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『週刊新潮』 2010年12月16日号 櫻井よしこ 日本ルネッサンス 第440回

 都市の一等地を中国政府に売る計画は、新潟市だけではなく、名古屋市でも進行中だった。しかも、売り手は財務省、日本国政府である。

売却予定地は、名古屋城近くの南向きの3万1,000平方メートルとその飛び地の2,800平方メートル、合計1万200坪を超える、都市に残された最後の超大型物件だ。国家公務員宿舎「名城住宅」と名城会館の跡地売却で、取得希望者の申請を4月15日から7月14日まで受けつけた。愛知学院大などを経営する学校法人愛知学院と名古屋中国総領事館が希望し、中国政府は南側の約1万平方メートルを希望する旨、財務局に伝えた。

そもそも、この土地を、なぜ、いま売るのか。財務省東海財務局の国有財産調整官は語る。

「公務員宿舎の移転再配置計画に基づき、古い資産は売却し新しい資産に置きかえていきます。名城住宅の入居者は平成21(2009)年4月に退去し、新しい公務員住宅、城北住宅に入居済みです」

つまり、公務員住宅を次々に建て替えるための売却かと問うと、「そうです」と、調整官は答えた。

売却基準は買い手に公共的ニーズがあるか、申請が妥当かの2点だそうだ。公共的ニーズとは社会福祉法人や学校、大学などがその範疇に入り、中国総領事館はウィーン条約の相互主義に基づき接受国、つまり受け入れ国は相手国の要望実現に協力することになっているため、これも範疇に入るとの見方だった。

しかし、相互主義といいながら、日本の在中国公館は全て賃貸である。他方中国公館は現在交渉中の名古屋と新潟を除いてすべて土地も建物も中国が取得している。


国有財産を外国政府に売却!


東京港区元麻布の中国大使館は、約3,900坪もある。教育部と商務部と、各々の宿舎は730坪の土地をはじめ都内4ヵ所もすべて中国の所有だ。札幌、大阪、福岡、長崎の総領事館も同様だ。大阪の場合は比較的小振りの3ヵ所の土地にまたがっているが、その他の土地はいずれも1,000坪から1,500坪に上る。現在、中国が画策中の新潟市と名古屋市での土地買収が実現すれば、これまでに取得した各総領事館の不動産より更に広大な5,000坪級の土地を中国は手に入れることになる。

こんなに不公平でも売るのかと問うと、調整官はこう答えた。「現在、中国側は貸しビルで業務をしています。自分の土地をもちたいという要望は理解出来ます」

一等地の宿舎に安価な家賃で住み、新宿舎を近くに作り、その経費回収を急ぎたい官僚らは、眼前のおカネの流れの収支を合わせるのに精一杯で、国土の外国政府への売却が国益に適うのかと考えることもない。

名古屋市長の河村たかし氏が語る。

「国有地払い下げの権限は国にあるんです。土地利用計画の決定権は地方自治体にありますが、国がどうしても売るといったら、最後まで反対出来んでしょう。尖閣の領海侵犯事件の後で、市の一等地を中国に渡すなど市民県民は許しませんよ。慎重のうえにも慎重にしてほしいと、民主党に申し入れ、凍結してもらいました」

9月21日まで財務大臣政務官として同件を担当した愛知選出の古本伸一郎衆議院議員は語る。

「河村市長とは随分、話し合い、彼が売却を快く思っていないことは知っています。そこで私は中国側に、市の都市計画課や議会、地域の区長ら関係者に説明し、了解を取りつけるよう注文をつけました。その件はクリアしたと、報告を受けました」

しかし、市中心部の国有財産を外国政府に売却することは地方の都市計画課が決めることではないだろう。古本氏も語る。

「確かに一出先機関が決めることではありません。従って経緯は大臣に報告し、了解を得ています」

なんと、野田佳彦財務大臣も了承済みだというのだ。但し、古本氏は同件の最終決定前に、内閣改造で政務官を離れ、後任の吉田泉氏に引き継いだ。その間に中国が尖閣の領海侵犯事件を起こし、蛮行の限りを尽したことで、河村氏は、民主党に、土地売却の凍結を申し入れた。新財務大臣政務官の吉田氏が説明した。

「9月21日に政務官に就任し、古本氏から受けた引き継ぎで、私は土地売却は凍結すべきだと理解しました。6月に、日本側から中国側に、売却出来るのは南向きの3万1,000平方メートルの区画の北側と飛び地だと伝えています。中国側はこの案に乗って来ず、8月に、3万1,000平方メートルの区画の北側だけでなく南側も買いたいと言ってきました。以来、彼らとのやりとりはないのです。9月27日の政務三役会議で同件を野田大臣に報告し、当面見合わせることにしました。現在、この件は、事実上、外務省の判断待ちです」

外務省では副大臣の伴野豊氏が担当だ。氏に問うと、生憎、取材に応じる時間がいまはとれず、翌週に回答するとのことだった。


首相を続けたい私益の心!


一体、名古屋の土地の中国への売却話はどうなるのか。現時点の状況を直接の担当者、前出の国有財産調整官に問うた。

「凍結はされていません。審査中です。結論はいつかはわかりませんが、早いに越したことはありません」

新宿舎建設の資金回収のため、相手構わず早期に国有地を売ることを望んでいるともとれる回答だ。一方、政治主導を掲げる民主党は、一部の政治家が中国への土地売却の深刻な負の影響を懸念しながらも、売却中止を決断できずにいる。

超党派の領土議連事務局長を務める衆議院議員、松原仁氏が憤る。

「国有地売却については、2つの理由から慎重にならざるを得ません。第一は、中国は経済大国で先進国入りしたともいえますが、他方、あの国には言論の自由もない。国際的規範も守らない。我々とは全く異なる価値観を持つ国に土地を売るのは極めて慎重であるべきです。

第二の理由として、国有財産売却の是非を問うべきです。売るにしても、景気低迷の中での安価な時価で売ることは許されません」

水源と森林を守るための2本の法案を、国会会期末に上程した自民党参議院議員の山谷えり子氏も指摘した。

「こうした大事な法案の審議を全く行わず、菅さんは早々と国会を閉じました。菅政権に水資源や森林法どころか、都市部の土地売却について何らかの指針を打ち出す気があるのか、全く見えてきません」

菅直人首相は、10月15日、参院予算委員会で、外国による土地取得の規制について「是非勉強して考え方をまとめてみたい」と述べた。だが、その法案の審議さえせず、国会を閉じ、いま、選りに選って、社民党と組み、数合わせに走る。政策も戦略もない。あるのは首相を続けたい私益の心だけだ。

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統一地方選を控えるも、もはや打つ手なし?

