出るのか、出ないのか。石原慎太郎都知事が揺れている。「不出馬」情報も報じられるなか、その状況をどうか「そのまんま」で、と祈っているに違いない男がいる。東国原英夫前宮崎県知事である。
すべては慎太郎待ち
「今回の都知事選は、過去3回の石原(慎太郎)氏(78歳)が出た選挙に比べても、まったく予測がつきません。出馬するかどうかを巡って二転三転し、本人もいまだに迷っているフシがある。石原氏の態度を見てから出馬を判断するという人も多く、これで石原氏が出ないとなると、東国原(英夫)前宮崎県知事(53歳)が最有力候補になる状況です」(都政担当記者)
3月24日告示、4月10日投開票の都知事選は、告示まで1ヵ月を切った。石原氏については、マスコミが「出馬説」と「不出馬説」で割れ、水面下でも様々な綱引きが行われている。
朝日新聞・東京新聞の2紙が夕刊1面で大々的に「石原知事、不出馬」と報じた2月22日。この日は夜から、自民党東京都連の政経パーティが開かれた。これは都知事選を含む統一地方選への決起集会的な意味合いを持つものだったが、石原氏が登壇するとあって、そこで不出馬宣言があると注目された。だが、石原氏が進退について触れることは最後までなかった。
このパーティの後、こんな場面があった。都議会自民党関係者らが石原氏に詰め寄って、こう話しかけた。
「私たちは4選をお願いしているのに、我々には一言もなく不出馬の記事が出た。どういうつもりなのか。本当に不出馬なのか」
石原氏が応じる。
「オレはあんなこと一言も言ってない。迷惑な話だ」
都議会自民党幹部の一人は、この石原氏の発言から希望的観測を滲ませつつも「99・9%、出馬する」と自信を見せた。ただ、石原氏がいまだに迷っているのは事実。石原氏の元選挙スタッフが明かす。
「昨年末の段階で、プライベートの会合の際、石原さんは『もう都政はいい。出る気はない』と話しています。それを聞いた側近たちの一部が、松沢成文神奈川県知事(52歳)を後継にと動き始めたのです」
その仕掛け人と言われるのが、石原氏の側近で、現在、松沢氏の特別秘書を務める今岡又彦氏。一方、副知事も務めたこれまた側近の浜渦武生氏などは、つい最近、自民党都連幹部と会合を持ち、石原4選で行くしかないと確認し合ったという。要するに、石原氏の側近たちの間でも出馬を巡って、見解が真っ二つに割れている状況なのだ。
議会で居眠りする姿が目撃されるなど、すっかり都政にヤル気を失っている石原氏は、亀井静香国民新党代表らが構想する「救国内閣」で、民間枠での入閣も取り沙汰される。とはいえ、こちらは国政の状況に左右され、救国内閣の誕生そのものが未知数。そこへ来て、先の不出馬情報で逆に都知事を続ける気になったという見方もある。
前出の都政担当記者が解説する。
「不出馬説をリークしている側近たちには、もし不出馬を表明したら、石原氏の出方待ちの東国原氏が出馬を決意する。それでいいんですかと、石原氏の尻を叩こうという狙いもあった。これが功を奏して、7対3くらいで石原氏は出馬すると睨んでいます」
石原氏が進退を表明するのは早くとも、現在開催中の都議会で予算審議が一段落する3月7日以降。議会は3月11日までだが、築地市場移転のための予算を巡って会期延長の可能性もあり、本当に告示直前まで明らかになりそうにない。
ワタミの渡邉氏は勝てない
前回選挙('07年)でも280万票を超える得票で、圧倒的な強さを誇った石原氏が不出馬となれば、都知事選を巡る風景は一変する。注目されているのは、東国原氏や松沢氏の他、すでに出馬表明したワタミ前会長の渡邉美樹氏(51歳)、蓮舫行政刷新担当大臣(43歳)、舛添要一元厚労相(62歳)など。
石原氏抜きの都知事選を考えたとき、参考になるのは2月22日にサンケイスポーツが行った「石原氏が出馬しない場合、次の都知事にふさわしい人は」という緊急アンケートだ。ここでは東国原氏が1位。少し前になるが、FNNが1月20日に行った世論調査でも、石原氏30・8%に次いで、22・6%の支持を集めた。
出馬の実現性も加味すると、東国原氏のライバルとなるのは渡邉氏と松沢氏の二人になる。
東国原氏が完全に無党派層狙いであるのとは対照的に、自・公の支持を取り付けようとしているフシがあるのは渡邉氏。2月15日の出馬会見で語ったのは、石原氏の政策をなぞるようなものが大半だった。それもそのはずで、渡邉氏には、前回の都知事選で石原陣営を取り仕切った選挙プランナーの三浦博史氏が付いている。
「三浦氏は石原氏が出馬しないと読んで、渡邉氏こそ石原都政の後継者だとアピールする戦略を取っている。そうすれば自・公も最終的に渡邉支持に回るという計算があってのことです。ただし、渡邉氏には女性問題やワタミにおいて従業員を不当に働かせていたといったネガティブキャンペーンが早速始まっています」
