簡単ではないと思う日本企業は多い。

 日本市場との違いは、もちろんあると思います。例えば、色の好みから、サイトのデザイン、写真の撮り方やチャットの仕方など、細部ではいろいろ違います。ただし、それは本当に取り組もうと思えれば、決して乗り越えられないものではありません。

成功の物差しは、社会への貢献度!

――山本総経理ご自身は、何を成功の物差しにしていますか。

 将来的には株式を上場させたいとも思っていますが、成功の物差しと考えているのは、社会への貢献度です。どんなに活躍して、稼いでいる会社でも、悪いことをして稼いでいたり、周りに何も良い影響を与えていないのであれば、意味がありません。

 自分達だけが良ければそれで良いのではなく、お客様にとっても良くなることや、雇用を創出すること、インターネット事業を通じて、社会や人々の成長の役に立つこと、そういったことをしながら会社も成長させていき、さらに良いことをしていく。そうしたことがどれだけできるかを、成功の物差しと考えています。これからも日本・中国・アジア、そして世界を元気に出来るように、頑張りたいと思います。

菅内閣の“山場”は、年初早々に訪れる可能性も。理想の政治に近づくまで、政権交代は繰り返される」

【第1回】 2010年12月27日 DIAMOND online 伊藤惇夫

――しかし、小沢氏が新たな勢力をつくり上げたとしても、すぐに彼らが政権をとれる可能性は低い。小沢氏によって民主党が分裂すれば、結局自民党が政権に復帰するだけではないのか?

 必ずしも、以前の自民党政権が復活するわけではないと思う。自民党内閣不信任案を提出させて、小沢氏と小沢グループがそれに乗って党を割り、解散総選挙になる可能性もある。その後、小沢氏が自民党と連立政権をつくる可能性もあるし、他の政党と連立する可能性もある。再編の組み合わせは、何十通りも考えられる。

 国民にとって重要なことは、いざ再編となったときに、それが政策や理念に基づいて行なわれているものか、それとも陣取り合戦なのかを、きちんと見極めることだ。単なる権力闘争では、そもそも政界再編の意味がない。

総選挙の可能性も見据えて、自民や第三極はこう動く!

――今の状態で総選挙になれば、どの党も圧倒的な議席数を確保することが難しく、群雄割拠の状態になることが予想される。今後各党は、再編を睨んでどのように動くだろうか?

 まず、民主党オウンゴールで支持率を上げている自民党は、民主党政権を揺さぶり続けて、何とか解散・総選挙に持っていこうとするだろう。しかしネックは、党内に有力な人材がいないということ。総選挙を睨み、その前の段階で総裁を変えてくる可能性もある。

 また、民主党に歩み寄りを見せている公明党は、地方選挙を最も重視している政党だ。今後民主党に対しては、「統一地方選にとってプラスかマイナスか」という判断をベースにして動くはずだ。

 みんなの党は、一時より支持率が落ちているが、まだ勢いはある。茨城県議選でも2名当選させた。「民主党にも自民党にも期待できない」という層の受け皿になっていることもあり、統一地方選に向けて、同党から立候補したいという人が殺到している。

 彼らの目下の目標は統一選だが、それをクリアすれば、総選挙になっても20~30人の議席を確保できると見ているようだ。再編前の段階で連立に加わるよりも、存在感を示していたほうが得だと考えているため、しばらくは野党の立場を貫くだろう。

――そもそも民主党がここまで追い込まれている大きな原因の1つには、「政治とカネの問題」で揺れる小沢一郎幹事長が、衆院政治倫理審査会への出席を拒否していることがある。小沢氏の処遇は、政局にどのような影響を与えそうか?

 小沢氏の証人喚問も取り沙汰されるなか、その処遇によって今後の見通しも随分変わってくるはずだ。党内事情で苦しい状況に置かれている民主党がとるべき手段は、限られている。

 振り返れば、菅内閣の支持率が最も高かったのは、9月に行なわれた代表選の直後であり、その理由は「脱小沢」だった。菅首相自身が評価されたのではなく、小沢切りが評価された側面が大きい。現政権は、小沢切りと内閣改造をセットで行ない、通常国会に向けて公明党などに協力を求めようと考えているはずだ。

 具体的には、問責決議を受けた仙谷由人官房長官や馬淵澄夫国交相を辞任させること、小沢氏が政倫審への出席を拒否し続けた場合、離党勧告を行なうことだ。

 菅内閣がそういった改革を行なうことができなければ、通常国会で内閣不信任決議案が提出される可能性もある。そうなれば、民主党は首相を変えるしかない。

個別政策を詳しく積み上げても、基本政策がないのが民主党の弱点!