2010.12.17(Fri)JBプレス 松尾信之


 民主党政権にとって勝負所だが、大惨敗すると思う」(読売新聞12月8日付)という小沢一郎の予言が的中した。

 12月12日に投開票された茨城県議会議員一般選挙(茨城県議選)。過去最多の24人(公認23、推薦1)を擁立した菅民主党に、茨城県民は「NO!」を突きつけた。

 幹事長の岡田克也は公示後2度も現地入りしてテコ入れをしたが、有権者は踊らず、4分の3の候補者が討ち死に、民主党は現有議席6に1議席の上積みもできない惨敗を喫したのである(下の表)。

そうなれば地方が火を噴く」(小沢一郎、同新聞)のは確実。民主党は党中央から地方組織まで、一触即発の危機に追い込まれているのだ。

 1年半前、自民王国・茨城の全選挙区と比例区(2)と合わせて9人の衆議院議員を生み出し、政権交代を実現した民主党の勢いはどこに行ってしまったのだろう。

 民主党が3人の衆院議員を抱えながら、県会の1議席も獲得できなかった取手市選挙区に焦点を当てて、「民主党メルトダウン(炉心溶融)」の原因を検証してみる(文中敬称略)。



民主党議員がみんなの党から出馬して当選!

 「県議選、初挑戦ですが、当選を果たすことができたことを報告します。取手市と利根町を選挙区としていますが、取手市を地盤とする民主党衆議院議員が3人もいる土地柄です。ここで団体、組合などの支援を求めず、草の根選挙を行ってきました(略)選挙戦、ライバルであった民主党候補は最下位でした(以下略)」

 取手市選挙区から出馬し、3位で当選した「みんなの党」細谷典男が自らのメルマガにこう書いている(当選・落選を問わず、この種の結果報告は公職選挙法178条「選挙期日後のあいさつ行為の制限」第2項に抵触するが、その判断は警察に任せる)。

問題は、民主党の取手市議会議員だった細谷が、なぜ渡辺喜美の「みんなの党」公認で出馬し当選したのか、ということだ。そこに民主党惨敗の原因と、菅民主党の最大かつ決定的な弱点を解明するカギがあるのだ。

 取手市選挙区は、衆院小選挙区で言えば茨城3区。そのヘソにあたる県南の玄関口である。

 政権交代を実現した前回総選挙では、民主党の小泉俊明が初めて自民現職の葉梨康弘(元自治相・葉梨信行の女婿)を破り、「自民王国茨城に吹き荒れた民主党竜巻」の象徴的な選挙区と言われた。

 今回の県議選で取手市選挙区は、従来の「取手市選挙区」(定数2)に「北相馬選挙区」(定数1)が合体し、定数3となった。立候補者は現職1、新人4の計5人。有権者の審判は以下の表の通りだった(当日有権者数10万7539人、得票数は選管確定)

最下位だった竹原大蔵は民主党・小泉俊明代議士の元公設秘書。いくら33歳の新人とはいえ、小選挙区選出代議士の元公設秘書が共産党の後塵を拝しての最下位落選は尋常ではない。一体何があったのか。



「今の民主党は政党の体をなしていない」!

 「一言で言えば、民主党国会議員とその周辺の驕(おご)りと個利個略がこの結果をもたらしたのではないか」と地元の民主党関係者が匿名を条件に説明してくれた。

 「民主党県連会長の郡司彰(参院議員)は、『北風が吹いているところに氷雨が降ってきた。大変強い向かい風だった』とマスコミに語り、菅内閣の内政外交のオソマツさと、小沢国会招致をめぐる党内対立を惨敗の原因に挙げていました。

 しかし、県連会長までがそういう責任転嫁の総括しかできないところに民主党の問題があるのです。

 中央では、菅(直人)首相、仙谷(由人)官房長官、岡田幹事長、前原(誠司)外相、小沢元代表、鳩山(由紀夫)前代表といった民主党幹部の誰ひとりとして政権交代後のマニフェスト放棄、党内抗争、未熟な内政外交策による有権者への裏切りの責任を取ろうとしない。

こうした無責任体制が首相官邸・党本部から地方組織に至るまでまかり通り、それぞれが自分の個利しか考えない『個利個略党』に成り下がっている。今回の選挙運動を見ていても、党として、組織としてのまとまりが全然感じられなかった。

 はっきり言って今の菅民主党は、中央から地方まで、単なる政治好きが集まった烏合の衆。組織政党としての体をなしていませんよ」

 対する自民党は、今回初めて「IBARAKI自民党」名で政策パンフやポスターを作り、これまでの個人戦選挙から団体戦方式にシフトチェンジする変化をみせた。これはもともと民主党が得意としていた戦術である。サバイバルを狙う自民党の危機感が民主党を上回ったということか。



この候補者選定では勝てるはずがない?

 民主党はシャッポの菅直人からして「今までは仮免許だった」と国民の気持ちを逆なでするトンチンカン発言をするぐらいだから、あとは推して知るべし。

 県議選の候補者選定に関しても、「人選を小選挙区の総支部長である地元衆院議員に任せた。議員たちはここぞとばかり自分の都合、個利個略で候補者を選んだ。その結果、出したい候補・勝てる候補ではなく、自分に都合のいい候補者が選ばれて大惨敗につながった」(前出の事民主党関係者)との見方もあるのだ。

 例えば、取手市選挙区で民主党市議として2期目の実績がある細谷を公認していれば、民主党は1議席を確保できた可能性が高い。細谷本人も川口浩(民主党・元取手市議員)の国政転進後は「川口後継」を喧伝して歩いていた。

 しかし3区の総支部長・小泉俊明は元秘書を擁立し、細谷を民主党から除名してしまった。さらに3区内では、龍ヶ崎市からも自身の政策秘書を擁立。牛久市、守谷市、稲敷郡北部(阿見町、美浦村)でも新人候補を立てたが、全員敗北。牛久、守谷、稲敷郡北部に至ってはダブルスコアの惨敗だった。

 現職が落選したひたちなか市などを抱える衆院4区でも、4人全員落選。土浦市選挙区では政権交代を牽引した県医師連盟が分裂選挙。

結果論と言えばそれまでだが、候補者選定にも問題があったと言わざるを得ないのである。



自民党系政治家は百戦錬磨!