(別の都政担当記者)
同じ過去の傷とは言え、芸人時代の不祥事と企業トップの不祥事では、インパクトが違う。暴行事件や未成年淫行の『前科』もある東国原氏にスキャンダルが飛び出しても、よほどのことでない限り、驚く有権者は少ないに違いない。都議会民主党の幹部も、
「渡邉氏の『身体検査』をしなければ、どの党もうかつに支持できない」
と語っていた。
もう一人のライバル、松沢氏だが、東国原、渡邉両氏に比べると、人気の点では一枚も二枚も劣る。それだけに自・公の組織力が必要だが、すでにそれは望めない状況である。都議会自民党関係者が言う。
「こちらがさんざんお願いしたのに、石原さんが断るようなことになれば、石原さんが松沢さんで頼むと言われても呑めないですよ。我々は勝てると思うから石原さんを出したいのであって、石原さんに都政を私物化させるつもりはない」
ボロボロとはいえ政権与党、都議会でも野党ながら多数派の民主党にいたっては、戦う前から候補者選びで難航。国政同様、党内はバラバラだ。
「石井一選挙対策委員長がつい最近、『池上彰の携帯電話の番号を知っているヤツはいないのか』と怒鳴る姿が目撃されています。また、郵便不正事件でともに疑惑をかけられた厚労省の村木厚子氏が石井氏の部屋から出てきたために、隠し球は村木氏じゃないかとも言われている。一時は本命だった蓮舫氏は、菅直人総理から出馬を打診されたが、菅さんの政治センスのなさをオフレコでぶちまけたり、聞く耳を持っていない。世論調査の結果も思ったより悪いし、国会議員のバッジを捨ててまで都知事選に出るリスクは取らない」(全国紙政治部記者)
党中央がこんな具合だから、都議会民主党内でも、渡邉氏に乗るという声や石原氏を推すという声、東国原氏に乗ってもいいという声まであって、本音は勝てそうな候補がいれば、そこに乗っかろうという態度がミエミエだ。
そのまんま都知事?
対立候補たちがそれぞれ問題を抱えている状況を尻目に、石原氏さえ出なければ、非自民・非民主党という旗印で急浮上するのが、東国原氏である。
同氏の最終的な目標は衆議院からの国政進出。その一方で「現職の都知事がまず進退を表明すべきだ」と都知事選に向けて、石原氏を牽制することも忘れない。
石原「不出馬」報道があった直後に、東国原氏から電話があったという知人が明かす。
「前から『都知事ってどうかな』なんて言っていたけれど、あの日はえらくハイテンションで電話してきて、『ありがとう。これで決めたよ』と一人で興奮していた。でも、しばらくしたらまた電話があって、今度は『誤報だったみたい』と暗い声だったけど」
ともあれ、永田町と新宿にそれぞれ事務所を構え、会費5万円のパーティを開くなど、選挙資金集めにも余念はない。解散総選挙にも、都知事選にも、対応する準備は万全だ。
「東国原さんは自信家ですが、さすがに石原さんが出れば勝てないとわかっている。ただ、仲間内では以前から蓮舫さんが出てきても勝てると豪語していただけに、渡邉氏や松沢氏には絶対に勝てるという計算がある。彼が出馬宣言するときは、いけると確信したときです」(東国原氏と親交のあるテレビ局関係者)
かつて東国原氏に衆院選出馬を打診し、総裁候補にしてくれるならと返された自民党には、同氏へのアレルギーが強く、都議会自民党では「変な人が出るくらいなら、もう一期、石原を」が合い言葉になっている。それでも、ある政党が極秘に行った調査では、やはり石原氏に次ぐ支持率を得た。ちなみにこの調査では、蓮舫氏が出ても石原氏にトリプルスコアで敗れるという結果が出たという。
また、東国原氏にはさらなる追い風が吹いている。
「いまの政治は大阪の橋下徹知事、名古屋の河村たかし市長のように、反民主・反自民で地方から変えるという流れがあります。東国原氏はこの二人とは連携が取れています。そこに小沢一郎氏が加わる可能性も考えられる。小沢氏は2月8日に河村市長と会談していますが、党内に居場所がなくなった小沢氏が『減税』『国民生活が第一』のキーワードで、河村氏らとともに東国原氏を応援するという見方は根強い。大阪、名古屋に続き、東京でも既存政党に属さない首長が誕生する確率が高まっています」(政治評論家・有馬晴海氏)
2月21日には、地域政党との連携を目指す「日本維新連合」の旗振り役で、小沢氏と近い原口一博前総務相が東国原氏との連携を表明。計算高い東国原氏のこと、原口氏の後ろに小沢氏の姿を見ているに違いない。
約1000万人の有権者を抱える東京都。すべての有権者に政策を訴えるのは物理的に難しく、どうしても都知事選は、知名度優先の風頼み選挙になる。そしていま、何の因果か、風は東国原氏に吹いている。こんな男が都知事でいいとは到底思えないが。