―― 一方で、火種は小沢氏の進退問題ばかりではない。支持率急落の背景には、普天間基地の移設問題や尖閣問題など、迷走を続ける政策への失望もある。

 民主党政権への圧倒的な期待が、ここまで大きな失望に変わっている理由は、個々の政策というよりも、全体的な目標設定を明確に持っていないことにある。つまり、「日本をこういう方向へ導きたい」という国家ビジョンがない。

 民主党は、自民党を倒して政権与党になることだけを目標にしていたため、実際に政権をとった後の目標を用意していなかった。その象徴的な例が、党の綱領がないことだ。綱領と言っても何も難しいものではなく、単なる了解事項に過ぎないにもかかわらず、それがいまだにないから、皆がバラバラな方向に向いている。そのため、大きな政策の決断を迫られると必ず混乱を起こして、迷走する。

 この体質は、民主党という政党の誕生に由来する。民主党は、これまで大きな変化を3回経験している。1996年にできた旧民主党が、98年に新民主党へ発展し、2003年に小沢氏の自由党が合流して、今の形になった。

民主党の結成は、97年末に小沢氏が新進党を解党させた後、98年夏の参院選で自民党に対抗するため、小さな政党が集まったことに端を発する。自民党、社会党、新党さきがけ日本新党など様々な政党の議員が参加したため、始めから政策ポリシーは噛み合わなかった。

 しかし、選挙のタイムリミットが迫っていたため、政策議論は全て先送りされてしまった。今の民主党は当時の体制をベースにしており、外交・安全保障、経済、教育、エネルギーなど、国家の柱となるべき政策のマスタープランは、いまだに統一されていない。だから政権の座についてからも、必然的にこういう迷走が起きる。

――政権運営のベースとなる政策のあり方を根本的に見直さないと、いずれにせよ民主党は行き詰まってしまうのではないか?

 彼らが、マニフェストのようにミクロの政策を積み上げてきたことは、評価されるべきだ。だが、それらは個別政策であって、マクロの基本政策ではない。国の基本政策が必要となる想定外の問題が起きると、ミクロの政策で対応するには限界がある。

 外交・安全保障がそのよい例で、小沢氏は日米中の対等外交、鳩山氏は東アジア共同体構想、菅氏は日米基軸外交と、リーダーが変わる度に外交の基本方針まで変わってしまう。民主党の中にも危機感を抱く人が出始めているが、あまりにも遅いという印象だ。

民主党自体が野に下る可能性は?小沢氏の動き1つで再び政界再編へ!

――ゆくゆく民主党自体が野に下る可能性もあるだろうか?

 依然として、衆院で圧倒的な勢力を誇っている民主党だが、その可能性は否定できない。来年は、政界再編が起きる可能性もある。

 現在小沢氏は、党を割ることを念頭に置きながら、小沢新党への布石を打っているかもしれない。新党が実現すれば、自民党やその他の政党からも、小沢氏に合流する勢力が出るだろう。場合によっては、現在の政界の様相がガラリと変わってしまう。

 もし小沢氏が民主党を出て行くとすれば、その時点で刑事被告人になっている可能性が高いため、これまでのように人気がある政治家を前面に押し出し、自分は後ろで実権を握るという手法をとるだろう。

――しかし、小沢氏が新たな勢力をつくり上げたとしても、すぐに彼らが政権をとれる可能性は低い。小沢氏によって民主党が分裂すれば、結局自民党が政権に復帰するだけではないのか?

 必ずしも、以前の自民党政権が復活するわけではないと思う。自民党内閣不信任案を提出させて、小沢氏と小沢グループがそれに乗って党を割り、解散総選挙になる可能性もある。その後、小沢氏が自民党と連立政権をつくる可能性もあるし、他の政党と連立する可能性もある。再編の組み合わせは、何十通りも考えられる。

 国民にとって重要なことは、いざ再編となったときに、それが政策や理念に基づいて行なわれているものか、それとも陣取り合戦なのかを、きちんと見極めることだ。単なる権力闘争では、そもそも政界再編の意味がない。

総選挙の可能性も見据えて、自民や第三極はこう動く!