 ことほどさように民主党の県議選対応は組織政党の体をなしていなかった。そんな脇の甘さと腰のふらつきは、すぐに敵陣営からの攻撃の的になる。

 実際、3区で落選中の自民党前衆院議員・葉梨康弘は「みんなの党」の細谷に「祈 必勝」の為書きを贈り、事務所開きにも駆けつけた。政治の世界は単純明快、「敵の敵は味方」だからだ。

 自分の次の選挙にプラスになると思ったら、誰とでも手を握る。民主党自民党も同じ穴のムジナなのだが、その辺のシタタカさは、百戦錬磨の自民党系政治家の方が一枚上手だろう。

 逆に無所属で当選した川口政弥には、民主党・小沢派が選挙前からエールを送っていた。出陣式には「茨城一新会」会長の畑静枝までが駆けつけた。

 畑静枝は「衆院選で、比例代表北関東ブロックの名簿に取手から2人を押し込んだ実力者」(前出の民主党関係者)。そんな畑の出席に、「選挙区のしがらみから自民党に入党しにくい川口政弥を一本釣りするつもりではないか」との憶測も乱れ飛んでいるという。



菅内閣では、やはり戦えなかった!

 民主・共産「惨敗」、みんなの党「躍進」、自民・公明「現状維持」という今回の茨城県議選の結果は、2011年4月の統一地方選の潮目を暗示している。

 小沢の予言通り「菅内閣では地方選挙も戦えない」という地方の声が火を噴き、民主党内での3度目のシャッポの挿げ替えにつながるのか。

 それとも、巷間言われているような小沢派脱党・政界再編自民党を巻き込んだ大連立や、小政党を束ねた政権与党の組み替えにつながっていくのか。

 2011年は「辛卯(かのとう)」の年。「辛」は草木が枯れて新たな世代が生まれようとする状態を表し、「卯」は草木が地面を覆う状態を表しているという。果たして日本の政治の閉塞状況は打破できるのか。

 為政者は来年こそ、言葉の本当の意味で、「国民の生活が第一」の政治を実現してほしいものである。

Voice 12月16日(木)12時31分配信

◇40億という人口を「内需」に◇

 先進国経済の先行きに不透明感が高まっているのとは対照的に、新興国経済は力強く成長している。ことに日本は世界経済の成長センターといわれる東アジアの東端に位置しているわけで、地政学的にきわめて恵まれた位置にあることを再認識すべきだ。

 すなわち、いまの日本には、アジア貿易圏約35億人、さらにアジア太平洋貿易圏約40億人という膨大な人口が生み出す需要を、いわば「内需」として取り込む戦略が求められている。菅総理が明治維新、終戦に次ぐ第三の「開国」が必要だと繰り返し述べておられるのも、そのためである。

 それにもかかわらず、EPA(経済連携協定)、あるいはFTA(自由貿易協定)に対するわが国の取り組みは、遅れているといわざるをえない。すでに世界のさまざまな国・地域のあいだで、200件のFTAが発効している。こうしたなか、日本は2002年にシンガポールとのあいだで初のFTAを結んで以来、ASEAN、チリなど、11の国・地域とFTAを締結してきたが、米国や豪州、EUといった国・地域とはいまだ締結できていない。

 一方、FTA網の構築を国家戦略に掲げる韓国は、着実にそれを広げている。EUや米国とはすでに署名済みで、インドとの交渉でも日本に先んじた。韓国とEUのFTAは2011年7月に発効する予定だが、韓国製の乗用車は段階的に関税が削減されて、5年以内にゼロになる。これに対し、EUに輸出する日本車には10%の関税が課されており、競争環境の劣位は否めない。

 FTAのカバー率(その国全体の貿易額のうち、FTA締結国の貿易額が占める割合)でみても、締結済みのものでいえば、韓国の36%に対し、日本はわずか16%にすぎない。交渉中のものを含めれば、韓国で約60%、日本は約30%と、その差はもっと開いてしまう。このまま「鎖国」を続ければ、日本企業は海外に生産拠点を移転していくしかなく、折からの円高も加わって、産業の空洞化はますます進む。日本企業の競争力、ひいては日本の経済力の回復のために、主要貿易国とのあいだで高い自由化レベルの経済連携を急ぐべきことは、言を俟たない。

◇“先送り”批判の誤解を解く◇

 そうした背景のもと、現在、産業界からTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加を求める声が挙がっている。そもそも、TPPとは、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイ間で2006年に結ばれたFTAが発端になったものであり、ここにきて米国、豪州、ペルー、ベトナム、マレーシアなどが参加を表明、交渉が進められている。日本がこのTPPに参加すれば、これまでのFTA交渉の遅れを一気に挽回できるはず、というわけである。

 そこで国家戦略担当大臣である私が取りまとめ役となって、去る2010年11月9日、「包括的経済連携に関する基本方針」を閣議決定し、TPPについては、「その情報収集を進めながら対応していく必要があり、国内の環境整備を早急に進めるとともに、関係国との協議を開始する」との基本方針を定めた。この閣議決定は、TPP参加の意思をはっきり表明しなかったとされ、“先送り”ではないかとの批判を受けた。だが、ここでそうした誤解をはっきりと解いておきたい。

 そもそも、いますぐ日本がTPPに参加できるかといえば、難題が山積しているのが現実である。むしろ私は、このTPP参加をめぐる議論を奇貨として、まず、これまで滞りがちであった自由化レベルの高い二国間の経済連携を推し進めるべきだと考えている。

 なぜか。たとえていうなら、いま、日本が一般国道を走っているとするならば、自由化レベルの高い二国間経済連携は地域高規格道路だ。そしてTPPは、高速道路ということになる。TPPを指して高速道路というのは、関税の100%撤廃が原則だからだ。つまり、農産物であっても、原則として例外措置は認められないことになる。

 この原則がほんとうに適用されるかについては、各国との交渉いかんであり、検討の余地が残るものの、TPP参加によって、米国や豪州から安い農産物の輸入が拡大するのは必至といわれている。そのため、自由化に慣れていない日本がいきなりTPPに参加すれば、“事故”を起こす心配もある。

 日本が起こしかねない“事故”とは、国内における合意形成の失敗である。現在、TPP参加をめぐっては、国内の農業従事者から強い懸念の声が挙がっている。こうした問題を考えたとき、拙速にTPPへの参加を推し進めると、かえって国内の調整を難しくするだけでなく、その余波を受けて、二国間の経済連携すら、実行不可能となってしまう恐れがある。

 私は、それがわかっていたからこそ、いきなりハードルの高いTPPの参加をめざすのではなく、まず、各国との個別のEPA/FTA交渉を高いレベルで進めるべきことを、今後の日本の方針として定めたのだ。後者であれば、関税の例外品目を設置することも可能となり、国内の調整もしやすい。

 じつは、米韓FTAでも、コメは関税撤廃の例外品目となっている。また米豪というかなり自由化レベルの高い経済連携を推し進めてきた二国間でさえも、国内の事情によって例外品目は残されている。

 TPP参加後も、米豪の両国間のこうした取り決めはそのまま維持される可能性がある。このように、まず、主要国と経済連携を進めておけば、いざ日本がTPPに参加する場合でも、自由化の例外品目や段階的自由化といった措置の交渉がやりやすくなる。イメージでいえば、地域高規格道路で自由化に馴れたうえで、国際化の流れに乗ろうという戦略である。

 なお、農林水産省の試算(10年10月27日)によれば、コメや小麦、牛肉など主要農産品19品目について、すべての国との関税をただちに撤廃し、何らの対策も講じない場合、毎年4.1兆円の農産物生産額の減少に見舞われるとされる。そのうちコメが占める割合はほぼ5割、2兆円近くを占めている。仮にコメを例外品目にできれば、交渉を進める際の障害は、かなりの程度で緩和されるであろう。

 いまの日本の現状を踏まえれば、初めにTPP参加ありきではなく、まず二間国の経済連携を進めるという方針は、国益、または国民益からして、「ベストな結論」だと考えている。

◇「攻め」の農業政策を◇

 では、日本はどの国から経済連携交渉を開始すべきなのか。アジア太平洋地域においては、現在交渉中の豪州との早期妥結や、交渉が中断している韓国との取り組みをまず再開しなければならない。さらに、いまだ交渉に入っていない主要国・地域との取り組みを、国内の環境整備を図りながら、積極的に推進していく必要がある。

 ただし、どのような国と、どのような順序で交渉を進めるのかは、「戦略的機密」に属する事柄である。他国との経済連携交渉では、どの国を優先して行なっているのかによって、「足許をみられてはいけない」からだ。今後、センシティブ品目(その国にとって重要な品目で、かつ輸入の増加によって国内経済・社会に悪影響がある恐れがあるもの)について慎重に国内の合意形成を図りつつ、日本が国際的な競争関係で有利となるような経済連携を進めていきたい。

 まず、二国間で高いレベルの経済連携を進めることが「ベストな結論」だというのは、貿易自由化によりもっとも影響を受けやすい分野である農業にとっても、同じである。コメを自由化の例外品目にできたとしても、各国とのFTA網を広げていけば、国内の農産物が輸入品との競争にさらされることは避けられない。しかし、そうでなくても、農業従事者の高齢化や後継者難、低収益性などによって、すでに国内の農業分野は、将来の存続が危ぶまれる状況にある。今後も日本の農業が持続的な発展を遂げるためには、むしろ自由貿易の進展をチャンスと考えて、需要を海外に求めていくような農業政策が必要だ。

 すでに、果樹や野菜については、ほとんどの品目について、わずかな関税率しか設定されておらず、十分な国際競争力をつけている。問題は、コメ、畜産、乳製品、小麦、でんぷん、サトウキビといった土地利用型の産業であるが、仮に各国とFTAを締結していっても、関税は10年から15年かけて徐々に廃止されることになるため、価格がただちに急落するようなことはない。過度な不安はもたなくてよいのだ。そのうえで、今後の日本の農業に求められるのは、農業の成長産業化を図るような「攻め」の政策である。

 現在、日本の農業生産高の合計は8兆円程度で、そのうち約4,500億円が輸出されている。これをもっと伸ばすために、たとえばアジアの富裕層向けに日本の農産物を輸出していくような方策も考えられよう。

 私は、日本の農業従事者のレベルは世界一高いと思っている。これだけ安心で、かつおいしい農産物をつくれるのは、世界を広く見渡しても日本だけだからだ。つまり、日本の農産物はわが国の経常収支を押し上げていくうえで、重要な武器になりうるのだ。

 さらにいえば、農産物を国内で加工して「食材」として世界に輸出していく手もある。すなわち、農業従事者が生産(第一次産業)だけでなく、加工(第二次産業)、さらに販売・流通(第三次産業)を行ない、六次産業化(1×2×3=6)していく枠組みづくりだ。農業が六次産業化すれば、地域の雇用も、若い人の就業意欲も高まるかもしれない。

 いずれにせよ、平均年齢は65.8歳、農業収入もピーク時の半分という日本の農業の将来は、このままでは暗い。いまの260万人の農業人口も、今後10年間で100万人減少するともいわれている。そこで菅総理を議長に、国家戦略担当大臣と農林水産大臣を副議長とする「食と農林漁業の再生推進本部」を設置し、2011年6月をメドに、「守り」から「攻め」への農業改革の基本方針を定める予定である。

 もしこのまま「開国」を進めなければ、「日本のふるさとからは工場も、農業も、両方なくなってしまう」という恐れすらある。いまこそ、日本の農家が「世界に打って出られる」ような支援策が必要なのだ。


◇日中のFTA締結もありうる◇

 今後、日本が「開国」を進めていくうえで乗り越えるべき問題は、国内の農業をどうするかだけでない。尖閣諸島沖での漁船衝突事件以降、中国では日本製品の排斥運動が吹き荒れ、また労働者の労賃が上がっていることもあって、以前よりも日本企業が中国に進出することで得られる経済利益は少なくなっているという声が、与野党を問わず挙がっている。中国との関係悪化は、いうまでもなくわが国最大の対外的なリスクの一つである。

 こうした点を鑑みながら、今後日本はどのような外交戦略を採っていくべきなのか。それは、「日米基軸」「日中協商」である。もちろん、自分の国は自分で守るという覚悟が第一だが、今後の日本の外交戦略において、日米同盟が外交戦略の基軸となることはいうまでもない。

 この「日米基軸」を前提に、「日中協商」、つまり中国と協力し、商売を行なっていかなければならない。たしかに、中国はかつてと比べ、「自己主張の強い国」になっている。日本とのあいだには、海洋権益をめぐる対立もあり、そういったリスク要因に対する対応をつねに準備しておくことは必要であろう。とはいえ一方で、日本経済の発展には中国の「内需」を取り込むことが不可欠なのも事実だ。現に、いまや中国は日本の貿易総額のおよそ2割を占める最大の輸出入相手国である。