――今の状態で総選挙になれば、どの党も圧倒的な議席数を確保することが難しく、群雄割拠の状態になることが予想される。今後各党は、再編を睨んでどのように動くだろうか?

 まず、民主党オウンゴールで支持率を上げている自民党は、民主党政権を揺さぶり続けて、何とか解散・総選挙に持っていこうとするだろう。しかしネックは、党内に有力な人材がいないということ。総選挙を睨み、その前の段階で総裁を変えてくる可能性もある。

 また、民主党に歩み寄りを見せている公明党は、地方選挙を最も重視している政党だ。今後民主党に対しては、「統一地方選にとってプラスかマイナスか」という判断をベースにして動くはずだ。

 みんなの党は、一時より支持率が落ちているが、まだ勢いはある。茨城県議選でも2名当選させた。「民主党にも自民党にも期待できない」という層の受け皿になっていることもあり、統一地方選に向けて、同党から立候補したいという人が殺到している。

 彼らの目下の目標は統一選だが、それをクリアすれば、総選挙になっても20~30人の議席を確保できると見ているようだ。再編前の段階で連立に加わるよりも、存在感を示していたほうが得だと考えているため、しばらくは野党の立場を貫くだろう。

その他の小政党は、政界再編を通じて存在感を示したいという期待を持って、状況を見ながら臨機応変に動くはずだ。

 一方、浮動票の取り込みを狙って、中央政界へ進出する首長も出てくるかもしれない。大阪府の橋下徹知事や名古屋市の河村たかし市長のように、知名度の高い首長が出てきた場合、それなりのインパクトになるだろう。

今はまだ「理想の政治」へと近づく途中、国民は政権交代を通じて長い目で改革を!

――政界再編の気運が高まるなか、数の論理で政権政党が決まり、政策が後回しにされる状況が続く政治に対して、国民は何を問いかけたらよいのか?

 尖閣などの外交・安全保障問題を通じて、「国家はまともな政権の下で運営されないとおかしくなってしまう」ということに、国民は改めて気づいたはずだ。

 民主党自民党も、「人気が高い政治家をトップに据えれば政権を維持できる」という考え方を、ずっと持ち続けてきた。今後国民は、人気者を総理にするのではなく、「総理になった人に人気者になる政治をやらせよう」と考えるべきだ。

 はっきり言えば、「人気者は危ない」という発想を持ったほうがよい。能力を見極めて地に足のついた人間を選ぶのは、国民の責任でもある。そもそも今の民主党政権を誕生させたのは、我々なのだから。

――戦後民主主義の歴史のなかで、民主党政権が誕生したことの意義とは?

 私は、政権交代そのものは評価している。自民党と社会党のもたれ合いの構図のなかで、日本の有権者が事実上政権を選ぶことができない状況が続いてきたことのほうが、むしろ異常だったと言える。それでは、政治に緊張感が出るわけがない。

 その意味で、今回の政権交代はよい経験だった。マニフェストを定着させて国民の目を政策に向かせたことは、民主党の成果でもある。

 国民は現状だけを見て、「結局、自民党民主党もダメだった」と諦める必要はない。ダメならもう一度政権交代をさせればよいのだから。民主主義を定着させるには、手間と時間がかかるものだ。理想の政治は短期間で生まれない。

 多少時間はかかっても、政権交代を通じて少しづつ政治を改革していく。それができない状況なら、強力な野党を誕生させて政権与党に緊張感を与える。もし「理想の政治の姿」というものがあるとすれば、日本の政治はまだそれに向かって歩き出したばかりの状況と言える。

2010/12/26(日)サーチナ

世界新聞報はこのほど、「21世紀に突入してから、日本の軍事化は益々エスカレートし、テロとの戦いの名のもとに自衛隊の国外活動の制限を突き破った。防衛庁は防衛省へと昇格し、新たな「防衛計画大綱」が発表され、平和憲法はじわじわと浸食されていった」と伝えた。中国網日本語版(チャイナネット)が報じた。以下は同記事より。

  「少壮派」右翼の集まり

  「新・防衛派」またの名を「新・国防派」、彼らは政界の「少壮派」の中でも国防関連の政策に積極的に加担している政治家のことである。「国防派」が注目を浴びるには、日本において国防問題と言うのは比較的デリケートな問題である。そして、どの国にも共通することだが、国防と言うのは国家安全の生命線であるだけでなく、一国の経済をも左右し得る、あらゆる方面に多大な影響を及ぼすものなのである。