 たとえば、日本の優れた「食材」を輸出するにしても、食糧輸出国から輸入国に転じた中国は、やはり主要な輸出先となるはずだ。菅総理の言葉を借りれば、中国との戦略的互恵関係の構築なしに、日本の経済発展を望むことは難しい。

 そのためにも、アジア太平洋の海のなかで、日本がどう振る舞うのかを考える際、二国間の経済連携交渉を進める相手として、中国さえも挙げることができる。すなわち、日中のFTA締結も、今後採るべき戦略の範疇にあるということだ。

 最後に、外交問題を考えるとき、私がいつも思い出すのは、「外交では、その国がもつ国力以上のことはできない」という、中曽根康弘元首相の言葉である。まさに至言であろう。では、日本の場合、国力とは何を指すのか。自衛力、文化力など、さまざまな要素が考えられるが、なんといっても経済力こそが、国力の主要な部分を占めるものといって間違いない。

 ところが、IMD(国際経営開発研究所)の国際競争力調査でかつて1位であった日本が、いまや27位まで落ちている。同様に、一人当たりのGDPで2位だった日本が、いまは19位。世界のなかで、わが国の経済的な地位が趨勢的に低下していくことへの危機感は、国民のあいだにも広く共有されている。

 昨今の中露両国との領土問題の背景の一つにも、この日本の経済力低下があるのではないか。たとえば、かつて日本が北方領土交渉を行なっていた際、ロシアの経済はかなり疲弊しており、そのことが日本の交渉力を高めていたわけである。しかし、現在のロシアは資源国として国際的なプレゼンスを高め、日本の経済力なしでも持続的な成長が可能となっている。一方、ロシアとは対照的に日本の経済力は低下し、世界における存在感が薄まってきている。日中間の尖閣諸島をめぐる問題でも、同じようなことがいえるだろう。

 もう一度、日本の国力=外交力を立て直すためにも、菅総理のいう「強い経済」の復活は不可欠だ。二国間の経済連携交渉の強化こそが、その号令となるだろう。

2010年12月15日(水) 現代ビジネス

 役員報酬が一番多かったのは、日産自動車CEOのカルロス・ゴーン氏で約8.9億円。ただこれ以上に高額の配当収入を得ている人がいる。配当金調査でわかった、「隠れお金持ち」を紹介しよう。

配当収入が報酬の20倍以上!

 今年から始まった高額役員報酬開示。3月に決算を迎えた企業から順に、「1億円プレイヤー」たちの名前が続々とあがっている。先日は、ユニクロを率いるファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏の役員報酬が3億円であることが明らかになり、世間の話題をさらった。

 しかし実は、役員報酬だけを見ても本当の億万長者が誰かはわからない。ケタが違う額の配当金をもらっている人が、ゾロゾロいるからだ。

 早稲田大学商学部准教授の久保克行氏が言う。

「たとえばユニクロの柳井正氏は役員報酬こそ3億円ですが、ファーストリテイリングの株式を2800万株ほど持っている。直近の有価証券報告書によれば、同社の年間配当金は230円。単純計算で役員報酬の20倍以上、約65億円の配当収入を得ていることになるのです。

 もちろん配当というのは企業業績が悪化すれば無配(配当金ゼロ円)になることもありますが、そうでなければ一株あたり数十円から1000円台の額が出る。100万~1000万株ほど持っていれば、億ものおカネが手元に入ります。それに配当収入は株式を手放しさえしなければ、ほぼ毎年入ってくる。つまり、配当収入は役員報酬より安定した高収入源だともいえるのです」

 本当の億万長者は、役員報酬ではなく配当収入を見て、初めて分かるということ。

 では、1億円以上の配当収入を得ているお金持ちたちを紹介しよう(以下、配当収入は直近の通期有価証券報告書から判明した配当金・持株数から単純計算で算出した)。

 断トツに高額の配当収入を得ていたのは、任天堂相談役の山内溥氏。

 約1400万株を持つ同社の筆頭株主であり、年間配当金が930円なため、配当収入はざっと131億円となった。

「創業一族の3代目として弱冠22歳で社長業を継いだ後、ファミリーコンピュータやゲームボーイを生み出したカリスマ経営者です。長者番付の常連でもあり、『Wii』が大ヒットした'08年には、米経済誌フォーブスが選ぶ『日本の富豪40人』でトップになっている。ちなみに同誌が試算した、山内氏の総資産額は約8100億円です。

 任天堂は米メジャーリーグのマリナーズの筆頭オーナーで、イチローが年間最多安打を達成したときには、5000株(当時5800万円相当)をプレゼント。行きつけにしていた京都大学医学部附属病院が老朽化しているのを気にかけ、『京大病院にふさわしい病棟を建ててほしい』と私財75億円をポンと寄付したことでも有名です」(任天堂関係者)

 そんな山内氏の自宅は、京都市東北部の左京区内に建っている。江戸後期に建てられたというが、大きな中庭が広がっている趣のある邸宅のようだ。

'05年に京都府から功績をたたえられて特別感謝状を贈られる際には、山内氏が眼病の手術前で式典に出席できなかった。そのため、わざわざ当時の知事がこの自宅を訪れて直接手渡したという逸話もある。

60億円分の株を無償で配る!

 同じく昭和に大活躍した経営者、現在はセブン&アイ・ホールディングスの名誉会長である伊藤雅俊氏も約10億円もの配当収入を得ている。保有株数は約1900万株で、配当は56円だ。

 創業一族として'56年から経営を担い、高度成長にのって事業を拡大させた、日本の小売業の礎を築いた人物である。

「今年の9月、伊藤雅俊名誉会長ら創業家がセブン&アイ社に70億円の寄付をしたことが明らかになっています。その理由は、従業員の研修施設をつくってほしいというもの。かつては総額で時価60億円ほどにあたる同社株を、士気高揚のためとして幹部社員ら5000人超に無償で配ったり、先端研究などを支援するための財団を米国に設立、私財約8億円を出したこともあります」(大手小売企業幹部)

 全米小売業協会(NRF)から功績が評価されたことがある一方で、総会屋に現金を供与したとされる商法違反事件の責任をとって、社長を辞任した経歴('92年)も持つ。とはいえ3年後には取締役名誉会長へ"復帰"。

 会社側から「グループ統合の象徴として働いてもらう」と言われるほどの歓待ぶりには、大株主としての影響力が垣間見える。

 配当収入10億円超という猛者は、ほかにもユニクロの柳井氏、それにソフトバンク社長の孫正義氏がいる。

 前述の通り、柳井氏の配当収入は65億円ほど。しかも、'08年度には配当金が160円だったので配当収入が45億円ほど、'07年度は同130円で約36億円となっている。この3年間で合計150億円近くの配当収入を得ているのだ。

「柳井氏の自宅は渋谷区内の高級住宅地にあります。'00年に80億円ほどで8000m2以上の敷地を落札。そこにゴルフ練習場、テニスコート、茶室も備えた豪邸を建てた。ちなみにフォーブス誌によれば、柳井氏の資産は約5700億円です」(前出・幹部)

 同じく港区の高級住宅地に豪邸を構える孫氏は、約2億2000万株(全体の約21%)の株式を所有。ソフトバンク株の配当金は5円と高くないが、莫大な数の株式を持っているため、11.4億円ほどの収入を得ている。孫氏の役員報酬は約1億円、配当収入とあわせれば年収は12.4億円になった。

パチンコ機器・ゲーム機器などを製造販売するセガサミーホールディングス会長兼社長の里見治氏も10億超えを達成している。

 同社の筆頭大株主として約4300万株を保有。年間配当金は30円なので、配当収入は13億円ほどとなった。役員報酬も約4.3億円と高額なため、年収は17億円超。

 ただ、里見氏がここまでたどり着くには紆余曲折があったようだ。

「里見氏は学生時代からバーを経営するなど、根っからの起業家人間。青山学院大学を中退後には、ゲーム機器販売会社を興すも、失敗。その後に勤めた父親の会社も倒産するなど苦境続きでした。そんなときに満を持して始めた『サミー工業』で、パチンコ・パチスロ機の製造販売が大当たり、これをきっかけに浮上して一大メーカーにのし上がったのです。

 '03年にはセガを買収、堅実経営で業績を拡大させ、いまでは4000億円ほどの売り上げをたたき出している。里見氏は馬主としても知られていて、『サトノ』『サミー』といった言葉を名前に入れた競走馬を多く走らせてもいます」(全国紙経済部記者)

 堅実経営で知られる里見氏だけに、自宅の立地に派手さはない。広い邸宅が並ぶエリアだが、お世辞にも超高級住宅地とはいえない。ただ、敷地は広大で、その豪邸は、堂々とした門構えが圧倒的な存在感を出している。

 興味深かったのは、京セラ名誉会長の稲盛和夫氏。同社が公表している1億円以上の報酬がある役員に入っていなかった上、今年1月に日本航空会長に就任した際には、「無給で働かせてもらう」と発表し、話題となった。

 報酬ベースで見ると金持ちとはいえないわけだが、680万株を保有する京セラ株から得られる配当収入は約8.1億円もの額になる。「隠れたお金持ち」といえるだろう。

このほかに1億円以上の配当収入を得ている主な人物は以下の通りだ。

■スクウェア・エニックス名誉会長の福嶋康博氏→約8.2億円
■日本電産社長の永守重信氏→約7.7億円
■グリー社長の田中良和氏→約5.6億円
■大東建託会長の多田勝美氏→約4億円
■アートネイチャー会長兼社長の五十嵐祥剛氏→約1.8億円
■マツモトキヨシホールディングス会長兼CEOの松本南海雄氏→約1.7億円
■コーセー会長の小林保清氏→約1.1億円

 五十嵐氏以外はみな創業者か創業者一族だ。配当長者になるには大量の株式を保有することが条件となるため、やはり名前があがるのは莫大な株式を所有する創業者やオーナーたちとなっている。

 業種別に見ると、パチンコ関連業種からはSANKYO会長の毒島秀行氏(約4.6億円)、藤商事社長の松元邦夫氏(約4.3億円)、フィールズ会長の山本英俊氏(約3.9億円)などが多くの配当収入を得ているという特徴も見られた。

 ちなみに、約8.9億円の役員報酬を受け取り、「高額役員報酬ランキング」トップに立つ日産CEOのカルロス・ゴーン氏の場合、配当収入はゼロ。経営悪化を受けて、同社が'09年度に配当金を支払わなかったためだ。

 一方で、ランキング3位に入った大日本印刷社長の北島義俊氏は、役員報酬約7.8億円に加えて、配当収入を1.8億円ほどもらっている。合計すると9.6億円ほどで、ゴーン氏の年収を超えた。

「とはいえ、ゴーン氏は日産株を300万株ほど保有。同社は'08年度に11円、'07年度に40円の年間配当を支払っているので、二年間で合計1.5億円ほどの配当収入をもらっています。

 単年だけ無配にする企業は多い。お金持ちが誰なのかを見極める際には、継続的にどれくらいの配当が支払われているか気をつけて見て欲しい」


(前出・経済部記者)


税金で半分ほど取られる!

 そもそも株式を買ったことがない人には、配当金はまったく縁のないもの。配当金はどうやって決められるのだろうか。

 大阪市立大学大学院教授の石川博行氏が言う。

「1株当たりの当期利益に対してどれくらい配当するかを決めている会社が多いのですが、ほかにも最低額を保証している会社、そもそも基準を明示していない会社など色々あります。基準を示していても、リーマンショック後に利益が激減し、これを変更する企業もたくさんあった。実質的に取締役会で決定されるもので、こうしなければいけないという規定はありません。

とはいえ、リーマンショック後でも上場企業の8割ほどが配当を支払っていることからわかるように、日本企業は世界にくらべてきちんと配当を支払い続ける慣行が強い。不況になっても減配しないで配当額を据え置く企業が多いのも、特徴といえるでしょう」

 こうした事情をとらえて、会社の資産を食い潰してまで、株式を多く保有するオーナーのために配当を維持しているのではないかとの批判が出ることもある。しかし、それは見当違いである。

 石川氏が続ける。

「米国では、投資家が株式価値を評価する上で配当はあまり重視されないのと対照的に、日本では利益と同程度以上に大事なものとして見られています。そのため、減配したり、配当をストップしたりすると、大きく株価が下落し、株主の利益を多く毀損することになります。