  従来の「国防派」は基本的には、防衛分野の仕事経験者や従軍経験者、そして自民党の政務調査会・国防部会の会員と3種類議員で構成されている。「新国防派」は新世紀を向かえて以降、世界情勢が大きく変化し、ネオコンが欧米諸国で盛り上がりを見せたその勢いに便乗して台頭してきた右派の議員である。

  国防転換の黒幕

  「新国防派」の代表格は、安倍晋三元首相(56歳)、前原誠司外相(48歳)、石破茂元防衛大臣(53歳)などの政界の著名人が挙げられる。旧「国防派」と比べると、彼らはより過激で極端だ。血眼になって「専守防衛」からの脱却を推し進め、「非核三原則」さえもくつがえす勢いである。「防衛計画大綱」の改定の背後で糸を引いていたのは彼らである。

  実のところ、わずかな手がかりからは、「防衛計画大綱」と「新国防派」の繋がりは見えてこない。実際の改定に携わったのは、首相の諮問機関である「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」だ。懇談会の11名のメンバーのなかには、「新国防派」と深い結びつきのある者が居る。例えば、海上自衛隊の元総合幕僚長である斉藤隆氏や前原誠司外相の恩師である京都大学の中西寛教授などである。ほかにも、各政党の防衛政策検討小委員会や現役の自衛隊や軍事産業界の権力者が改定にかかわっている。(つづく 編集担当:米原裕子)

世界新聞報はこのほど、「21世紀に突入してから、日本の軍事化は益々エスカレートし、テロとの戦いの名のもとに自衛隊の国外活動の制限を突き破った。防衛庁は防衛省へと昇格し、新たな「防衛計画大綱」が発表され、平和憲法はじわじわと浸食されていった」と伝えた。中国網日本語版(チャイナネット)が報じた。以下は同記事より。

  外交学院の日本問題専門家である周永生教授は「世界新聞報」の取材に対し、「新国防派」が「防衛計画大綱」において、かなりの影響力を及ぼしていることは疑いの余地がないと指摘している。また、防衛省の「防衛大綱」改定には、自衛隊職員や国防研究を行なっている機関の関係者も多く介入している。

  「新国防派」の勢いはうなぎ上りで、代表メンバーの政界での先行きは明るいものだ。彼らは長く政界に居座り、日本の今後の発展に大きな影響力を発揮するだろう。

  「新国防派」はまたたく間に盛り上がり、日本の右翼路線に火をつけ、外交戦略に甚大な影響を及ぼすことになる。かりに従来の「国防派」が国防予算や防衛契約などのミクロ視点でしか見ていなかったとすれば、「新国防派」はより日本の安全戦略や防衛政策などのマクロ視点で政治問題を見ている。

  安全保障面に関しては、さまざまな「タブー」を犯すことを企んでは政府を動かそうとしている。彼らはもはや、「日米同盟の枠組みのなかで周辺地域に自衛隊を派遣する」従来の「タカ派」の主張には飽き足らず、「平和憲法」の束縛を完全に振り切って、日本を真の軍事大国にする道を切り開き、推し進めようとしている。「新国防派」は多くの面で古参の者より、一段と先を行っていると言えよう。

  「新国防派」はすでに日本の政界において無視できない勢力になろうとしている。しかし、日本が彼らの思惑通りの方向に向かうかどうかは、まだ定かではない。

  上海国際問題研究所日本研究室の〓寄南主任(〓は口の下に「天」)は、「新国防派」の主張を制約するいくつかのポイントを指摘した。まずは、日本全体の国家利益で考えると割に合わず、現状との差も小さくない。国民の考え方を言えば、普遍的に賛成しているわけではない。また、彼らが推し進めようとしている軍事大国への道はアジアの反感を買うことになるのは間違いない。そのため、「新国防派」がどれだけ盛り上がっていようと、注意深く確かめる余地がある。

  中国社会科学院日本研究所政治室の王屏主任は「日本は今、確かに軍事強国の道を歩み始めている」と答えた。しかし、歩く速さと具体的な方法は、政権を握る人によって変わってくるだろう。現段階では、将来の具体的な展望までは見えないと指摘した。(おわり 編集担当:米原裕子)
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