 そもそも配当は、基本的には業績と連動して決められる性格が強いため、オーナーは自社株を持っていることで、利益を上げ、株価を上げるモチベーションが高まる。ある実証研究では、株を持っている経営者のほうが持っていない経営者より、高い業績を出すという結果もでています。そして配当が上がれば、株主も喜ぶ。そんな好循環が生まれるのです」

 ちなみに、上場株式から得られる配当収入については、現在、10%の源泉徴収税率が適用されるだけで、確定申告は不要(ただし、平成24年1月1日以降は20%の源泉徴収税率に戻される)。1000円の配当収入があれば、100円を税金で取られるだけで済むということだ。

 しかし、発行済み株式総数の5%以上を保有する個人株主の配当収入には、この優遇税制は適用されない。さらに確定申告が必要なため、見てきたような大株主となれば、所得税の最高税率である40%が適用となる。そのほとんど半分を税金に取られてしまう。

 配当金長者といえども、濡れ手で粟で儲けているわけではない。積極的にリスクを取って、さらに企業を成長させ続ける。そんな努力があって初めて億万長者に近づけるということだ。



一目で分かる日本農業の現状と解決策

2010年12月16日(木)日経ビジネス 吉田耕作

政府は11月9日、環太平洋経済連携協定(TPP:Trans-Pacific Economic Partnership Agreement)に参加すべく一歩踏み出す事を閣議決定した。これは最近アジアを中心として、全世界的に自由貿易協定(FTA: Free Trade Agreement)の動きが加速してきており、より包括的なシステムを構築する方向に進んでいるからである。

 特に最近横浜市で開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議:Asia Pacific Economic Cooperation)では貿易や投資の自由化に向けた共同声明を採択した。アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP:Free Trade Area of Asia-Pacific)に向けて一歩を踏み出したと言える。その中でTPPが核になるとみなされているようだ。

 日本にとっては、韓国が自由化に向けて一歩も二歩も先に行っており、必死に追いつかなければならないという事情がある。韓国はまず初めに、チリとのFTAを発効し6%の関税を撤廃した。その結果、チリでは韓国からの輸入は日本からの輸入を上回ったが、後に日本がチリとのFTAを締結し、日本は抜き返したと言われる。(日本経済新聞2010年11月10日「『開国』へ一歩踏み出す」)さらに韓国はこの10月にEUとFTAを結び、来年の7月には発効するという。 日本は今、これらの動きに参加しなければ、乗り遅れるという危機感がある。

 外国において、他国製品の輸入に対して関税が免除されている時に日本製品の輸入に関税を掛けられるのでは、日本の輸出産業に多大のハンデイキャップをもたらし、国際市場で日本製品は敗退していくのは明らかである。そして日本の失われた20年が失われた30年、40年になっていく可能性もある。

 その上、この状態が続くと、多くの製造業は日本で生産を継続する事が出来ず、海外に工場を移転し、国内の雇用は著しく減少するであろうし、日本の唯一の利点である技術の優位性は失われていくであろう。

 しかしながら、日本には農業、特にコメの、国際競争力が非常に劣り、安い食料が完全輸入されれば、日本の農業は崩壊するであろうという大きな問題を抱えている。そこで、今回は農業を中心として、日本が国として、どういう通商政策を取っていくべきかに関して検討したい。その前に、まず日本の貿易の現状を俯瞰してみよう。


輸出の有利性は失われつつある!

 まず、日本の輸出入の状況を見る事から始めよう。表1は輸出であり、表2は輸入である。

表1から、日本の輸出は圧倒的に工業製品で、しかも、輸出の主流は自動車や電機を始めとして、ほとんどが日本の高度の技術力に支えられた産業であることがわかる。

 表2では、輸入は燃料や食糧等日常の消費生活に欠かせないものも多いが、原料や完成品を作るために輸入する原材料や部品が多く含まれるのが明らかである。

 第二次大戦後、日本の高度経済成長は輸出によって支えられてきたという事は議論の余地はないであろう。ここまでは中学の教科書にも書いてあり、国民の常識ともいえる。

 しかし問題は、1990年と2000年には輸入は輸出の80%ぐらいであったのが、2008年には輸入と輸出の割合が大体同じになってしまっているということである。ここでは為替の変動は考慮していないが、おおざっぱに言って、日本の輸出の有利性は失われつつあるのである。人口減少化で内需の成長にあまり期待のできない日本が、輸出の利益が失われつつあるということの重大性を認識する必要がある。

日本が高度成長を遂げる過程においては、エネルギー源として石炭から石油への転換という大きな変換があり、当時の日本の根幹を支える産業の一つともいえる石炭産業では血みどろな抵抗が行われた。現在のTPPやFTAの動きはそれに勝るとも劣らぬ程のインパクトがある。その場合、前述のごとく、農業対策が大きな争点となって浮かび上がって来る。そこで農業の問題点に焦点をあわせて検討してみたい。


コメ作りで利益を得ている農家はたった2%!

 農業問題でまず取り上げられるのは、日本の農家の耕作面積は狭く、効率が悪く、規模の経済性を享受できないという点である。表3は農家の耕作面積の規模と60kgのコメを生産するのに必要な生産費の関係、そしてその規模の農家の割合を示してある。

 表3から明らかなように、規模が小さければ小さい程、コストは高いのである。しかも0.5ヘクタール未満の農家が実に全体の42.2%占めており、耕地が1.0ヘクタール未満の農家は73%もある。さらに生産費が手取り価格を超えている農家の割合は98%に上るのである。5ヘクタール以上の耕地面積を所有する2%の農家のみが、コメを作ることによって利益を得ているのである。これはTPPやFTAを考える以前の問題である。

さらにコメの生産費と農家の手取り米価との関係を地域別にみてみると、表4のようになる。地域的にみて、生産費が一番高いのは四国であり、それに続いて中国、近畿の順になる。ここでもまた、米価が生産費を上回りコメ作りが生産として成り立つのは、広い耕作地を持つと考えられる北海道だけなのである。


次に農業従事者の性別、年齢別のデータを見てみよう。これは表5に要約されている。

これから分かる事は1985年から2008年までの23年間で農業従事者が1160万人から490万人と58%減少している。しかも男女とも15才~59才のグループに関しては3分の1以下になっている。この農業従業者が減っていく傾向は将来も続くと予想される。つまり、農業は経済性の観点から、FTAやTPPに関する議論の前にすでに成り立ちにくくなっている事が明確である。


農村地方の議員のパワーが大き過ぎる弊害!

 全国農業協同組合中央会は最近TPP反対を決議した。彼等は「例外を認めないTPPを締結すれば、日本農業は壊滅する」とか「食料安全保障と両立できないTPP交渉への参加に反対であり、断じて認める事は出来ない」と主張している。また、TPPに批判的な国会議員ら数十人が勉強会を発足させたと伝えられる。

 自分の選挙区に農業従事者の多い所では、議員はTPPに反対するのは当然である。しかしながら、耕地面積が小さく農業従事者の多い選挙区では、一人の議員が当選するのに最も少ない数の投票者で選ばれている所と符合している可能性が高い。いわゆる、選挙人の格差の問題である。

 例えば、高知県第3区、高知県第1区、徳島県第1区等は、一人の衆議院議員が当選するのに最も少ない投票者で済む日本のランクで最下位の5地区に入っている。そしてそれらの地区は議員が当選するのに最も多くの投票者数を必要とする上位5位の選挙区(東京やその他の大都市)の半分以下の人数で選ばれているのである。つまり、これらの国会議員の声は半分に割引して考えないといけないという事になる。

 これまで農村地方の議員が都市の議員より相対的にパワーがあるために、日本の農業は非常に生産性が低いにもかかわらず改善されてこなかったのである。「何より6兆円余りをつぎ込みながら、農業を強くできなかったウルグアイ・ラウンド対策費のてつを踏むことは許されない」のである(日経新聞2010年11月10日「環太平洋協定 日本の選択・下」)。

 今までの解決策は一時的な解決策であって、根本点な解決策ではないところに問題があった。2007年の日本の製造業の総生産は108兆円を超える、それに対し農業の総生産は7.4兆円である。日本の国の全体最適を考える時、国際競争力のある製造業を最優先する政策は当然の事として受け入れなければならない。少々極論をするならば、もしTPPの加入により、10%輸出を伸ばす事が出来るなら、農業総生産がゼロになっても日本の収支計算は合う事になる。

 しかし、数値のみで切れないところが農業政策の難しいところである。国の安全保障としての食料国内生産率は維持しなくてはならないし、安全で安心な食料を得なくてはならない。日本人の勤勉さの原点でもあり、日本人にとっての故郷である日本の田舎は健全でなくてはならない。私は個人的には、田んぼは日本で最も美しい風景だと思っている。

 私は色々な施策を取る事によって農業問題は完全とはいかないまでも、かなりの部分において解決できると考えている。解決策とは、一時的な損失の補てんではなく、個々の農業組織体の国際競争力を増す施策でなければならない。


農業問題の解決策!

1.農家の耕地面積の拡大!

 表3で明らかなように、生き残るためには農家の耕地面積を5ヘクタール以上にする必要がある。そのためには一部に取り入れられているように、制度として、株式会社その他の組織体への変換を図り、所有と経営と労働を分離する事である。その過程において現在の労働集約型の農業から資本集約型の農業への変換が求められる。

2.農業公社の設立!

 上記1の変換を可能にするためには、かなり巨額の資本投資を必要とする。現在の全国農業協同組合を母体として、政府が資金を提供し、現在の自作農は土地を提供する事により、株主となり、また同時に従業員となる。6兆円をつぎ込んで、農業を強くする事が出来なかった事を考えると、この方法はより高い可能性を秘めている。この公社もゆくゆくは民営化する事が可能である。

3.商品の差別化!

 現在でも、日本のコメは高品質で、差別化が出来、高価格で海外に売れるという事例が出てきている。無農薬や、有機肥料を用いたコメなど通常の何倍かの価格で売れるという例もある。

 また、コメを原料とした付加価値の高い製品も大いに可能性がある。例えば日本酒にたいする興味は海外、特に米国や欧州では、急速に高まっている。農林水産省が音頭を取って海外に販売網を作ったならば、日本酒は日本の有力な輸出品目になるであろう。同じように、長年外国に住んだ経験から、日本のせんべいはマーケティング次第で世界の巨大な市場を開拓する事ができると考えている。

 また、リンゴやミカン等は近年輸出で成功しているようだ。このほかに柿、ブドウ、桃など他の日本の果物も国際競争力のある分野である。そのほか日本で育成するのに適した他の果物も数多くあるのではないだろうか。それを世界の市場につなげる情報とシステムの構築は政府が最も良く機能出来る分野ではなかろうか。政府には積極的に日本の食物の輸出を推し進めて頂きたい。

 韓国では環境省が率先して中国に環境関連の機器やプラントの輸出に乗り出し、かなりの成果を上げているという。国家戦略として、政府が外向きにリーダーシップをとることが、国民の内向き志向を改善させる策になろう。

4.農業従事者の再訓練!

 現在すでに専業農家数は兼業農家数の3分の1以下である。農家の耕作面積が十分大きく、すでに国際競争力を持っている場合を除いて、30才未満の専業農家の人々に職業訓練を施し、他の業種に転換すべく教育するべきである。

 表5では農業従事者数が1985年と比べると2008年では58%も減って来ているが、しかしここで注目しなければならないのは60才以上のグループに関しては3割しか減っていないのである。会社員の場合、多くは60才で定年となるので、60才以上の人達が職を見つけるのは困難であるが、農村では働く事が可能であるという事である。つまり、彼等の機会原価はゼロに近いのに有効に生産的に使えるという事は大事な点である。従ってここで見えてくるのは、若手の専業の農業従事者を減らし、その分、兼業農業従事者を増やし、高齢者を活用する事が国際競争力ある農業の構築につながると考えるのである。


TPPによる増加利益の再分配!

 以上のような施策では十分でない場合もあるかもしれない。その時にはTPPによって増加利益を得た製造業からの増加税収の何パーセントかは農業への補助金として使うという事も、年限を限った状態ならば、可能なのではないだろうか。

 結局、今、最も問題なのは、部分最適か全体最適かという問題である。国会議員は本来国の全体最適を考える人達でなければならない。しかしながら、部分最適を求めているグループがあるようである。そういう人達にも、この再配分の条項があれば、TPPはより受け入れられ易くなるのではないだろうか。

 しかし、その場合でも、農業の国際競争力を向上させるという基準を満たす場合のみ支援するべきであり、補助金依存体質の撲滅をこれから常に農業政策の中心に据えていくが最も求められている。補助金依存体質の恒常化だけは避けなければならない。

 以上見てきたように、これからの農業政策は全国一律にどうこうするという考え方は非常に非効率的である。地域別、年齢別、専業・兼業別等の状況の違いに着目した、きめ細かい政策を施行するべきである。

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